第81話 アレックス=アンバーの憤慨
前話のあらすじ:
ユージン達は、ムスペラ公国軍を退けた!
すみません予約掲載を忘れてて遅くなりました。
第1章に出てきた脇役騎士視点です。
ネアン帝国の下級騎士であるアレックス=アンバーは、憤慨していた。
原因は、3か月と少し前に帝国が勇者として召喚した少年、ユージンである。
彼は、帝国に召喚された後、およそ1か月ほど王宮の中で訓練をして、その後、少数の仲間と共に帝都を旅立った。
その後の動向については、アレックス達のような末端の騎士には知らされていない。せいぜい、上司や貴族、あるいは市民が噂話をしているのを耳にするくらいだ。
だがアレックスは職務柄、市民と接する機会も多いので、勇者に関する噂については事欠かなかった。
◆ ◆ ◆
噂の中でまず驚いたのが、勇者は帝都から、魔王の居城がある西側に向けてではなく、東側に向かったというのだ。
なぜ、という疑問には、付帯する噂が答えてくれた。
――勇者は、聖剣を手に入れるために学術国家ミッドフィアに向かった――。
聖剣とは、千年前の勇者が使用したとされる剣だ。
不思議な形状をしたその片刃の剣は、細い刀身とは裏腹に、凄まじい切れ味を誇ったという。伝説では、硬い岩盤ですらバターのように切り裂いたというのだ。
いくらなんでもそんな切れ味の剣が存在するはずがないし、そもそも聖剣の存在すら怪しいものだ、とアレックスは思った。
だがそれからしばらくして、こんな噂が流れてきた。
――勇者が、本当に聖剣を手に入れた――。
もちろんアレックスは最初、その噂を鼻で笑っていた。
だが、日を追うごとに、その時の状況が具体的に噂されるようになってきた。
――勇者は、魔法士ロキを仲間に加えた――。
――ミッドフィアのトップと会談したらしい――。
――会談に出席した大臣と商談した時に、本物の聖剣を見たと言っていた――。
他のはまだしも、最後の情報は信頼性が高い。その話をしていたのは、帝国でも大店を持つ商人であり、大臣の名前まで口にしていたのだ。
利に聡い商人が、下手すれば大臣の信用を傷つけかねない噂話を口にするはずがない。であれば、噂は事実であり、しかもミッドフィアでは口外しても問題ないくらいに広まっているのだろう。
アレックスは、本当に聖剣があったのか、と驚くと共に、勇者の旅が順調に行っているようで、嬉しくなった。
◆ ◆ ◆
アレックスを始め、平民出身の騎士は当初、召喚された勇者を毛嫌いしていた。
帝国を守るために騎士がいるというのに、自分達は信頼できないのか、という帝国への不満が、勇者に向かったのだ。
特に勇者と年齢が近かった若い騎士の心証は悪く、勇者の剣の腕が大したことがなかったのもそれに拍車をかけた。
アレックスも同僚と共に、勇者を扱き下ろしていたのだが――、あの日、勇者の訓練を見て、彼への印象は180度変わることになった。
自分なら諦めるであろう攻撃に、果敢に立ち向かう。
死にそうな傷を負いながらも、立ち上がろうとする。
そんな少年の姿を見て、アレックスの同僚ベティ=ベルトーラはこう言った。
『この国に生まれて、この世界を守るべきアタシが出来ないことを、いきなり喚び出された場所で、私たちの世界のために必死になってやろうとしている勇者様を、どうして馬鹿にできるの?』
ガツンと頭を殴られた気分だった。
自分が、彼のほんの一側面だけしか見ていないのに、批判していたことを自覚させられた。
アレックスはその件で大いに反省し、改めて勇者を尊敬すると共に、自らの在り方も考え直した。
たとえ彼のようにはなれなくても、この国を守る騎士として、彼に自分を誇れる存在でありたい、と。
それからアレックスは、同僚が何事だと首を捻るくらいには、訓練や職務に身を入れるようになった。
アレックスの所属する部隊の主要な任務は、帝都の巡視である。
基本的に、帝都の治安維持や取り締まりは、警吏が行う仕事であり、騎士の出る幕ではない。
しかし、警吏の権限は限られており、大規模な犯罪集団や、貴族相手では荷が重い。
そのため、騎士隊の中にそれらを取り締まり、裁く機関が設けられているのだ。
アレックスは、そこに所属しており、平時は帝都の治安維持に努めるのが職務である。
