第86.5話 幕間:マナスカイの動向③
もう一つの世界、マナスカイでの話です。
これまでのあらすじ
第2話:ユージンの剣の師匠でもあった同盟国スカリオの騎士カイナが、四の魔剣『デリュージ・ファンフ』を手に、ユージンを襲撃した。ユージンは殺される直前にスフィテレンドに召喚され、生き延びる。
第16.5話:クゼール王国の王城は、カイナによって陥落した。ユージンを失ったジャンヌとディストラは、同盟国アズール王国に亡命しようとする第一王女サローナと共にクゼール王国を後にする。その途中で、ディストラもスフィテレンドに召喚されてしまう。
第32.5話:ジャンヌとサローナは、色々と悩みつつもアズール王国の王都アルスブルクを目指す。
第48.5話:無事アルスブルクに到着したジャンヌ達だが、そこにはスカリオ国の第一王女ディーナがいた。スカリオ国では、カイナによるクーデターで王族の多くが殺され、ディーナはここまで逃げてきたということだった。
アズール王国の王都アルスブルクの中心に聳えるアルスブルク城。
その一室にて、国王であるローデリヒ=アズールは、同席する少女達を眺める。
サローナ=クゼール。
アズール王国の母体であるクゼール王国の第一王女。
これまで何度か会った印象としては、普通の貴族の少女、といったものだった。
一国の王女として大事に育てられ、それを当然のものとして受け取り育った少女。
ともすれば自らを特別な人間であると思い込み、他者を見下すことにもなりかねないが、そこの教育は間違いなかったようで、真っ直ぐな性根に育っているようである。
少なくとも、悪い評判は聞かないし、これまでの会話からも他者への思いやりを感じる事ができる。
そして、父王が人質にとられ、自身は他国に亡命している立場でありながらも、泣き言を言わず確りと前を向いている。まだ17歳という少女ながら、王族としての矜持も備えているようだ。
今後クゼールがどのような方向に向かうかは不透明であるが、彼女の存在が民衆にとっての希望となる日が来るかもしれない。
ローデリヒは、そこまで考えてから、視線を横にずらす。
ディーナ=スカリオ。
地理的にも、文化的にも比較的人間の国に近い獣人の国スカリオの第一王女。
ローデリヒが彼女に直接会ったのはほんの数回であるが、それだけでも人間族の王女とは大きく異なることが知れた。
獣人の国の多くは、人間の国とは違い、王族にも直接的な「力」が求められる。
すなわち、戦闘能力である。それはスカリオにおいても変わらない。
そんな中、彼女の王位継承順位は驚きの第2位であった。
王女としては最も年上ではあるが、彼女には兄が数人いる。長兄以外の彼らを差し置いての王位継承権第2位とはすなわち、彼女の戦闘能力がいかに高いかを物語っている。
そんな彼女が、クーデターの際に戦おうとしたことは、自然なのだろう。
だが、結局は家臣の説得に折れ、国から逃亡することになった。
その無念は、サローナの比ではないだろう。
そんな彼女達が、今後どの様な道を辿るのか。
それは彼女達が決めていくことではあるが、今しばらくは、自分が手助けする必要があるだろう。
そう考え、若き王は口を開く。
「さて、現状の大雑把な情報共有はこんなところだろう。では、今後について話し合おうと思う。我が国としては、サローナ王女にはもちろん、ディーナ王女にも出来る限りの便宜は図るつもりだ。その上で、君達は今後どう動く?」
視線を向けられたサローナとディーナ。
先に口を開いたのは、ローデリヒにより近しいサローナであった。
「私達の目標は、当然、父の解放とホルディアの奪還です。なので、それが可能かどうかの情報を集める所から始めなければならないと思います。ただし、私達には情報を集める人員もいないため、そこをお力添えいただければと」
サローナの言葉に、ローデリヒが頷く。
