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三日後
昼過ぎに豪華な馬車と護衛騎士数名を引き連れて、レナルド殿下達は邸を訪れたが…
「出迎えは、俺達がするからアリエルは、後から来なさい」
と両親に言われ、今レイチェルの部屋でお茶を飲んでいる。
レナルド殿下が訪問してくる事になってから、母は仕立て屋を呼び私の新しいドレスを作らせた。
「今まで地味なドレスだったんだから、そのままがいい」と言ったのだけれど、
「本当のアリエルを見せて後悔させてやるわ!」と母に言われ、言われるがまま従う事にした。
(そうよね、エルルの時に顔はバレたけど、髪は赤茶色で三つ編みのままだったし?最後ぐらい本当の私を見せてもいいかな?)
出来上がって来たドレスは、白い花をあしらった素敵な若草色のドレスだった。金糸の刺繍が施されて、まるで森の中に溶け込めそうな、自然が好きな私にぴったりだった。
「お姉様は、行かなくてもいいのですか?」
心配そうに向かい側に座っている妹が声を掛けて来る。
「ええ…呼ばれるまでは…。それにしても、このココア美味しいわ。甘くて落ち着く…」
家に帰って来てから、食事やデザートが様変わりしていて それが妹の提案だと聞いて驚いたけど。
このココアだってそう、すごく美味しくて…ここ最近、すこし太った気がする。
しばらく、妹と話していると…。
コンコン
「アリエルお嬢様、伯爵様がお呼びです」
「わかったわ」
とうとう、呼ばれてしまった…。
「じゃあ、レイチェル行ってくるわね」
「うん、いってらっしゃい。お姉様」
心配する妹に手を振り応接室へと向かった。
久しぶりの再会に緊張して手が震えるけれど、最後ぐらい堂々と優雅に私の事を見せつける為、一瞬ギュッと拳を握って、深呼吸を一つして応接室の扉を開けて入り、淑女の礼をしてにっこり笑った。
「!!!」
レナルド殿下は、私を見て目を見開いたまま固まっていた。
(どう?驚いた?これが本当の私なのよ?)
私は、両親の隣に腰を下ろすと、
「お久しぶりでございます。殿下」
と声を掛けた。
「あ、ああ、久しぶりだな」
「アリエルも来た事ですし、あの事件の経過を」
「ああ、そうだな。あのアデラ嬢を襲った男は、ララ・ルーニー伯爵令嬢の兄だった」
「え…そんな…」
私は、動揺を隠せなかった。
何度か話した事のなる優しそうな令嬢だった。
最初、顔色の悪い私の事を心配してくれて、「大丈夫?侍女を呼んであげましょうか?」と声を掛けてくれた。
あんな…心優しい人が亡くなってしまったなんて…。私は胸が苦しくなった。
「知り合いだったのか?ララ嬢と」
「ええ、少しだけ…」
それから、殿下は、経過の続きを話しはじめた。
ララ嬢の兄は、素直に凶行に及ぶまでの経緯を涙を流しながら話したそうだ。
父の招待状を持って舞踏会に参加し、アデラ嬢のダンスをしている隙に懐に入れて来た油をドレスのスカートにまいて、火をつけたそうだ。大広間では、魔法は使えない様になっていた為、魔道具を使ったのだと言う。
アデラ嬢は、左半身を炎で焼かれ、すぐに護衛騎士が炎を沈下させたが火傷が酷く倒れたあと、すぐに医務室へ運ばれ回復魔法をかけて事なきを得たらしい。その後、事情聴取を拒否し自分の邸の部屋にずっと籠っているそうだ。他の妃候補だった令嬢からも事情を聞いて証拠を集めたと言う。私が父に話した内容もたぶん報告されているだろう。
アデラ嬢の父ギルモア公爵は、激怒し修道院に放り込むと言っている。
ララ嬢の兄がした事は、許せない事だけど…私も含めて嫌がらせを受けて来た妃候補達は、辛い日々を送っていたのも事実…。部屋に引きこもってしまったアデラ嬢は…今何を考えているのだろうか?複雑な気持ちになる。
あの、媚薬を飲まされた時の苦しみ…ドレスをズタズタに切り裂かれた時の辛さ…親にも言えない事を他の令嬢達もされていたのだろうか?
