第78話 ゾーイ救出!
前話のあらすじ:
ユージンは、カルサイ伯爵にブチ切れた!
その後、カルサイ伯爵の遣いとしてムスペラ公国軍に近づいた!
「お前達の魂胆はバレバレだ」
ムスペラ公国軍にそう言われたユージンは、作戦の失敗を悟った。
どういった理由かは分からないが、こちらが襲撃することが露呈していたのだ。
であるなら、ユージン達は飛んで火にいる夏の虫である。
やられる前に、やる必要がある。まだ作戦は完全に失敗した訳ではない。ここを強行突破して、ゾーイを――まだ無事かは分からないが――救出し、橋を架けさえすれば――。
そう考え、鋭い視線で敵陣を観察して突破口を探ろうとするユージンに、ムスペラ公国軍の兵士が肩を竦める。
「おいおい、そう睨むなよ。ったく、分かったよ。会わせてやるよ。お前らの気持ちも分からないでもない」
「……え?」
軽い感じでそう言ってくる兵士に、眉をひそめるユージン。
「かなりの変わり者って聞いていたけど、噂は当てにならないよな。実物は普通に可愛いし、なにより胸がデカい。15歳であれなら、将来が楽しみだよな。お前達が取り入りたいのも分かるぜ」
「……はあ」
嫌らしい笑みを浮かべながらそんな下世話な発言をする兵士に、ユージンは気の抜けた返事をした。
兵士が誰の話をしているのかは、聞くまでもない。ユージン達はそのゾーイとお近づきになるために、直接会いたいと思われているようだった。
「(おどかすなよ……)」
作戦がバレていたと勘違いしていたユージンは、内心で深く溜息を吐いたのだった。
◆ ◆ ◆
「ほら、あそこだ」
休憩のために広がった公国軍の端から少し行ったところで、ユージン達は一つの天幕を示された。
そしてユージン達をその場に残し、兵士が天幕にゾーイを呼びに行った。
あそこに、ゾーイが。
何とか任務は成功しそうだ、と胸をなでおろすユージンに、ディストラが耳打ちする。
「ゾーイ、驚くかな」
「そうだな。まさか俺達が来るとは思ってないだろうからな」
10日ほど前に別れを告げた、帝都にいるはずのユージンが、突然戦場に現れれば、如何に普段ふざけた態度のゾーイといえども、驚愕で言葉を失うに違いない。
それはちょっと面白そうだな。
というユージンの小さな嗜虐心はしかし、
「ゾーイ嬢、こちらです」
兵士に促されて天幕から現れた、旅装の令嬢の微笑みによって、裏切られた。
「お待たせ。そしてありがと、ユージン」
シンプルで動きやすそうではあるものの、きちんとしたドレスを身に纏ったゾーイは。
この場に似つかわしくない、今までに見たこともない穏やかな微笑みでユージン達を出迎えたのだった。
◆ ◆ ◆
一度見ているユージンはさほど驚かなかったが、魔法士のローブ姿しか見たことがなかったディストラは、ゾーイのドレス姿に顎を外した。
「え、ゾーイ……?」
ディストラの呟きに、ゾーイはこくんと頷いた。
そして、先程の笑みを引っ込めて、やや鋭い視線をユージンに送る。
ユージンは心得たとばかりにゾーイに歩み寄り。
「伯爵様より、こちらを預かっています」
そう言って、腕輪型の魔道具を差し出した。
ゾーイは、ゆっくりとした動作でその腕輪に手を伸ばし――。
「準備は良い?ユージン」
小声で訊ねてくるゾーイに、ユージンは普段通りの不敵な笑みを返す。
「任せろ。お前は、俺が守る」
ユージンの言葉に軽く目を見張り、嬉しそうに頬を染めるゾーイ。
そんな彼女は、これまでとは何かが少し違うようにユージンには感じられた。
だが、今はそれを気にするところではない。
受け取った腕輪を左手首に巻き、そして銀細工とおぼしきネックレスを無造作に引きちぎったゾーイを見て、ユージンは口を開く。
「出でよ『万能の盾』『再展』『再展』『再展』――」
直径2メートル程の半透明の円盤が、ユージン達の居る場所から階段状に、天へと向かって展開されていく。
突然の事態に、周囲のムスペラ公国軍が唖然としている間に、ユージンはヒョイっという感じでゾーイを左肩に担ぎ――、
「ユージン、ここはお姫様抱っこじゃないの?」
「剣が使えなくなるから却下」
「ぶーぶー」
いつも通りのやり取りをゾーイと交わし、あっという間に階段を駆け上がった。
