第4話 心の穴~魔王、元勇者討伐 中編
魔王討伐の作戦会議は俺の発言で大混乱となった。
『やむを得ぬ』
俺の発言を国王達、大部分の貴族は賛成した。
『それで良いのか?』
宰相と一部の貴族は複雑な表情で俺を見た。
断固反対だったのはネラスとユリア。
しかし、ライザは賛成に回ってくれた。
ライザは俺の事をよく分かってくれている、幼馴染みというのは気心が知れているので有難かった。
ライザの説得にネラス達も最終的には折れ、俺達は本格的に魔王軍を迎え打つ為に動き出した訳だが、肝心の討伐隊は士気が低く、雰囲気は最悪だった。
クソ勇者に抱かれてしまった聖女と戦士。
そして抗え無かった賢者の3人に対する不信感。
絶望するばかりで、なんの対策もしない王国に対する不満。
討伐隊は敗北に次ぐ敗北で、既にその数を1/3まで減らしていた。
前線に立ち、魔王軍の先遣隊と戦いながら、討伐隊の士気が落ちてしまった理由が分からない。
考えたら分かる筈なのに、どうしても理解出来ない。
俺の心は完全に何かを失ってしまった様だ。
最近では人の痛みすら分からなくなった。
戦闘で亡くなった仲間の顔を見ても、
『ああ死んだのか』
それしか浮かんで来ない。
魔王に対する怒りも、仲間に対する哀悼も。
『魔王を倒す』
どうやら使命感にのみ、突き動かされているだけなのだ。
俺は悲しみにくれる仲間達に吸収のスキルを使った。
魔王軍によって蹂躙された街にも行った。
辺り一面焼け野原で、食い散らかされた人間の死体が散乱していた。
中には乱暴された女性の死体もある。
食料として扱うならそのまま食べればいいものを、わざわざ襲って乱暴する気持ちが分からなかった。
そんな事を考えながら、僅かに生き残った街の人と遺体を回収する隊員に吸収のスキルを使った。
『少しでも彼等の気持ちが楽になれば良いな』
そう考える俺の頭はやはり冷えたままだった。
決戦が迫ったある日、討伐隊に新しく大勢の兵士が加わった。
王宮で俺が吸収のスキルを使った人達。
下位の貴族が殆どだったが、少しでも戦力になれば良い、どうせ俺達みたいに捨て石になる運命だ。
意外だったのは教会から教皇と、王国から宰相が加わった事だ。
よく分からないが、俺への罪滅ぼしとか言ってた。
そんな気持ちは要らないが、少しだけ嬉しかった気がした、次の瞬間その気持ちも消えた。
これで討伐隊は総勢八千人。
しかし魔王の軍勢は約4倍の3万2千。
更に魔王1人で10万の戦力に匹敵するという。
討伐隊個々の戦闘力は魔族に対して互角だから俺が魔王の無力化に成功しても、此方の劣勢は覆せない。
しかし魔王軍の士気は確実に落ちるだろう。
そうなれば、魔族と講和のチャンスなのだ。
国王はその時に備え、王宮で吉報を待つと宰相から聞かされた。
討伐隊はこの期に及んでも前線に立たない国王に対し剣呑な雰囲気だったが、それもどうでもいい。
『剣一つも握った事も、戦場に立った事すら無い人間が来たところで迷惑以外何者でも無いからな』
そう言った俺をライザ達は悲しそうに見ていた。
そんなライザは綿密な作戦を立てている。
国王達が立案した山道の狭所で魔王のみを奇襲する案を退け、広大な草原での決戦が決まった。
ライザ達の分析によると、魔王はどうやら正々堂々な戦いが好きらしい。
罪の無い女子供まで一方的に虐殺しておきながら、ふざけた奴だ。
魔王個人の情報としては沢山のスキルを持っているのは知られていたが、中には相手のスキルを奪い、自分や周りの魔物に分け与える能力まで持っているらしい。
もし俺が魔王からスキルを奪われたら、俺の中に眠っているクソ野郎から奪った勇者や魅了のスキルまで魔王の物になるかもしれない。
それは嫌だな、魔王に魅了なんて、クソ野郎に魅了されると同じ位悪夢だ。
もっとも、魔王は人間に情欲を持たないそうだが。
これで勝てる見込みがほぼ無くなったと感じた。
魔王と俺では魔力に差がありすぎる、奪われないで居られる筈がない。
でも後には退けない、今さら逃げ場など世界のどこを探しても無いのだから。
気づけば、王宮を出発してから1ヶ月。
討伐隊は草原に陣を取り、魔王軍を迎え打つ準備を整えたのだった。
「...リュート起きて」
「おはようユリア」
ユリアの声に目覚める。
被っていた毛布を素早く畳み、みんなが食事に使っているテントに足を運ぶ。
テントの中では数百人の仲間達が食事を取っていた。
「はい、リュート」
ネラスがプレートに料理を乗せて俺の前に出した。
「いただきます」
懐かしい料理が並んでいる。
もちろん、どの料理にも見覚えがあった。
「おいしい!やっぱり義姉さんの作る料理は最高だ!」
「...よかった」
ネラスは涙を流す。久しぶりに義姉さんと言った気がする。
何でそう呼んでしまったのか?
