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最初は、変な令嬢だと気にも止めなかった。
お茶会でも何も話さず、話しても声が小さくて聞こえない。いつもテーブルの隅に座って一人お茶を飲んでいる。身体が弱いのか顔色が悪くて他の令嬢に何を言われても黙ったまま俯いている。他の令嬢の様に着飾る事もなく笑う事もない。
僕は、絶対この令嬢を妃に選ぶことはないと思った。
ある日の午後…庭園で、何かの包を持って庭園の奥に向かうあの令嬢の姿を何度か見かけた。
気になった僕は、跡をつける事にした。令嬢は、庭師小屋に入って行き、しばらくすると変装して出てきたのだ。庶民の男物の服を着て、前髪は帽子の中にしまい、綺麗な青紫の瞳にメガネをかけた令嬢は、とても、可愛らしかった。
(一体あの令嬢は、何なんだ?)
そして、庭師の爺さんと楽しそうに庭仕事をしている。
(何か秘密がありそうだな、諜報員だったりするのだろうか?)
あの令嬢の名前は、アリエル嬢と言うらしい。
基本的に僕は、妃候補の細かい経歴には興味がない。どうせ、どの令嬢も僕の顔を見ると同じ反応をするし、好意を持ってくれる令嬢なら誰が妃に選ばれたとしても良いとすら思っている。つまり、どうでもよかった。しかし、何か問題を起こす令嬢だったら話は別だ。僕は、謎の行動をするアリエル嬢の書類に目を通した。
やはり、どうもおかしい…。
容姿は、ピンクブロンドに青紫の瞳だと書いてあるが、今の彼女の髪は赤茶色だ。瞳の色は、庭師の変装中確認してはいるが…。いつもは、前髪が長くて瞳すら見えない。身体が弱いと書いてあるが…庭師の手伝いをしている彼女は、とても、元気で顔色が良く見えた。
(どうして、隠す必要があるんだ?……まさか、…何か秘密があるのか?)
それから僕は、無意識にアリエル嬢を目で追う様になった。
庭師の経歴も調べたが…ただの腕の良い職人だとしか分からなかった。
相変わらず、謎の行動を繰り返している令嬢に、ある日僕は、変装中の彼女に声をかけてみる事にした。
「いつも、庭園を綺麗にしてくれてありがとう」
にっこり笑顔を作った僕を見た彼女は、びっくりした顔でこちらを見ていたが、
「是非、師匠に言ってあげて下さい。喜びます」
と、言って微笑んだ。
(あれ?…いつものお茶会の時と態度がまったく違うな…)
彼女は、エルルと名乗った。土いじりが好きで見習いをしているのだと言う。
(諜報員じゃないのか?純粋に土いじりが好きでやっている事なのか?)
僕は、たびたび庭園に通う様になった。今では、気軽に話すまでになっている。
「今日も綺麗にしてくれてありがとう」
と、声を掛けると、
「また、来たんですね。仕事ですから当たり前ですよ」
と言ってニッコリ微笑んだ。
「こんなに汗をかいて…泥だらけになって、大変だな」
「そんな事ないですよ。庭園も綺麗になって嬉しいし、私、土いじりするの大好きなんです」
満面の笑みを浮かべる彼女に僕の胸がキュンと震えた。
(僕は、彼女に好意を持っているようだ…)
その後も何度も足を運ぶが、諜報員とは思えない仕事ぶりに僕は疑う事を辞めた。
数日後の午後、
今日もエルルに会いに行こうと2階の窓から庭園を見下ろしていると、令嬢の姿で裏庭の奥へ向かう所を見かけた僕は、さっそく裏庭へと向かう事にした。彼女は、木陰の木にもたれかかって本を読んでいる様だった。やがてウトウトと居眠りをはじめ…とうとう、木陰で眠ってしまった。
(それにしても、なんで顔を隠す必要があるんだ?あんなに可愛い顔をしているのに…)
好奇心からか…無性に顔が見たくなった僕は、静かに側まで近付いて彼女の前髪をそっと持ち上げた。目をつむっているもののとても、美しい彼女の顔に心臓がドクンと跳ねた。
(長いまつ毛…スッと通った鼻…ぷっくりとした唇…)
僕は、我慢ができず眠っている彼女の唇に軽く触れるだけのキスをした。
(…っ!僕は…一体何してるんだ…)
寝ているとは言え…寝込みを襲ってキスをするなんて…僕は、口に手をやって自分のした事に驚いてその場を足早に立ち去りながら思った。
(やっぱり、俺は…エルルが…いや、アリエル嬢が好きなのか?)
その日以降も、相変わらずお茶会での彼女は、素っ気ない態度をとるばかりで相手にもしてくれない。
(だったら、エルルの時の彼女に会いに行けばいいか)
僕は、今日もエルルに会いに行く。