第89.5話 幕間:マナスカイの動向④
進行の都合上、ここで再びマナスカイの話を一話差し込みます。
第86.5話の続きです。
これまでのあらすじ:
友好国であるアズール王国に亡命したジャンヌ達は、同じく亡命してきたスカリオ国王女のディーナ、アズール王ローデリヒと共に、現状を確認した。
ジャンヌ達、サローナ王女一行は、ひとまずアズール王国の王都アルスブルクに逗留することになった。
この先、クゼール王国の王都ホルディア奪還に動くことになるのだが、彼女達に出来ることは少なかった。
なにせ、まず第一に動ける人間が少なすぎる。
王女であるサローナは、もちろんおいそれと動くことはできない。彼女お付きの侍女も、同様である。
同じように、サローナの護衛もあまり彼女から離れるわけにはいかないし、そもそも他国で武官が無闇に動き回っては無駄な誤解を生みかねない。
唯一引っ張ってきた文官だけはそれなりに身軽に動けるため、今後のために色々なところに顔を売ろうと積極的に動いているが、それくらいである。
いや、約1名、色々なところから声がかかる人物がいた。
ジャンヌである。
彼女は、戦闘、研究双方で稀有な能力を持っていることから、アズール王国の各所から訓練への参加や研究への意見を求められていた。
さらに、ジャンヌ達と同じくアズールに身を寄せているスカリオ国第一王女ディーナも、ジャンヌに並々ならぬ興味を示していた。
理由は、簡単である。
「今日こそ勝ってみせる!」
一国の王女らしからぬ軽装備を身に付けた格好で、ディーナは、ふんす、と鼻息を鳴らした。
向かい合うジャンヌは苦笑する。
「お手柔らかに、ディーナ様」
「む。何度も言ってるだろ、ジャンヌ。あたしに敬称は要らないし、敬語も要らない」
「そうは言われましても……」
ジャンヌは困り顔で、少し離れた位置で控える侍女に視線を遣った。
猫耳をピクピク揺らす彼女も、少し苦笑いした後に。
「姫様がおっしゃるのなら、それで良いかと」
「そういうものですか……?」
「良いんだよ。あたしは、ジャンヌを気に入ってるんだ。あたしと同じ年で、あたし以上に戦う力を持ったジャンヌをね。だから、ジャンヌには遠慮してほしくないんだよ」
「姫様は若干、戦闘狂のきらいがありますので、ジャンヌさんも遠慮なさらず」
猫獣人である侍女アンの、それこそ遠慮のない物言いに、ディーナが半眼で睨む。
「アン、お前、あたしをなんだと思ってるんだ?」
「我が祖国の、敬愛なるお転婆姫でございます」
「敬意がみえない!」
「そうですか?言葉の端々から滲み出ていると思うのですが。ジャンヌさんもそう思いませんか?」
話を振られたジャンヌは、再び困った顔で。
「ええと、お二人がとても仲が良いのは分かりました」
「こいつはあたしを友達か何かだと思ってるんだよ」
「いえいえ、姫様は姫様でございますよ。それに、そういうところが気に入って側に置いていただけているんでしょう?」
「そうだけど、自分で誇らしげに言うな!」
「えへん」
「……たまに、本気でクビにしたくなるよ」
「またまたご冗談を」
「なあ、ジャンヌ。あたしはなんで、こんなのを侍女にしてるんだろうな?」
「あ、あはは……。でも、本音が喋れる相手がいるのは、良いと思うわ。特にディーナみたいな身分のヒトにはね」
ジャンヌの返答に、ディーナが目を瞬いた。
その内容にではなく、口調の変化に。
それを理解して、満面の笑みを浮かべたディーナが、手甲を装備した左腕を前に出し、構えをとる。
「ふふ、そうこなくちゃ!ジャンヌ、あなたは、これからあたしの親友で、ライバルだ!」
「また勝手に……。ジャンヌさん、聞き流して良いですからね」
「お前はいちいち余計な事を言うな!」
ディーナがアンを一括し、彼女がやれやれと首を振りつつも反論しなかったのを見て、改めてジャンヌに対して構えをとった。
獣人は、基本的に魔法が得意ではない。
全く使えない訳ではなく、非常に個人差が大きいが、平均的にみれば、人間族よりも苦手と言って良いだろう。
そしてディーナも例に漏れず、魔法が苦手であった。
ただしそれは、魔法理論が苦手なだけであり、大気に漂うマナを操るのが苦手という訳ではない。
だから彼女は、戦闘前に精神を集中し、周囲のマナを身に纏う。
それによって、ただでさえ人間よりも高い膂力が増幅され、拳一つで無防備な人間を絶命させられるほどの力を得る。