私が眉間に皺を寄せて俯いていたせいか、少しの間 部屋に沈黙が流れた…。
「アリエル嬢、申し訳なかった…」
レナルド殿下は、深く頭を下げた。
「頭を上げて下さい。殿下は、悪くありません。反対に私を何度も助けてくれましたから」
「しかし…」
ゴホン!
急に咳払いした父が、殿下に質問をした。
「レナルド殿下?普通であれば、手紙で事件の経過を知らせてくれればいい所を、わざわざ殿下直々に来られたのは、どうしてですか?」
(え?そうなの?)
確かに、まだすべてが解決した訳ではないし、経過なら手紙ですむ事だ…。
「………そ、それは」
「事件の経過については、分かりました。アリエル」
「はい?」
「せっかく、レナルド殿下が来てくれたんだ。うちの自慢の庭を見せてあげなさい」
「え?」
「…っ!」
思わずレナルド殿下の方を見ると、顔を赤くしている殿下と目が合った。
(何なの?…)
「さぁ、アリエル」
「え?ええ…、分かりました」
私は、父に言われるまま立ち上がると扉の前で殿下が来るのを待った。
殿下は、立ち上がって私の両親に、
「ありがとうございます」
と言って深々と一礼すると、扉の前で待っている私と一緒に庭へと向かった。
私は、どうして殿下が両親にお礼を言っていたのか分からなかった。
会話もなく庭に出ると、歩きながらレナルド殿下が先に口を開いた。
「美しい庭だな…」
「…そうですか?庭師も喜びます」
「……庭園で最初に話し掛けた時も…そう言っていたな」
「そうでしたか?…」
にっこり笑う殿下に、思わず自分も笑ってしまった。
「そうだよ。お茶会の時とは違って…庭園にいる君は、楽しそうだった」
「ええ、楽しかったですよ」
「「………」」
(なんか…気まずいな…)
「それにしても…、本当の君の姿を見て、驚いたよ。こんな美しい髪の色をしていたんだな…」
「え?…はい…」
前を歩くレナルド殿下は、私の方にわざわざ振り返って微笑んだ。
「今日のドレスもとても似合ってる…」
「あ、ありがとう、ございます…」
私は、恥ずかしくなって両頬を手で押さえた。
どうやら、母の作戦は大成功したようだ。私も褒められて素直に嬉しかった。
「アリエル嬢…」
「はい?」
レナルド殿下は、私の前に立つと少し眉間に皺を寄せこちらを見つめる。
(え?どうしたんだろう…)
「本当に、すまなかった…」
「…っ!?」
また、私の前で深々と頭を下げる殿下に慌てた。
「え?ちょっと、さっき、謝って頂きましたから…やめて下さい」
「僕は、…君が帰ってしまった後に見つけてしまったんだ」
「…え?」
(…なにを?)
「部屋のクローゼットの奥に隠してあった…僕が贈った、ズタズタに切り裂かれたドレスを」
「…っ!?」
私は、思わず口を両手で押さえた。
(あ、そのまま置いて来たんだった…。ん?僕が贈ったって?どういう事?労い品じゃ…なかったの?)
