5.人間vs人間
本当に辛い数カ月だった。
毎日毎日、自分よりも強いモンスターを相手に死にものぐるいで、生きてきた。
いや、もう実は死んでるのでは、と思うほどに。
「レイ。思う存分打ち込んでおいで。」
リオは悪魔だ。
紛れもなく、この世で最強最悪の悪魔だ。
けれど、リオに出会っていなければ、こんなにも自分が強くなれることも無かった。
「…当たり前だ。」
だから余計に、初めての人同士の対戦だというのに、緊張よりもワクワクしてしまう。
今まで、人と戦うことを無理に避けてきた。
下手をすれば、殺してしまうかも、という気持ちがどうしても離れなかったからだ。
それなのに、ワクワクしているとは。
きっと、たったの数カ月で、強くなれた自分を試してみたいと、無意識に思ってるのかもしれないな。
ーーだから、リオ。ちゃんと俺を見とけよ。
相手は二つ上のランクCの男だった。
俺よりかは少し年を取っていて、装備は同じ片手剣だ。
俺らは、闘技場のど真ん中でお互いに礼をし合う。
男は笑っていた。
どうやら、二つもランクが下で、さらにまともにギルドに顔を出していない俺が相手のことに余裕を感じているようだ。
「やめるなら、今のうちだぜ。坊っちゃん。」
「…余計なお世話だ。」
こういうのには相手にしないのが得策だ。
リオも言っていた。
弱いやつほどよく吠える、というのは本当なんだな。
バサッ!!
旗が降ろされ、対戦が始まる。
両者共に同じタイミングで地面を蹴る。そして、剣が混じり合う。
力は、互角のようだ。
「はっ!随分とボロ臭い剣を使ってるようだな。折れちまうか心配だな!」
「…人のことより、自分の心配をしろ!」
男は、俺でも気持ちが悪いと思ってしまうほどニヤニヤしている。
顔も口もうるさいとは、モンスターよりもややこしい。
それからは、しばらく打ち合いをしていた。
はじめは余裕な顔をしていた男も、思っていたより手こずっていることにそろそろ焦ってきている。
ーー仕掛けるなら、今か。
俺は、合間に魔法陣を三つ展開する。
この対戦はどちらか一方の急所に寸止めをするか、戦闘不能になることで終了する。
それだけなら、容易いことだ。
相手の男にはスキが多すぎる。よく俺の前で威張れたものだ。
一つは飛躍魔法で男の頭上まで一気にジャンプする。そして、剣に火炎魔法を纏わせ、抵抗魔法で男の真上の空中を蹴って一気に距離を寄せた。
着地をしたとたん、砂埃が立って周りが見えなくなってしまった。
だが、男に衝突したはずだ。
…何かを踏んでいる気がする。
視界が見えるようになると、男が仰向けでその顔の横には剣が刺さっていた。そして、俺は男の上に全力で乗っかっていた。
男は…気絶していた。
ーーやりすぎた、かな。
恐る恐る、後ろの方にいるリオを見る。
リオは、満面の笑みで親指を立てて、拳をこちらに突き出していた。
良かった。
どうやら俺は、ちゃんと対戦できていたようだ。
「そ、そこまで!勝者、ランクE、レイ!」
おぉ。
客席から、かすかに歓声と拍手が聞こえる。
勝ったんだ。
モンスターではなく、人間相手に。
あんなに、恐れていたのに。
思わず自分の手のひらを見つめる。
相手の男は気絶はしてしまったものの、生きている。大した怪我もしていない。
それに安心して、なんだか、胸がムズムズしてしまう。
気づけば、口元も緩んでいる。
あぁ、嬉しいんだ。苦労が、努力が報われて、嬉しいんだ。
これが、きっと達成感というものなのだろうな。
ーーよし。
これなら、きっと行ける。
まだたったの一戦目だ。
拳を握りしめる。
次の対戦だ。