「そうだな。サローナ王女の言う通り、情報が重要だ。そして、ある程度の軍事力もな。その辺りは我が国が提供しよう。同盟国の解放という名目がある以上、特に問題はない」
そう言って、ローデリヒは次にディーナに視線を向ける。その視線は、サローナに向けられるものよりも数段厳しい。
それは、ローデリヒがサローナを贔屓しているという訳ではなく、2人の王女の状況の差である。
クゼールの状況は、サローナの言った通り、王さえ解放できればそれでひとまず済む。
しかし、スカリオはそうはいかない。既に国としてクーデターが成功してしまっているのだ。それを今からさらに覆そうとすれば、より多くの血が流れるのは目に見えている。
その判断ができるのか、そしてその覚悟がディーナにあるのか。
彼女の為人を把握するには良い材料であった。
そのディーナは、ローデリヒの視線を受け、少し考えた後で、口を開く。
「あたしも、王族として、父を弑したカイナを斃し、国を取り戻したいという気持ちはある。だけど、そのために民や兵をいたずらに争いに巻き込んではならない。まずは、スカリオの民の意思を確認する必要がある。そして、もし動くとしても、あたし達には力がない。協力してくれる勢力を見つける必要がある。そのためにも、まずはサローナ様と協力してホルディアを奪還したい」
「ふむ……」
ディーナの話を聞き、ローデリヒは彼女の評価を上げた。彼女は戦闘だけでなく、政治もできるようだ。
彼女は、現状を良く理解している。ローデリヒが先程考えた点についてもだが、その先、国の奪還に動く時の事まで考えている。
彼女が旗を振れば、スカリオ国の兵はそれなりに集まるだろう。だが、それだけで魔剣を有するカイナ一派に勝てるとは彼女は考えていない。
だから、他国の協力が必要となる。その際に最も信頼できるのが、力よりも伝統を優先する人間族であり、唯一同盟を結んでいるクゼール王国である。
スカリオ国の周囲には他にも獣人の国はあるが、力を是とする彼の国々がまともに協力してくれるかどうか怪しいのだ。
同種族よりも異種族の方が有事に頼りになるとは、何とも皮肉である。
とはいえ、ディーナがクゼールに協力を依頼しようとしても、当然現状では不可能だ。王都がカイナ一派に占拠されている上、不当に攻めて来たスカリオへのクゼール国民の感情は最悪だろう。
それを一発逆転するのが、亡命したサローナ王女に協力して王を救い出し、スカリオ国の窮状を訴えるという作戦だ。
それが成功すれば、クゼール国民からディーナへの感情は同情へと変わり、王開放への協力への対価として、そしてホルディア襲撃への報復として、カイナへの攻撃に協力してもらえる。
ディーナはそう考えているのだろう。
悪くない、と彼女の考えを評価したローデリヒは、続けて彼女に質問する。
「では、ホルディア奪還のために、まず最初に我々が得るべき情報は何だ?」
質問を向けられたディーナは、少し考えた後に答える。
「……カイナの居場所、か?」
「それは確かに非常に重要な情報だ。だが、それを把握する上でも、まず得ておくべき情報がある」
そう言って、ローデリヒは、視線を斜め前に向けた。
サローナ王女の護衛。そういう名目で、これまで何度か目にしたことはある。
だが、それ以上に、別の所から名前を聞くことが多かった。
ジャンヌ=ダンデリオン。
まだ二十歳にもならない少女ながら、非凡なる魔法と剣術の才能を評価され、王女の外遊時の護衛を任されることも多いと聞く。
その姿を見たアズールの兵士達からは、こんな美しい少女が護衛の任務を果たせるほどの腕前を持つのか、との疑問もあったようだが、親善試合との名目でその実力を披露して以来、彼女の力を疑う者はいなくなった。
だが、ローデリヒが興味を持っているのは護衛としての実力ではない。
アズール王国は、「進歩と革新」の国是通り、魔法と土木工学の研究に力を注いでいる。特に魔法研究では他国の追随を許していない。
