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短編作品つめあわせ

【短編】聖剣使いの乙女は騎士様のお気に入り

作者: 由岐

 この世界に、真の平穏は訪れない。

 百年に一度蘇る──悪魔の王が、滅びぬ限り……。



「聖剣に選ばれし乙女、リンカ・エーデル。前へ」

「……はっ」


 私……リンカ・エーデルは、大神官に呼ばれるままに一歩前へ進み出る。

 王都フェルグの大神殿。

 そこで千年にわたって受け継がれてきた聖剣を台座から引き抜いた私は、魔王を倒す役目を与えられようとしていた。

 片膝をついて頭を下げる私に、大神官は告げる。


「これより貴女は、悪しき魔族の王を誅滅せんが為、王国騎士団のもとにて修練に励んで頂く。そなたらの手に人類の命運が握られておること、ゆめゆめ忘れぬように……」

「……ありがたきお言葉、感謝致します」


 ほーんと、ありがた迷惑ってやつだわ‼︎

 剣なんて一度も握ったことなんて無かったのに、どうして私が魔王退治なんてしなくちゃならないってのよ!

 こんなことになるなら、田舎から聖剣祭の見物をしに王都になんて来るんじゃなかったわ……!




 *




 聖剣祭とは、聖剣に選ばれし使い手を発掘するお祭りだ。

 一応はその建前で人を集めて、屋台がたくさん並んで食べ歩きが出来たりする、一般人が大騒ぎして楽しむだけの大きなイベント……のはずだった。

 まさか私が、その聖剣に選ばれてしまうだなんて想定外だったけど……。


「リンカ様、王宮に到着致しました」


 大神殿から私を乗せてくれやがった馬車が停まり、御者が箱馬車の扉を開ける。


「……降りなくちゃ、ダメですよね」

「え? ……ええ、目的地に無事到着しましたので」


 突然おかしなことを言い出した私に、「何言ってんだこの娘」とでも言いたげな目を向けて来る御者の男。

 そりゃあ、普通の人間だったら使命感に燃えて魔王討伐に向けて、一生懸命頑張ろうと思うんでしょうよ。

 ……でもね、私はただの一般人なんです!

 ちょっと人より魔法が使えるぐらいの、その辺の町娘Eぐらいのポジションなんですってば〜‼︎


「こうなったら、残る手段は一つしかない……か」


 これから私は、王宮で騎士団の人達から剣術を習うことにされている。

 そこには私が抜き、腰に佩いている銀聖剣ルナリスと対をなす、金聖剣ソルクスの持ち主が所属さているらしい。

 金と銀。太陽と月の神の守護を受けた聖剣に選ばれた私ともう一人が、新たな百年の平穏を勝ち取らなければならないのだ。


 ……もう一人の聖剣使いが騎士団に居るなら、その人もきっと騎士様なのよね。

 ああ、憂鬱だわ……。向こうは剣のプロフェッショナルだっていうのに、その相棒がこんなド素人なんですもの。

 騎士には貴族出身の人も多いし、平民の私なんかが……それも小娘と魔王討伐に向かわなくちゃならないなんて、ボロクソ言われるに決まってるわ!

 だから私は、「もう聖剣なんて返上するから、他の人を探すかもう一人の人に二本とも使ってもらって下さい!」と国王陛下に直談判するつもりなの。

 常識的に考えて、死ぬ危険性が高い戦いに平民の小娘を巻き込むとか、頭おかしいからね⁉︎



 馬車から降りると、御者のおじさんはそのままどこかへと走り去っていった。

 すると、私の出迎えであろう騎士様数人が並んでいるのが見えた。彼らの中の誰かが聖剣使いなのかしら?


「ハルブリスタ王宮へようこそ。聖剣に選ばれし銀の乙女、リンカ・エーデル嬢でお間違いないでしょうか?」

「え、ええ……。確かに私がリンカですけど」


 その【銀の乙女】ってのはやめてくれないかしら⁉︎

 普通に小っ恥ずかしいんですけど!

