憧憬
懐かしい影が、あちらから呼ぶとき、人もまた影になる。
夢から夢へ、影から影へ。
あれ?私は一体…いつの間にか、影法師になっている自分。
風が夏の匂いを運ぶ。
賽の目は真っ赤な壱
人差し指に巻いた赤い糸は、神社の境内に続いていて
学校のトイレから赤い着物の少女が出てくる
またね。
声をかけてきたのはどこかの誰かの様で、
自分の影法師
思い出すのは影法師の三日月の形の笑顔。
狐の面
貴方は誰ですか。
風に吹かれて、荒れ野に佇む
・・・
ひとけのない夏の通り道を歩む。
逆さに時は廻り私の背丈はだいぶ縮んだ。
もう一寸法師くらいだろうと泣く。
時計の針が治らないのよ、私のお父さんよ、と、昔の友人が、標本箱に入った胎児を見せてくれた。
茶色い干物みたいな、こんなに小さく惨めになってしまうのか。
私も、もうすぐ…
胎児回帰。
・・・
陽炎と蜉蝣。羽虫。蟻地獄のような世の中。
もがく蟻。蟻地獄の羽化。
そして、蟻地獄はウスバカゲロウになります。
美しい変体。
主に、雨の当たらない砂地に巣を作ります。
私も子供の頃、見たことがある。
蟻地獄とウスバカゲロウ。夏の幻。
・・・
夜の帳。父親が還ってきました。
迎え火を焚きます。もう、そんな季節ですか。
おばあちゃんはな、そりゃあ若い頃は美人だった…
そう云いながら、背中を押してくれる父親。
今はもういないその影。
今年もまた迎え火の季節です。
家の前の外灯と、迎え火の炎を、繰り返し、燈篭のように思ひ出します。
・・・
夏の通り道。
思えば、遠くまで来たものです。
知らない町、知らない人。
顔のないお化けが、こちらを振り向くのです。
不思議でしょう?
宿場町では、風車が廻り、時が遅く、早く過ぎてゆく。
家の柱時計は、時を早めたり遅くしたりして、人々を惑わす魔魅の力を持つ。
付喪神です。
夏の幻です。
・・・
宵の夜。髑髏を燃やしたのです。
黒い髑髏でした。
炎。炎。炎。
周りでは修験道の僧侶がむーみょーほーれんげーきょーと読経を唱えている。
夢かと思ったら、舟虫が傷口に群れていたので、慌てておいはらう。
やっぱり、夢だった。
目覚めたあと、生々しい感触を追い払いながら、夏の陽炎を窓の外に眺める。
・・・
片腕のない子供が、入道雲の空で空中遊泳。
煙草を吸おうとマッチで火をすると、青い燐光が点くのだ。
夏の賛歌。
道端で水を撒く人。
ちりりんとベルを鳴らしながら、
風を切って自転車が走り抜けてゆく。
頬を拭きつつ、母と子が手をつないだまま歩んでいる。
穏やかな風景。
夏の、ともしび。
・・・
寺の中で、蝶が舞う。
幾人ものお坊様がいて、みなお経を唱えてうつむいている。
私は、近くの温泉街で、お湯につかりながら、遠いお坊様を想う。
白蔵主という狐の化け物を思い出した。
山奥で僧侶のふりを続けた狐。
コーンと狐の遠吠えがして、どさりと松の木から、雪が落ちた。
冬でも、妖怪は、出る。
・・・
雪見温泉。先客あり。
顔見えず。見ようとしたら、山姥だった。
取って食わん、さきほど喰ったばかりだ、と血の匂いをさせている。
逃げ出そうとすると、山姥は泣き出した。
私もお前の様に若くて、美しいころがあったのだ、と。
卒塔婆小町。
夢のまにまに
昭和幻想は、いつまでも、
あなたの心に残るでしょう