チャット6『ゆう君とマブ』
悪女:お二方とも、お手間を取らせました
勇者:いやいや、超楽しかったからオールオッケー! 久しぶりにこれだけ笑ったわ。名前から想像してたキャラと違い過ぎ。そういえば、どうして悪女なんだ? 知恵との会話ログなかったらマジ怪しいぜ? 味方していいのかって思うし
悪女:よくぞ聞いてくださいました! 悪役の悪と、令嬢とは女ですから女を合わせて悪女にしてみましたの。わかりやすいでしょう? ふっふっふ。さっすがわたくしですわ!
なにが流石なのか。どうしてそれを最良と思ってしまったのか。
薄々気付いていたけど、やっぱりこの子ポンコツちゃんではなかろうか。まぁ、そこが可愛いんだけど。
勇者:うーん、なるほど。俺たちが頑張らねぇとってことだな
知恵:あはははは……
勇者:それじゃあ話の筋を戻して――と、言いたいとこだが! 俺がこれからも手を貸すには一つ条件がある!
知恵:え、いまさら条件?
勇者:おう。まずは誤解があるようだから訂正しておく。俺、普段は一人称「僕」の見た目金髪碧眼の超王子様系美形だからな。嘘じゃねぇからな。マジ勇者様だからな!
知恵:は?
勇者:だから知恵、お前が俺の事を勇者君と呼ぶまで! 俺はお手伝いしません! はい、リピートアフターミー! 勇者君!
知恵:根に持つなぁ!
勇者:ほれほれ、勇者君って言えよ。なんだったらゆう君でも良いぞぅ?
あんたの方がガキじゃん。
そういうところが勇者っぽくないんだってば。
文句の一つでも言ってやりたいが、ヘソを曲げられても面倒だ。転生者チャットについて俺はまだ素人同然だし、勇者の知識はきっとシャーリーちゃんの助けになる。
ああもう、仕方がない。
残るは「勇者君」か「ゆう君」問題になるわけだが、このまま素直に「勇者君」と呼ぶもの癪だ。とくれば選択肢は一つしかない。
知恵:……ゆう君
勇者:ぅえ!? まさかそっちでくるとは思わんかったぞ!
悪女:うふふ! お二方とも仲がよろしゅうございますね。実に微笑ましいですわ!
知恵:今の会話のどこに仲良さ成分が!?
勇者:いや、俺達は今マブになった!
知恵:言い方古いな!
勇者:いよぅし! マブたちが困っているなら全力で助けになる。それが勇者だ! というわけで時間貰って悪かったな。今から本気を出す!
知恵:わー、うれしーなー……
勇者:あっはっは! そうかそうかぁ! んじゃまぁ確認だが、知恵は今日初めて転生チャットにログインした素人であってるな?
知恵:あってるよ。参加かロムって出て、間違えて参加って言っちゃった
勇者:だろうなぁ。初めての奴は慣れるために、ランダムでピックアップされたチャットに飛ばされるんだ。普通はロムを選ぶんだが
知恵:いやまぁ、色々ありまして
勇者:音声識別だからな
バレバレかよ。
意味がないと分かっていても、気恥ずかしさから両手で顔を覆う。ゆう君の馬鹿。こういう時は分かっていても言わないものだぞ。それが配慮ってものなんだからな。
ゆう君は更に質問を続け、シャーリーちゃんの記憶が戻ってからの行動などを聞き出していた。
どうやらシャーリーちゃん、最初にお世話になったチャットルームで困ったことがあったら部屋を立てるといいとアドバイスをもらい、四苦八苦しながらこの部屋を立てて人を待っていたらしい。しかし、待てど暮らせど人は入ってこず――まぁ、あんな怪しいルーム名じゃあ入るのに勇気がいるよな――、俺が入ってきてどれだけ嬉しかったかを切々と語ってくれた。
悪女:知恵神様が入ってきてくださったおかげで、こうやって勇者様もお力になってくださっているのです。どうせ向かう先は断罪ですもの。わたくしの残りの運命、すべて知恵神様に捧げますわ!
