第80話 有耶無耶な終戦
前話のあらすじ:
ゾーイは、ユージンのおかげで本当の自分を取り戻した!
ムスペラ公国軍は、全軍で5万程の人数であった。
一方のカルサイ伯爵軍は、4万と少し。
広い平野でぶつかり合えば、カルサイ伯爵軍が不利であるが、この狭い戦場では戦線が伸びないため、数の不利は小さくなる。
そして、それは同時に戦争の長期化をもたらした。
その日の夕方になっても戦いの趨勢は定まらず、膠着状態のまま夜を迎える。
ユージンは、一時退却の合図を受けて、森の中から戦場の西に移された本陣に向かった。
「決着はつかなかったな」
そうこぼしたユージンに、ディストラが反応する。
「まあ、戦場が狭いからね。それでも、俺が見た感じだと、お互い2割程度の兵士は戦闘不能だ。通常の戦争であれば、そろそろ何らかの決着をつける所だけど」
「どうやって?」
「普通は停戦協定だろうね。今回の場合は、ムスペラ公国の侵略戦争だけど、カルサイ伯爵は裏切ってるからね。国同士の立場だとムスペラ公国の分が悪いけど、個人の立場だと、カルサイ伯爵の分が悪いかな」
「でも、手を組んでたのは秘密裏にだからね。公にできる証拠はないと思うよ。あのヒトも、そこまで馬鹿じゃないと思う」
ゾーイが肩を竦めてそう父親を評した。
「なるほど、建前上は、ただの防衛戦争だ、って主張できる訳だね」
「とゆーか、兵士の多くは実際そう思ってるだろうからね」
「ああ、まあ、そりゃ言えないよな……。実はカルサイ伯爵自身が引き起こした戦争だなんて」
ユージンが、何も知らずに戦う兵士に同情した。
それにゾーイが補足する。
「決着がついた後に露呈するだろうけどね」
「お前がリークするのか?」
「ボクじゃないよ。……この国のトップが、裏切り者を簡単に許すと思う?」
ユージンは、イサークやルキオールを思い出して、首を横に振った。
「一家断絶は許してくれるかもしれないケド……張本人はね」
「自業自得とはいえ、哀れだな」
ユージンが複雑そうな表情でそう言った。
おとずれた微妙な沈黙に耐えられなくなったのか、ディストラが口を開く。
「ところで、停戦協定だけど、問題はカルサイ伯爵の方だよね。ムスペラ公国は受け入れるだろうし」
「ああ、出征の意義がなくなったからな。ムスペラ公国は、カルサイ伯爵軍と共闘してなんとか帝国を討つつもりだったのに、そのカルサイ伯爵に裏切られちゃあな」
「そう。でも、カルサイ伯爵は、イサーク殿下からムスペラ公国を徹底的に潰せって言われてるんでしょ?どうするんだろう」
「現在の戦況からしても、ムスペラ公国軍はカルサイ伯爵軍に挟まれてるわけだから、逃走も出来ないしな」
「たぶん、協定は結ばれないよ。で、明日の朝にはムスペラ公国軍がいなくなってる」
ゾーイの言葉に、ユージンが眉間に皺を寄せる。
「……わざと逃がすってことか?」
「そう。確かに潰せとは言われてるけど、具体的にどうしろとは言われてないからね。相手を撤退に追い込めば、最低限のラインはクリアしたって言えるよ」
「果たしてイサーク殿下やルキオールさんがどう判断するか……」
「あの2人もたぶんお目こぼしすると思うよ。政治で何とかできる案件なのに、徒に国民を戦わせて死なせることになっちゃうからね」
「ふうん」
ユージンが、真面目なゾーイの顔を覗き込む。
「な、なに?」
「いや、ちゃんとした令嬢っぽく見えるな、と思って」
ユージンの言葉に、ゾーイが頬を染めてそっぽを向く。
「一応、ちゃんとした令嬢なんだけど?」
「黙ってたくせに良く言うぜ」
「うっ」
痛いところを突かれて、ゾーイが押し黙った。