「あんな事までされていたなんて、知らなかった…」
「………」
大騒ぎになるといけないから誰にも言わなかったし、知らないのも当たり前だ。
ベルが部屋を空けたのだってアデラ嬢の侍女が、
「美味しいお茶の葉をあげる」
と言われて貰いに行っている間の出来事だった。もちろん、そのお茶の葉は飲まなかったけど。
レナルド殿下は、眉間に皺を寄せたまま私の両手を優しく握った。その手は少し震えていて…私を見つめる殿下の深緑の瞳は揺れていて…何かを訴えているみたいだった。
「………」
「あ、あの…?」
とても深い深呼吸を何度かした殿下は、段々と眉間の皺がなくなって…真剣な顔に変わり、静かに口を開いた。
「……僕は、舞踏会の日…君を妃に選ぶつもりだったんだ」
「え?…」
(意味が分からない…)
予想外の言葉を口にした殿下の握る手が強くなるのが分かった。
「………だって、クリスティアナ様は?」
「ん?なんで、クリスティアナ?」
レナルド殿下は、サラッとクリスティアナ様を呼び捨てにした。
私の胸がズキンと痛む。
殿下は、クリスティアナ様と頻繁に庭園で会っていたし、クリスティアナ様も好きな人と一緒になる為に妃候補になったと言って…のろけ話を永遠と聞かされた…。舞踏会の騒動が起きた時だって、レナルド殿下の隣にいたのは…クリスティアナ様だった。
二人は両想いなのに…なんで今さら私を妃に選ぶなんて事を言っているのか分からない。
(まさか、私を…側妃にしようとしてるの?…嫌よ!そんなの…)
そう思った途端、口からその言葉が出てしまった。
「私…嫌です!」
「え?」
「私、側妃なんて絶対に嫌です!」
「は?なんで、そんな訳ないだろ?君を妃に…」
「そんな事、信じられません!」
「アリエル嬢?!」
私は、レナルド殿下の手を振り払って逃げ出した。
(信じられない…!側妃とか馬鹿にしないでよ!確かに思わせぶりな事はされたけど…!きっと、他の令嬢にも言い寄ってたはずよ!)
「待ってくれっ!アリエル嬢!…エルル!」
後ろで殿下の声がするけれど…そんなの関係ない。勝手に涙が零れて、とにかく一人になりたかった。
(好きになった私が…馬鹿だった…)
「ひゃっ!」
しかし、あっけなく追いつかれた私は、手を掴まれそのままレナルド殿下に抱きしめられた。
「愛してるんだ。アリエル・クローズ嬢…僕の妃になってくれないか?」
「…っ!」
私の心臓がドクンと鳴った。殿下の心臓もドクドクと早いのが分かる。
抱きしめる手を緩めたレナルド殿下は、私を見つめて切なそうな声で呟いた。
「僕は…ずっと君が好きだった」
「………」
今のプロポーズの言葉も…告白も完全に信じる事ができない私は…この際思い切って聞きたかった事を聞く事にした。
「だって、クリスティアナ様と…いつも一緒にいたじゃないですか…」
「え?ああ、クリスティアナは…幼馴染なんだよ。一緒にいたのは、僕の護衛騎士の事が好きだったからなんだ」
「え?」
「僕は、クリスティアナの事は姉みたいに思っているし、恋愛感情は、まったくないよ」
「…そんな」
「…もしかして、僕の事…女たらしだと…思ってた?」
「…っ!」
私は…心を読まれた気がして顔を反らした。私の背中に回した手がスーッと腰まで下がってギュッと引き寄せられ、私の身体が殿下と密着する。
「……っ!」
私は慌てて殿下の胸に手を当てて距離をとろうとしたがビクともしない…。
「僕は、君にしか触れたくないし、あんな事…他の令嬢にしようなんて思わない」
見上げると…レナルド殿下の顔が、すこし赤くて照れているのが分かる。
「………」
「そりゃ、妃候補との交流は、義務だから会話もするしエスコートもしたけど…。僕は、できるなら君とずっと一緒にいたかった。他の令嬢なんて邪魔だった」
そう言って、私を見つめて微笑むレナルド殿下は、嘘をついている様には見えなかった。
