10
療養をはじめて一か月が過ぎた、
「お姉様、準備はいい?」
「ええ、いいわよ」
「じゃあ、開けるわね」
そう言って、妹は、転移の扉を開いた。
今日は、両親には内緒で幻想の森へ探検に行く事になった。
前に妹が…内緒で私と行きたいと約束していたのだけど、両親が揃って出かける事がなくて、今日やっと視察だと言って留守にした為、急遽探検に行こうと準備をして今に至る。
それにしても、転移が出来るなんて便利なスキルを持った妹が羨ましい。
扉を開いて手招きする妹の後に続いて、扉を抜けると…そこは、森の中の湖のほとりだった。
「わぁ、素敵な所ね……」
「お母様のお気に入りの場所なんですって」
「分かる気がするわ。ふふふっ」
湖の中央には、小島がぽっかり浮いていて、そこには大木が一本立っていた。湖の水は透き通って魚たちが優雅に泳いでいる。
「やっぱり、来て正解だった。じゃあ、探検しますか!」
妹は、握りこぶしを上げて満面の笑みでそう言うと私の手を握りしめた。
「そうね。いきましょ」
(やっぱり、私の心配をしてくれてたのね…ほんと良い子なんだから)
さすが、瘴気がないだけあってとても空気が澄んでいる。森の中は私の癒しの場所だ。気分も上がって妹と繋いだ手をぶんぶん振りながら森の中の小道を歩いた。
「お姉様?どこに向かっているの?」
「え?そんなの…適当よ!探検なんだもの…」
「ふふふっ、もう、探検って言うか…迷子じゃない」
「いいのよ!迷子になったらレイチェルの転移の扉で帰ればいいわ?」
可笑しくなって二人で笑いながら小道を歩いた。
しばらく歩いた所で…横の茂みがガサガサと音を立てた。
「「!!!」」
「お姉様…、何かいる?」
「ええ、そうね…。大丈夫よ。レイチェル…ちょっと、待ってて」
茂みをかき分けて見たものは…。コロンと言う風の精霊の使いだった。
コロンと遊びたいと言う妹と一緒に草の上に座ってコロンを撫でながら、
「あのね。レイチェル…私…二年前に庭園でね。倒れているおばあちゃんを助けたの…そして」
私は、妹に幻の庭園の事を話した。
「そんな事があったのね…幻の庭園の主…」
「そう、とっても、不思議な庭園なの。草の生えた所だったら、いつでも行く事ができるの」
「ふむ…」
妹は、少し考えた後ひらめいたように私に言う。
「ここにあって、ここにない…どこにでもあるんでしょ?まるで私の転移の扉みたいね」
「え…っ?!」
(…それは、考えた事なかったわ。レイチェルって時々突拍子もない事を言うのよね…。そうよね…試した事はないけど、可能かもしれない)
私は、あとで精霊王様に聞きに行こうと思った。
コロンも満足したのかフワッと消えてしまったので、また、森の小道を進んで行った。
すると急に目の前の地面が盛り上がり
ポコン!
とスライムの様な生き物が飛び出して来た。
「…っ!」
「ひゃ!危ない!」
妹は私を庇おうとしてくれるけれど、私はそれを受け止めた。
「アリエル様ぁぁぁー!」
「ミプルじゃない…どうしてここに?」
「え?…」
ポカーンとしている妹をよそにぷるぷると腕の中で揺れるミプルは、嬉しそうにふたばをぴょこぴょこ動かした。
「お姉様?その生き物は……?」
「ああ、この子は地の精霊王の使いなのよ」
「え?」
ミプルは、ぴょんと地面に降りると少し俯いて、礼儀正しく挨拶をした。
「はじめまして、ミプルと申します」
「はじめまして、妹のレイチェルです。お話しできるなんて…すごいわ」
妹はしゃがんでニッコリ笑った。
「それで?庭園で何かあったの?」
(精霊王様が呼んでるのかしら…)
「いえ、今日は別のお使いで来ました」
「別の?」
「はい、実は……神獣様がレイチェル様にお会いしたいそうです」
「「え?!」」
妹と顔を見合わせ固まった…。
(どういう事???)
「神獣様は、この森の奥に住んでおられます。そして、あの幻の庭園とも近いのですよ」
「そうだったのね…」
あの庭園は、どこにでも繋がっているのだろうか?
