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第3話 貴方と共に~私達に出来る事 中編

「...ユリア...すぐにリュートの部屋に行って」


「え?」


 酷い火傷のライザにヒールを掛けると、小さな声で呟いた。


「早くリュートにヒールをしなくては彼が死んでしまう...」


「どうして?」


 あれから一体どうなったのかを詳しくライザから聞いた。

 捜索隊に救出されて以来、私はただ絶望に浸っていた。

 身に起きた不幸に嘆き悲しみ、死にたいばかり考えていたのだ。


「分かった、早く来てね」


「ええ...ネラスの部屋で待ってるわ」


 そう言うとライザは意識を失った。

 凄まじい精神力を持つライザ、彼女の事たがら直ぐに意識を取り戻すだろう。


 急いでリュートの部屋に向かう。

 本当は会わす顔なんて無い、だがそんな事を今は言ってられない。


 リュートが死んでしまったら私は間違いなく後を追うだろう。

 彼が助かるなら私はそれで良い、彼に死ねと言われたら、その場で命を散らすつもりだ。

 それだけの事を私はしてしまったのだから。


 リュート、私の大切な恋人。

 聖女でありながら、タカシの魅了によって(けが)され、あまつさえリュートの目の前で抱かれてしまうなんて...


 激しい嘔吐感を抑えながらリュートが眠る部屋に着く。

 ドアに手を掛け、そっと扉を開けた。


「...リュート」


 ベッドで眠るリュート。

 胸に突き刺さる聖剣、リュートから聞こえる僅な呼吸音、こんな事をした奴に私は身体を...


「...今はまだ死ねない」


 必死で気持ちを奮い立たせる。

 頭の中に絶望の記憶がずっと浮かぶのは魅了の副作用だろうか?

 後悔は死ぬ時にすれば良い、今はするべき事をしよう。


「ヒール...」


 聖剣の刺さったリュートの胸にヒールを掛ける。

 胸から流れていた血が止まる。

 どうやら間に合ったみたいだ。


 安堵感、久し振りにリュートの顔を見た気がする。

 魅了とは何て恐ろしいのだろう。

 こんなに愛しているリュートを裏切ってしまうなんて。


『見ろよリュート!

 お前の愛しいユリアの姿をよ!』


『ああタカシ愛してるわ!!』

 まただ!

 またしても悪夢の記憶が!


「ゲエェェ....」


 今度は堪え切れない。

 何も食べて無いにも関わらず、胃液が床を濡らした。


「待っててね、少し行ってくるから」


 リュートの部屋を出てネラスの部屋に向かう。

 途中、数名の兵士が私を見て驚いている。

 当然だ、王宮に帰って以来、服も着替えず、一睡もしないまま部屋に籠っていたのだから。


「開けるわよ」


 ネラスの部屋の扉を開ける。

 そこにはすでに目覚めたライザがベッドの脇で私を待っていた。


「リュートは?」


「大丈夫よ、しばらくは、だけど」


「そう」


 無駄な言葉は要らない。

 早くネラスをリュートの元に連れて行かなければ。


「これは...」


 ネラスの姿に言葉を失う。

 裸で身体を横たえるネラスの両手首と両足首は肌が裂け、一部に骨が見えている。

 それだけでは無い、ベッドの上は糞尿の後が滲み、酷い臭いを発生させていた。


「門番から聞いたわ、無理矢理食べ物を口に押し込んだそうよ、糞尿を撒き散らかすから服も脱がしたって」


「...酷い」


 ネラスの美しかった容貌は見る影もない。

 私とライザにとって憧れの姉みたいな存在だったネラス。

 戦士として国に尽くしてきた彼女に対し、この扱いはあんまりだ。


「王国もそれどころじゃないから」


 ライザは特に怒る様子も無い。


「どういう事?」


「クソ野郎の魅了が解けたからね、みんな絶望してるのよ」


「...なる程」


 クソ勇者(タカシ)に全てを差し出していた国王達。

 愛する妻や娘までも、正気に戻れば絶望するだろう。


「正気に戻らない方が幸せかな?」


「そうとも言えるわね」


 天井を見上げるネラス。

 殆ど(まばた)きをしない瞳。

 半開きの口からはヨダレが溢れていた。


「ネラス、聞こえてる?」


「...アハハハ」


 呼び掛けてみるが、私の方を見ようともせず、笑い声しか返さない。


「いつからこんな感じ?」


「聞いた話じゃ一昨日くらいからだって、それまではリュートの名前を聞いたら反応はあったそうよ」


「名前を?」


「ええ、唯一反応があったから何度も言ったらしいわ」


「...残酷ね」


 錯乱状態の人間に最大のトラウマを聞かせ続けられたら、私も間違いなくこうなっていただろう。

 結界を恐れ、誰も部屋に近づかなかった私は幸運だったのか。


「どうする?」


「諦める訳にはいかない」


「そうよね」


 決然とした態度のライザ、でもどうやってネラスを?