 ……なんて思っていても、無駄に顔面戦闘力の高いイケメン集団の一人は言葉を続ける。


「銀の乙女、エーデル嬢……。その真白な新雪を思わせる美しい銀髪を持つ貴女にこそ、この二つ名はふさわしい……。さあ、どうぞ僕の手をお取り下さい。ハルブリスタ王国騎士団の団長、アスランにエスコートをさせて頂きたく……」


 そう言って、アスラン団長と名乗った黒髪イケメンは、無駄に色気を振り撒きながら手を差し出して来た。

 ……王都では、これが一般的な振る舞いなのでしょうか?

 そうでなければ、この男はとんでもない女ったらしの予感しかしないのですが!

 本音をぶちまけるわけにもいかず、とりあえず愛想笑いでやり過ごす。勿論、エスコートは丁寧にお断りしましたとも。


「おや、銀の乙女は恥ずかしがり屋なようですね……。では、また次の機会にでも」


 と、少し残念そうに眉を下げたアスラン団長。

 その部下達に囲まれながら、王宮へと足を踏み入れる。

 ところで、その呼び名を変えてくれるつもりは無いのかしら?

 ……無さそうね。はい、潔く諦めます。




 *




 ハルブリスタ王宮には、ドラグニア王国を象徴する竜をモチーフにした彫像や意匠がよく目立つ。

 国旗にもドラゴンが描かれていて、建国王が竜を退治した逸話は子供達にもよく知られている。私もよく、建国王のドラゴン退治の絵本の読み聞かせをしていたものだ。

 王宮という名に違わぬ、豪華絢爛な空間。

 聖剣に選ばれていなければ、私には一生縁の無かった場所だと思い知らされるわね……。


「さあ、エーデル嬢。この先の謁見の間にて、国王陛下ともう一人の聖剣使いがお待ちしております」


 アスラン団長に目で合図をされ、騎士達が重そうな扉を開く。

 ……やっぱり、行くしかないのよね?

 魔王退治は絶対にお断りしようと心に誓いながら、謁見の間への扉をくぐった。



 奥の玉座に座る男性が、国王陛下……アルサール陛下で間違いないだろう。

 その前で片膝をついて頭を下げている鎧の人物が、金の聖剣に選ばれた人……かしら。

 アスラン団長は途中までで足を止め、「ここから先は、貴女だけでお進み下さい」と小声で言う。

 彼の言葉に従って、私はもう一人の聖剣使いの隣まで歩いていき、同じように頭を下げた。

 ……断るタイミング、どうしようかな?

 すると、私達が揃ったのを見て、国王陛下が口を開いた。


「金聖剣ソルクスに選ばれし騎士、イドゥラ。銀聖剣ルナリスに選ばれし少女、リンカ。両者とも、(おもて)を上げよ」

「はっ」

「は、はい」


 陛下に促され、顔を上げる私と彼──イドゥラと呼ばれた赤髪ポニーテールの騎士。

 横目でチラリと見た限り、やはり彼もよく整った顔立ちをしているのが分かる。

 それに騎士という事もあってか、こうして王の前に跪いている姿が画になるのよねぇ……。やっぱりこの国の騎士団、顔面戦闘力でも優秀な成績を残さないと入団出来ないルールとかある?


「そならた二人には、私……国王アルサールの名において、本日より魔王討伐作戦への参加を命じる事となる。日頃、騎士として仕えるイドゥラはまだ良いとして……。リンカ、そなたには苦労をかけると思うが……聖剣に選ばれし者として、責務をまっとうしてくれる事を期待しておるぞ」


 ああ……やっぱり私、戦う流れになってるんですね……?

 でもここで流されちゃったら、それこそ一巻の終わりだわ!

 私は魔王との戦いなんて無謀な事はしたくないの。普通に、平穏な人生を送っていきたいだけなんだから!

