第84話 ユージンvs悪魔ベルソン
前話のあらすじ:
帝都に進撃する悪魔ベルソンの前に、ユージンが乱入した!
「ユージン……ゾーイを助けに行っていたのではないのか?」
突然空から降ってきたユージンに、ライリーが訊ねた。
それに対してユージンはいつもの不遜な笑顔で。
「そっちはもう終わったよ。ゾーイとディストラもその辺に居るはずだ」
「……それで、すぐにこっちに駆け付けたのか。忙しい男だな」
「褒めるなよ」
褒めてない。そう突っ込みそうになるのを、ライリーは耐えた。
ユージンとの軽口の応酬を楽しむ趣味は自分にはなかったし、何よりそんな場面ではない。
まずはアレックスを回収し――。
「ユージン、アレと戦うつもりか?」
「ま、ひとまずは、な」
「知っているかもしれないが、アレには物理攻撃も魔法攻撃も効かない。勝算はあるのか?」
「勝算は――、ない」
オイ!と、その場の誰もが突っ込みたくなったが、ユージンが言葉を続けた。
「でも、ないなら作ればいい」
いや、勝算ってそういうものじゃないだろ。
一同の心中に、再び同じような言葉が浮かんだ。
しかしユージンは、そんな反応を分かっていたかのように笑った。
「勝敗なんてのは結果に過ぎない。今、ここであいつを止めないとヤバいんだろ。だから戦う。それだけだ」
ライリーの胸に、ユージンの言葉がずしんと響いた。
なぜだろう。言っていることは、ただの絵空事、子供の青臭い理想論だ。
そんな考えで戦えば、すぐに命を落とす。
先程のアレックスが、まさにそうだ。
あのまま戦えば、数分ともたずに悪魔に殺されていたことは想像に難くない。
戦場を生き抜き、結果を残す兵士は、常に冷静に、勝てる場所をきっちりと抑え、引き際を誤らない。
本当の戦いを潜り抜けてきた兵士には、あんな理想論など、口にする事は出来ないのだ。
それが身を滅ぼすと、実感してしまっているから。
指揮官であれ、前線の兵であれ、それは変わらない。
ユージンの言葉は、それとは正反対だ。
勝てるかどうかにかかわらず、戦うべきと思ったから戦う。そんなのは、まともな兵士の考えではない。
それなのに。
ライリーは、笑顔を浮かべるユージンに、どういうわけか反論することができなかった。
いや、本当はライリーも頭のどこかで理解していたのかもしれない。
この一見不真面目で、実戦経験もそこまで豊富ではない少年が――、しかしその実、誰よりもストイックで、何度も死にかけている少年が、未だにそんな事を口にできる理由を。
それは、彼がこれまで、自らの言葉を違えなかったからに他ならない。
たとえどんなに辛い状況で、自らが傷付いたとしても、信念を曲げなかったから。
そして、常人であれば諦めるような目の前の苦難を、決して折れずに乗り越えてきたから。
そう、それはまるで――。
――まるで、伝説の勇者ではないか。
ライリーは、小さく首を振った。
自分は、それを認めるわけにはいかない。
だからただ一言、
「……死ぬぞ」
そう忠告することしかできなかった。
しかしライリーの言葉にも、ユージンはニヤリと笑って。
「死ぬ前に逃げるさ。俺も命は惜しい」
◆ ◆ ◆
身長5メートル、肩幅3メートルほどありそうな巨体と、ユージンは対峙する。
事前情報では、敵の攻撃手段はアホみたいにデカい三日月斧を振り回すのみ。
もちろんそれ以外の、巨体による殴打も十分に脅威ではあるが、少なくとも魔法や細かな戦闘技術という点を心配する必要はなさそうだ。
「(ま、それもそうだろう)」
自らを『絶対防御』と称するほどの、防御のスペシャリストである。剣も拳も魔法も通じないのであれば、自分が負けることは、まずない。
加えて、その巨体である。殴る蹴る以上のことをする必要性が薄かった。
「貴様が、次の相手か」
悪魔ベルソンが、身長180㎝もないユージンを見下ろして、感情の乗らない声を発した。
「そういうこと。いっちょ手合わせといこうか」
ユージンは、いつも通り不敵に笑った。
恐怖を感じないわけではない。
敵の能力には大きな脅威を感じているし、あの三日月斧が少しでも掠れば、ユージンの身体は半壊するだろう。
一歩間違えれば、死ぬ。それに恐怖を感じないほど、ユージンの感性は壊れていない。
一方で――、その恐怖に慣れてしまった自分がいることに、ユージンは気付いていた。
だが、それは必要な事であるとユージンは判断している。