いくら考えても答えは出なかった。
「はい、これもどうぞ」
「ありがとうライザ」
ライザの作ってくれたスープを受け取る。
これも懐かしい味がした。
「いつもより美味しいよ」
「...そう」
嬉しそうにライザが微笑む。
今日、討伐隊は魔王軍の本隊と対する。
おそらくここに居る仲間と食事を取る事は二度と無い、少なくとも俺は絶対に無理だ。
だが、全く恐怖を感じない。
『ようやく終わる、やっと死ねるんだ』
人間らしい感情を失っていく恐怖の方が死への恐怖を上回っていた。
「じゃ行ってくるよ、ライザ本隊をお願い」
本隊の指揮を取るライザと分かれ、俺とユリアとネラスは魔王軍の背後に回る。
本隊と激突する乱戦に紛れ、魔王に一か八かの突撃を敢行するのだ。失敗は許されない。
「...うん」
言葉少なくライザが俺を見る。
何も感じない、どうしてライザは泣いてるんだ?
「泣かないでくれ」
「...分かった、リュート帰って来てね」
「無理だな」
愕然とするライザを残し本隊を離れる。
無理以外、言葉が見つからなかった。
「ユリア!ネラス!!お願いよ!!」
後ろからライザの叫び声が聞こえ、両隣にいるユリアとネラスの目から涙が流れている。
2人は死が怖いのだろう。
折角助かった命なのに...いや魔王を倒す為だ。
「行くか」
なるべく目を合わさず、予定の位置へと向かった。
「始まったか...」
戦場が一望出来る高台から魔王軍と激突する様子を観戦する。
一丸となり敵の本隊に切り込む討伐隊。
それを包み込む魔王軍、たちまち我が方は数を減らしながらも、突進を続けていた。
「あれが魔王だ」
ネラスが教えてくれた。
一際デカイ魔獣に跨がる魔族、間違い無さそうだ。
「それじゃ行きますか」
一気に高台を下る。
上手く魔王の近くに行ければいいのだが。
「...クソ」
魔王の周りには大勢の魔族が守りを固め、近づく事が出来ない。
ライザ達本隊も半分程に兵を減らしていた。
「グッ!!」
「ユリア!!」
叫び声を上げて倒れるユリア、胸には数本の矢が刺さっていた。
「構わず行って...」
「分かった」
矢を抜きながら自らにヒールを掛けるユリア。
魔族達が取り囲む、もう助ける事は出来ない。
ネラスと魔王に肉薄する、チャンスだ!
魔王の前に立ち、ネラスが聖剣を抜く。
胸を貫く衝撃に耐えながら背後の魔王まで剣が届くのを待った。
「魔王様危ない!」
「ギャ!」
突如現れたオークがネラスを突き飛ばす。
なんでオークが人間の言葉を話せるんだ?
衝撃で聖剣を離したネラスが吹き飛ばされ、地面を転がった。
「その2人を捕まえよ、死なしてはいかんぞ」
地の底から響く様な声、おそらく魔王からだ。
「畜生...」
胸に刺さった聖剣を見ながら意識を失った。