第87話 祝勝会
第6章開始です!
ネアン帝国の王宮の端には、最大収容人数が千人を超える大広間を擁する迎賓館がある。
平時であれば、十数人の侍女たちによって建物の維持管理をされるだけで、人気の少ない場所なのだが、本日は普段と様相が違った。
「うへぇ、こんなのを着せられんのか?」
ユージンは、その建物の控室の1つで、そんな不平を口にした。
彼の視線の先にあるのは、タキシードのようでいて、なんだか余計なひらひらが各所についているらしい、この国の正装だった。正直、ユージンの目にはコスプレ衣装にしか見えない。
ユージンの言葉を受けた侍女が困った顔をしているのを見て、同室で着替えるディストラが助け舟を出す。
「まあ、仕方ないよ。今夜は正式な国の行事だし。郷に入っては郷に従え、ってね」
「お前の国にも、そのことわざはあんのな……。というか、何か慣れてないか、お前」
「クゼール王国の正装も、似たようなものだからね。俺も騎士の叙任式とかで着たことはあるよ」
「ふーん。まあ、イタリアとフランスの違いだしな」
「え?」
「いやなんでも」
ユージンが初めてネアン帝国の食事を食べて感じたことは、ネアン帝国はフランスっぽくて、クゼール王国はイタリアっぽい、というものだった。もちろん、ただのユージンのイメージだが。
どちらにせよ、日本との差を考えるならば、マナスカイとスフィテレンドの差は比較的小さいということだった。
ユージンは、こんな派手な衣装を抵抗なく着られるディストラを羨ましく思いつつも、いつまでも駄々をこねていても仕方がないので、控えている侍女に着付けを頼むのだった。
◆ ◆ ◆
そして、魔王軍の撃退を祝う祝勝会が始まった。
ユージンはしばらく、広間の上座側で、フラールやディストラ、ユングやフレイヤと食事を楽しんでいた。
それからしばらくして、皇帝の言葉や将軍の演説などの後、ついにユージンの出番が来てしまった。
「さて、次は皆様のお待ちかね!我が国の新たなる英雄、勇者ユージン様です!」
司会のそんな煽り文句に内心辟易としつつ、ユージンは壇上に上がって愛想笑いを浮かべた。
「此度の魔王軍の侵攻における最強の難敵、魔王軍の幹部をたった1人で打ち倒したことは、皆様ご存じの通りでしょう!ですが――、勇者様の活躍はそれだけにとどまりません!」
いやいやとどめとけよ。というユージンの内心とは裏腹に、広間にいる帝国の貴族や有力者達が、ざわめく。
「なんと、勇者様は南部のムスペラ公国の撃退にも一躍買っていただいたのです!」
「南部の情勢が怪しいと耳にされた勇者様は、我が国の誇る無敗の帝国軍や、天才魔導師でもあられるラルヴァンダート次期公爵様に帝都を任され、お仲間のディストラ様と共に南部に向かい、そして危惧した通り攻めてきたムスペラ公国に対抗するための作戦の一端を担われました」
「ええ、ええ。皆様が疑問に思うのも無理はありません!ムスペラ公国との戦いは、魔王軍の侵攻とほぼ同時に起きました。それでなぜ勇者様が魔王軍の戦いに間に合うのか、ということですね?」
「なんと勇者様は、ムスペラ公国との戦いが終わり、魔王軍侵攻の報を受けるや否や、休養もとらずにこの帝都にとんぼ返りされたのです!」
「ええ、そうです!もしあと1日遅ければ、帝都はあの恐ろしい悪魔の手によって破壊されていたかもしれません!しかし、勇者様は、間に合ったのです!そして、誰もが倒すことを諦めかけたあの悪魔に、勇敢に立ち向かい――、これを打倒したのです!!」
煽りに煽られた広場の者達は、司会の言葉に乗って喝采を上げた。
ユージンは、それを苦々しい表情――好意的に見れば、照れて苦笑しているような表情――で見つめる。
それに気付いたのか、ユージンと同じく壇上にいたイサークが声を上げた。
「皆、ユージン殿の言葉を聞きたいことと思うが、彼は生憎とこのような場に慣れていない。済まないが、スピーチは無しだ!代わりに、我が妹が今回の件に関して、戦いを支えてくれた全ての者に労いの言葉を述べてくれる」
貴族達から不満の声が上がる前に、イサークはフラールにパスした。が――。
「ちょっと兄様、聞いてないわよ!!」
フラールが、笑顔を引き吊らせながら、小声でイサークに抗議した。