恐怖にいちいち足が竦んでいては、それこそあっという間にあの世行きだろう。
他方で、恐怖を感じないような戦いでは成長は望めない。
恐怖を感じる相手に立ち向かうことが、今の自分には必要である。
正しく怖れ、正しく判断する。そうすることで、油断なく敵に立ち向かう。
これが、戦闘におけるユージンの基本スタンスである。
◆ ◆ ◆
まずは小手調べ、とばかりに、ユージンは悪魔ベルソンに向かって駆ける。
ベルソンがそれに対して三日月斧を振り上げるが――、加速したユージンは、それが振り下ろされるよりも早く敵の脇をすり抜け、すれ違い様に膝裏を斬りつけた。
ガィン!という、堅い中にもどこか弾力のある手応え。『物理の盾』等の対物魔法障壁に特有の感触であった。
「(とりあえず、一番外側に対物魔法障壁があるのは間違いなさそうだな)」
ユージンは、ベルソンから少し距離を取ったところまで走ってから振り返り、斧を振り下ろした体勢の敵の背中を観察する。
斬りつけた箇所は、当然のように無傷である。
悪魔ベルソンは、巨体に見合ったややゆっくりとした動作で振り返り、今度は斧を横に構える。
そして、そのまま横に振り抜き、自分の前方の地面を扇状に抉った。
「うおっ!飛び道具も使うのか!」
ベルソンの剛腕によって抉られた地面は、衝撃で大小の礫をユージン側に撒き散らす。
ユージンはそれを『物理の盾』でやり過ごし、敵が再び同じことをする前に、自ら攻撃に出る。
「無駄だ」
ベルソンは、目の前に迫るユージンに回避行動すらとらなかった。
自らの防御に絶対的な自信を持っている故の、慢心。
ユージンは、それを見咎め、ならばと自分も隙ができてしまう空中へと躍り出て、敵の首を斬りつけた。
ガキィン!
今度は、先程とは明らかに異なる音が響いた。
硬い金属を剣で斬りつけた時の音に似ている。
そして、戦いが始まってから初めて、悪魔ベルソンが感情を面に出した。
目を見開き、驚愕という感情を。
「……貴様、何をした?」
ベルソンの首筋には、確かに一筋の傷が出来ていた。
いや、傷というより、跡といった方が正しいかもしれない。
それは、人間の皮膚が切り裂かれたようなものではなく、金属の表面に僅かなへこみが出来たようなものだった。
だがそれでも、これまでの戦いで初めて、人間がつけた跡である。
悪魔ベルソン攻略に、光が射した――かに見えた。
◆ ◆ ◆
ユージンと悪魔ベルソンとの戦いを、城壁から多くの兵士達が見守っている。
その中には、ゾーイとディストラはもちろん、ルキオールとイサークの姿もあった。
元々、ユージンはゾーイ、ディストラと共に、騎馬で急いで帝都に戻った後、王宮に直行していた。
そして勇者権限(?)でルキオールに面会を求め、南部での経緯を報告すると共に、帝都の大まかな状況を聞くや、ユージンが独断で1人飛び出し、前線へと向かってしまったのだ。
ゾーイ、ディストラがユージンを追ったのは当然であるが、ルキオールも、もしもの場合の救助と戦闘の分析をするために、現場近くに向かった。
イサークは、ただの興味である。
そんな彼らは、ルキオールの使う『遠視』の魔法で、ユージンの戦いを詳しく観察していた。
ゆえに、ユージンの攻撃が、ベルソンに、僅かでも傷を与えたことに気づいた。
その映像を脇から覗いていた帝国兵達が、俄に沸き立った。
それを鬱陶しそうに眺めながら、イサークがルキオールに訊ねる。
「どういうことだ?勇者殿の攻撃は、悪魔に通ったようだが」
「おそらく、あの聖剣の能力にあるのでしょう。聖剣は、あらゆる魔法を無効化するような能力があると報告を受けています。そうですね、ゾーイ?」
話を振られたゾーイは、こくんと頷いた。
自分を使い捨ての駒のように扱うイサークやルキオールに、思うところが無いわけではないが――、今更である。もとより、ゾーイは自分がそういうものであると理解していたのだ。
実質的な敵国に、人質同然に派遣されようとも、恨んだりはしない。少しキライになるくらいである。
そして、キライな人より、好きな人を見ていた方が良いというもの。
ゾーイは、ルキオールからユージンに視線を戻して、補足する。
「あの『セブン・フォース』の能力『断魔』は、あらゆる魔法的な事象を斬り裂きます。たとえそれが、どんなに強力な魔法であっても。戦略級の魔法障壁も、あの剣の前ではただの紙切れ同然ですネ」
「それは、恐ろしいな……」