「……本当に?本当に信じて…いいの?」
私は、もっと、殿下の本当の言葉が聞きたかった。
「ああ、信じて欲しい…僕は、君だけだよ」
レナルド殿下は、その場に跪くと私の手をとって見上げる。
「アリエル・クローズ伯爵令嬢…、ルミエール国第三王子レナルド・ルミエールは、一生 君だけを愛すると誓うよ。どうか、僕のたった一人の妃になってもらえないだろうか…」
優しく私を見つめて微笑んだ。
(殿下は本当に…私だけを妃にしようと思ってる。私だけを愛してくれると言った…)
心臓がさっきよりもうるさく鳴る。
私は、空いた手を胸の前でギュッと握って答えた。
「はい、よろしくお願いします」
そう言うと、立ち上がったレナルド殿下は、また私を強く抱きしめた。
「ああ、愛してるよ」
見上げると嬉しそうに目を細める殿下の顔があって、私の顔も熱くなるのが分かる。
「私も、レナルド殿下の事…好きです。…愛しています」
「…っ!」
私も好きな気持ちが溢れて…素直に自分の気持ちを伝えると、目を見開いた殿下の顔がみるみる真っ赤になった。
…私達は、そのまま見つめ合って…微笑むと…どちらからともなく、顔は近づいて…何度もキスをした。
それから、私達は、また応接室へ戻ると両親にプロポーズを受けた事を話した。両親は、私達の事を分かっていたのか喜んでくれた。
どうやら、殿下は到着して早々応接室で両親に今回の騒動の謝罪と私へプロポーズをする許可を貰おうとしたが、父が良い顔をしなかった為、必死に説得したらしい。だから、あんなお礼を言っていたのだと理解した。
私は、明日レナルド殿下と一緒にルミエール国へ行く事になった。それは、殿下が片時も離れたくないと両親をまた説得したからだけど…、恥ずかしくて眩暈がした。
賑やかな晩餐を終え、自分の部屋に帰って寝る支度をしていると、扉をノックする音と共にレナルド殿下が入って来た。「片時も離れたくないと言っただろう?」と囁くと私を抱きしめた。結局朝まで一緒に過ごす事になり…朝起こしに来たベルがまた卒倒しそうになったのは言うまでもない。
翌日
「何かあったら連絡しなさい」
「はい、お父様」
「アリエル…また行ってしまうのね。寂しいわ」
「お母様、泣かないで…私も寂しい」
「お姉様、幸せになってね。何かあったら言ってね!飛んでいくわ!」
「ええ、ありがとう。レイチェルとまだ、話したい事は沢山あるけれど…メッセージ送るわ。それに…また会えるわ」
私は、妹を抱きしめると耳元で、
「案外、あなたも私と一緒かもしれないわよ」
と、囁いて馬車に乗った。
きっと、妹も王子に振り回されて気付かないだけだろうと思ったから。私の様に…。
ルミエール国に戻った私は、改めて開かれた舞踏会でレナルド殿下の妃として発表され、慌ただしい日々を送った。
一年後と思っていた結婚式は、待てないと言うレナルド殿下の希望で半年後に行われる事になった。
そして、今日私は…盛大な結婚式の末…レナルド殿下の妃になった。
今は、王都の街を白くて美しい馬車に乗り結婚パレードの真っ最中だ。
大勢の民衆に手を振りながら、私の夫は耳元で囁く。
「ああ、やっと、僕のものになったね。アリエル…」
「ええ、あなたは、私のものね?レナルド…」
「そうだよ。ずっと、離さないから覚悟して」
「ふふふっ、もちろん」
レナルドは、優しく微笑んで私にキスをした。
それを見た人達の歓声は…しばらく続き、私達は誰もが認める夫婦となった。
これからは、この愛しい気持ちを大切にして二人で幸せな日々を送って行こうと思う。
読んで頂いてありがとうございました。
レナルド視点の話を書こうか迷ったのですが…今の所これで完結したいと思います。
レイチェルの話を書いている時に、急にアリエルの話も書きたくなって…。
アリエルの話の方が先に終わってしまいました(笑)
これからも、気ままにまったり書いていくのでよろしくお願いします。