「言ってしまったものは仕方ないだろう。頑張れ」
「~~!!」
相変わらずの兄の横暴に、フラールはギロン、と兄を睨み付けたが、状況は変わらず。
仕方なしに、彼女は段の中央に出て、即興で、亡くなった兵士への弔慰や生き残った兵士への労い、それらを支えた市民への感謝などを述べる。
それを聞きつつ、イサークは、
「ふむ、フラールも中々姫らしくなってきたな。これもユージン殿のお陰かもしれないな」
そんな事を言って、ユージンに話しかけた。
だが、ユージンはイサークの軽い表情に対して、冷たい視線を返す。
「どういうつもりです?俺は、ネアン帝国のプロパガンダに利用されることを了承した記憶はないですが」
「悪いとは思う。だが、今回の戦いで何一つ利益を得られていない我が国としては、国民の士気を上げる何かが必要だった」
「それはそちらの事情でしょう。悪魔を倒したことを喧伝した件についてはどうこう言うつもりはありませんが、ムスペラ公国の件は、容認しがたいですね。俺は、ムスペラ公国の敵でもなければネアン帝国の味方でもない」
ユージンの言葉に、イサークも表情を改めた。
「……それを、私に言って良いのか?今ユージン殿が自由に動けているのは、私が後ろに付いているからだぞ?」
「脅す気ですか?でも、もう遅いですね。ここまで俺を持ち上げた以上、今更飼い殺しになんてできない」
「舐めて貰っては困るな。他国ならいざ知らず、この帝国内において、世論の操作など造作もない。私の権力の及ぶ範囲は、文字通りこの帝国全てだ」
「じゃあ、約束を破るつもりですか?」
「何?」
「貴方は、俺をこの世界に呼び出して、魔王を倒すことを要求し、俺はそれに同意した。口約束でも、これは契約だ。一国の責任ある立場の貴方が、自分の家臣でもない俺と交わした約束を、破るんですか?」
国のためならば、そんな約束などいくらでも破ろう。それが、国を預かる皇族というものだ――。
イサークが、そう言ってユージンを黙らせることは簡単だった。それは、偽らざる彼の本心であったから。
だが、それは大国の理論ではない。本当にいざとなれば、それを辞さない覚悟はあるが――、少なくとも、身一つで戦う個人相手に、国の代表がやって良いことではなかった。
本当にそんなことをすれば、いい笑い者である。
加えて、彼という人間に対して、イサーク個人がそれをするのは憚られた。
彼は、信をもってこちらの望みに応えようとしているのだ。
であれば、義を返すのが彼に望んだ者のあるべき姿だろう。
イサークは、表情を和らげて苦笑した。
「これは一本取られたな。ユージン殿は政治もできるんじゃないか?……それで、何がお望みだ?」
ユージンは、自分のような小僧相手に今の険悪な雰囲気から軽く退き、簡単にあしらっておいて、見え透いた世辞を、と感じたが、そこで本当に不機嫌になるほど子供ではない。
「別に、これ以上利用されないなら構いません。どうせ、帝都には長く居ないですからね」
「そういうのが一番困るんだがな」
「知りませんよ。俺は政治家じゃないんでね」
「やれやれ」
若干拗ねたように吐き捨てたユージンに、イサークが肩を竦めた。
それを見て、ユージンも少し頭を冷やそうと思い。
「すみません、殿下。少し体調が悪いので、休ませてもらいます」
「ああ、分かった。ゆっくり休んでくれ」
そうして立ち去るユージンと入れ替わるように、ルキオールがイサークの隣に控えた。
「何かあったのか?」
「いや……。最初に会った時は、ただの少年だと思っていたが――、化けたな。まさかこの俺が、借りを作らされるとは」
「どういう事だ?」
イサークは、今のユージンとのやり取りを簡単に説明した。
「論理面だけでなく、感情面からも責められるとは」
「意図してやったのかはともかく、そこは彼の強みだな」
「ああ。人間は、誠意に対して不義ではいづらい生き物だからな。……少し、手放すのが惜しくなった」
「……動くか?」
ユージンは今のところ、元の世界に戻る気だ。彼をこの地にとどめるのならば、やりようは無くはないが――。
「いや、やめておこう。欲を出して、本末転倒な事態にはなりたくない」
「それもそうだな」
余計なことをして、ユージンが魔王を倒す気をなくしてしまったら元も子もない。
