チャット2『知恵神様爆誕』
転生者チャット。
とりあえず今分かるのは名前と非合法アプリって事だけだ。
人の天井を勝手に占拠しやがったこいつが合法だったら失笑噴飯ものだしな。クレーマー爆誕するぞまじで。
軽くスマホで調べてみたが、目ぼしい情報は無し。
当たり前か。よくある事例だったらもっと騒ぎになっているはずだ。
「となれば実験あるのみ。よぉし、転生者チャット!」
声に反応するのは分かっている。
俺の目論見どおり。アプリ名を高らかに叫ぶと同時に画面が切り替わった。
まるで映画のオープニングみたいに下から上へサラサラと文字が流れていく。どうやらこのアプリの説明らしい。
「そういうところはちゃんとしてるんだ……」
丁寧なのか不親切なのかよく分からないアプリだ。――って、いやいや、勝手にインストールされたようなものだろ。不親切に決まっているじゃないか。
危ない危ない。惑わされるところだった。
気を引き締めていこう。
概要をまとめると『転生とは一度死んだ人間が新たに生まれ変わる事。そんな転生した人たちの中でも別の世界、つまり異世界に転生した人たちと繋がるアプリ』とのこと。
うーん、ファンタジー。
SFなのかファンタジーなのかはっきりしてくれ。だんだん感性までマヒしてきたぞ。
アプリの説明が終わると二つのボタンが出てきた。
一つが参加。もう一つがROM。リードオンリーメンバーの略で通称ロムだ。読むだけでチャットに参加しないことである。
「ふぅん? 参加とロムね。ここは無難に……って、ああああ!」
しまった。
慌てて口を塞いだが時すでに遅し。ぽにゃん、という気の抜けた音と共に『参加』ボタンが押されてしまった。
くそう。最初にロムって言っておけばよかった。
もうやだ。声がキーになるとかズルい。罠でしょ。独り言マンに謝れ。卑怯もの!
心の中でありとあらゆる罵詈雑言を叫び、足をバタつかせてごろごろと転がるが結果は変わらない。
ええい。後悔しかないが、起きてしまったものは仕方がない。覆水盆に返らずっていうしな。
俺は口を抑えたまま画面を確認する。
※【※♂】さんが入室致しました※
悪女:ああ、誰かいらっしゃったのですね。ありがとうございます! 嬉しい!
悪女:あの、お願いいたします。一言でいいので答えてくださいませ。お力をお貸しいただきたいのです
悪女:お願いいたします。どうか!
悪女:誰か
真っ白なチャット画面にポコン、ポコン、と次々に文字が現れる。どれも悲痛な叫びのように見えるが、それよりも名前の方が気になってしょうがない。
悪女ってなに。
一般庶民が関わっても良い人物ですか。
「え、なに……?」
――なんなんだ一体。
独り言マンの悲しい習性。つい心の声が漏れ出てしまった。
さて、お分かりだろうか。
はい、そうです。学習しない馬鹿とは俺の事。もちろん画面には俺の発した言葉がバッチリ表示されておりますとも。
結論が出る前に悪女さんと関わり合いになる事が決定いたしました。
自分の迂闊さが怨めしい。
悪女:ああ良かった! わたくしの話を聞いてくださるのですね! 嬉しい!
おおっと。もの凄い速さでレスポンスが返ってきたぞ。
文字を打つ手間がない分、会話と同じスピードでやり取りできるみたいだ。声認識というのも良し悪しだな。
でも俺は話を聞くとも聞かないとも言っていないんですけど。早とちりし過ぎだろ、この悪女さん。それだけ切羽詰まっているという事か。
――そこまで考えて、ようやく間違いに気づいた。
ああ、日本語って難しい。
今俺が驚嘆の意味で「なに?」と発した言葉は、文字にすると「どうした?」という意味にも取れてしまうのである。
おかげで悪女さんは、俺が相談に乗る前提で話を進めていらっしゃる。
悪女:ありがとうございます! それでその、ご相談内容なのですが――あ。その前にお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか? 少々読み方が……ええと、こめ……こめ……あ! わかりましたわ! 米男さまですわね!
悪女:よろしくお願いいたします、米男さま! ふふ、お米が好きなのでしょうか?
待って。
誰。米男って。俺は米男さんではなく、渉さんなんですけど。
お米好きなのは合っているけどね!