 緊張でバクバクとうるさい心臓の音を感じながら、私は覚悟を決めて口を開いた──


「……あの、国王陛下! 大変申し訳ないのですが、私は──」

「……テメェ、まさかとは思ってたが、マジで素人なのか?」


 ……のだけれど、隣のイドゥラさんが信じられないものを見る目で私を見ながら、いきなりテメェ呼ばわりしてきたのである。

 ていうか、陛下の前でその言葉遣いはどうなんです……?

 私の心配は的中し、早速アルサール陛下が眉間にシワを寄せた。


「……イドゥラよ、私語を慎め」

「そうは言ってもなぁ、オヤジ。俺はこんな女が魔王退治なんて出来るとは思えねえ。どうせ無駄に命を捨てるのが目に見えてるぜ?」

「なっ……!」


 本人が目の前に居るのに、国王の前で堂々と罵倒するってどんな神経してんの⁉︎

 えっ、ていうか今『オヤジ』って言ってた?

 ……え、え? あの、貴方……まさか王族なんですか……?

 アスラン団長の方が王子様感ありましたけど……え、本気で王子様でいらっしゃるんです……?

 いや、言われてみれば陛下も赤髪だし、二人とも目の色も同じ綺麗な緑色をしてるわね……。あ、これ本当に親子だったパターンですね、把握しました。

 ……とはいえ、私への暴言やら急な情報開示やらで、脳内大混乱なんですけどね⁉︎

 騎士には貴族が多いのは知ってたけど、王族も騎士になってたとは知らなかったわ……。田舎って情報伝達が遅いんだもの!


「……テメェ、リンカとか言ったか」

「な、何ですか?」


 顔をこちらに向けてきたイドゥラさん……イドゥラ王子の束ねた髪が、ゆらりと揺れる。

 腰まで届きそうな長いポニーテールは燃えるような赤で、確かに太陽神に愛された人なんだろうなと実感する。

 意思の強そうな鋭い瞳も、伝説にある太陽神の勇猛さに共通していた。

 するとイドゥラ王子は、私の腰に下げられた銀聖剣に視線を落とす。


「悪い事は言わねえ。今すぐこの作戦を辞退して、その剣を俺に渡せ。でないと、これから俺はテメェを死にに行かせる為に剣を教える事になっちまう」

「それは……」


 それは、願ってもない提案だった。

 王子の後押しがあれば、もしかしたら私はこの無理難題から逃げられるかもしれない。

 これからも安全な場所で暮らして、いつかイドゥラ王子が魔王を倒してくれて、再び世界に平穏が訪れる……可能性があるのだ。

 それなら、こんな聖剣なんてさっさと彼に渡してしまって、早く家に帰ろう。


 ……だけど、本当にそれで良いのかな?

 この人、口はかなり悪くてぶっきらぼうだけど、一応私の身を案じてこんな提案をしてくれたんだよね。

 さっきまでは『もう一人の聖剣使いに剣二本持ってもらえば良い』なんて思ってたけど、それで解決するなら、最初から聖剣使いは一人で良いはずだもの。

 私も聖剣に選ばれたのなら、私が居なければ魔王は倒せないって事……だよね?

 ここで私が辞退したら、間接的にイドゥラ王子を見殺しにする事になって……世界だって、魔王の手に落ちてしまうだろう。

 そうなったら、私はきっと罪悪感で押し潰されてしまう。

 だって、こうしてもう一人の聖剣使いの顔を知ってしまったんだもの。

 顔も名前も知らない人なら良いのかって言われたら、ちょっとは寝覚が悪そうだけど……。単なる田舎娘を気遣ってくれる王子を見捨てられるほど、私は腐った人間じゃない。


「おら、さっさと聖剣をこっちに渡せ」

「それは……それは、出来ません」

「……は? お前、正気で言ってんのか?」


 こちらに手を伸ばしていたイドゥラ王子の目が、大きく見開かれる。

 それもそうだ。私は剣なんて扱えない、よくいる田舎娘でしかない。

 そんな小娘が変な意地を張って、魔王を倒す為に修行すると言ってるんだから。

 私は陛下の方に向き直り、自分の聖剣にそっと手を触れながら言う。


「私は確かに、剣術の心得は全くありません。イドゥラ様のおっしゃる通り、今の私に魔王を倒す事など出来ないでしょう」

「それならなおさら、テメェが出る幕じゃねえだろうが!」


 イドゥラ王子は物凄い剣幕で私に怒鳴る。

 対してアルサール陛下はというと、黙って私の言葉を聞いていた。


「……だから私は、イドゥラ様に剣術の指導をお願いします」


 騎士に……それも一国の王子に止められているというのに、全く聞く耳を持たない私に、イドゥラ王子は何かを言い掛けて、

 