「それにしても、少し、気になるな」
「何がだ?」
イサークの言葉に、ルキオールは祝勝会の様子を伺いながら、質問した。
「いくら勇者として召喚されたとはいえ、彼は、元はあちらの世界の平民だろう。17やそこらの少年が、この俺相手にあれだけ強い瞳で抗議してくるとは思わなかった」
「……それは、俺も前から思っていた点だな。彼の、常軌を逸した訓練。あれは、いくら気合いがあったとしても、常人には不可能だ」
「そうだな。相応の、覚悟が必要だ」
「……気になるなら調べるが」
「いや、それも良いさ。別に不都合がある訳じゃない。色々と触れられたくない過去もあるだろう」
「そうか」
そんな風にお互いの顔を見ず、広間に向かって笑みを浮かべながら喋る2人を見て、
「イサーク殿下、此度は大手柄でしたな――」
「これはドゥワイヤ侯爵、ありがとうございます――」
話しかけるチャンスと見た貴族がやってきたことで、2人の会話は自動的に終わりを見た。
◆ ◆ ◆
先に休んでおく、と仲間達に告げて広間を後にしたユージンを、心配したフレイヤが追う。
本来であれば、彼女は他国の王族として国賓対応で会に臨むところであるが、まだヴァナル王国の復興の目途が立っていない現在、あまり目立たない方が良いと本人達やフラールが判断したので、今日はディストラ同様に「勇者の仲間」として参加していた。
故に、会を中座してもそこまで問題は生じない。
「ユージンお兄ちゃん、どうしたんですか?」
控えの部屋として、侍女に案内された部屋に腰を落ち着けたユージンの隣に座って、フレイヤが訊ねた。
「ああ、ちょっと――イサーク殿下と口喧嘩を」
「え?……だ、大丈夫ですか、それ?」
フレイヤが、事の重大さに冷や汗を流した。
相手は、文字通りこの世界で最も権力を有する人物の1人だ。それに逆らえばどうなるか、聡いフレイヤは簡単に想像がつく。
だがユージンは肩を竦める。
「大丈夫だ。向こうが大人だったからな」
「そうですか。なら良いんですけど……。何が原因だったか、聞いても良いですか?」
「ああ……。フレイヤも聞いただろ、あの司会の煽り文句。俺は確かに、結果的にムスペラ公国の侵略阻止に少し手を貸したが、それはネアン帝国の利益のためじゃない。まるで俺がネアン帝国のためだけに戦っているかのように、政治的に利用されるのは心外だった」
「……そういうことでしたか」
ユージンの言葉に、フレイヤは納得して頷いた。
確かにユージンは、ネアン帝国に勇者として召喚され、皇族のフラールと仲良くしながらも、その権力からは常に一歩引いていた。必要であれば、それを行使するのも辞さないという意識は見えるが、積極的に使おうという感じではなかった。
それは、おそらく彼の高潔な意志によるものだ、とフレイヤは思う。
ユージンは、たとえ権力を与えられたとしても、権力そのものには魅力を感じないのだ。権力は、目的を達成するための手段に過ぎない。もしそれを自分の欲のために使えば、自分を許せなくなる。
そういう人だと、フレイヤは感じていた。
まあ、それはそれとして。
「ところでユージンお兄ちゃん、南には視察に行くって言ってませんでしたか?何で戦争になってるんです?しかも参加してるんですか?」
フレイヤが、コテンと小首を傾げて、微笑みながらユージンに訊ねた。
「ああ、それは成り行き上仕方なく」
ユージンは何でもない風に惚けるが――、
「嘘ですね?初めからそうなるって分かってたんでしょう?」
にっこりと笑うフレイヤは、そう断言した。
ユージンは、これは誤魔化せないな、と判断して、苦笑した。
「悪かったよ。言ったらお前、付いて来ただろ?なるべく少人数で動きたかったし、フレイヤを危険に晒すわけにもいかないからな」
そして、隣に座るフレイヤの頭をよしよしと撫でる。
それに頬を染めて照れつつも、フレイヤは口を尖らせる。
「だから、ユージンお兄ちゃんは狡いです。誤魔化すために頭を撫でないでください!」
「じゃあ止めるか?」
「いえ続けてください。わたしに嘘を吐いた罰です。わたしが満足するまで撫でてください」
そんなことを言って、プイ、と横を向いてしまったフレイヤに、
「仰せのままに、王女様」
ユージンは恭しくそう述べて、手を動かし続けるのだった。