イサークが、偽らざる感想を漏らした。
それを無視して、ルキオールが解説を続ける。
「恐らく、あの悪魔ベルソンは、体表面に物理障壁を張っていたのでしょう。我々が使う能動的な障壁とは異なる、常時展開できる特殊能力と思われます。ですが、それも魔法による障壁には変わりない。故に、聖剣の能力で魔法が無効化されたことで、剣が真の体表まで届いた、ということでしょうね」
「なるほどな。……ん?だが、それは要するに、普通に剣で斬りつけられる状態になった、ってことだよな。なのに何で、あんな薄っすらとした傷しか付かなかったんだ?」
イサークの質問に、ルキオールが、今ユージンが浮かべている表情と同じ表情になった。
すなわち、苦々しい顔で。
「単純に、奴の体表が、金属よりも硬いのでしょう」
「……おいおい。どんだけだよ」
◆ ◆ ◆
ユージンは、悪魔ベルソンの攻撃を避けつつ、『断魔』の力で何度も斬り付け、敵の弱点を探る。
だが、身体中どこを斬っても――というか、叩いても、僅かなへこみができるだけで、ダメージらしいダメージは与えられていなかった。
「ちっ、どんだけ防御を固めてんだよ。引くわ」
苛立ち紛れに敵の脳天に『セブン・フォース』を叩きつけたユージンだったが、やはりまるで堪えた様子はない。
「ふん、それが我。『絶対防御』のベルソンだ」
ベルソンは、頭上をちょこまかと動き回るユージンを、鬱陶しそうに手で払う。
それだけでも、当たれば重傷は免れないだろうが、ユージンは得意の立体機動で躱す。
「それより、貴様こそ何だ、その剣は。我の魔法障壁を完全に無効化するものは初めて見た」
脅威に感じている、というより、興味深い、という雰囲気で、ベルソンが訊ねてきた。
もちろん、それに素直に答える義理はない。
「さて、何だろうな。……まだ未完成だけど、後はアレくらいか」
ユージンは、ボソリと呟いて、一気にベルソンから距離をとった。
そして。
「上手く発動してくれよ……! 来たれ雷 刃に纏え『雷刃』!!」
ユージンの呪文に応じて、黄色の魔法陣が『セブン・フォース』の中腹に出現した。
そしてそこから、雷撃が発射されて『セブン・フォース』に纏わりつく。
いわゆる「魔法剣」であった。
それは、ユージンがお遊びでゾーイにそんなものが無いか訊いたのが発端だった。
単純に、炎の剣とかカッケー、という中二的発想によるものである。
だがそれが、ゾーイの研究者魂に火を付けた。
元々、剣に魔法を纏わせる魔法は、一応存在した。
だがそれは威力に乏しく、「まあ無いよりはあった方が良いかもしれないけど、頑張って覚えるほどでもないよね」という扱いに過ぎなかった。
ゾーイは、これを実戦で効果のあるレベルにまで引き上げれば、物理耐性と魔法耐性を持つ敵が複数入り交じったときに有用であると考えた。
あと、面白そうだった(本音)。
そんなわけで、ゾーイとユージンは2人で、時にはユングやフレイヤも交えて、コツコツと「魔法剣」の開発に勤しんでいたのだ。
その結果、一応目標とする魔法攻撃力を持つ魔法剣の開発には至ったのだが、まだその制御に難があった。
そもそも、この「魔法剣」の原型となった魔法は、設置型でありながら魔法陣を移動させるという、そこそこ難しい制御を求められるものだった。
しかもこれには、扱う魔力を増加させると、飛躍的に制御が難しくなるという問題点があった。
それゆえ、次の課題はこの制御方法の改善、ということになっていたのだ。
その未完成の魔法を、ユージンが使用したのは、ひとえに、もうそれしか手がなかったからである。
「くそっ、相変わらず制御がムズいが……!」
ユージンは、一度深呼吸をして、雷を纏う『セブン・フォース』を構え直す。
対するベルソンは、ユージンの攻撃を受けて立つ構えだった。
「ほう、面白い。剣が雷を纏うとは。それで我を倒せるかな?」
「ちっ、余裕かましやがって。これが効かねえなら、もう打つ手無しだぜっ!」
叫びながら、ユージンは駆ける。
ベルソンは、反撃のために三日月斧を構えることもなく、仁王立ちしていた。絶対に自分の防御が破られる事はないという自信のあらわれだろう。
ユージンはそれが気に食わなかったが、これまで有効な攻撃をできていないのも事実。
ならば遠慮なく、行かせてもらう!
「おらああぁあぁぁ!!」
気合と共にユージンは跳び上がり、ベルソンの左首筋に、全力で『セブン・フォース』を叩き付けた。