「……っ、俺は忠告したからな! どうなっても自己責任だぞ。忘れんなよ!」

「貴方の方こそ……私を鍛えてくれる約束、忘れないで下さいね」


 私は私で、こちらを睨み付けてくる王子に笑顔を向けてやった。

 上手く笑えていたかは分からない。

 けれど、同じく聖剣に選ばれた相手からの指導なら、なんだか上手くいくかもなと思えるのだ。

 きっと太陽と月の二柱も、私と彼が手を取り合う事を望んだから、私達に聖剣を与えたんだと思う。


「それでは改めて……金聖剣の使い手イドゥラと、銀聖剣の使い手リンカよ。魔王討伐作戦の(かなめ)として、この王宮にて修練に励んでくれ。そならたの活躍、期待しているぞ」




 *




 正直に言って、俺はあのリンカとかいう女は気に入らねえ。

 俺は元から剣術に打ち込むのが趣味みてえなモンだったから良いが、団長のアスランに聞いたら、あの女はとんだド素人だって言うじゃねえか。

 それなのに魔王討伐なんてモンを請け負うだなんて、アイツはどうかしてるとしか思えねえ。

 せっかく俺が引き返すチャンスをくれてやったってのに、引き攣った笑顔を浮かべて『自分を鍛える約束を忘れるな』なんて言ってきやがった。


「本当に……どうなっても知らねえぞ」


 謁見の間での聖剣使いの認定式を終えて、俺は王宮の敷地内にある騎士団の宿舎──その最上階にある自分の部屋のベッドに横たわっていた。

 今日からあの女も、俺と同じこの宿舎で寝泊まりするらしい。

 それも、俺の部屋の隣で。


「……あの女、何を考えてやがるんだか」


 俺が正式に聖剣使いになったのと、リンカの歓迎会を兼ねた宴を終えた夜。

 今頃アイツも部屋で休んでいる頃だろうが、何を考えているのか分からないのはアスランの野郎も同じだ。


『本来ならば女性の立ち入りは許されませんが、聖剣使いであるエーデル嬢であれば話は別。どうか今夜からは、イドゥラの隣の部屋をお使い下さい』


 なんてほざきやがった。

 そのせいで元々俺の隣部屋だった奴は部屋を移されて、男だらけの宿舎にたった一人の女がやって来たわけだ。

 ……常識的に考えて、聖剣使いだからって女を騎士団の宿舎に置くか? いくらアイツが田舎女だからって、変な気を起こさない奴が居ないとも限らねえだろ!


「……いや、俺は別にアイツがどうなろうが知ったこっちゃねえけど」


 誰に聞かせるでもない弁解をしつつ、宴でのアスランとリンカの様子を思い出す。

 どうやらアスランは、リンカを気に入っているらしい。

 単に珍しい境遇の女だからか、それともアイツの好みだったのかは知らねえ。

 まあ、リンカは普通に見てくれはまともな方だからな。黙ってりゃ人形みたいな顔してるし、ちょっと着飾ればそこら辺の凡令嬢ぐらいには見えるんじゃねえか?

 それに今日は、国王……オヤジから提供されたドレスに着替えさせられてたしな。これから王宮を歩く時は、それを着て過ごせと言われていた。

 王宮のホールで行われた宴で世話をしていたメイド連中も、『アスラン様とリンカ様が並ぶと、華があってとてもお似合いですわ!』とか何とか言って盛り上がってたな。

 アスランも悪い気はしないようで、リンカに積極的に声を掛けてたっけか……。

 ……なんか、俺だとアイツと並んでもサマにならねえみてえに言われてるような気がして、妙にイラッとくるな。


「……いや、俺は別にアイツとアスランがどうなろうが知ったこっちゃねえけど」


 そう、知ったこっちゃねえんだ。

 とりあえず、明日からアイツが泣いて嫌がるぐらいキッツイ稽古をさせてやる!

