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言葉にできない

作者: 鈴の音

~前回までのあらすじ~


 雑誌「オシリス」の編集長である田島周一は二つの顔があった。雑誌の編集長は世間への体裁上やっている表の顔である。裏の顔はヤード経営者。家電や金属資源、クルマなどを買い取り、スクラップ業者に売ったり、海外に輸出したりして、いつもしこたま儲けていた。愛人が十人いるという噂もあった。彼は出張先でものにした女を妻にしていたが、仕事の忙しさを理由に未だ東京の借り家に迎えていなかった。しかし、そんな生活を3年続けると、流石の彼も心身共にすり減った。そろそろ年貢の納め時だ。田舎から妻を呼び寄せて、ヤード経営からも足を洗い、雑誌の仕事に専念しよう。しかし、女たちと上手く別れなければならない。そんな時、作家から次のようなアドバイスを貰った。


「すごい美人を、どこからか見つけて来てね、そのひとに事情を話し、お前の女房という形になってもらって、それを連れて、お前のその女たち一人々々を歴訪する。効果てきめん。女たちは、皆だまって引下る。どうだ、やってみないか」


田島はやってみる気になり、ヤード経営で知り合った超絶美人の女、長井絹子を連れて妻のフリをしてもらう事にした。絹子を隣に連れて愛人たちに訪問していき、さようなら、さようならと次々と女たちと別れていった。ようやく十人全員と別れられたと思った矢先、妻にさようならと言われてしまう。失意の中で彼は突然走ってきたトラックに引かれてしまう。薄れゆく意識の中で、彼は来世では誠実に生きる事を誓うが……。



 目が覚めると、幻想的な世界に立っていた。彼方まで青空が広がり、地上は鏡のように空を映している。見渡しても見渡しても、青空と、地平線。後ろを見ようとしてその場で足踏みすると、足元から波紋が広がっていく。水の上に立っているらしい。しかし、不思議な事に、水に漬かっている時のような抵抗は全くなく水音もしない。ここはどこだろう。死後の世界だろうか?


「煉獄へようこそ」


 振り向くと、小学生位の女の子が上からスーッと降りてきた。白いノースリーブのワンピースを着ている。顔は可憐で手足はほっそりとしている。そして、後ろから虹色に輝く光が出ている。田島は圧倒されて返事が出来ずにいた。


「煉獄へようこそ」


女の子はもう一度そう言った。しかし、田島はまだ心ここにあらずだった。女の子はちょっと辛そうな顔をした。


「煉獄へようこそ」


……ちょっとしつこいな。今圧倒されているんだよ。


「驚いて声が出ない……か。”沈黙は金”だ。この言葉をよく覚えておけ。とは言え今は喋ってもらわないと困る。話しかけているのに黙られると私も辛いからな」

「……煉獄?……とするとここはこの世とあの世の狭間なんですか」

「ようやく喋ってくれたな。ここはお前が編集長として生きていた世界、そしてお前が転生をする世界の狭間にある場所だ。」

「……あなたは……神様ですか」

「大体そんな感じだ、あとタメ語で良いぞ」


 神様?はそういうと伸びをして大きくあくびをした。あんまり品の良いあくびではない。外見は神々しいが、立ち居振る舞いがあまり神様には見えない気がしてきた。


「あっお前今疑ったな」

「いや、最初は何か近寄りがたいものを感じたんですが、意外と話しやすそうな方で安心しました」

「うん、最初神々しくしといた方が色々都合が良いんだ、あとタメ語で良いぞ」


神様はそう言いながらワンピースからリモコンを取り出し、ボタンを押した。後ろから差していた虹色の光が消えた。本当に神様か?


「あっ、お前また疑ったな」

「いや、意外と現代的なんですね」

「まあそりゃ死者の中には賢いやつもいるからな、我々の生活も日々”あっぷでーと”を繰り返しているのだ。……時間もないから来世の説明をしていいか」


 神様は指パッチンをしながら(あまりちゃんと鳴っていないが)リモコンのボタンを押した。水底からゲーミングチェアと巨大なモニター、デスクトップPCが音もなく浮かんでくる。


