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召喚勇者と七つの魔剣  作者: 蔭柚
第5章 悪魔強襲
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第79話 ゾーイの本心

前話のあらすじ:

ユージンは、無事ゾーイを救出した!

 ユージンも覚悟しといた方が良いよ?

 ここから先の()()の、覚悟。


 このゾーイの言葉には、ユージンの予想通り、不足があった。

 もちろん、意図的なものだ。


 今は全てを話す時期ではない。でも、知っておいてもらいたい。

 そんな微妙な()()()が、この台詞に繋がった。


     ◆ ◆ ◆


 今回の作戦において、ゾーイは自らの任務が如何に危険であるかは承知していた。


 封魔の魔道具を付けられれば、ゾーイはその辺の少女と何も変わらない。何一つ力を持たない、戦うことも逃げることもできない、弱い存在だ。

 味方が皆無の他国――、しかも戦争を仕掛けようとしており、ナーバスになっている敵国に単身飛び込み、そんな状況に陥ることを考えれば、非常に危険であることは明白であるし、否が応にも不安になる。

 自分の身の安全を保障するものは何もないのだ。


 しかも、ゾーイの容姿はそれなりに整っている。それに貴族の化粧を施されれば、「スタイル抜群の美少女」になる。

 命の危険と共に、女性としての危険も感じざるを得なかった。



 作戦中、特に危険度が高いのが、カルサイ伯爵がムスペラ公国を裏切ったと分かる、橋を架ける瞬間である。


 ゾーイは、橋を架けつつ、自分の身を守るという高難度の任務を任されていた。

 だが、それはまだ良い。最悪、自分の身だけであれば守る手段がないことはない。


 魔法が、使えれば。


 問題はそこである。

 結局のところ、カルサイ伯爵がゾーイに魔道具を届けなければ、ゾーイに活路はないのだ。


 作戦上仕方ないとはいえ、あの父親に自分の命運が握られているのは癪に障った。

 と同時に、非常に不安であった。



 作戦では、ゾーイが西側の架橋を行うため、カルサイ伯爵がゾーイに魔道具を渡すことは必須となっている。


 だが、本当にそうか?


 東側の橋は、伯爵が確保した魔法士だけで何とかなるのだ。

 ならば、西側の橋も、ゾーイが必須とは限らないのではないか。


 上手いこと腕の良い魔法士を集められれば、ゾーイに魔道具を渡して橋を架けさせるという、危険かつ不安定な方法よりも、安全かつ堅実な方法がある。



 ゾーイを見捨てればいいのだ。


 ゾーイに接触せずに、東西の橋をいきなり架ける。

 そうすれば、ゾーイに魔道具を渡すという一工程を省くことができ、それに伴うムスペラ公国の警戒もなくすことができる。


 もちろんそんなことをすれば、カルサイ伯爵が裏切ったと分かった瞬間に、ゾーイは殺されるかもしれない。


 だが、作戦としては、こちらの方が確実だ。

 そしてゾーイには、父親が娘を見殺しにするはずなどない、と信じ切ることはできなかった。



 だからゾーイは、ムスペラ公国に入る前に、カルサイ伯爵が本陣を置く予定の場所に、盗聴の魔法を仕掛けた。

 作戦の最終段階がどうなっているのかを把握するために。

 もし、自分の危惧が的中したなら、作戦が開始される前に、何とか隙を見て逃げ出すために。


     ◆ ◆ ◆


 カルサイ伯爵軍が所定の場所に本陣を敷き、いよいよ作戦間近となった時に、盗聴の魔法陣を通じて聞こえてきた声に、ゾーイは耳を疑った。


「(うそ、まさか……)」


 彼が、こんな場所に居るはずがない。

 彼は今、帝都で悪魔の襲撃に備えているはずなのだ。

 まさかこんな、帝国の南の端に、これから戦争が始まろうという地に、居るはずがないのだ。


 だが、盗聴の魔法はゾーイの耳に、紛うことなき彼の声を届ける。

 その内容からも、そこにユージンがいることは疑いようがなかった。


「(どうして)」


 動揺が表に出てしまったゾーイは、周囲の兵からどうしたのかと問われる羽目になった。

 それに対して、ちょっと疲れが、と言いつつ笑顔で切り抜け、ゾーイは深呼吸する。


 なぜ、ユージンがあそこに居るのか。



 イサークかルキオールが、増援として寄越した?


 そんなはずがない。

 そもそも、この戦争はカルサイ伯爵家への懲罰という側面が大きい。ただムスペラ公国軍を潰すだけなら、イサーク達には他にいくらでもやりようがあるはずだ。

 そんな重要でもない戦場に、ユージンを送り込むはずがない。


 では、ユージンが気晴らしに、ちょっと旅行に来た?


 こんな状況で旅行ができるような性格をユージンはしていない。彼は、ああ見えて意外と真面目だ。

 そもそも、戦場となる場所に旅行に行くような人間は居ない。



「(やっぱり、ボクのため、だよね)」


 それ以外に、ユージンがあの場にいる理由は考えられなかった。

 恐らく、今回の作戦をイサークあたりから聞いたのだろう。

 そして、ゾーイが危険な任務を行っていることを知り、手助けしようとしているのだろう。


 わざわざ、自分のためだけにそんな事をするだろうか?


