第4話 心の穴~魔王、元勇者討伐 前編
聖剣を抜いて貰った俺は二日間の静養を終えると国王達に呼び出された。
ライザ達から大体の事情は聞いていたが、いきなり国王陛下と直に話す事になるとは予想外だ。
最後に陛下と話したのは、クソ勇者の魅了を訴えて、逆に殺されそうになって以来か。
あの時は周りにいた全ての貴族と教会からも教皇を始めとした人達から罵倒されたっけ。
まあ、今となってはどうでも良いけど。
「おおリュート!戻って来ると信じておったぞ!!」
王の間に入るなり国王陛下が親しげな態度で俺を迎えた。
よく見れば宰相や教皇を始め、沢山の貴族が居るな。
でも全く緊張しないし、怒りも込み上げない。
それは皆の顔が酷く窶れ果てているのもあるが...
「は、陛下には御心配をお掛けしまして」
一応は臣下の礼をする。
「そんな事はよい、してどうだ?」
「どうとは?」
ちゃんと説明してくれなきゃ分からない。
「スキルじゃ、勇者のスキルは?」
「残念ながら」
そんな物ある筈無い。
教皇も俺を見れば直ぐ分かる様な物を、顔を伏せてやがる。
「何!?」
「リュートは勇者のスキルをタカ...あの者から奪ったのではないのか?」
タカシの名前を口にしないのは、頭の中は常に絶望の悪夢が浮かんでいるからだとユリアが言ってたな。
「そうじゃ、貴殿は聖剣に貫かれていたにもかかわらず死ななかったではないか!」
「まあ...結果はそうですね」
まだ喋ってたのか、面倒くさいな。
「なんじゃその態度は!!」
「これは失礼を...」
「お待ち下さい、リュートは聖剣の傷により、感情に乱れが生じております」
激昂する貴族達にライザが説明をしてくれた。
「本当か?」
「そうみたいです」
自分では分からないが、そうなんだろう。
タカシによって見せられたユリアとネラスの光景は忘れていないが、全く胸が痛まない。
興味が無いというか、何の感情も浮かんで来ない、たまに浮かんでも一瞬で消えてしまう。
「...してリュートは何が出来そうか?」
おっと質問か。
「出来る事ですか?まあ吸収が少し強くなった事でしょうか」
「...何を」
なんだみんな唖然として、変な事言ったかな。
「今更魔石拾いでもするつもりか?」
「それを勇者の側でするように命じたのは、陛下であらせられますが」
「貴様!恋人を奪われた事に対する意趣返しか!?」
これは不敬だった、でも少しだけ怒りの感情を感じた。
「何を笑っておるか!」
周りの兵士が俺に剣を向ける。
しまった、笑ったのは自分の感情が嬉しかっただけなんだけど。
「誰に剣を向けているの?」
「ここで死にたい?」
「よせネラス、ユリアも」
慌てて二人を止める。
殺気が凄いな、ネラスは戦士のスキルを殆ど失ったって聞いたけど、残ったスキルで聖剣を腰に差している。
聖剣の力も僅かしか残ってないらしいが、以前より強くなってないかな?
白髪になって凄みまで増した。
「宰相様、少し宜しいでしょうか?」
黙っていたライザが手を上げた。
彼女が冷静でよかった。
「...ん、なんですかな?」
「こちらに」
ライザの手招きに宰相がやって来た。
近くで見る宰相の顔はどす黒く、記憶にある顔より遥かに老いてしまった様に見えた。
「両手を出して頂けますか?」
「一体何をするのか?」
宰相は震える両手を差し出す。
打ち合わせ通りにやりますか。
「リュート、お願い」
「ああ」
宰相の手を握り、吸収のスキルを発動させる。
手から伝わるのは、中身は分からないが、きっと悪夢の記憶かな?
しばらくすると、何も伝わって来なくなったので宰相の手を離した。
「こ...これは!!」
「どうしたのじゃ!?」
「何をした!」
「消えている!悪夢が殆ど頭から!」
「まさか!」
「本当にか?」
「本当じゃ!!
思い出す事をしない限り、頭に浮かんで来んわ!」
やっぱりそうだったのか。しかし周りが煩い。
「次は私じゃ!」
「何を言うか儂が先に決まっとる!!」
男達は所々で胸ぐらを掴み合う。
本当にこいつら貴族なのか?