「ホント、ゾーイが貴族だったって知った時はビックリしたよね。今日の格好もだけど」
黙っていれば清楚な令嬢、という感じのゾーイに、ディストラが感心している。
「だって、ユージン、貴族嫌いそうだったし」
「まあな。嫌いっていうか、面倒臭い、っていうイメージだな」
「ほら!だから色眼鏡で見られたくなかったし、そもそも訊かれなかったし?」
ゾーイの拙い言い訳に、ユージンが薄く笑った。
「あ、その顔は却下」
「何がだ。失礼にも程がある。なぜ顔を却下されなきゃならん」
「嫌な予感がしたから」
「なるほど。……なら期待に応えようか?」
ユージンの視線が、ゾーイの顔から徐々に下に向かい――、
「あ、ちょ、ユージン、だめ!今それはちょっと冗談にならないから!」
ゾーイが、自分の胸元を両腕で隠して、体を逸らせた。
彼女が着ているドレスは、普段のローブよりもくっきりと身体のラインが出る。当然、その豊かな胸も強調されていた。
加えて、ゾーイは今ハッキリとユージンに恋愛感情を抱いている。
もしユージンにエロい方向でからかわれたら、自分がどんな反応をしてしまうのか分からない。
そのため、やや大袈裟にゾーイは拒否を示した。
ユージンは、いつもよりも激しい反応に首を傾げるが、服がいつもと違うからだろう、と結論付けた。
そこで2人のじゃれあいが一区切りついたと見たディストラが口を開く。
「それにしても、俺達のパーティって、実は結構あれだったね」
「ああ、フラールだけかと思いきや、ユングとフレイヤも、ゾーイまでもが貴族だったからな」
「もしかして、ライリーも?」
「安心しろ。俺もそう思ってイサーク殿下に確認したが、ライリーはちゃんと平民だった」
「そっか、良かった。いや良かったっていうか、別にどうでも良いといえばどうでも良いんだけど」
「生まれで人が決まる訳じゃないからな。下衆な貴族がいれば、高潔な貴族もいるだろう。そして犯罪に手を染める孤児もいれば――、立派に働く孤児もいる」
そう言ったユージンは、何かを懐かしむような、あるいは気を引き締めるような表情をしていた。
そしてまたディストラも、誰かを思い出すかのように感慨深げに、
「……そうだね」
ユージンに同意して頷くのだった。
◆ ◆ ◆
翌朝、ユージンは起床した後に東を眺める。
果たしてゾーイの予想通りに、ムスペラ公国軍はすでに撤退した後だった。
夜のうちに、カルサイ伯爵と公国とで何らかの話し合いは持たれたのだろうが、ユージンはもちろん、ゾーイもそれに参加する事はなかった。
それどころか、ユージンが見る限り、ゾーイはカルサイ伯爵とまだ一言も言葉を交わしていない。
軍が引き上げ体勢に入る中、ユージンはゾーイに訊ねる。
「おい、良いのか?一応、父親なんだろ?」
「別に良いよ。あっちだって話したいなんて思ってないだろうし」
ゾーイのすげない反応に、ユージンは口をへの字にする。
「まだ、恨んでるのか?」
「……」
ユージンに問われて、ゾーイは首を傾げた。
「……よく考えると、そうでもないかな?憎んでるつもりだったけど、正直、今はそんな感情はないかも。だって、もしあのヒトが出来た人間で、ボクを理解してくれていたら、ボクはきっと立派な貴族令嬢になってたからね。それはそれで幸せなのかもしれないけど、ボクは一生、本来の自分を抑えなければならなかったと思う。そういう意味では、やりたいことをやれてる今の方が幸せだし、あのヒトがボクを理解してくれなかったお陰とも言えるね」
「じゃあ、別に話しても」
「良いけど、向こうが多分ボクのことを怖がってるからね。それに、憎んではなくても嫌いっていうのは変わらないし」