その頃にはディストラも復活しており、間髪をいれずにユージンの後を追う。
そして、令嬢を奪われたことに気付いた兵士が、同様に『盾』の足場を上ろうと試みる頃には、それは魔力を失い霧散してしまうのだった。
◆ ◆ ◆
「お、追え!追撃しろ!」
「し、しかしどうやって?相手は空中です。あの高さでは、手の出しようがありません」
「魔法を使え!」
「ですが、令嬢に被害があっては!」
「それは……!いやしかし伯爵令嬢も封魔の魔道具を破壊した。何らかの裏切りがあったと見た方が――!」
「だ、大隊長!」
「今度は何だ!?」
「は、橋が!」
「橋?」
「橋が!騎兵が!」
「落ち着け、状況を冷静に報告しろ!!」
「対岸から、兵士が大量に押し寄せてきています!」
「何を言っている!この辺りに橋などは……」
ムスペラ公国軍の視線の先、彼らの休憩地の少し西側に。
100メートル余りの河川を跨ぐように、半透明の橋が架けられていた。
そしてその上を、大量の兵士がこちらに向かって駆けてきているのだった。
「な、何が……!?」
その問いに答えられる者は、この場には居なかった。
◆ ◆ ◆
地上50メートル程の空中で、ユージンは足場となる『盾』の維持をしつつ、下から来る魔法攻撃を別の『盾』であしらっていた。
隣に立つゾーイは、巨大な『橋』の建造と維持に集中しており、他のことに注意を払う余裕はない。
一方で、その場に居るもう1人は。
「俺、必要あった……?」
「結果的には、居なくても良かったな。ゾーイと接触するまでに戦闘にならずにすんでラッキーだった」
「最初ヒヤッとしたけどね」
「ああ。作戦がバレたのかと思ったぜ。もしあそこでバレてたら、強行突破するためにディストラが必要だったな」
「そうだね。っていうか、ゾーイのあの恰好……」
「ああ、これでも貴族令嬢らしいからな。――っと、でかいのが来るぞ。防御に集中するから、周囲の監視を頼む」
ユージンの言う通り、眼下から強い魔力の集中が感じられた。中級魔法以上の魔法が行使されようとしている。
「ふん、中級魔法にそんだけ時間かけてたら、俺には通じないぜ」
ユージンはそう言って、ものの数秒で中級魔法クラスの『壁』を展開した。
ゾーイと比較すれば2倍以上の時間がかかっているが、ネアン帝国の一級魔法士でも一目置くレベルの速度と精度である。
加えて、ユージンには『魔力ブースト』がある。それによる防御力は、ゾーイをも上回るのだ。ムスペラ公国軍の魔法士の攻撃など、容易く防ぎきれる。
「ユージンって、魔法士にとっての天敵だよね」
「そうありたいが、ゾーイの手数にはまだ勝てねえんだよな」
「でもゾーイってネアン帝国の魔法士でも指折りの戦闘職魔法士でしょ。ゾーイに勝てたら、それは最早この世界のほとんどの魔法士に勝てるってことだよね」
「悪魔と戦うにはそれくらい必要だよなあ。俺はシグルーンに軽くあしらわれたことを忘れてねえよ」
「ああ、そんなこともあったね」
ユージン達が魔剣『セブン・フォース』を手に入れたミッドフィアから、西に向かう旅路で訪れたカギョウ村を出立した日に出会った悪魔。
ライリーとフラールを除くフルメンバーで当たったにもかかわらず、ユージン達は彼女に手も足も出なかった。
幸い、シグルーンはユージンに友好的だったので、被害はなかったが、もし彼女が完全に敵として現れていたら、全滅していた可能性もある。
それだけ、彼女の戦い方は巧みだった。
「スピードがある魔法士タイプは、それだけで脅威ってことが分かったな」
「ていうか、それってユージンを魔法寄りにした感じだよね」
「そう言われればそうだな。接近戦なら、物理攻撃の方が有利だと思ったが、あれだけ素早いと、搦手を多く使える魔法士の方が意外と有利なのかもしれないな」
「魔法メインに転向する気?」
「いや、それはない。確かに搦手は戦術の幅を広げるが、まずは正道をある程度修めてこそだ。俺はまず、この剣をもっと使えるようにならないといけない」
ユージンは、腰の『セブン・フォース』に視線を遣った。
「まだ、俺はこの剣の力を引き出せていない」