「神様はゲーマーなんですか」

「いや、娯楽の類はしないが仕事には良い道具を使いたいんだ、このPCは自分で組んだ」

「あー、そういう感じなんすね」

「そういう感じだ。じゃあとりあえず時間もないし説明するぞ、尺も限られている」

「尺?」

「このやり取りは後で編集してアップするんだ。今の所、撮れ高もあんまないし、短く済ませた方が良さそうだ」

「youtuberかよ」

「ゴッドチューバーだ」

「言いづらいっすね」

「わかる、ゴッドチューブ作った奴ネーミングセンスないよね」


神様の世界も沢山の人?がいるらしい。思ったより死後の世界は複雑のようだ。


「最近広告収入が絞られてな、本当クソ運営だよ」

「収入とかあるんですね」

「そうなんだ、上位神から”べーしっくいんかむ”を貰えるから基本暮らすのには困らないが、ゲームとか嗜好品を買うにはメリットという通貨が必要だ」


さっき仕事一筋みたいな事言ってたけどやっぱゲームしてるじゃん……。


「あ?お前の心の声全部筒抜けだからな?」

「すいません」

「この姿だと舐められるんだよなあ……」

「すいません」

「いや、いいんだ。私も生前の姿でいたいしな。アバターは変えられるけど、元に戻すのに金がかかるんだ」

「大変っすね」


いや、姿というか中身の方が問題な気がする。そう考えると神様はちょっとむっとした気がした。話題を変えなければ。


「そういえば、来世ってどんな感じなんですか」


 この世界の事とか、上位神とか、ゴッドチューブとか、神様のゲーミング環境とか、気になる事は沢山あるが、自分が来世で生きる姿を配信されるのだろう。さっき話題に上がりかけてたし、来世を聞くのが適切だと判断した。


「おっ、話が早くて助かる。この世界の事とか、上位神とか、ゴッドチューブとか、私のゲーミング環境とかにツッコまずに自分の来世を聞くのはセンスあるぞお前、視聴者が気になるのも実際そこだしな。煉獄での話はお前のリアクションが良くないとカットだからな。ただまあ、死者にこの世界の話をして反応してもらうのは、マイクラ序盤のダイヤモンド掘るまでみたいな安心感とお約束感もある……」


「どうして空気読んだのに別の話題広げるんですか」

「いや、お前は二度とこの世界に来ないから気になるだろうと思ってな、まあ尺と編集の都合で説明するのは面倒だから助かる、十人女を侍らせた割にはお前のリアクションは割と月並みだしな」


なんだこの神様、鬼畜か?そう考えた矢先、神様は深刻な表情をした。今までのどこか打ち解けた空気が一変して周囲がピリピリとした緊張感に包まれる。今の思考アウトだった?


「大事な事を忘れていた」


そういうと神様は表情を無くし、右手で天を指さした。


「太陽よ、大いなる太陽よ、天帝の名において命ずる。烈日となりて万物を遍く照らし、焼き焦がせ」


 神様の右手から一筋の光が青空に向かって放たれる。突如、空の一点に輝いていた太陽が急速に膨らみ(近づき?)、頭上に巨大な恒星が出現した。煌々と輝いて、世界を照らす。鏡のような大地に太陽が反射して世界が一面の白に包まれる。にわかに暖かくなる、というか、暑い。熱い。熱いアツいアツい!!


「アツい!!!!すいません!鬼畜とか考えてすいません!!!!!」

「あっいや、すまんすまん、そういう訳じゃないんだ」


神様はそういうと右手で僕を指さして、白いモヤのような物を僕の周りに噴射した、ドライアイス?液体窒素?いや、今はそんなことはどうでもいい。涼しい。助かった。まだ日差しは照り付けてるけど出てきた時と同じように、太陽は急速に萎んでいった。神様が、リモコンを持った左手を体の後ろに隠しているのに気付いたが、見なかった事にした。


「ありがとうございます。涼しくなりました。」

「いや、何、演出のために世界に水を張ってみたんだが、湿気はPCに良くないからな」


確かに周りを見ると水が干上がって、青空と真っ白な大地が広がっている……は?


「メンゴメンゴ、いや、実際お前の様子を見て、熱くするのが急すぎたとは思った。私は防御力が高すぎて加減が分からないんだ」

「いや、まあPCのためなら仕方ないですね、そもそも水を張らなきゃ良い話ですが」

「そうだ、私ってばうっかりしていた。湿気でPCが壊れたら来世の説明も出来ないからな」

「湿気というか、さっきの太陽でPC壊れたりしないんですかね?とりあえず来世の説明お願いします」

「あっ、今の灼熱でPC壊れたわ、意外と熱に弱いな」

「えっ」

「まあ代わりのPCはまだあるしな……」


 神様が指パッチンをすると新しいデスクトップPCが出てきた。俺が太陽に焙られたのは何のためだったんだ……PCが起動すると、マウスやキーボードが虹色に輝き始めた。ついでに神様の虹色の後光も再び差し始めた。なるほど、ゲーミング神様。しかしいつまで経ってもモニターの画面が暗いままだ。