「あの」
「なんじゃ!!」
そんなに睨むなよ、忠告してやるのに。
「陛下が一番じゃないですか?」
「「「「「「あ!!」」」」」」
今頃気づいたか、ネラスとユリアも呆れてるぞ。
「もっと言うならば、先に奥方様や御息女様かと」
ライザは偉いな、そこは気づかなかった。
「誰か!直ぐに妃を、娘達を呼んで参れ!」
国王が叫ぶ。自分で行った方が早いのに。
「わ...私も」
「私もじゃ」
「儂も」
忽ち王の間から貴族達が消え失せた。
しばらくすると、大勢の女性達が集まり出す。
みんな絶望に打ちひしがれた表情をしていた。
「凄い数だな」
「ええ、リュート大丈夫?」
「まあね、それじゃ始めます」
「王妃様、お手を」
ライザに促され王妃様が手を差し出す。
記憶にある王妃は美しく、気品溢れる人だったが、今は見る陰も無い。
しっかりと手を取り、吸収のスキルを発動させた。
「こ...これは!」
「どうじゃ?」
王妃の隣で不安そうな陛下が聞いた。
「あなた悪夢が消えたわ!」
上手く行ったみたいだ。
「じゃ次ね」
こうして俺は全ての人に吸収のスキルを使った。
「「「「すまなかった!!」」」」
貴族達が一斉に頭を下げる。
さすがに陛下まで頭を下げられては恐縮する。でもそんな気持ちまで一瞬で消えてしまった。
「いいです、お役に立てたなら」
「して...やはりその力は魔王討伐に」
「役に立たないでしょうね、奴等は絶望なんかしてませんし、あっても逆に吸い取ったら益々勢いに乗りますよ」
「そうか...」
また全員が項垂れてしまう。
その後、魔王の対策会議が始まった。
「状況は?」
「うむ、魔王の軍勢は既に近隣の国を飲み込み、この王国へ迫る所まで来ておるのだ」
宰相が地図を指しながら魔王軍の現在位置を教えた。
「随分早いな」
「そうね」
魔王軍の行軍速度があまりにも早い。
ライザ達も驚いている。
「いつもの寸断作戦は使えないか」
以前の作戦では討伐隊は魔王軍の本隊から幹部の隊を切り離し、勇者パーティーは魔王軍幹部のみを倒していたけど、今回は無理そうだ。
敵が大群過ぎる。
「...どうしたの?」
「いや...」
「...ごめんなさい」
「...リュート」
「あ、そっか。すまなかったな」
そうだった。勇者パーティーは討伐隊と離れると行く先々でクソはユリアとネラスを抱いて俺に見せつけていたんだ。
「一丸となってぶつかるか」
敵の本体、魔王軍の中心を指揮棒で指し示した。
「それは...」
「犬死にだ!むざむざ死にに行く様な物では無いか」
貴族達の怒りは分かる。
しかし他に方法があるのか?
「なら降伏ですか?ひょっとしたら命くらいは助けてくれるかもしれませんよ」
「無駄よ...」
「そうか?」
ライザは静かに首を振った。
「奴等、今回は降伏した民衆を皆殺しにしてるそうよ」
「へえ...」
奴隷にするとか考えないのか?
奪った土地をどうやって維持するつもりなんだろ?
「それにしても侵攻が早いな、よく補給が続くね」
こんな速度で補給線が維持出来るのか?
奴等だって食料はもちろん魔力の補給が必要だろうに。
「それが不思議なのだ、そしてこんな速度で我が方の防御線の合間を避けるみたいに進むのもな」
「新しい幹部でも現れたか?」
「報告では、...そうだな新しくオークが参謀に着いたそうだ」
「オーク?」
そんな下位の魔族が魔王の参謀に?
「そいつがタカシだったりしてな」
豚みたいに太っていたからな、全くお似合いだぜ。
「あれ?」
また空気が強張ってしまった。
感情のコントロールが出来ないのは困る。
「それは無いわ、オークは2メートル近いわよ。あのクズは人間の大きさだったし」
ライザ、真に受けないでくれ。
「冗談だよ、でも内通者は居るな」
「「「内通者?」」」
「間違いないだろうね」
仮説だが、そうだとすれば辻褄が合う。
「...タカシか」
「アイツ魔石を全部奪って行ったからね。
こっちの配置地図もみんな」
「あぁ...」
魔石は魔族にとって魔力の源。
呪いは解除しているから難なく補給出来る。
たがら奴等は補給無しで一気に進んで来る事が出来たんだろう。
食料はおそらく、捕まえた人間を...クソが。
「しかし魔王もよくアイツを使いこなせるな、タカシには何のスキルも無いのに」
「口は達者だったからな」
「中身は無かったけど」
散々な言われ様だが、確かにその通りだった。
敗色は濃厚、ここは覚悟を決めよう。
「一つだけ方法がある、魔王を倒せないまでも、奴を無効化する方法がな」
「なんと!」
「本当か?」
「ええ、俺のスキルを応用すればだけど」
ゆっくりと周りを見渡す。
全員が信じられない目で俺を見ていた。
「...それは?」
「ネラス頼めるか?」
「リュート...まさか」
どうやらネラスとユリア、もちろんライザも俺の考えていた事が分かった様だ。
「その聖剣で俺を魔王ごと刺せ、奴のスキルを全て吸収してやる」