第4話 心の穴~魔王、元勇者討伐 後編
「起きろ!」
魔族に頭を蹴られ意識を取り戻す。
どうして俺は生きているのだろう?
周りは薄暗い、どうやら俺は小さな建物の一室に居るようだ。
「え?」
聖剣が無い、確かに胸に刺さった筈なのに。
「あんな聖剣を取り除く位、魔王様なら雑作も無い事」
俺の様子に魔族が教えてくれた。
「俺の仲間は?」
「殆ど壊滅して、残りは逃げおったわ」
全滅は免れたか、ライザ無事なら良いな。
「魔王様自ら話があるそうだ」
「分かった」
俺を助けた魔王。
いや、助けた訳ではあるまい、なぜなら俺は後ろ手に縛られている。
そして隣ではネラスとユリアが裸で両手足を縛られ床に転がっていた。
「どうやら息はあるな」
ネラスとユリアの胸が上下している、乱暴された様子もない。
気を失っているだけだ。
「気がついたか」
部屋の扉がゆっくりと開き、身体を少し屈めながら近づく魔王。
さっき見たが、近くで見たら迫力が凄い。
「お前は怯えぬな」
「は?」
何の事だ?
「我を見てもだ、人間は本能的に怖れると思ったが」
「きっと壊れてるんだろ」
「壊れてる?」
「まあな、言いたく無いが」
説明するのも面倒だ。
「この者のせいでか?」
魔王の言葉に1頭のオークが姿を表す。
さっきネラスを突き飛ばした奴だ。
俺を見たオークの表情が歪む、間違い無いコイツ本当の魔物に...
「タカシか」
「久しぶりだなリュート」
余り変わりばえしないオークのタカシ、オークタカシだった。
「似合ってるぞ」
「ふざけるな!!」
激しく激昂するオーク、殴られるかと思ったが、歯を食い縛りながら立っている。
魔王の威圧に動けないのか。
「この者が勇者だったのは本当だったか」
「称号だけはな、根はクズだが」
「それは認めよう」
なんだ、魔王分かってるな。
「魔石と地図を奪ったならタカシは用済みだろ?
なんで生かしてるんだ?」
「確かに我が幹部を殺したが、人間界を混乱させた功労者でもあるからな、後で人間に戻すつもりだ。
そして残った人間の統治を任せる」
「魔王様...」
情けなく涙を溢すオークタカシ。
お前は本当に勇者として魔王を倒す為に召喚されたのか?
「誰もコイツに従わないと思うが」
「心配するな、魔王様にお前から魅了を返して貰う約束なのだ」
「魅了を?」
そんな事して大丈夫か?魔王まで魅了されたら大変...いやタカシも困るか。
「我に魅了は効かぬ」
「そうなのか」
「そんな下等スキル、人間か下等魔族のオークかゴブリンにしか通用せぬわ」
「へー」
知らなかった。
「さて始めるか」
「何を?」
「貴様のスキルを奪うのだ、勇者のスキルは人間が我を倒せる唯一の物。
お前が使えぬとも、この世界にあるだけで危険だ」
「それなら俺を捕まえた時やれば良かったのに」
「どうしてだ?」
「また剣で貫かれるのは嫌だから」
フッと笑う魔王、しかし直ぐ真顔に戻る。
「聖剣を通じて我のスキルを奪われては敵わぬからな」
「知ってたのか」
残念だ。
「コイツが教えてくれた」
オークタカシが胸を張る、本当にコイツ。
「こんな物は要らぬ、既に我と幹部は魔力で繋がっておる。貴様から全部奪い、仲間に分けるのだ」
聖剣を投げ捨てる魔王。
一体どうやって俺からスキルを奪うつもりだ?
「こうするのだ」
オークタカシが俺の身体を後ろから抑えつける。
動けないじゃないか、なんのつもりだ?
「イテテ!」
魔王の指が俺の胸に突き刺さる。
たちまち魔王の右手が全て俺の胸に入って来た。
「ほう、心に穴が開いてるな?
なるほど、感情が分からぬ訳だ...」
「どうでも良いから早くしろ!」
痛い!手を突っ込まれてるのは胸だが、頭の中まで掻き回されている錯覚を覚える。
「これか?いや違う...」
「全部持っていけ!!」
「貴様何を!!」
渾身の力を込め魔王の手にスキルをぶつける。
なにかが一気に吐き出される感覚に思わず笑いだしてしまった。
「止めろ!」
「ギャアアア!!」
俺を抑えていたオークタカシが突然叫びながら床を転がる。
止めろと言われても止める事が出来ない。
「なんだこの記憶は!!」
「知るかよ!!」
とうとう魔王まで叫び出した。
どうやら吸収してきた絶望の記憶が一斉に魔王の脳内へと入っている様だ。
凄まじい快感、不快だった気持ちが霧散する。
「味わえよ!みんなお前達がやって来た事だ!」
「我は知らん!!特に人間の女は犯してなぞおらん」
「クソ野郎がした事だ!仲間にしたんだろ!!」
「「「「「「「ガアアアア!!」」」」」」」
扉の向こうから聞こえる魔族達の叫び声。
そういえば繋がっていると言ってたな。
「魔王様!」
「おお何とかせよ!!」
入って来た一匹の魔族が魔王にすがりく。
死にそうな顔をしていた。
「魔王様手を抜いて下さい!」
「無理じゃ!離れんのだ!」
魔王が俺ごと手を振り回す。
一体化した魔王の手は抜ける気配が無い。
「斬れ!!我の腕を斬るのじゃ!!」
「畏まりました!」
「うわ!」
魔族の剣が魔王の手を切り裂く。
俺はそのまま壁に激突した。
「よくも...貴様」
魔王がゆっくり立ち上がる。
しかし気持ち良かった。
「ウギャアアア!!」
「止めてくれ!!赦してくれ!!」
またしても叫び声を上げる魔王達、オークタカシは床に突っ伏し泣き叫ぶ。
どうやら悪夢の記憶は奴等の頭に染み付いた様だ。
「魔王領に引き上げるぞ!!
直ちに転移の用意を!!」
「は!アアアア!!」
大混乱の魔王達、気づけば、俺とユリア、ネラスの三人を残し魔王軍は消え失せていた。
いや、オークタカシと俺の胸に埋まったままの魔王の右手も残して。
こうして有耶無耶に魔王達との戦いは終わったのであった。