ユージンは、ゾーイの返答に、珍しくやや真面目な表情を作る。
「……それでも、言いたいことがあるなら言っておいた方が良いと思うぞ。こんな状況だし、次はないかもしれない」
ユージンの真剣な雰囲気に、ゾーイは少し驚いたが、すぐに眉を顰めて。
「別に良いよっ」
「ゾーイ――」
「良いったら!ボクは、あのヒトともう喋りたくないの。過去にあんなことがあって、今更話すことなんてない。――ユージンには分からないよ、この気持ちは」
ゾーイは少し悲しそうに言って、ユージンから顔を背ける。
そして少し拗ねたような表情で、
「先に行ってるからねっ!」
そう言って、ユージンに背を向けて駆け出してしまった。
その背中を視線で追いつつ、それまで口を噤んでいたディストラが、ユージンをフォローするように口を開く。
「まあ、親子の問題だしね。状況としては精神的な虐待だけど、確かにその気持ちは、それを受けたことのある人にしか分からないね」
「……ああ、そうだな」
そう返答するユージンに、ゾーイの態度で特に気を害した訳ではなさそうだと判断したディストラは、ゾーイの背を追って歩き出す。
「俺達も行こう。あまり遅いとゾーイがまた騒ぎ出すよ」
そして未だ歩き出さぬユージンは。
先行く2人の背中を見るともなしに、ポツリと呟いた。
「分かるよ、お前の気持ちは。……痛いほどにな」
◆ ◆ ◆
領主である伯爵の計らいで、往路はユージンにも馬車が用意されたため、復路も同じくカルサイ伯爵に続く馬車での移動である。行きと違うのは、ゾーイが加わって乗員が3人になった事か。
先に馬車に乗り込んでいたゾーイは、普段通りに「おっそーい!」とユージンを責め、ユージンも鼻で笑いながら平常運転で「知るかよ」と返す。
そのやり取りで、実は少し緊張していたゾーイもユージンが怒っていないと分かり、気になっていたことをストレートに訊ねる。
「そういえば、何でユージンはボクの事情をそんなに色々知ってるワケ?」
「ああ、それか。ルキオールさんが懇切丁寧に教えてくれたぞ」
「プライバシーの侵害だっ!」
「おお、そうだな。ルキオールさんに言ってやれ」
「……こういうのを泣き寝入りって言うんだよね」
めそめそと泣き真似をするゾーイの頭を、ユージンは軽く小突く。
「ほら、早く馬車を出してさっさと帰るぞ。フラールにも3人で帰るって言ってるからな。フレイヤも心配してたし」
慰めを期待していたところに他の少女の名前を出されたゾーイが、不満気にユージンを詰る。
「ユージン、デリカシーって知ってる?」
「は?ナニソレ美味しいの?」
「うわ!外道だ!ユージンが下種で非道な社会の屑になった!」
「そこまで言われるか!?」
「デリカシーのない男はモテないよ!」
そんな男に惚れている自分の言うセリフではないな、と心中でツッコミつつも、ゾーイはこのユージンとの普段通りのやり取りに、心地良さを感じるのだった。
◆ ◆ ◆
その日の夕方には、ユージン達はカルサイ伯爵領の領都に帰り着いた。
そして伯爵が領都に着くなり、伝令と思しき文官が慌ただしく伯爵の馬車に乗り込む様子が見えた。
「何かあったのかな?」
「そのようだな」
ユージンとディストラが窓の外を眺めてそんな会話をしていると、ゾーイが何かに気づいたらしく。
「はっ。そういえば、この馬車はどこに向かってるの?」
「ん?そりゃ、伯爵家だろ。伯爵家の馬車だし」
「うえぇ。ボク、ここで降りて良い?」
「何でだよ」
「あの家には、あまり良い思い出がないんだよね」
嫌そうな顔をするゾーイに、ユージンが首を捻る。
「お前がぶっ壊したのは帝都の屋敷だろ?こっちの家でも何かやらかしたのか?」
