第83話 アレックスの義勇
前話のあらすじ:
戦場に、物理攻撃も魔法攻撃も効かない悪魔が現れた!
悪魔ベルソンの情報は、対魔王軍の作戦司令部にも早急に伝えられた。
作戦の総責任者である帝国軍総大将のハールダン将軍は、今朝方に、「我が軍は勝利目前だ!」と兵士に檄を入れたところだ。それから半日も経たぬタイミングでの強力な悪魔の出現に、舌打ちをしたい気分だった。
だが、隣に座る皇太子イサークの手前、ハールダンはあからさまな不機嫌になるのは抑える。
「物理攻撃も魔法攻撃も効かない、か……」
ポツリとイサークが呟いたのを聞き、司令部の面々は一様に苦い顔をした。
「そんなことがありえるのでしょうか?」
1人の将校が、遠慮がちに質問を口にした。
イサークは発言者をちらりと見たが、返答はしなかった。答えを持っていないからだ。
代わりに、別の将校が発言する。
「ありえるも何も、現場からの報告がそう言っているからな」
「いえ、それを疑うわけではなないのですが、攻撃し続ければいずれ効果が出たりはしないでしょうか」
「魔法による防御であれば、可能性はあるか。奴らとて、魔力が無限にあるわけではない」
「しかし、魔法士一個中隊の総攻撃を軽く防ぐとなると、こちらの方が先に魔力切れになるのではないか?」
「意外と敵も精一杯だったかもしれないぞ」
「楽観的憶測は危険だろう」
そうして将校が対策について議論を始める。
しかし結局、敵の能力をもう少し見極めなければ何とも言えない。そして、見極めるためには魔法士の魔力がもつか分からない。
ということで。
「魔法局としての見解はどうですか?」
帝国軍の将校に交じって、魔法士部隊の責任者として、魔法局長のマリク=マイヤーもその場に出席していた。
将校達の視線を浴びたマリクは、ふむ、と顎をひと撫でしてから意見を述べる。
「そうですな。魔法士達も、連日の戦闘で魔珠が回復しきっておりませんゆえ、魔力的な余裕はあまりありません。ただし、敵の数が少なくなったので、後のことを考えなければ、それなりにその悪魔に注力はできるでしょう」
「後のこと?」
「敵の増援がなければ、という意味です」
「ああ、それについては、各地から綿密な情報収集を行っているが、今のところは増援の予兆はない」
「なるほど。であれば、魔法士部隊の一部をその悪魔の専任にして、魔法耐性を解析する案で良いかと」
マリクの意見を聞き、ハールダン将軍が頷く。
「それでは、まずは悪魔の耐性や魔力の解析のため、兵士と魔法士によって攻撃を続けたいと思う。よろしいですか、殿下」
「ああ、それで進めてくれ」
作戦の責任者はハールダンであるが、この場で実質的に決裁の権限を持っているのは、皇太子であるイサークだ。
無論、イサークは自分が軍事の専門家でないことは理解しているので、無駄に口を挟むつもりはない。彼がここにいる目的は、軍部の判断が妥当であるかの確認と、緊急時の権力行使のためである。
それはともかく、イサークの承認を得た事で、作戦の具体案が作成されていく。
そんな最中に、司令部を訪れる人物がいた。
「失礼します」
入って来た人物に、将校達は一瞬だけ視線を向けたが、そこにいる人物が皇太子の右腕であることが分かると、すぐに議論を再開した。
ルキオールは、将校達とマリク、ハールダンを順に眺めた後、最上座に座るイサークに近寄る。
「どうした?今は寝てる時間じゃないのか?」
イサークの惚けた軽口に、ルキオールは、小さく溜息を吐いた。
「さすがに暢気に寝ている状況ではなさそうですからね。どんな作戦で行くつもりですか?」
「ひとまずは敵の能力解析だな。兵士による物理攻撃と、魔法士による魔法攻撃で、敵の防御に穴がないかを探る」
「妥当ですね。ところで、『名乗り』の件は聞きましたか?」
周囲に貴族を含む軍人が多くいるため、ルキオールは臣下仕様の口調である。
