8.真の対戦
男は、あっさりと私の申込みに承諾した。
きっと、私のような女に負けることはないと確信しているのだろう。
「本当に大丈夫ですか?僕なんかのために。」
「大丈夫。丁度良い機会だしね。」
「…機会?」
対戦は、武器屋の奥に設置されている対戦広場で行われる。
武器屋にいた客のほとんどが見に来ている。
そりゃ、武器を必要としている冒険者ばかりの店だ。関心があるのは当然のこと。
私は、ずっと羽織っていた紺色のマントをシエルに預ける。
「二人ともしっかり見てて。…これが真の対戦だから。」
広場の中央へと足を進める。
この一騎打ちは、どちらかが戦闘不能になれば終了だ。そしてそこに、生死は問わない。
そう、先程のランクアップ試験とは全く別の対戦だ。
モノを賭けた対戦には暗黙のルールがある。
戦闘不能なんてものじゃない。どちらかが死ぬことが当然の対戦。
それが、この世界のルールだ。
「嬢ちゃん。降参するなら今のうちだぜ。」
「その必要はありません。あなたこそ降参するなら今のうちですよ?」
「はっ!大人をナメんなよ?」
審判の旗が下がる。
ーー「死んだのか?」
周りで見ていた客が発する。
私の目の前には、男の剣の先端がある。おそらく、あと数ミリで私の目に刺さるところだ。
だが、そこで止まっている。
男は、私の氷結魔法により体のいたるところに氷の柱が刺さり、剣を私に突き出した状態で動きを止められていた。
そして、どくどくと血が流れ落ちる。
男は、死んでいた。
凍りついたように辺りが静かになる。
だが、それも一瞬の出来事で、またたく間に歓声が鳴り響く。
ーー目に見えない速さだったぞ!
ーーあの女、一歩も動かずに殺したぞ!
ひそひそと、称賛の声も聞こえる。
「いやー、久しぶりにとんでもないモノを見せてもらったよ。これは、その礼として受け取ってくれ!」
私は、店長から杖を受け取り、レイとシエルの元へ戻る。そして、マントを羽織る。
固まっている二人を店の外へと促す。
そろそろ、時間だ。
私たちは、人通りの少ない国の塀の辺りに向かった。
その間、二人は何も話さなかった。
「…何で殺した。」
沈黙を破ったのはレイだった。いつもより低く、怒りの満ちた声だ。
「何でだと思う?」
「何でだと!?殺す必要は無かったはずだ!あの対戦にそんな決まりはないっ!」
「でも、あの男を殺さなければ私も死んでいた。それに、男も私を殺す気だった。」
「…っ!それでもだ!お前ならなんとか止められたはずだ!」
「そうですよ。わざわざ殺す必要はないはずです。」
「…そうね、私なら止められた。」
「ならっ!」
「相手を殺さなければ自分も死ぬ。それが、真の対戦であり、本当のルールだ。私が男を殺して批判する者が一人でもいた?皆もそのルールが当然のものだと知っていた。だから、逆に、生かしていたら、周りの人間に私が殺されてしまう。」
「…けど、俺は違う。誰も批判をしなくても、俺はする。この世に死んで良い人間なんていない。あんなの、真の対戦じゃない。死ぬのが当然なんてものはおかしい。」
レイは人の死を嫌う。とても酷く。
それは知っている。
けれど。
けれど、これが、、
「「これが、今の世界の掟だ。」」