 そんでもって、自分から魔王討伐を辞退するように仕向けてやるんだ。


 俺なんかと関わったって、ロクな事にならねえ。

 何も知らねえアイツは、何も知らねえまま、さっさとこんな王宮(じごく)から居なくなった方が良いんだよ……。


「そうしねえと……兄貴達が、リンカにまで手を出しかねねえ……」


 俺の上に三人居る、優秀な兄貴達。

 その犠牲になった連中の姿が、無理やり閉じた目蓋に焼き付いて離れなかった。




 *




 アスラン団長って、やっぱり女ったらしなんだよね?

 いや、もしかしたらただただ親切にしてくれてるだけの人なのかもしれないんだけど、歓迎会でも相変わらず私をベタ褒めしてくるのよ。

 やれ『銀の乙女のドレス姿を見られて幸福だ』とか、『貴女は雪の精のように可憐で愛らしい』だとか、散々私を喜ばせるような言葉を贈ってくるのよね。

 アスラン団長は顔が整ってるからそんな振る舞いをしていても自然に映るんだけど……それを遠目に眺めてるイドゥラ王子の視線が、極寒でした。

 団長さんのお陰で王宮内に寝泊まり出来る場所を提供してもらえたのは嬉しいんだけど、これから私は毎日あの人に絶賛されまくる日々を送るのかと思うと、ちょっと気が遠くなるわ……。


「悪い人ではない……と、思うんだけどね……」


 まあ、そんな生活も魔王討伐が終われば卒業なのだ。

 今はとにかく、明日からの王子の修練に備えて、身体をしっかり休めておくべきだろう。

 そういえば、この部屋の隣はイドゥラ王子の部屋だって言ってたわね……。なんか、朝になったらいきなり叩き起こされそうな予感がするわ。

 でも私は、せっかく逃げるチャンスをくれた王子に挑発するような真似をしてしまったのだ。多少は手荒な手段を取られるのも仕方ないと言える。

 王宮の方でドレスから簡素なワンピースに着替えさせてもらっているので、今夜のところはこれを着て就寝する事になるかな?

 このワンピースは私が持参していた寝巻きなので、どれだけシワになっても罪悪感が無い。

 実は高そうな寝巻きを貰いそうだったので、全力で受け取りを拒否している。そんな服を着てベッドに入るなんて、庶民には恐ろしくて出来ませんとも……!


 団長さんに与えられた部屋は実家の寝室よりも広くて、ベッドも机もある清潔な部屋だった。

 元々ここに住んでいた騎士さんには悪い事をしてしまったと思うけど、私がそれを知った時には既に引っ越し作業が完了していたので、大人しく使わせてもらうしかなかったのよね……。

 今度改めて、元の部屋の主さんにお詫びをしておかないと。


「あ、そうだ。寝る前に戸締りの確認っ……と」


 この部屋には、出入り口のドアと窓に鍵が付いている。

 そこを開ける鍵を持っているのは私と、スペアキーを持っているアスラン団長だけ。

 団長さんは緊急事態に部屋を開けなくちゃいけない事があるそうだから、スペアを管理しているのは納得だわね。

 ……むしろ不審者よりも団長さんの方が危ない気がしないでもないけど、ここは騎士団の宿舎なんだもの。国に剣を捧げた騎士が大勢居るような場所で、変な事なんて起きようはずもないわよね!


 そうして私は、ベッドの側の壁に銀の聖剣を立てかけてから、もぞもぞとベッドに潜り込んだ。

 ああ……流石は王宮の騎士団宿舎のベッド! これまでの人生で体感した事のないフカフカ感だわ!