「あっモニター壊れてる」

「いや、本当しっかりしてくれ」

「……えーっと、gdgdだが来世の説明をする。その前に一つ、お前には転生特典がある」

「マジっすか?」


 正直この世界に嫌気が差していたけど、テンションが上がってきた。転生してチート能力で無双して、ハーレムを作りたい。これは日本全国の35歳の夢だ。むろん、僕も例外ではない。


「やったー、どんな特典なんです?」

「クソ強い能力だぞ、名前は”ワイルドカード”だ」

「あーっ状況に応じて色々選べそうな奴ですね」

「まあそんな感じだ、特別にナビゲーションも付いてくる、まあ私なんだけど」

「それは……心強いっすね」

「あっお前どうして残念そうな表情するんだお前」

「いや、楽しい旅になりそうでなによりです」

「何か含みがあるんだよな、まあいいか。とりあえず尺が無いからもう送るぞ、」

「えっ」

「あっそうだ、もう一度アドバイスをやろう。沈黙は金だ」


 神様が目をつぶりながらしたり顔で右手で指パッチンをすると(そして恐らく左手でリモコンを操作すると)、僕の目の前は不思議な力で強制的に閉じられ、視界は真っ暗になった。耳が、肌が、鼻孔が、世界が急速に変わっていくのを感じる。床が無くなって、奈落に落ちていくような浮遊感を感じる。いよいよ、僕は転生するのだ。




 目を開けると、目の前には大草原が広がっていた。小麦色の草が腰まで生えていて、空を見ると太陽が照り付けている。遠くにはアカシアの木が点々と生えている。……サバンナ?


◇ご名答、あなたがいるのはアフリカです。


頭の中に声が鳴り響く、ナビゲーションってこれか、ちょっと音量でかいな


◇すいません、音量を50に設定しました。


あっ丁度いい。これ反応声出して良いのかな、でも沈黙は金って言われたしな。あと何で敬語?


◇あー敬語なのはナビっぽさ出すためです。おっしゃる通り、無意味に喋んない方が良いです。周りに誰もいなくて、一人っきりでもです。後で編集して、ちゃんと貴方の思考はボイスロイドに喋らせるから安心して思考してください。


なるほど……。で、アフリカに来たのは良いけどどうすりゃいいんだろう。というか転生先って実在の場所なんだな、勝手に異世界だと思っていた。


◇異世界ですよ、自分の体をよく御覧なさい。


ナビにそういわれて体を見ると、クッソ毛深い。手の後ろから黒い毛がボーボーに生えている。


「ケブカッ!?」


◆能力「ワイルドカード」が発動しました。「ケブカイ」を語彙リストに登録します。以降「ワイルドカード」は使えません。


えっ……?


◇あー、見事に引っかかりましたね。今の貴方は現代から100万年前の原始人で、基本的に発せられる言葉は「オレ」「オマエ」「テキ」「エサ」「ハラヘッタ」だけです。で、任意の誰にでも通じる言葉を一つだけ登録できるつよつよ能力「ワイルドカード」を転生特典で持っていましたが、今発動して「ケブカイ」が登録されました。以降はこの5+1単語で生活してください。


「オマエ……!」


◇こんな事故が起きる気はしていた。申し訳ないとは思っている。


「テキ!テキ!オマエ!テキ!」


◇いや、思考の語彙力はそのまんまだから普通に考えて大丈夫だぞ。


ざっけんな!!クソ神様!!!!!!おれはそう考えながら言葉にならない咆哮をした。


◇メンゴメンゴ。とりあえず、ここから太陽の方角にある岩山まで歩けば人のいる洞窟に付く。あ、付きます。そいつらの語彙力もお前と同じだ。同じです。細かい事は考えないで下さい、この世界はそういうルールです。


しれっと状況説明するんじゃねえ、もう色々手遅れだ。


◇いや、この世界も捨てたもんじゃないですよ。十人女を侍らせても誰も文句は言わないし、むしろ盛り上がります。実際こっちとしてはハーレム需要を期待しています。それに語彙力は長老から出るクエストをクリアすると増えていくので頑張ってください。


 顔は見えないが神様の顔は二ヤついている気がした。しゃあない。これも身から出た錆かもしれない。いっちょ原始時代で無双するか。と言っても女も毛深そうだけどな……。


 そう考えて、俺はどこまでも続くサバンナの果て、太陽の真下に微かに見える赤い岩山を目指して歩き出した。

ギャグを目指したんですがギャグってクッソむずいっすね。前世はグッド・バイ、来世はOgというTRPGを題材にしています。

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