知恵:いやいや、そうならないために俺たちがいるんだから!
悪女:知恵神様……!
勇者:はいはーい! 俺の事忘れないでねー! 寂しくて泣いちゃうからー!
知恵:ゆう君って構ってちゃんか?
勇者:うるせぇ。そういや転生者って二パターンに分かれていてさ、俺みたいに生まれた時から生前の記憶持っているタイプと途中から思い出すタイプがいるみたいなんだよ。悪女ちゃんは後者だろ? 元々のシャーロットの人格はどうなっているんだ? 消えた?
悪女:いいえ。消えてはおりません。融合……とでも申しましょうか。割合で言いますと、8対3で生前のわたくしが主導権を握っております。ただ地はシャーロットですので口調がこのように
知恵:つまり、シャーロットの記憶なんかは
悪女:ええ。シャーロットの記憶、感情、すべて溶け合って、わたくしの心に残っておりますわ
勇者:ふむふむ。なるほど。とりあえず現状把握はこんなもんか
知恵:それじゃあそろそろ本題に移ろう。あんまり時間もないようだし。さっさとシャーリーちゃんの現状とこれから起こる事を把握して、対策を考えないと
勇者:だな
悪女:わたくしも嘆いてばかりはいられませんものね。気合を入れ直しますわ!
勇者:ここからは知恵、お前がどれだけの知識を頭に蓄えているかの勝負になってくるかもだぜ? 知恵の名に恥じない知識量を期待してるぞ
知恵:愚問だな! びっくりして腰抜かすなよ?
勇者:お? 言ったな? じゃあ腰抜かさねぇようベッドでゴロゴロしながら聞こうかな
悪いが俺にはスマホという文明の利器がついているんだ。ありとあらゆる情報にアクセスし放題。テンセイジャーみたく、現代知識をふんだんに取り入れて問題解決の糸口を華麗に発見してやるつもりだ。
さすがに魔法や戦い方とか言われたら困るけど、そういうのは勇者が得意そうだし。お任せすれば良いだろう。適材適所。偶然だけどいい面子が揃っていると思う。
勇者:まあ、本気で困ったらあのロム専たちも会話に入ってくるかもだし、まずは気軽にいこうぜ
知恵:ああ。そうだな。気軽に――ん? ロム専?
勇者:ほら、右上に数字が表示されてるだろ? あれがこの部屋をロムっている奴らの数だよ
右上に視線を移す。
ゆう君の言う通り、そこには『2/10』という文字が刻まれていた。つまり、ロムできる定員が十人で、そのうち既に二人分の席が埋まっているということだ。
知恵:ねぇ、それって、もしかして、俺とシャーリーちゃんのあの会話……
勇者:あの会話? ああ! 勇者お兄ちゃんでちゅ――
知恵:やめろ!!
勇者:あっはっは! 俺含めて三人には見られてんな。ご愁傷様ぁ!
知恵:笑いごとじゃねぇえ!!
お願いだからログの消し方教えてください。
でも今ここで教えてくれないって事は存在しないんだろうな。ゆう君はからかい癖はあるものの、以外と世話焼きみたいだし。
まぁ、転生者って事は言い換えれば別世界の人間。普通に生きていれば出会うこともない。つまりノーカンだ。ノーカン。
過ぎた事を悔やんでも仕方ない。今はシャーリーちゃんのために何ができるかの方が重要だ。
よし、と気合を入れて頬を叩く。するとその瞬間、ロム専の人数を表していた数字がくるりと一回転し、「3」に変わった。
えっと、つまり、これって――。
「ノォオオオオ! 増えた――ッッ!?」
タイミング良すぎだろ。そんな事ってある!?
俺は両手で顔を覆いながら、ばたりとベッドの上に倒れ伏した。