ちなみに、ネアン帝国の騎士は、大枠では帝国軍の所属となる。帝国軍の中に、騎士隊や歩兵部隊、その他様々な隊が存在している。
ただし、近衛隊だけは騎士でありながら軍属ではなく、皇家直属の別機関扱いである。
また、戦闘魔法部隊については、基本的には魔法局所属であり、有事の際には魔法士を軍に派遣する形をとっている。
さて、騎士であるアレックスは、心を入れ替えた以降、積極的に職務に励んだ。
つまり、市民に怪しい人間がいないか、積極的に声を掛けるようになった。
その結果、必然的に沢山の噂話を聞くことになったのだ。
だが、ミッドフィアで聖剣を手に入れた後の勇者の足取りについては、確度の高いものは得られなかった。
少なくとも、ミッドフィアから西に向かったようであるが、その辺りは旧ヴァナル王国の勢力圏である。今でも、ネアン帝国との人の行き来はそこまで活発ではない。
だから、
――秘密の財宝を探し当てた――。
――どこかの国の王女と恋に落ちた――。
――いや、こっそりついていったというフラール殿下と恋人に――。
――魔王軍の手下と戦って、これを下した――。
――幻獣を自在に使役した――。
――ヴァナル王国の生き残りと出会って、次の王になってくれと頼まれた――。
――『ナルセルドの呪い』を解いた――。
という、様々な噂が流れて、市民はそれの真贋を予想して盛り上がった。
アレックスは、その中でも、フラールが勇者についていったことと、勇者が悪魔を倒したことについては、概ね事実であろうと考えていた。王宮の中でも、そのような噂を聞いたからだ。
フラールについては、そもそも姿を見せなくなったので、ほぼ確実だろう。
「(悪魔に、勝ったのか……)」
最初、アレックスの少し上の先輩にも勝てなかったあの勇者が、悪魔に打ち勝つまでに強くなったことに、アレックスは他人事ながら感慨深いものを覚えた。
まあ、勇者本人だけの力ではなく、同行しているライリーや魔法士の力もあるのだろうが。
ともかく、そんな風にアレックスが勇者の活躍に喜んでいた最中の出来事だった。
◆ ◆ ◆
「あ、悪魔の軍団!?」
アレックス達は、上司からの通知を受けて愕然とした。
これまで、帝都周辺で大規模な戦闘が起きたことはない。
小規模なものも、前回、隠密性の高い悪魔に王宮に侵入された時くらいである。
そんな帝都のすぐ西に、魔王の軍勢が集結しているというのだ。
アレックス達若手だけでなく、多くの騎士達に動揺が走った。
「落ち着け。あちらも、帝都の防衛機能は警戒しているらしく、まだ本格的な戦闘にはならなそうだ。だが、その日はいずれ来る。全員、覚悟をしておけ」
それからというもの、皆の訓練への力の入れようが明らかに変化した。
誰も彼もが、実践を意識し、本気で訓練に臨むようになったのだ。
「(自分の身に具体的な危険が迫らないと、本気にならないなんて)」
とアレックスは周囲を批難する気持ちが湧いたが、自分とて勇者の訓練を見なければ、彼らと同じだっただろう。
少なくとも、皆が本気を出すようになったことは良いことである。
アレックスが、そんなことを考えていた数日後。
「勇者が帰ってきた?」
同僚から齎された情報に、アレックスは眉を顰めた。
「噂では、今頃は旧ナルセルド王国の辺りだろ?どうやって帰ってくるんだよ」
「知らないけど、実際に昨日、勇者を見たって奴が何人もいるぜ」
「マジかよ」
どうやら、デマではないらしい。
どうやってかは分からないが、勇者は今、帝都にいるらしい。
そして帰還の理由については、翌日には大々的に噂になっていた。
曰く、勇者は魔王軍に対する戦力の一つとして呼び戻された、とのことだった。
勇者パーティがそれほどの戦力になるのか、という疑問は騎士の中からも挙がったが、居ないよりは居た方が良い、という結論には変わりなかった。彼らに悪魔を討伐した実績があることも、それを支持した。
そして、その翌日に、アレックスは勇者本人を目撃することになった。
彼は、再び騎士達に交じって訓練を始めたのだ。
その手に持つのは、凄まじい存在感を放つ、片刃の曲刀。伝説の聖剣の見た目と相違ないその剣に、多くの騎士が注目した。