 案外ここでの生活も悪くないかも……なんて思いながら、まるで綿雲に包まれているかのような心地で眠りに就く私なのでした。




 *




 宿舎が、夜の静寂に包まれた頃。

 騎士達が寝泊まりする宿舎は、騎士の身分によって階層が分けられている。

 中でも最上階である三階は、団長と副団長の部屋と、ドラグニア王国の第四王子イドゥラの部屋。そして、今夜から新たに加わった少女──リンカが寝泊まりしていた。


 リンカはまだ十七歳の若さでありながら、聖剣に選ばれた。

 同じく聖剣に選ばれた赤髪の王子は、十九になる。

 まだ若き二人に課せられた使命はあまりにも重く、世界の命運を左右する道を歩み始めたばかり。

 けれどもそこに、悪しき者の手が伸びようとしていた──。



 宿舎三階の廊下を歩く人影は、背が高い男のものだ。

 廊下の小窓から僅かに注ぐ星々以外に、灯りの無い廊下。

 息を殺して歩く男の手元には、鍵の束が握られている。

 男はとある部屋の一室の前で立ち止まると、鍵束から目当ての鍵を探り当て、そっと鍵穴に差し込んだ。

 細心の注意を払いながら開けられた扉をくぐり、音を立てないように後ろ手で閉める。

 その部屋には、天の川を思わせる銀糸の髪をした少女が眠っていた。

 眠る少女──リンカのベッドの横には、銀聖剣ルナリスが立てかけられている。

 男はそれを確認すると、リンカや他の人物に気付かれるよりも早く部屋を出るべく、聖剣に手を伸ばし──


「そこまでだ」

「……っ!」


 背後から掛けられたのは、また別の男の声だった。


「妙だ妙だと思っちゃいたが、やっぱり今日のアンタは様子がおかしかった。……その聖剣、どうしようってんだ? ()()()()()()


 いや……と、男は続ける。


「アスラン団長の偽物さんよぉ」

「……我が擬態を見破るとは、【捨て駒王子】イドゥラも侮れませんなぁ」


 すると、アスランだったはずの人物の姿がみるみるうちに変貌していく。

 その光景に眉根を寄せながら、いつの間にか部屋に侵入していたイドゥラは思考する。


 ──やっべ……。敵さんを追い詰めたまでは良いが、リンカまで距離がありやがる。このままだと、アイツの身に危険が及ぶ……!


 明日から稽古が始まる予定のリンカは、部屋の中に渦巻く殺気にも気付かず、スヤスヤと寝息を立てていた。

 黒髪の美しい美丈夫・アスランの姿を借りていた謎の男は、その姿形を全くの別人に変え、フードを被ってローブを着ている。

 この暗がりでは顔もよく認識出来ないが、この男がいつからかアスラン団長に成り代わっていたのは事実。リンカだけでなく、アスランの安否も危うい。


「……仕方がありませんねぇ。今回は、銀聖剣は諦める事と致しましょう」


 ですが──と、ローブの男が懐からナイフを取り出す。


「ならばせめて、こちらの聖剣使いだけでも処分させて頂きましょうか……!」


 男はナイフを持つ腕を振り上げ、背後で眠るリンカへと向き直って刃を突き立て──


「……《月閃(げっせん)》」


 ようとしたその瞬間、ナイフを握ったままの男の手が宙を舞った。


「な、にぃッ……⁉︎」


 男の手を斬り飛ばしたのは、イドゥラ……ではなく、リンカだった。

 けれどもリンカの目はどこか虚ろで、どうしてこの一瞬で彼女の手に聖剣が握られているのかも分からない。

 しかし間違い無く、イドゥラは目撃した。

 一度も剣など振るった事のないはずの少女が、刺客の魔の手を退けた、その瞬間を。


「ぐああぁぁああぁぁぁぁッッ! 私の手がぁ、手がぁぁああっ‼︎」


 痛みに悶えるローブの男。

 対してリンカは、何の感情も映さない瞳で聖剣を構えたままだ。


 ──いったい何が起きてるのかワケがわからねえが……とにかく、この野郎を殺さず捕らえるしかねえ!