「失敬な!ボクがやらかしたと決めつけないでよ!単純に、こっちの家庭教師とか使用人の方が性格が悪かったから会いたくないだけだよ」
「あ~、田舎の方が頭の固い人多そうだしな」
「まあ、基本的には帝都に居たから、こっちの家で過ごした時間は短いんだけどね」
「なら、ゾーイお嬢様としてじゃなく、勇者の仲間の魔法士として振舞ったら良いんじゃねーの?」
「う~ん、この格好だと、説得力がないよね」
ゾーイが、ドレスの裾を摘まんで残念そうに言った。
それを見てユージンは、そうだ、と思い出してゴソゴソと『無限袋』を漁り、あるものを引っ張り出した。
「これならどうだ?」
「……なにこれ、ローブ?」
「ああ。俺の予備の服として放り込んでたやつ。ちょっと大きいだろうけど、ローブなら何とかなるんじゃねーか?」
「ユージンの……」
ゾーイが、服を受け取りつつ呟いたのを聞き、ユージンが補足する。
「貰ったは良いけど、結局使ってないから、新品だぞ」
「……あ、そう」
若干不満そうに見えるゾーイに、ユージンは首を傾げるのだった。
◆ ◆ ◆
馬車がカルサイ伯爵家に到着すると、ユージン達は客人として歓待された。
正直、面倒臭いと感じているユージンだったが、さすがに今日くらいは空気を読もうと思って、伯爵邸に宿泊することにしたのだ。
そして問題のゾーイだが、サイズを間違えた感じのローブを着込み、ユージンに従うように行動したことで、使用人も何となくゾーイの心境を悟ったようである。
この家の令嬢として扱うのは最低限にして、勇者の仲間として接することにしたらしく、どこかよそよそしい雰囲気が漂っていた。
「良いのか、これで?」
ゾーイの部屋を訪れたユージンが、これはこれで嫌な気もしたのでゾーイに訊ねると、
「良いんじゃない?ボクとしては、色々言われないで助かるよ。客間に通されたらどうしようかと思ったけど、さすがにボクの部屋だったね」
「お前が良いなら、良いけど」
「ありがと。それより、ボクに用事?夜這いにはまだ早いと思うケド……」
上目遣いでそんなことを言うゾーイに、ユージンは微笑んだ。
「……ああ、そうだ。時間なんて関係ないだろ?」
「ごめん。ボクが悪かったから」
ユージンの悪乗りに、仕掛けたゾーイの方が赤面して俯いた。
「ったく、照れるんならやるんじゃねえよ」
「分かったから!用事は!」
「ああ、何か伯爵から俺達に報告があるらしいから、一応お前も呼んでおこうと思ってな」
「そう……。分かった」
ゾーイはあっさりと頷くと、ユージンと共に応接室に向かった。
応接室ではすでにカルサイ伯爵とディストラが待っていた。
ローテーブルを挟んで、1人掛けのソファが2つと、3人掛けのソファが向かい合っており、1人掛けに伯爵が、3人掛けの端にディストラが座っている。
ユージンはディストラの隣に、人半分くらいのスペースを開けて座り、ゾーイは。
「ちょ、おま、向こう座れよ」
「今のボクはユージンの仲間なの!ほら詰めて!」
無理やりユージンの隣に座るゾーイに押されて、ユージンはソファの真ん中に座りなおした。
「不自然だろ、これ」
「何が?」
惚けるゾーイに、ユージンは溜息を吐いて諦めた。
「はあ、もういいよ面倒くせえ。それで、伯爵、話とは?」
「え?あ、ああ、そうですね」
カルサイ伯爵は、自分の娘の、これまで見たことのなかった活き活きとした表情に、呆気に取られていたが、ユージンに促されて気を取り直した。
そして咳払いを一つして、真剣な顔でこう言った。
「先程、帝都からの急使が届きました。帝都で開戦――、魔王軍がついに動いたそうです」