それはともかく、ルキオールの質問に、イサークは頷く。
「ああ、悪魔にしては珍しく、名前を名乗ったらしいな。何だったか……」
「ベルソン。『絶対防御』のベルソン、とそう名乗ったようですね」
「そう、そんな名前だったな。『絶対防御』というのは二つ名か何かなのか……。それがどうした?」
「聞き覚えがあります。以前捕えて拷問した悪魔が、その名前の悪魔の部下、と言っていたはず」
「……つまり、奴は魔王軍の中で、いわゆる『幹部級』の悪魔ということか」
「おそらく。名乗りや二つ名というのも、幹部ならではのものかもしれません。以前王宮に侵入を許し、取り逃がした悪魔も、本名(?)こそ名乗りませんでしたが、二つ名は口にしていました」
「ああ……覚えてないが、ふざけた感じの二つ名だったな」
「『偉才なる韋駄天』と名乗りましたね」
ルキオールの説明を受け、イサークは溜息を吐いた。
随分と回りくどい言い方だが、ルキオールが言いたいことはつまり。
「奴は、お前ですら取り逃がすほどの能力を持っていた。つまり、今現れた悪魔ベルソンも、それ並の能力があっておかしくないということだな?」
「そういうことです」
ルキオールの言葉に、いつの間にか2人の会話を傾聴していた将校達に動揺が走った。
帝国のもつ最高戦力の1人であるルキオールですら倒せなかった悪魔。それと同等の能力があるとなれば、前線の兵士では荷が重い。
前線の兵士は退かせるべき――、若い将校がそう短絡的に判断しそうになるのを、ルキオールが留めた。
「ただし、悪魔の能力は個々に特徴があるようです。王宮に進入した悪魔は、その名の通り俊足で、魔法耐性は高かったものの、私の攻撃を受けて無傷ではありませんでした。今回の悪魔ベルソンは、スピードはないようですし、恐らく防御特化なのでしょう」
「これまた『絶対防御』の名前通り、というわけだな。では、ひとまず敵の能力の様子見は行っておくか」
「ええ。大きな被害が出ない限りは、その方針で良いかと」
皇太子とその腹心の会話に結論が出た所で、止まっていた会議が再開された。
◆ ◆ ◆
悪魔ベルソンの能力について結論付けるならば、「物理攻撃も魔法攻撃も無意味」という一言に集約された。
帝国が誇る上級騎士の精鋭部隊の剣も、ルキオールを含む一級魔法士の魔法も、彼の悪魔に傷一つ付ける事は叶わなかった。
それはすなわち、悪魔ベルソンに対して、帝国は成す術がないということを意味する。
どんな攻撃もベルソンの歩みを止める事は出来ない。いくら足が遅かろうと、このままのペースで進めば、今日の夕方には帝都外壁に辿り着いてしまう。
そうなってしまえば、そこから先、帝都がどうなるかは火を見るよりも明らかであった。
現在は、魔法攻撃から地形改変等に切り替えて、敵の進行速度を遅らせているが、所詮時間稼ぎだ。
壁を作ろうが、穴を掘ろうが、ベルソンはその三日月斧の一振りで、行く手を阻む全てを瓦礫に変え、その上を歩むのだ。
三日月斧の本当の目的は、攻撃範囲の拡大ではなく、巨大な障害物の破壊にあった。
作戦司令部は、目に見えてに焦り出した。
いくら強力と言っても、たかが1体。何とかなるだろう――。
当初、頭の片隅で考えていたそんな侮りは、きれいさっぱりなくなった。
「何か、良い方法は無いのか……!」
ダン、と拳を机に叩きつけるハールダン将軍を横目に、イサークは冷静に――しかし深刻な顔で、ルキオールに喋りかける。
「このままだと、マジでまずいな」
「そうですね……。一応、外壁に仕込んでいる物理防壁で時間稼ぎはできるはずです。魔法士が交代で制御し続ければ、帝都への進入を防ぐことはできるでしょうが、根本的解決になりませんね」
「本当に、魔法は一切効かないのか?」
「現在得られているデータから判断する限り、効きませんね。通常の魔法による物理・魔法防御であれば、望みがあるかと思ったのですが、あれはそうではないようです。そもそも、魔法による防御は、魔力によって生み出された魔法体が――」