だがそれ故に、以前と異なり、彼は本気で騎士と斬り合う訓練は止めてしまった。
聖剣は、騎士が訓練で用いる模擬剣とは異なり、真剣だ。当たり所が悪ければ、簡単に相手を殺めてしまう。お互いの実力が良く分かっている相手でなければ、訓練はしづらい。
剣に防刃ベルトを取り付けるという手もあるだろうが、彼はその選択をしなかった。
その代わりに、短剣を得意とする騎士のもとで、右手に聖剣を、左手に短剣を持ち、2刀流の真似事をし出したのだ。
勇者のことを高く評価しているアレックスですら、その行動には首を傾げざるを得なかった。まして、そこまで勇者を買っていない騎士達は、若干白けた視線を送る。
そして、その2日後には、勇者の騎士達からの評価が再び暴落した。
勇者が、帝都から逃げ出して南の視察に向かったというのだ。
「ガッカリだよな~。ちょっとは骨のある奴かと思ってたのに。意味不明な2刀流の練習の挙げ句、悪魔から逃げるなんて」
同僚の言葉に、アレックスはムッと顔をしかめて反論する。
「逃げたかどうかは分からないだろ。何か重要な役目があるのかもしれない」
「それならそうと上から通知があるだろ。こんなに噂になってんだからさ」
「それはそうだけど。……大きな声で言えない事情があるのかもしれない」
「魔王軍がそこに居るってのに、それ以上の事情があるか?んなもんねーだろ。結局あいつは、勇者って持ち上げられてやる気になってただけで、何の覚悟もない子供だったんだよ。ってか、何でそんなに勇者を庇うんだ、アレックス?」
「いや、……彼は、そんな逃げ出すような人間じゃないと、俺は思う」
「まあ根性はありそうだったけどな。でも、ここから居なくなったのは事実だ」
同僚の言葉に、アレックスはそれ以上反論できなかった。
そして視線を逸らした先に、1人の少女を見た。
ベティ=ベルトーラ。
アレックスの同期の中の紅一点で、アレックスより先に勇者の訓練を知り、彼を凄いと評価した。
そんな彼女なら、自分の気持ちも分かってくれるはず。
そう思ったアレックスだったが。
「ベティは、勇者が逃げたとは考えてないよな?」
「さあ……分からないわ」
「え?……いや、でも、ベティは知ってるだろ?」
彼が、死にそうな訓練にも耐えるほどの覚悟をもって旅に出たことを――。
そんなアレックスの内心を理解してなお、ベティは難しい表情を浮かべた。
「確かに、旅に出る前の勇者様は、悪魔に立ち向かう気があったと思う。でも、その後、実際に悪魔と戦って、心境の変化があったのかもしれない。アタシは、それほど深く彼のことを知らないから、なんとも言えないわ」
「そんな、ベティまで」
アレックスはショックを受けて首を振った。
彼の覚悟が、そんなに軽いものであるとは思えない。
そんな覚悟で、世界を救う旅に出て――、市民をぬか喜びさせるようなことをする人間ではない。
アレックスは、何故かそう確信していた。
だが、アレックスに賛同する人間はほとんど見つからなかった。
騎士はもちろん、どこから情報を得たのか、勇者の動向を知った市民も、勇者を扱き下ろす。
「とんだ肩透かしだよ。聖剣を解放したって聞いて期待してたのに」
「いくらイサーク殿下がバックアップしても、本人が腰抜けじゃねえ」
「ま、おだてられてその気になったけど、温室育ちの子供には荷が重すぎたんだろ」
「ったく、帝都の危機に動かないで何が勇者だってんだ」
好き勝手なことを言う市民に――。
ネアン帝国の下級騎士であるアレックス=アンバーは、憤慨していた。
「(彼は、俺達の無茶な要求に応えるために、死ぬ気で訓練してたんだぞ!自分の身に危険が迫らないと本気にならない騎士や、自分達はただ守られる側だと思って頼るだけのあんた達に、彼を批判する権利があるのかよ!)」
そう、彼は、なんの責任もないこの世界のために、あんな努力ができる人間なのだ。
その彼が、例え本物の悪魔と出会い、そして死にかけたとしても、心折れるとは思わない。
「(俺は、そう信じる。――そう、俺が信じていれば良い。そして、俺はその信じる彼に恥じない俺であれば良いんだ)」
アレックスは、誰もが勇者を信じない現状に歯噛みし、しかし拳を握りしめて前を向くのだった。