ユージンに『セブン・フォース』を託した千年前の勇者は、『セブン・フォース』には、ユージンが現在使える『断魔』の他にも六つの能力が眠っていると告げた。
そして、全ての能力を解放した時に、「世界は真に救われる」とも言っていた。
それがどういう意味なのは分からないが――、少なくとも、ユージンが『セブン・フォース』をまるで使いこなせていない事だけは事実だろう。
「(どうすれば他の能力が使えるようになるのか、それが分からないのが辛いな)」
ユージンはそんなことを考えながら――、地上から雨あられのように降ってくる攻撃魔法を淡々と処理するのだった。
◆ ◆ ◆
小一時間ほどそんな状況が続いたが、ようやく、カルサイ伯爵軍が川を渡り終え、ゾーイの任務の大半は終了した。
後は、待機しつつ、敵の魔法士の広域攻撃魔法などを防御するのみだ。
だが、開戦からユージンに向かってちょくちょくなされている魔法攻撃を鑑みるに、敵の魔法士のレベルはそれほど高くないようである。ゾーイのように広範囲をヤバい感じに攻撃する魔法などはなさそうだ。
それならば、カルサイ伯爵の用意した二級魔法士でも何とかなるだろう。
という事で、3人は上空で待機したまま一息ついていた。
「しかし、やっぱり気分の良いもんじゃねえな。あそこで、人が死んでるんだよな……」
ユージンは、戦場に散る赤い色を見て、眉根を寄せた。
「あれ、ユージンは人を手にかけたことはないの?」
ゾーイが意外そうに聞いてくる。
「今のところ、ないな」
「そっか。じゃあ、最初の一人は辛いかもね」
ゾーイの言葉は、自身がその「最初の一人」を済ませていることを雄弁に物語っている。
まだ15歳の少女のこれまでを思って、ユージンは顔をしかめる。
「……お前が中々に過酷な人生を歩んできたことは良く分かった」
「そこまでじゃないけどね。ボクよりもヒドイ状況だった子はいっぱい見てきたし。……ディストラは?」
「俺は、職業軍人だからね。犯罪者と戦闘になって、そのままってことは何度もあるよ」
「あれ、ユージンは職業軍人じゃないの?」
「まあな。俺は――」
ユージンは、そこで一旦言葉を切って、少し考えた。
そして、寂しそうな表情になり。
「俺は、ただの高校生だからな」
「……コーコーセイ?」
ゾーイが首を傾げてディストラを見るが、彼も首を横に振る。
その様子にユージンはフッと笑って。
「まあ、それはさておき。ゾーイお前さっき、何で俺達が来たのに驚かなかったんだよ」
「ああ、それはね――」
ゾーイは、茶目っ気のある笑顔を作り。
「ユージンなら、来てくれるかなって思ってたから」
「嘘つけ。あんな別れ方しといて、んな訳ねーだろ」
「え~?じゃあ、乙女の勘かな」
クスクス、と楽しそうに笑うゾーイに、ユージンが胡乱な視線を向ける。
「じゃあ、ってお前な……」
これも明らかな嘘ではあるが、ユージンはそれよりも、今のゾーイの表情の方が気にかかった。
これまでと同じような、気取らない笑顔。
だが、何かが違う気がする。
そう、まるで見えない壁が取り払われたかのような――。
そんなユージンのまじまじとした視線を受けて、ゾーイが若干照れつつ視線を逸らした。
「な、何カナ?そんなに見つめられると照れちゃうんだケド」
「お前、何かちょっと変わった?」
ユージンの質問に、ゾーイが目を瞬く。
そして、ふわりと笑って。
「そう見える?じゃあ、そうかもしれない。ユージンのおかげで、ボクも覚悟が出来たからね」
「覚悟?なんの?」
「秘密」
「……お前な」
ユージンは半眼でゾーイを睨むが、彼女は上機嫌でニコニコとするのみ。
その表情に毒気を抜かれたユージンは、はあ、と溜め息を吐いた。
「まあ、良いか。別に悪い話じゃなさそうだ」
「そうそう。でも、ユージンも覚悟しといた方が良いよ?」
「あ?なんのだよ」
「ここから先の戦いの、覚悟」
「……?」
そんなもんは最初っからしてる。一緒に訓練したお前も分かってるだろ?
そう思ったユージンだが、ゾーイの意味ありげな笑顔に、何か戦いの意味を取り違えている気がして、言葉にならなかった。
そして、そのユージンの訝し気な表情を、ゾーイは楽しそうに眺めるのだった。