そういや参加ボタンを押してすぐ、ハンドルネーム登録をしろだとか何だとかの画面に移った気もするけど、バタバタもじもじしていたら時間切れになっていたな。
なんか俺が参加した時間に『※♂さんが入室しました』ってログあるし。
米男ってやっぱり俺か。俺なのか。
さては勝手に名前つけやがったな、このネーミングセンスゼロアプリめ。せめて文字を使おう。これじゃあただの文字化けじゃないか。
悪女さんもツッコんで。というか、この人本当に悪女なの?
なんか部屋の隅でプルプル震えているチワワみたいなイメージなんだけど。
「設定、ニックネーム登録。……よし、あってる。チャットに文字も投稿もされてないな」
さくっと設定画面を表示させる。
スマホ世代舐めるなよ。
それじゃあ何にしようかな。さすがに本名はまずいよな。村人Aとかかな。いや、せっかくのハンドルネームだし格好いいやつにしよう。
メシアとかどうだろう。なんたって救世主。いいじゃんいいじゃん。
「ハンドルネーム、メシア!」
さっそくハンドルネーム登録をする。
悪女にメシアって、なんか秘密結社の会議みたいでワクワクするな。厨二心がくすぐられる。
しかし、画面に表れたのは「メシ」の二文字だった。
ほうほう、なるほど。米だから飯かぁ。ってボケてる場合じゃない。なんでメシアがメシになるんだよ。
救世主食っちゃダメ!
「って文字数制限? 最大二文字? 少なぁっ!?」
そりゃメシアはメシになるよな。
クリムゾンはクリになるし、カオスならカオ。ブラッドなんてブラだぞ。最低だな。いやほんと最低だな!
もう面倒くさいから「知恵」にしよう。俺が君の知恵袋だよ。どうだ。分かりやすいだろう。
投げやりな気持ちになりつつ、設定画面を閉じる。
ここまで来たら腹を括るしかない。俺は漢。一度決まった事に文句は言わない。
やってやろうじゃん。俺は彼女の知恵になる!
知恵――主にスマホだけど。
はっはっは。俺にはインターネット回線と検索エンジンという最強の武器があるんだぜ。下手な神様より役に立てるはずだ。
ふぅ、と大きく息を吸い、そして勢いのままに言葉を吐きだす。
知恵:すまない、準備に時間をとられてしまったようだ。待たせたね、悪女ちゃん。そして今より真実を話そう。そう、※♂とは仮の姿。私の真の正体は知恵なのである!
少々芝居がかった登場の仕方だが、これも作戦のうち。
こういうのは後で舐められないためにも、最初にどかーんと一発かましておく方が良いのだ。多分。米男などという緊張感の欠片もない存在は忘れてくれたまえ。
弊害は恥ずかしい事くらいだが、旅――じゃないけど恥はかき捨てかき捨て。世は情けだ。
悪女:ち、知恵……!
知恵:ふっふっふ
悪女:はっ! まさか知恵神様! 知恵神様なのですね!!
知恵:そう! 俺は君のち……え? なんて?
悪女:その可能性を失念しておりましたわ。まさか神様に転生なさっているだなんて。そうとは知らず、わたくしとんだ御無礼を。申し訳ございません! どうか、どうか見捨てないでやってくださいませ。あなた様だけが頼りなのです!
ごめん。前言撤回。
やっぱり必要以上に驚かしちゃだめだ。
なぜか俺、知恵神様になってるよ。いつの間にか知恵神様が爆誕しちゃってるよ。調子にのったのは謝るからハードル上げるの止めてください。
知恵:ご、ごめんね。俺、そういうのじゃないから。もっと気楽でいいから。おばあちゃんの知恵袋みたいなイメージで良いからね! ただの知恵だからね!
悪女:なんてお心の広い。えへへ、嬉しいですわ!
叱られた後、なでなでされて元気になる犬の幻覚が見えた。
ヤバイ。良心が痛む。この子、やっぱり悪女じゃなくてチワワだろ。チワワちゃんだろ。
もうチワワにしか見えない。犬好きの俺としては、負けられない戦いに身を投じてしまった気がする。
よし。君が何で困っているかわからないけど、全力でこの知恵神様――と俺のスマホ――が頑張るからね!