 イドゥラは無防備に叫び続ける男にタックルを喰らわせ、床にうつ伏せにして組み敷いた。

 そのままもう片方の腕を背中側に回して拘束し、大声をあげる。


「敵襲だ! 誰か来てくれ‼︎」


 暴れる男を押さえ付けながら仲間の到着を待ちつつ、イドゥラは男に問いただした。


「おいテメェ! 団長を……アスランをどこへやりやがった! 目的は聖剣とその使い手か⁉︎ 誰に雇われた⁉︎」

「ぐっ……い、言うものか……‼︎」

「さっさとゲロった方が、楽になれるぜ……!」


 そう言いながら、イドゥラはローブの男の無事な方の腕を、更に背中側へと引き寄せる。

 すると、騒ぎを聞き付けた三階の騎士達が集まってきた。


「どうした、イドゥラ!」

「アスラン団長に化けた野郎が潜り込んでやがった! 本物の団長の安否は不明。だがリンカは無事だ!」

「状況は把握した! 《ネスト》!」


 駆け付けた騎士の一人が魔法を発動させると、伸ばした騎士の手から光の玉が発射される。

 光弾がローブの男に命中し、光は蜘蛛の巣状に変化して男の身体を拘束した。

 それを見届けたイドゥラは男の上から退いて、未だ剣を構え続けるリンカに目をやった。


「おい、リンカ! ボーッとしてねえで、しっかり目ぇ覚ましやがれ!」


 イドゥラの声が届いたのか、リンカは今この瞬間に目を覚ましたかのように肩を跳ねさせ、きょろきょろと周囲を見回す。


「あ、あれっ……? わ、私、どうして聖剣なんて持って……」

「は……? アスラン団長の偽物の右手を、お前が跳ね飛ばしたんだろうが! なに寝ぼけた事言ってんだ?」

「わっ、私が、人の手を……⁉︎ うわっ、ほんとに片手が無い人がいるぅぅ‼︎」


 状況を理解し始めたリンカは、あちこちに飛び散る血痕や見知らぬローブの男に驚き、先程まで歴戦の戦士のような面構えをしていた人物とは思えない反応を見せる。

 けれども、その惨状は自分がやった事だとは実感出来ていないようだ。恐怖よりもまず、驚愕が勝っていた。




 *




 いつの間にやら私の部屋は大惨事になっていて、しかもどうやら、そんな状態にしたのは私だったらしくて……。

 せっかく部屋を用意してもらったのに、こんな状況では使えないと言う事で、今夜は王宮の離れの方で休む事になりました。


 イドゥラ王子が言うには、私が聖剣を盗もうとした刺客に反撃した……らしいんだけど、全く身に覚えがないのよね。

 けれども私の聖剣には血が付いていたし、他の騎士さん達が助けてくれた訳でもないらしい。

 ……本当に、私がやったっぽい。自覚ゼロですけど。


 そうそう、それより大変な事があるのよ!

 どうやら聖剣を狙ったその刺客とやらは、アスラン団長に化けていた魔族だったらしい。

 騎士団による迅速な尋問──どれだけ恐ろしいものなのか分からないけど、尋問したのは副団長さんらしい──によって得られた情報だ。

 その魔族は、魔王が支配する世界を目指して暗躍する、邪教団の一員と見られている。

 彼らにとって聖剣と聖剣使いは邪魔なものだから、聖剣祭でただの田舎娘が選ばれたのを知って狙ってきたのではないか……というのが、副団長さんの見立てらしい。

 多分、副団長さんはこの騎士団で一番怒らせたらいけない人だと思う。ぶっちゃけ、刺客より怖いかもしれないわ……。


 イドゥラ王子も今夜のところは離れで休む事になったのだけれど、その翌朝。

 王宮の小食堂、朝食の席で開口一番の王子の言葉がこれだ。


「団長が見付かった」

「本当ですか⁉︎ い、生きてました……?」

「五体満足でピンピンしてるよ。どうやら昨日の夕方から、宿舎の地下倉庫で気絶させられてたらしいぜ。……それで、だな」

「はい」

「……アスラン団長が、見事自分を救い出す切っ掛けを作ってくれた銀の乙女に感謝を伝えたいから、今日の訓練は是非自分に任せてくれないか──って伝言頼まれた」

「……はい」


 おっと……?