「ああ、その辺の説明は良いから。結論は、効かないんだな」
ルキオールの蘊蓄が始まりそうな雰囲気を察して、イサークが強引に結論だけを確認した。
ルキオールは若干責めるような視線をイサークに送ったが、首肯するにとどめた。
「どこかに転移させるようなことも不可能なのか?」
「無理ですね。先程の私の説明の続きを聞けば、その理由が分かりますが?」
「そうか。今日は遠慮する」
ルキオールの冷たい視線を流して、イサークは腕組みをする。
「何か、無いのか?」
「……」
司令部に、重い沈黙が降りる。
「あの、ひとまず、前線の兵士は退かせて大丈夫ですか?」
その沈黙を破り、若い将校が、おずおずと訊ねた。
「……そうだな、例の悪魔からは退かせた方が良いだろう」
ハールダン将軍が頷いた。
それでほっとした将校は、続けてこんなことを言う。
「加えて、もしもの場合に備えて、帝都西部の住民を避難させては?」
再び、司令部が沈黙に包まれる。
彼が言ったことは、尤もである。むしろ、まだ避難させていなかったのか、と言われてもおかしくない。
だが、住民を避難させるということはすなわち、帝国の最終防衛ラインが突破される恐れがあることを、帝国が認めたことになる。
これは、政治的に大きな意味を持つ。
有史以来、ネアン帝国は戦争において、一度も帝都への敵の侵入を許してはいない。(以前の悪魔は潜入工作にあたるので、戦争ではない)
それが、帝国軍の強さの象徴の1つであったのだ。
もしその象徴が崩されるようなことがあれば、自分達はネアン帝国の歴史に汚名を残すことになりかねない。
それゆえ、将校達は、市民の避難を言い出せなかった。
だが、今はそんなことを言っている場合ではない。それは、誰もが理解していた。
自分達の名誉と、無辜の民の命とで、どちらが重いかを履き違える人間は、幸いにしてこの場には居なかった。
ただし、ここまで言い出せなかっただけでも問題ではあるが。
イサークは、自らの心中にも苦々しいものを感じつつ、将軍に指示するのだった。
「帝都西部の市民に、避難指示を出せ」
◆ ◆ ◆
その悪魔の噂は、帝都内で活動しているアレックス達にも伝わっていた。
そして、同じタイミングで、市民の避難誘導の命令も受け取る。
「避難指示だって!?状況は、それほどヤバイのか!」
同僚が叫び声を上げたように、アレックスも衝撃を受けていた。
避難指示が出たということは、悪魔に外壁を突破される恐れがあるということだ。帝都でそんなことがあるとは、俄には信じがたかった。
だが、信じられないと言っていても仕方がない。命令通り、アレックス達は西部に住む市民を、別の地区の広場などに誘導し始めたのだが――。
アレックスはその誘導する騎士の中に、自分の上司の姿を見つけて目を丸くした。
「ナダルヤ隊長、なんでここに?」
ライリーは、例の悪魔の出現後に、その悪魔の討伐隊の一員として前線に参加していたのだ。
だというのに、何故か彼はここにいる。
悪魔が討伐されたという話は聞かない。であれば、ライリーがここにいるということは。
「前線は、放棄されたんですか!?」
アレックスの剣幕に、ライリーは眉をしかめるが、冷静に答える。
「そういうわけではない。だが、騎士には撤退命令が下った」
「それは、放棄じゃないですか!」
ライリーの回答に、アレックスがわなわなと震えた。
これは、ライリーが悪かった。すぐに、物理攻撃は全く意味をなさないので、魔法防御による時間稼ぎに切り替えた、前線は維持されている、と説明すれば良かったのだ。
だがアレックスの、頭突きせんばかりの勢いに圧されたライリーは、いやそうではなく、と身体を引きつつ答えようとし――、
「あ、おい、アンバー!どこに行く!」
結局、駆け出したアレックスに届く言葉を述べることはできなかった。
◆ ◆ ◆