「私に考えがある」


「考え?」


「上手く行くか分からないけど」


 どうやらライザには策があるのか、彼女は昔から優秀だったから。

 本当はライザがリュートの恋人にふさわしい人間だった。

 彼女だってリュートを愛していたんだ。


 幼馴染みで初恋の人、そんなリュートが私を選んだのはライザにとって身を引き裂かれる程辛い事だったに違いないのに。


「ユリア、そっちを持って」


「持つって?」


 ライザがネラスの身体を起こす、一体何をするつもりなの?


「リュートの元に連れて行くのよ」


「こんな状態でどうする気?」


「いいから!」


「...分かった」


 ネラスの腕を肩に掴み、引き摺りながら部屋を後にした。


「さてと...」


 リュートの前にネラスを横たえる。

 もしかしたらリュートを見ればネラスが正気に戻るかと期待したが、一瞬だけ目を見開いただけで、直ぐに目を逸らし、また笑いだした。


「アハハハ...」


 部屋にネラスの笑い声だけが虚しく響く。

 やはり無駄だったのか...


「ユリア、ネラスにヒールを」


「ヒール?」


「そうよ、怪我してたらネラスは力を発揮出来ないでしょ?」


「...でも」


「早く!」


「分かったわよ」


 苛つくライザだけど、せめて説明をして欲しい。


「次はこれをネラスに着せるの、後ユリアもこれに着替えて」


 ライザは新しい服を差し出した。

 どうやら彼女の物らしい、私達三人の体型は似てるから着られるけど。


「良い?」


「うん」


 訳が分からない、何の意味があるのか?


「目覚めた時に胃液だらけのユリアと裸のネラスじゃリュートが可哀想でしょ?」


「それって?」


 まさかライザはそんな事まで?

 ひょっとしたら本当にリュートは目覚めるの?


「今からネラスの手に聖剣を握らせる」


 黙ってライザの言葉を聞こう。


「聖剣を通じてネラスの錯乱は収まるわ、リュートのスキル[吸収]でね」


「まさか?」


 リュートのスキルは人間の感情まで吸い取れるの?

 そんな話聞いた事無い。


「信じられないでしょうけど、私は何度も助けて貰ったの」


「...ライザ」


「子供の頃に怪我をした時や、怖い夢を見た時、後は死にたくなる程辛かった時にね。

 リュートがそっと内緒で」


「死にたくなる程辛い事?」


「失恋よ」


「う...」


 ...私の知らない二人だけの秘密だったのか。


「ごめんね。でもリュートを責めないで、私が頼んだの」


「...分かってるわ」


 しっかりと頷きライザに笑う。

 錯乱した笑いじゃないよ。


「行くわよ」


「ええ」


 リュートの身体を横に倒し、ネラスの両手を聖剣の柄に近づける。いよいよだ。


「「えい!」」


「アアアアァ!!」


 雄叫びを上げるネラスの身体をライザが必死で抑えつける。

 私はネラスが柄を離さない様に彼女の両手を上から握りしめた。

 もちろんリュートの傷が開かないようにヒールを掛けるのは忘れない。


「リュート!!愛してる!私はリュートを....」


 ネラスが叫ぶ、そういえばネラスがリュートに対して感情を叫んだのは初めて聞いた。


「畜生!止めろ!この身体はリュートの...」


「ネラス...」


 ネラスの叫び声は私の心をも抉った。

 しかしどうした事か、私の心に湧き上がる絶望は瞬く間に消えて行く。


「...ここは?」


 しばらく後、ネラスの静かな声が聞こえた。

 どうやら錯乱は収まった様だ。


「これは一体?リュートがどうして!?

 ああ私は!!」


「落ち着いてネラス、先ずは話を聞いて!」


 混乱するネラスに必死で事情を説明するライザ。

 その様子に私は今さらながら彼女に敗北したと感じた。

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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱり魅了系スキルは持ってるだけで大罪ですね。もう魅了対策アイテム標準装備と魅了スキル封印措置、ハーレム者には最高位の鑑定義務とかないと国が滅びかねませんね。
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