 夕方に偽物と入れ替わってたって事は、昨日の夜の歓迎会に居たのは魔族が化けた団長さんの偽物だったって事だよね?

 何だか知らないけど、勝手に命の恩人認定されてるみたいだし、昨日よりも私への好感度が増しているのでは……ないでしょうか……?


「……ちなみに質問なんですけど、それってお断りしても──」

「団長なら、地下から発見されてから指導する気満々で訓練場に待機してるぜ。多分、断っても居座り続けるだろうな」


 それってもしかして、昨日の夕方から飲まず食わずでいらっしゃる……?

 え、団長さん怖っ……!

 一方的な好感度が重すぎるよ……!


 するとイドゥラ王子は、諦めたように溜め息を吐いた。


「お前、面倒なのに気に入られちまったな。結局、アスランの様子がおかしかったのは偽物の演技のせいじゃなくて、お前が原因だったって事か」

「た、助けて下さい、イドゥラ王子! 同じ聖剣使いのよしみじゃないですか!」

「嫌だね。めんどくせえ。つーかお前、本当に剣術の経験は無いんだよな?」

「そんな物騒なものを振り回す経験なんて、ただの田舎娘にあるはずないじゃないですか!」

「……ま、そりゃそうか」


 納得するの早くないですか⁉︎

 今も私を訓練場で待ち受けているであろうアスラン団長(こんなん)に頭を抱えていると、イドゥラ王子がこう言った。


「ところでよ……」

「……なんですか、薄情王子」

「不敬罪でしょっぴくぞ! ……とは言わねえが、もう少しマシな言い方ってモンがあんだろが」

「マシな言い方って、どんなのです?」

「……イドゥラでいい。本名はもうちっと長えが、その方が呼びやすいだろ」


 ……と、そっぽを向きながら、王子様を呼び捨てするお許しが出たのである。


「……どういう風の吹き回しですか?」

「さっきから微妙に失礼な発言が多いな、テメェ! 俺が相手じゃなかったら確実に不敬罪で捕まってんぞ!」

「それで、どうして急に呼び捨てにして良いなんて言うんです? 別に私、王子様に好かれるような事してないと思うんですけど」


 するとイドゥラ王子は、私の質問に視線を泳がせながら口を開いた。


「……どうやらテメェも、厄介な星の下に生まれちまったみてえだからよ。普段からああいう刺客に狙われても応戦出来るように、俺がみっちり鍛えてやる。だがいちいち王子呼びされるのも気持ちわりぃから、呼び捨てにしろって言ってんだよ」

「でも私が強くなったら、魔王を倒しに行かなくちゃいけないですよね? 貴方はそれで良いんですか?」


 私のその問いに、彼はこう答えた。


「その分、俺がお前も護れるぐらい強くなりゃ良いだけだろが」


 彼の言葉の意味を理解した途端、思わず私もイドゥラのように、あらぬ方向へと視線をそらすしかなった。

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[一言] 「殺し愛・共闘し愛企画」からきました。 リンカの1人称が勢いがあって面白かったです。設定も結構凝っていて。 アスラン団長はリンカに好意をもっているので、二人の邪魔になるような予感。 今後ます…
[良い点] 日月の聖剣がペアで本領を発揮するところ。対のアイテムとその持ち主達というシチュエーションは、良いですよね。 [気になる点] 鍛えれば、聖剣に自我を乗っ取られなくなるのでしょうか?心配です。…
[気になる点] 「突っ込む気力も無くなってきた私に待ち受けるアスラン団長を前に、王宮内の小食堂でイドゥラ王子がこう言った」 すみません、ちょっと読解力不足で申し訳ないのですが、団長はどこにいるのーとな…
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