第3話 貴方と共に~私達に出来る事 前編
「絶対に死なせるものか...」
特別に作らせたベッドで眠るリュート。
裸の上半身に突き刺さったままの聖剣が光っていた。
リュートの胸を貫く聖剣、その剣先は背中を貫通している、しかしリュートは死ななかった。
それは決して奇跡なんかでは無い。
必然的な物なのだ。
そうで無ければ剣で貫かれた人間が生きていられる筈がない。
王宮に戻って5日、私は殆ど寝食をせずリュートにヒールを掛け続けている。
確かに聖剣の怪我はヒールでは治らない。
しかし絶え間なく流れる血をどうにかするにはこれしか方法が無かった。
ユリアは全く役に立たない、ネラスも同様。
だが気持ちは分かる。
タカシの魅了から解放された時の絶望は最終的に身体を許さなかった私でさえ悍ましい記憶。
『奴に奪われた唇、全身を愛撫され...』
ダメだ、いくら忘れようとしても決して頭から離れない。
よく最後まで奴にされなかった事だ。
それは私が人より優れた魔力耐性を持って奴に抵抗したのと、ユリアとネラスが積極的にリュートの目の前で屑野郎に抱かれ、その絶望をクソ野郎が愉しみ満足したからだ。
私達のそんな姿を見せられながらも発狂しなかったリュートは凄い。
だけど思い返してみれば、途中からリュートは全てを諦めていた気がする。
魔王を倒し人々を救う、それだけが彼の心を支えていたんだろう。
「あ...」
「...リュート」
僅かに開いたリュートの口から溢れる声。
まだ意味を成さないが、この数日頻繁になってきた。
そういえば聖剣の輝きもどこかくすんで来た様な...
「まさか?」
周囲に積み重ねた聖剣に関する書物を開く。
[聖剣の輝きが失われる
その可能性は2つ。
1つは魔王を倒し、役目を終えた時]
「これは違うわね、魔王は健在だし。
あともう1つ...これは?」
書かれていた項目に思わず声が出る。
[聖剣の力を全て使い尽くされた時、聖剣は只の剣に戻る]
「まさかリュートは聖剣の力を吸い取っているの?」
そうならば、リュートが生きているのも納得だ。
しかし聖剣はその力を失いつつある。
リュートが全てを吸い尽くせば、胸に刺さった剣は彼の致命傷になってしまう。
「一体どうすれば」
必死で書物を捲るが、答えなどある筈も無い。
聖剣を使えるのは勇者だけなのだ。
賢者の私や聖女のユリアでさえ、力を発揮している聖剣は持ち上げる事さえ出来ない。
「...戦士のネラスなら?」
ネラスなら出来るかもしれない。
彼女の持つ戦士のスキルなら可能性がある。
魔王討伐で旅の途中クソ野郎が面白がって聖剣でリュートを叩きまわしていた時、ネラスだけがその剣を叩き落とす事が出来たのだ。
だが、その夜ネラスはクソ野郎に...
そうとなれば、次だ。
ネラスが聖剣を引き抜くと同時にヒールを掛ける。
遅滞は許されない。
一瞬の遅れがリュートの死なのだから。
「ユリアのヒールか...」
聖女の持つヒール。それは最高位のヒール。
私なんかのヒールとは比べ物にならない。
これでリュートは助かる、2人の協力は必要不可欠だ。
「...ライザ様」
ユリアの籠る部屋に着くと見張りの門番が慌てて私を見た。
私もずっとリュートと部屋に籠りっきりだったからな。
「ユリアは?」
「...未だに」
「そう」
予想通り、ユリアの絶望は分かる。
恋人であるリュートの目の前で晒したクソ野郎との恥態、正気に戻ったならば堪えられる筈も無い。
「ユリア開けて、ライザよ」
結界の掛かったドアに向かい、呼び掛けてみるが返事は無い。
「ユリア、開けるわよ」
「お止め下さい!」
「グッ!!」
門番が慌てて止めるが一足遅く、ドアノブを握る私の手に激しい衝撃が走った。
「...なる程ね」
おそらく国王が無理矢理ユリアを引き摺り出そうとしたのだろう。
ユリアはそれを嫌い、電撃が走る結界を張った、そんなところか。
「下がりなさい、巻き添えで死にたく無ければ」
「は...はい!」
走り去る門番、私の周りには誰1人居なくなった。
ここからは我慢比べだ、ユリアの結界が破れるか、堪えきれず私が死ぬかの。
「ユリア、リュートを救いたいの力を貸して!」
「...もう手遅れよ...私はもう」
小さな声が返って来た。
「そんな事ない、今しないと本当に手遅れになるわよ!」
「....」
だんまりか、そういえばユリアは聖女に選ばれる前、そんな女だった。
「開けなさい!リュートを助けたく無いの!?」
「イヤだ!でもどんな顔で会えば良いのよ?」
「...それは」
ユリアの声に返事が出来ない。
「ライザは良いわよね!抱かれずに済んだんだし!!
私は...もう私は...」
何をいうのだ!私だってリュートの目の前でクソ野郎と唇を合わせてしまった。
リュートは魔王を倒す為に絶望しながら、私達と一緒に居たのに!
「世界を、魔王を倒すにはユリア、貴女の協力が必要なのよ!
リュートの想いを無駄にする気?」
「世界なんか、もうどうでも良いわ!!」
「今何を...」
「世界なんか...あんな勇者を召喚した、もう私は終わりよ...」
「止めろ!!」
ドアノブを両手で握りしめる。
これ以上ユリアの言葉を聞きたく無かった。
「グアアアア!!」
ドアノブから凄まじい激痛、だが離すものか。
「止めてライザ!」
「イヤだ!」
それなら結界を外せ!
「ガアアア!」
手から煙が上がって来た。
焦げ臭い臭い、私の手が焼けているのか?
ダメだ意識が朦朧と...
「ライザ!」
「...ユリア」
霞む視界にユリアが見える。
酷い顔、やつれはて、髪はボサボサで異臭までする。
「やっと開けてくれたわね」
「...うん」
「酷い有り様ね、リュートが見たら悲しむわよ」
「...ごめんなさい!」
私の胸で泣きじゃくるユリア。
『...これで1人、あとはネラスね、どうやって正気に戻そうかしら』
遠退く意識の中、そんな事を考えていた。