「でも、私に会いたいなんて……」
「神獣様は、直接会ってお礼を言いたいそうですよ?」
「お礼?あ…まさか」
妹は、何か思い出したのか手を口に当てている。
「レイチェル?心当たりがあるのね?」
「はい、前世で」
私の妹は、前世の記憶を持っている。きっと、神獣様と何かあったのだろう。
「じゃあ、行かないといけないわね。ミプル、案内してくれる?」
「はい、かしこまりました。着いてきてくださいね」
ミプルは、ぴょんぴょんと森の小道を進んで行く。
「レイチェル、大丈夫よ。行きましょう」
「はい、お姉様」
不安そうな妹の肩をポンと叩いて手を引いて歩いた。
しばらく歩くと大きな大木が2本立っていて、周りはいばらの茂みが覆っていた。
ミプルはその大木の間で立ち止まった。
「神獣様ー!おつれしました」
少しの静寂の後、目の前のいばらの蔓がズズ…ズズズと動き出しアーチを作った。
「さあ、行ってらっしゃい」
私はレイチェルの背中を軽く押した。
「え?お姉様は?」
「神獣様は、レイチェルに会いたいと言ってるのよ?大丈夫、ここでミプルと待ってるわ」
「はい、分かりました。行ってきます!」
妹は、ニッコリ笑って手を振った。
「さぁ、私は試したい事ができたし、このまま庭園に行こうかしら」
「はい!精霊王様も喜びますよ」
私はさっそく近くの草むらから幻の庭園に向かうと精霊樹の前に精霊王様がいた。
「アリエル、待ってたわ」
精霊樹に実った実を摘みながらにっこり笑った。ピグミー様は、虹色に輝く4枚の羽根でフワフワと飛びながら地面に置いた篭の中に実を収穫していく。
「精霊王様、お聞きしたい事があるのですが…」
私は、さっき妹に言われて気になった事を質問する事にした。
「ん?何かな?」
「この庭園から出る時、違う場所へ出る事はできますか?」
「ああ、そんな事か…。できるけど?」
「え?!やっぱり、できるんだ…」
「知ってるでしょ?試してみたら?」
そう言うと、ピグミー様はまた、実の収穫をはじめた。
(そうか…じゃあ、試してみようかな)
私は庭園の入り口まで来るとルミエール国の王城の裏庭を想像して、庭園を出て行った。
庭園を出た先は…いつも私が本を読んでいた王城の裏庭だった。
「本当に…裏庭に出るなんて…」
しかし、巡回の騎士が数人歩いているのを見てすぐに幻の庭園へと戻った。
(やっぱり、警備体制が厳しくなっているみたいね…前は、あんなにいなかったもの…)
「ね?できたでしょ?」
「…っ?!」
考え事をしていた私の背後から声がしてビクッと肩が震えた。
フワフワと飛びながらピグミー様は、人差し指を顎に当てた。
「あら、あなたの妹さん…もう、帰って来るみたいよ?行ってあげたら?」
「え?!はい、じゃあ、失礼します」
私は、また妹が出て来るであろう場所まで戻る事にした。
しばらくすると、いばらのアーチの向こうから妹が歩いて来るのが見えた。
「ただいま」
「おかえりなさい。あら?そのピアスは…」
「神獣様に頂いたの」
「そう、よかったわね。ふふふっ」
妹の耳には不思議なオーラを放つピアスが付いていた。とても、良い事があったのかすごく嬉しそうだ。
「レイチェルそろそろ帰りましょう。侍女達が心配する前にね。ふふふっ」
「そうですね」
邸に帰ると案の定 侍女達が扉の前で待っていて二人で「やっぱりね」と笑った。
「レイチェル…今日はありがとう。心配しないで?私は、もう大丈夫よ」
「良かった!また、行きましょうね!」
「そうね。ふふふっ」
新しい発見もあったし、とても充実した一日を過ごせた私は今日連れ出してくれた妹に感謝した。
一週間後、
私は、父の執務室に呼び出された。
「お父様、お呼びですか?」
「ああ、実はな…三日後にレナルド殿下が邸を訪問して来る事になった」
「え?!」
父は、王家の封蝋の印がされた手紙を机の上に置き、まじめな顔で私を見つめた。
「あの舞踏会の事件の経過とアリエルに直接話があるそうだよ」
「………そうですか」
「そう不安な顔をするな…大丈夫だよ」
「はい、お父様…」
あの舞踏会で見た光景を今でも思い出すとゾッとする。焼け焦げた匂いとあの狂った男の声…。
(アデラ嬢は、今どうしているのだろうか?それに…話ってなんだろう…)
最後に見たレナルド殿下の側には、クリスティアナ様がいた。妃が決まったと報告しにでも来るのだろうか?
すこし憂鬱な気持ちを抱えながら執務室を後にした。