加えて、多くの獣人と同じように炎魔法と相性の良い彼女は、四肢に炎を纏うことができるのだが、ジャンヌ相手にそこまでは使わない。これはあくま戦闘訓練であり、実戦ではないのだ。
灼熱の殴打は、熱による直接的な生体へのダメージもさることながら、身に付ける服などへの影響も大きい。
訓練でジャンヌの服を燃やしてしまう訳にはいくまい。
「行くよ、ジャンヌ!」
「いつでもどうぞ」
◆ ◆ ◆
ジャンヌの戦い方を一言で表すならば、変幻自在、である。
剣技と魔法技を高い領域で両立している彼女は、相手に合わせて自分の戦闘スタイルを変化させることができる。
相手が魔導士であれば、相手の苦手な接近戦を挑んで剣技でこれを下す。
一方で、ディーナのように物理攻撃一辺倒の相手には、攻撃を往なしつつ、距離を取って魔法によって攻撃をする。
なお、かつてディストラ相手に剣で打ち合っていたのは、ただのライバル心からである。
ディーナはもちろんジャンヌに距離を取られまいと接近を試みるが、攻撃魔法、防御魔法だけでなく、幻影魔法などの補助魔法も使いこなすジャンヌにはなかなか近付けない。
そして近付けたとしても、攻撃が単調なディーナの拳は空を切ることになるのだ。
「あー、当たらない!」
ジャンヌにひょいひょいと避けられ、カウンター気味に氷の礫をぶつけられて地に伏せたディーナが、空に向かって叫んだ。
「本当ですね。姫様、完全に踊らされてますね。そしてジャンヌさんは踊っているように麗しいです」
「お前……。一体誰の応援してるんだ」
「もちろん姫様ですとも。まさかこのわたくしの忠誠心を疑いで?」
「疑いたくもなるわ。っていうか疑われないと思ってるのが不思議だよ」
「そんな!アンは悲しゅうございます……」
「嘘泣きは要らん」
「およよよよ」
泣き崩れるアンに、ディーナは白けた視線を送る。そしてそれを無視して一つ溜息を吐く。
「獣人は、基本的に真っ向勝負だからなぁ。獣人相手だと直接的な力の増強が強さに繋がったけど、人間が相手だとそうもいかないな」
そんな分析をするディーナに、アンが先程までの泣き真似がなかったかのようにすっくと立ちあがり。
「そうですね。確かに姫様は獣人同士の戦いではお強いですが、魔法戦闘も含めて駆け引きがまだまだなっておりません」
仕える姫君への言葉とは思えぬ率直な意見だったが、ディーナは気分を害した様子もなく、頷く。
「ああ。獣人の使う魔法程度なら蹴散らせるが、ジャンヌのように洗練された魔導士相手だと、翻弄されてしまうな」
「まあ、普通の魔導士ならば、姫様が近付いて一発殴ればそれで終わるでしょうけどね。ジャンヌさんは接近戦での回避と魔法が上手いのが根本的な敗因ですね」
「そこなんだよなぁ。オールマイティにもほどがある。何か弱点はないの?」
ジャンヌ本人にそんな事を訊ねるディーナ。
それにジャンヌは苦笑しつつ。
「オールマイティって言えば聞こえは良いけれど、どちらも中途半端といえばそれが弱点かな。魔法対策を万全にした剣士や、物理攻撃が届かない専任魔導士相手には打つ手がないかも」
ジャンヌの言葉に、アンがフフッと笑った。
「それはどちらも相当な手練れですね。ジャンヌさんじゃなくても攻略は難しい相手です。とはいえ、前者は姫様が目指すところでもありますね」
「魔法対策か……」
ディーナの故郷、スカリオ国では、魔法はあまり重視されていなかった。
もちろん、魔導士の専門機関はあったし、魔法戦闘を得意とする者もいたが、彼らは基本的に物理戦闘が苦手な者であった。
それゆえ、力技で魔導士は倒せるし、魔法は避ければ良い、という大雑把な考えが定着していたのだ。
だが、今後はその考えを改める必要があるだろう。
ジャンヌとの訓練もあるが、それ以上に――、スカリオ国を乗っ取ったカイナは、魔法部隊を上手く活用して、そのクーデターを成功させたからだ。
経緯は不明であるが、スカリオ国の魔導士部隊の多くが、クーデターの際にカイナ側についていたらしい。そしてその魔導士部隊を効率的に運用することで、カイナは物理攻撃偏重のスカリオ国軍に大打撃を与えたのだ。
この先、そのカイナ一派に相対しようとしているディーナからすれば、魔法対策は必須といえた。
「あたし達がこの先、もう一度カイナと相まみえるためには、やらなければならないな」
ディーナの言葉に、ジャンヌは神妙な顔で頷くのだった。
次話は再びユージン達の旅です。
中海を渡り、ようやく大陸の西側に上陸するところからスタートです。