アレックス=アンバーは、憤慨していた。
帝国軍は、帝都外の前線を放棄した。つまり、外壁かその内部で悪魔を迎え撃とうというつもりだろう。
それ自体は、作戦として否定はしない。障害物が何もなく、悪魔が力を十全に使える郊外より、障害物の多い市街地の方が、人間に有利と踏んだのだろう。
だが、そのためには、事前の市民の避難が不可欠である。
騎士達に市民の避難誘導が指示されたのは、先程の事だ。避難が終わるには、まだ何刻もかかるだろう。
それが終わる前に、前線を放棄することは、決してあってはならない。
帝国軍が、市民を見捨てるようなことは、絶対にしてはならないのだ。
それなのに、帝国は前線を放棄してしまった。
故に、アレックスは憤慨していた。
「(避難が終わる前に、悪魔を帝都に入れるわけにはいかない!)」
アレックスは、自分でもよく分からないほどの義勇に駆られ、街を疾走する。
そしてアレックスが帝都の西門に着いた時には、その悪魔は、ゆっくり歩いてもあと1刻あれば帝都外壁に辿り着く距離まで近づいていた。
圧倒的な存在感を放つその異形に、アレックスの心臓がドクンと跳ねた。
――勝てない。
一目見て、それは分かった。
自分とでは、まるで比べ物にならない。役者が違いすぎる。まさに巨人と小人だ。
――怖い。恐ろしい。死ぬかもしれない。
胸に込み上げてきた恐怖や不安を、しかしアレックスは無理やりに抑え込み、駆け出した。
突然、西門から飛び出していった騎士に、周囲の帝国兵は何事だと注視する。
「おおおおぉぉ!」
アレックスは、雄叫びを上げて、走りながら剣を抜いた。
悪魔が、アレックスに気付く。そして目標を見据え、三日月斧を振り被った。
「っ!」
さすがに、脳裏に危険信号が最大限に鳴り響き、アレックスは足を止めた。
そのおかげで、カウンター気味に合わせられた悪魔の縦振りは空振りに終わり、巨大な三日月斧が地に突き刺さる。
直撃すれば、アレックスの肉体はこの世から消滅していただろう。
そして、直撃せずとも。
「うおわああぁぁ!?」
衝撃波で、アレックスの身体は吹き飛ばされ、地を転げる。
自分が走った距離の半分ほどを強制的に戻らされたアレックスだが、奇跡的に軽傷で済んでいた。
だが、実力差は誰の目にも明らか。
立ち上がろうとするアレックスに、後ろから声が掛かる。
「アレックス、何してるの!勝てる訳ないじゃない!早く戻るのよ!!」
西門から少し出たところに、ベティが立っていた。隣には、ライリーの姿も見える。
冷静に考えれば、退くべきところだろう。アレックスが悪魔と対峙したところで、殆ど時間稼ぎにすらならない。犬死にも良いところだ。
だが、それでも。
「退かない――退けない。俺はあの日、決めたから!ネアン帝国の騎士として、この国を、市民を守ると。そのために、自分を誇れる人間になると!ここで退いたら、俺は――、俺は自分を誇れない」
ボロボロになりながらも敵に立ち向かうその姿に、ベティとライリーは、誰かを連想せずにはいられなかった。
しかし――。
その心構えは素晴らしいが、アレックスを無駄死にさせるわけにもいかない。第一、悪魔がもう少し進めば、魔法士の防壁が展開される予定なのだ。アレックスの義勇は、見当違いとも言える。
そうしてライリーが、アレックスを無理やり連れ戻そうと歩き出した時だった。
「よく言ったぁ!!」
空から、そんな声とともに、黒髪の少年が降って来たのは。
アレックスは、突然現れた少年に、驚かなかった。
その代わりに、フッと小さく微笑む。
彼が――、勇者ユージンが、逃げるはずがないのだ。
例え一時的に悪魔に背を向けたとしても。
市民に危機が迫れば、必ず駆けつける。
アレックスが信じた通りの少年だったのだ。
「(ほらみろ。やっぱり、俺が確信したとおりだ)」
アレックスは、勇者を信じなかった騎士や市民の、鼻を明かした気分だった。