その研究者のトップをして、「あの才能は是非我が国に欲しい」と言わしめるほどの魔法の才能。「マナの申し子」とまで呼ばれるその能力に興味を持ったローデリヒは、ジャンヌがアズールに訪れた際に研究者と意見を交わすのをこっそりと覗いたことがある。
そして、自身の2倍以上を生きたアズールの研究者相手に対等に議論する姿に驚かされた。
彼女は驚きの理解力でこちらの研究内容を理解し、柔軟な発想力で思いもよらなかった論理を組み立てた。そして、未だにその魔法の全てを解明されていないという『嘆きの丘』の解明を進め、勇者召喚を成功させてみせた。
そんな少女が、今何を考えているのか。自分の思考に追いついてきているのか。
ローデリヒは興味があった。
「君は何だと思う、ジャンヌ?」
ディーナ王女に続き、ローデリヒ王にまで何故か気軽に名を呼ばれたジャンヌは、驚きつつも返答する。
「カイナの目的、ですね。カイナが何のためにホルディアを襲撃したのか。それ次第で、ホルディア奪還の難易度は大きく変わります」
期待通りの答えに、ローデリヒが笑みを浮かべた。
「その通り。それで、君の予想は?何も考えていない訳じゃあるまい」
「……あくまで私見ですが、カイナの最大の目的は勇者と魔剣の破壊にあったと考えます」
「ほう?何故?」
「ホルディア襲撃の際、彼はまず勇者を殺害するために姿を見せました。それが第一の目的であると考えるのが自然です」
「それだけかね?」
「あとは……、先ほど、ホルディアの状況がほとんど変わっていないと聞いて、そう感じました。他に明確な目的があったのなら、すでにそれを行っているはずです。スカリオを手中に収めてから数日、まだ安定していない母国を放り出して、自らクゼールに乗り込んで来た訳ですから」
ジャンヌの回答に、ローデリヒは満足げに頷いた。
「うむ、うちの情報部の判断とほぼ同じだな。現状、彼等のクゼールのでの活動はかなり小規模だ。わざわざ国を堕とすほどの労力を払ったにしては不自然すぎる。故に、我々は、彼等は既に目的を果たしたのだと判断した」
ローデリヒの言葉に、サローナが眉をしかめる。
「勇者様が目的だったのなら、なぜ王城にまで手を伸ばしたのでしょう?」
尤もな質問だ、とディーナが頷く。
一方のローデリヒは、やや言いづらそうにしつつ。
「これは言葉が悪くなるが……、要はついでだったのだと思う。恐らく、最初から王城の攻略は作戦に含まれていただろう。王城を堕とした後で、勇者を差し出させて殺す。これが順当な流れだからな。だが、推測になるが、その前にカイナが向かった先に、偶然にも――まあ、勇者が来るかもしれないとは思っていたのだろうし、事実勇者はそこに逃げた訳だが――勇者が現れた。そして、王城を堕とす前に目的を――勇者を殺害できなかったのはさておき――目的を達成した。そこで退却しても良かったが、最早王城への攻撃は始まっている。なので、予定通りに王城を堕とした。こんな所ではないかな」
そのあんまりな理論に、サローナが呆然とする。そこでディーナは少し首を捻った。
「勇者を殺すためだけに、王城を堕とすような大規模な作戦を考えるかな。普通に暗殺した方が速いんじゃない?」
「確かにその通りだ。だが、勇者には常時護衛が付いていたし、通常の暗殺は難しかっただろう。カイナが出れば可能だっただろうが、先程ジャンヌが言った通り、彼にはあまり時間はなかったはずだ。故に、勇者を見失った場合のことを考えると、クゼール自ら勇者を差し出させる方が合理的と考えたのだろう。同時に、王城を堕とすことは示威的行動でもあったとの見方もできる。まだ声明は出せされていないが、カイナの目的は、スカリオ国にとどまらず、世界の覇者となること。クゼールの王城を堕としたことは、その始まりであると、そう示すためだったのではないかとね」
世界の覇者。
その言葉に、重い沈黙が下りた。
それはすなわち、この世界の誰もが、この争いについて他人事ではなくなるという事だから。
次話から再びユージンの旅が始まります。




