チャット4『俺は赤ちゃん』
知恵:よしっ! なんとなくだけど、シャーリーちゃんが置かれている状況は分かった。ありがとう。それじゃあ次に、そのゲームについてもう少し詳しく教えてくれるかな?
悪女:登場人物や物語の流れ、などでしょうか?
知恵:そうそう。出来ればおさらいも含めて一からお願いします。俺あんまりそういうゲームに詳しくなくてさ。赤ん坊に言い聞かせるくらい噛み砕いて説明していただけると、大変ありがたいです
悪女:赤ん坊……わかりました。努力してみますわ!
どう返答しようか迷っているのか。今まで即レスだったシャーリーちゃんの口が止まった。
その間に俺も深呼吸して心臓の調子を整える。
今のままだとうっかり「ンンッ、尊いッ!」などと叫び出してドン引きされそうだからな。いや、シャーリーちゃんなら笑顔でお礼を言ってくれそうだけど。マジ推せる。
しかし乙女ゲームか。
ゲームは比較的やる方だけど、ストーリー性のないアクションゲームが中心だ。花音のおかげで少しくらい知識はあるが、どういった物語が展開されるのかはさっぱりである。
断罪イベントなんてものが存在するくらいだから、意外とシビアな世界観なのかな。恋愛するのも大変だな。
悪女:お待たせいたしました。それでは参ります!
知恵:うん。ゆっくりで大丈夫だからね
悪女:はい。お心遣いありがとうございます、知恵神様。それでは僭越ながら、このシャーロット。精一杯勤めさせていただきます!
なんて生真面目なんだシャーリーちゃん。軽くあらすじを教えてくれればいいだけなのに、この気合いの入れよう。
しかし俺は気づいていなかったのだ。彼女の生真面目さは俺の想像を遥か飛び越え、斜め向こうへ爆走していることに。
シャーリーちゃんは大きく深呼吸すると――。
悪女:は、はぁーい、シャーリーお姉ちゃんですよぉ! お姉ちゃんのお話良い子で聞けるかなぁ?
知恵:待って
悪女:あら、お返事できてお利口さんでちゅねぇ。実はね、お姉さんね、今とぉっても困っているの。なんと、前世でクソゲーとして有名だった乙女ゲーム『あなたの腕に抱かれて』の登場人物、悪役令嬢シャーロットに転生してしまったんでちゅよ
違う。そうじゃない。そうじゃないんだ、シャーリーちゃん。
なんか凄く重要な話をされた気がするが、全く頭に入ってこないぞ。
釣り目の銀髪美人な女の子が、俺のために必死で赤ちゃん言葉を使っている姿を想像してしまった。駄目だ。新しい扉を開きそうになるから止めてください。
知恵:あの、シャーリーちゃ――
悪女:何がクソかってお話でしたら一時間でも二時間でも語っていられまちゅが、今は割愛いたしまちゅね。悪役令嬢シャーロットに関わるお話でしたらまず、クソオブクソシナリオとして名高い王子ルートのご説明をいたしまちゅ!
知恵:クソオブクソ
悪女:ええ! 乙女の夢である王子様ルートがまさかの権謀術策、暗殺、賄賂、なんでもござれの闇鍋状態。そんなリアリティ必要なくってよ! 甘い囁きでドキドキしたいのに、いつ政敵に狙われるかという緊張感でドキドキでしたわよ! しかも物理的に! 選択肢一個間違えただけでデスエンド確定とか意味分かりませんわ!
知恵:やだ怖い
悪女:しかも最後なんて自分の兄をヒロインの目の前で暗殺し「もうこれで何の心配もない。王の座は僕のだ。そして后は君だよ」って血に塗れながら微笑む王子のシーンなんて鳥肌ものですわ! ホラーか! 私はホラーゲーをやっていたのか!
知恵:は、はい
文字だけだというのに、なんという迫力。
赤ちゃん言葉を忘れてしまうほど、『あなたの腕に抱かれて』はシャーリーちゃんの心に深い傷を負わせてしまったようだ。
悪女:ハッ! わたくしったら。申し訳ございません! 知恵神様は赤ちゃんでしたのに
知恵:そうだけどそうじゃないんだよなぁ!
悪女:よしよし、お姉ちゃんのお話最後までちゃんと聞けて凄いでちゅね。偉い偉い。ここまでで分からないことがあったら、お姉ちゃん、何でも答えまちゅからね!
なんか訂正するのも面倒になってきた。
もう、このままでもいいか。誰が見ているわけでもないし。今はともかく、断罪イベントまでの流れと登場人物たちを迅速に教えてもらわないと。
そのためには俺も恥を忍んでこれに付き合うしかない。決して新たな性癖が開花しそうだからとかいう不純な理由じゃないぞ。決してな!
知恵:わー、シャーリーお姉ちゃんのお話面白いなー! 分かりやすいなー!
悪女:ふふ、嬉しいですわ
知恵:それじゃあシャーリーお姉ちゃん。お姉ちゃんが困っている事は、どういう時に起きるものなの? 誰が関わってくるの? 教えてほしいなぁ?
※【勇者】さんが入室しました※
知恵:は?
悪女:あら
勇者:よう! 何か困りごとか? 俺が来たからにはもう安心だぜ! とりあえずログを読んで……読ん、で……んー、あーあー……
知恵:違いますからね! これは不可抗力で!
勇者:お前らさぁ、そういう特殊プレイしたいなら個人ルーム作れよな
知恵:だから違うんですってば!!
衝動的に伸ばした手はむなしく宙を掴んだ。
分かっている。分かっているさ。画面に触れることはできないって事くらい。でも、恥ずかしさのあまり慙死しそうだ。
今すぐログを削除させてくれ。
それかこの勇者って奴の記憶を消去させてくれ。頼むから。
勇者:ん? ああ、専用ルールか。それじゃあ守らねぇとなぁ
知恵:専用ルール?
勇者:よぉし! 勇者お兄ちゃんでちゅよぉ! こーんにぃちはー!
知恵:傷口に塩を塗るのはやめろおおぉぉ!!
勇者:あっはっは!