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私が木陰で目を覚ますと辺りは、もうすっかり夕方だった。裏庭でうたた寝をしていた私は、とても素敵な夢を見た気がした。
(なんだったかな?思い出せないけど…素敵な夢…)
「さぁ、離宮へ帰らないとベルが心配してるわね」
私は、立ち上がると目の前の赤い夕暮れが射した一角に、黒薔薇が咲いているのを見つけてしまった。
「これって、あのおばあさんが言っていた、黒薔薇じゃあ…」
老婆の言葉を思い出した。
『 赤い黄昏時 黒薔薇目覚め 幻の庭園への道しるべが現れるだろう 』
私は、黒薔薇の前まで行くとその花びらに触れてみた。すると、こちらだと言う様に、小道が現れ吸い込まれる様にその小道を進んで行くと…そこには、青薔薇が咲き誇る庭園が広がっていた。
「ここは…」
「幻の庭園ですよ」
「え?」
目の前の地面が盛り上がり、ヒョコッとふたばの葉っぱが生えた、
「…ッ!」
そして、モコモコと地面はもっと盛り上がって(ボヨン)と、スライムの様な可愛い生き物が出てきたので、
私は驚いて開けた口が塞がらなかった。
「………」
黄緑の透明なボディにふたばの葉っぱが生えて…とても、可愛い瞳が何とも言えない生き物は、身体をプルプルしながら見上げている。
「はじめまして、僕は地の精霊の使いだよ。よろしく」
(か…可愛いわ…)
「は、はじめまして、私はアリエルよ…」
私は、しゃがんでニッコリ笑った。
「アリエルは、幻の庭園の主に選ばれたんだよ」
「え?主に?」
「そう。前に老婆を助けた事は、ありませんでしたか?」
「あ、あのおばあちゃんかな…」
「あの方は、地の精霊王ピグミー様です」
「え!そうだったのね…」
「ピグミー様は、100年以上前から幻の庭園を託せる方を探していました。この庭園は、あなたの物ですよ」
「そんな事言われても…」
その精霊の使いは、私にこの幻の庭園を管理して欲しいと言った。管理と言っても好きなように使って良いのだと言う。野菜を植えても花を植えても私の好きな用に家具を置いたっていいのだ。
「でも、夕方しか来られないのでしょ?」
「いいえ、この庭園は、ここにあって、ここにない、何処にでもあるんです。アリエル様が望めば草木がある所であれば庭園への道しるべは現れますよ」
「そうなのね…。……あ、お話の途中だけど私帰らないと!」
「そうですか、では、いつでもお越し下さい。お待ちしております」
精霊の使いは、ぴょんぴょん跳ねて見送ってくれた。
裏庭に戻ってみたら、まだ、夕方のままだった。
(結構いたから、真っ暗になってると思ったのに)
「お嬢様ー!探しましたよ」
ベルは、帰りが遅い私を心配して庭を探してくれていた様だった。
「ベル、ごめんなさいね。木陰で寝てしまって」
「まあまあ、葉っぱをたくさんつけて、ふふふっ」
ベルは、服についた葉っぱを取り払ってくれた。
「さぁ、お部屋に帰りましょう。もぅ、お腹ペコペコだわ」
(さっきの出来事は、夢じゃ…ないよね?)
その夜、鉢植えからふたばの芽が3つ顔を出した。
◇
鉢植えのふたばの芽は、すくすくと育ち今では蔓が伸びて鉢植えの中心でクルクルと絡まって上へと伸び始めた。
「これ…大丈夫なのかな?」
「まるで、絡まって一本の幹みたいですね…」
(精霊の使いなら何か知ってるかもしれない。聞きに行こうかな…)
午前中の妃教育を終え昼食のあと鉢植えを持って裏庭まで来ると、幻の庭園へと足を運んだ。
「アリエル様、いらっしゃると思っておりました。精霊王ピグミー様がお待ちです」
「精霊王様が?」
精霊の使いは、ピョンピョン跳ねて私を精霊王の元へと案内した。
青薔薇の美しい広場を抜けて小さな湖の向こうに見えるガゼボまで案内された。
目の前に座る老婆は俯いたまま…、
「来ると思っておった…」
そう言うと、老婆の身体はパーっと光りだした。
「…っ!」
(え?眩しい…何なの?)
地面から伸びて来た蔓がまゆを作る様にクルクル老婆の身体を覆ったかと思うと、葉が茂り花のつぼみができて白い綺麗な花が咲き、蔓が緩んで広がり中からは…。
可愛らしい若草色をしたふわふわの長い髪に茶色の瞳をした少女が現れた。背中には、美しい四枚の羽根が生えている。
「綺麗…」
「ふふふっ、ありがとう」
老婆の姿は仮の姿だったらしい。精霊王は、私が持っている鉢植えを見て、ほほ笑んだ。
「その種は、愛と夢と希望の種です。幻の庭園に認められ、この種達を同時に育てられる者を探していました」
「同時に?」
「そうです」
その鉢植えを精霊王は受け取り 庭園の中央に植えなおした。
すると、蔓はクルクルと更に巻き付き太い幹になり、枝を伸ばし、葉を茂らせ、私の背丈の2倍程の木に成長してしまった。
「すごい…!」
私は、その木を見上げながら、あっと言う間の出来事に驚いた。
「この木は、精霊樹。私達精霊の気を宿す樹木です。前の精霊樹は、百年以上前に寿命を終え消えてしまいました」
精霊樹を復活させる為には、三つの種を同時に発芽させる事ができる者を探さなければならない。その者は純粋で大地を愛する者。この百年何人もがその種を育てたが叶わず。
諦めかけていた時、私に出会ったのだと言う。
精霊樹の葉は、どんな病でも治す万能薬に、花の蜜は、飲むと体力を回復し、実を食べると魔力が回復する効果があるのだそうだ。
「これから精霊樹の世話は、この精霊の使いがしてくれます」
「はい、誠心誠意お世話させていただきます。あの…アリエル様、私にどうか名前を付けてくれませんか?」
「私がですか?」
「はい、アリエル様に…是非つけて頂きたいのです」
精霊王の方を見るとにっこり笑って頷いているので、私は、名前を考える事にした。
(黄緑色でプルプルしてて…ふたばが付いてて…)
「ミプルってどうかな?」
「ミプル!はい、ありがとうございます!」
ミプルは、ピョンピョン跳ねて喜んだ。
そして、離宮に帰る時に精霊王は、精霊樹の木の枝を一本手折ると、手の中でくるりと輪にして腕輪を作った。それを私の手首に嵌めてくれた。
「これは、精霊樹の腕輪です。あなたを危険から守ってくれます」
「精霊王様、ありがとうございます」
私は、その腕輪を受け取ると幻の庭園を後にした。