「(しちゃうんだろうな、ユージンは)」


 ユングとフレイヤが、ヴァナル王国再興派に攫われた時。

 他の皆が、再興派の話を聞いて引き下がったのに対して、ユージンだけは絶対に折れなかった。

 2人の意思に反している可能性があるのならと、危険を承知でアルセドの王宮に殴り込んだ。


 彼は、そういう事ができてしまう人だ。

 仲間のためならば、自分の身を顧みず、労力を惜しまない、そういう人だ。



 ゾーイは、笑みがこぼれそうになるのを必死で堪えた。


 周囲の兵士に不審に思われるのは避けねばなるまい――。


 だが、その努力も長くはもたなかった。


 ゾーイを疑う言葉を吐いたカルサイ伯爵に――父親の言葉自体には、お互い様であるためゾーイは特に感じる事はなかった――ユージンが啖呵を切ったのだ。


     ◆ ◆ ◆


『ゾーイの事が分からないだと?それは、あんたが分かろうとしてないからだろ。外に出るのが好きなのも、魔法が好きなのも、あいつの個性だ。貴族の親としてその行動を認められなくても、理解することはできたはずだ。そしてきちんとあいつを理解してやれば、分かるだろう。あいつが弟を殺そうとするはずがないってな!』


 ユージンの言葉を聞き、ゾーイはぐっと唇を噛んだ。


 そう、ゾーイは分かってほしかったのだ。

 自分という存在は、こうであると、認めてほしかったのだ。

 たとえ貴族令嬢として間違っていたとしても、これが自分だと。


 それを理解した上で、でも家のためには令嬢としての教育を受けて欲しいと、そう言ってほしかったのだ。


 初めから父親のことを憎んでいたわけではない。積み重なる不理解な言動が、ゾーイの父親への恨みを増していったのだ。

 だから、何の恨みもない弟を殺そうと思うはずなんてない。


 それなのに、カルサイ伯爵はそんなことすら理解してくれなかった。


『家の没落を楽しそうに語った?危険な任務に平気そうな顔だった?ああ、ゾーイはそういう子だよ。本当は辛くても、怖くても、そんな感情を表に出さずに、ふざけて平気そうな顔をする。確かに分かりづらいよ。』


 ゾーイは、顔を顰める。

 ゾーイが、ユージンが何か抱えているのを察したのと同じく、彼もまたゾーイの抱えているものを察していたのだ。


 それなりにうまく隠せていると思っていたゾーイは、何故か非常に恥ずかしい気持ちになった。

 だが、どういう訳か、同時に喜びも覚えていた。


 内心で首を捻るゾーイの事など知る由もなく、ユージンの指弾は続く。


『でも、あいつをそんな風にしたのは、あんただろうが!あんたが、ゾーイのことを何一つ理解しようとしないから。あいつを自分の自由にできる駒としか考えなかったから。ほんのひとかけらも信用しようとしないから!だからあいつは、自分の心を守るために、本心を奥底に沈めるしかなかったんだろ!』


「っ!」


 ゾーイは、思わず息を止めて、服の上から胸を押さえていた。

 ユージンの言葉に、ゾーイの心の柔らかい部分を刺された気がした。


 ――いや、違う。


 心の柔らかい部分に刺さっていた棘を抜いてくれたのだ。


 そして――。



『ゾーイが攻撃してくるだと?ありえないな。俺は、たとえどんな状況でも、あいつを、仲間を、信じる』


 ずっと隠してきた、自分でももう忘れていた、ゾーイの本心。


 ――それは、信頼。

 ――利害も主従も関係なく、ただ純粋に、信頼して欲しい――。


 親が与えてくれなかったそれを、初めてユージンはゾーイに与えてくれた。

 ゾーイが本当に欲しくて、でも諦めて、心の奥底に閉じ込めてしまった願望を、ユージンは叶えてくれた――。


「(ユージンっ!)」


 ゾーイは、声に出して叫びたくなるのを必死でこらえ、俯いた。


 そして、疲れた振りをしながら、口をきゅっと結んで、嗚咽が漏れるのを我慢するのだった。


     ◆ ◆ ◆


 あの瞬間、ゾーイは変わったのだと思う。


 これまで傷付くのを恐れてひた隠しにしてきた本心を、直視してしまったのだ。少なからず、ゾーイの性格に影響を及ぼした。


 だが幸いなことに、その本心はすでにユージンのおかげで満たされていた。

 ここに至って、自分すらも誤魔化して心の奥に仕舞い込む必要はない。


 生まれ変わった気持ちで、これからは素直に生きよう――、とは、流石にならなかった。


 本心を隠し、過去と決別するためのキャラクターを被っていたゾーイだが、それを脱ぎ捨てるには、既に心身に馴染みすぎていた。

 それに今更、真面目なキャラクターになったとして、周囲が気味悪がるだけだし、そもそも自身がその想像をするだけで鳥肌が立つ。


 結局、程度の差こそあれ、そもそもゾーイは奔放な性格であり、それを前面に押し出したキャラクターに大きな違和感はなかったのだ。


「(でも、少しくらいは素直になっても良いかな)」


 ゾーイは、これまで本心を奥底に仕舞い込んでいた。

 それはつまり、自分の言動による他人のリアクションが、自分を傷付けるようなものであったとしても、本心は傷付かない、という防御線を引いているに等しかった。


 自分は本当の心を曝け出していないのだから、どれだけ傷付けられても平気だし、平気だからこそ奔放な言動が可能になっていた。


 だが、本心を曝け出してしまえば、そうはいかない。

 他人の言動によって、本心が傷付くかもしれない。傷付くかもしれないから、臆病になる。


 でも、()()は、本心なしには語れない。


 だから、ゾーイはその覚悟をしたのだ。


 今まで通りの言動の中に、ほんの少しの本心を織り交ぜて行く事を。

 そして、もしかしたら傷付くことがあるかもしれないけれど、それを受け入れる覚悟を。


「(だって、ボクが欲しいのも、心、だからね)」


 ゾーイは、隣で憮然とした表情をするユージンを見つめて、クスリと笑う。


「(今はまだ、勝負には出ないけど――、戦いは始まってるからね、ユージン)」


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