第76話 カルサイ伯爵との(虎の威を借る)交渉
前話のあらすじ:
ユージンは、ゾーイを助けるために南に向かうことにした!
カルサイ伯爵領にあるカルサイ伯爵邸は、当然だが領内で最も立派な建物である。
日本に居た頃のユージンからすれば、これは城か?と思うほどの屋敷ではあったが、既に本物の、国の威信を懸けたえげつない規模の王城を幾つも見てきたユージンからすれば、大きい家だな、程度のものだった。
そんな自分の感覚の変化にやや焦りを覚えたユージンだが、一呼吸置いて、まあしゃあないか、と納得する。
経験したことを無かった事にはできない。昔の感覚を、記憶として留めておくだけで良しとすることにした。
カルサイ伯爵邸を見上げつつそんなことを思い、微妙な表情をするユージンに、ディストラが首を傾げる。
「どうしたの、ユージン」
「いや、なんでもない」
「そう?なら良いけど。……ところで、カルサイ伯爵はもうここに着いてるんだよね?」
「ああ、その筈だ。ゾーイと同じ日に帝都を出発したらしいからな。早馬のゾーイとは違って馬車だったみたいだけど、俺達と同じくらいの速度で移動できるらしいからな」
「伯爵邸の警備が厳しいのも、そのせいだね」
「そうだな。めっちゃ睨まれてるな、俺達。さっさと行って取り次いでもらうか」
カルサイ伯爵邸の門番2人が、声をかけるほどではない距離で止まって伯爵邸を見つめる少年2人に、不審者を見る視線を送っていた。
いつまでもそこに留まっていては本当に不審者と見做されかねない。ユージンは、イサークからの書状を懐に用意して、門に近づき、馬を降りた。
門番は、話しかけてこようとする少年達に、警戒度を上げた。
少年2人が着る服は、帝都の騎士と似たような戦闘用の服でありながら、明らかにそれとは違い、所属が分かるような紋章などは記されていない。だが、その服で戦うことに慣れた雰囲気を醸しており、戦うことを生業にしていると判断された。
所属の分からぬ戦闘職となると、いくら少年でも油断はできない。
「何者だ」
警戒感露わにそう質してくる門番に、ユージンは薄く笑い。
「怪しい者ではない、つっても意味ねーな。これを伯爵に渡してほしい」
「何だ、仕官希望か?紹介がなければ難しいぞ?」
少年の口調に敵意などは感じられなかったので、門番は警戒を薄めつつ、差し出された手紙を受け取る。そして、差出人の描かれた裏面を見る。
「誰からの手紙か、説明が必要か?」
「ん?有名な人物からか?この辺りでは見ない印だ、が……!?」
門番が、封蝋に捺された印に首を傾げ、さらに左下に記された署名に視線を向けたところで、驚愕に固まる。
「え……な、ほ、んものか?」
「おい、どうした?誰からだ?」
もう1人の門番が、相方の不審な表情に眉を顰めた。
「……皇太子、殿下だ」
「……はぁ!?」
呆然としている門番から、相方が手紙を乱暴にひったくろうとしたが、手紙に手をかけた瞬間に、本物だった場合を考えて、丁寧に奪い取った。
そして、裏面の印と署名をまじまじと観察する。
だが、一介の門番に、それが本物かどうかの判断はつかない。
門番は、ユージン達に、やや奇異の視線を投げつける。
文官や近衛騎士ならまだしも、こんなよく分からない服装の少年達が、皇太子殿下の手紙を持ってくるだろうか?
もしかしたら偽物かもしれない。だが、皇族の名を騙ることは重罪だ。それが分からない年齢ではあるまい。
可能性が高いのは、貴族子弟の騎士が密使として訪れた、という線か。
であれば、下手な対応をすれば自分達の首がとぶ。
そんな思考から、門番はガラリと態度を変えた。
「主に取り次ぎますので、ひとまず詰所でお待ちいただけますか?」
「よろしく」
門番のいきなりの変貌に、予想はしていたものの苦笑してしまうユージンだった。
◆ ◆ ◆
「初めまして、私がサヴェーリオ=カルサイです。勇者様で、間違いないでしょうか?」
伯爵邸の応接室に通されたユージンとディストラに、40過ぎと思しき男性が、若干落ち着きなく挨拶をしてきた。
まあ、自業自得とはいえ、自分を破滅の一歩手前まで追い込んでいる皇太子の手紙を持ってきた勇者に脅威を感じるのは仕方がないと言えよう。
ユージンは伯爵に若干の憐れみを覚えたが、結局のところ身から出た錆であるし、過去のゾーイへの対応について納得もいっていないので、彼の心情は気にしないことにした。
「ええ、俺が勇者として召喚された東条ユージンです。隣は、同僚の――」
「ディストラ=ウェストライアです」
ユージンは、一応年長者に相対するようなほどほどに丁寧な態度で自己紹介した。
カルサイ伯爵は、勇者が比較的穏やかな挨拶をしてきたので、ひとまず胸をなでおろした。
「よろしくお願いします。……それで、お二人は何用でこちらにいらしたのでしょうか……?」
「イサーク殿下からの手紙にはなんと?」
「勇者様に最大限便宜せよ、とのことだけでした」
「なるほど……分かりました。単刀直入に俺達の目的を伝えましょう」
迂闊に要求を述べると、交渉事は有利に進まない――変態魔法士ロキや悪魔シグルーンとの会話で、そのことを実感したユージンではあるが、ここはまどろっこしい説明をする場面ではないと判断した。
ユージンの交渉術は貴族を相手に有利に話を進められるほどのものではないし、何より皇太子という権力者が後ろにいるのだ。よっぽどの無茶を言わない限り、相手に拒否はできないだろう。
であれば、さっさと要求を述べた方が良い。
「あんたの娘、ゾーイが、俺と共に旅をしていたことは知ってますか?」
「え、ええ。人伝には」
「なら話は早い。俺達は旅の間に訓練をして、それなりに連携などもうまくいっていた。今更、旅の仲間を変更したくない。だから、彼女に居なくなられると困る。だが、現在ゾーイは危険な任務の最中だ。俺達は、その任務の成功率を上げるためにここに来た」
まどろっこしい説明はせずに、さっさとここに来た理由は述べた。
だがユージンは、微妙にその理由を誤魔化した。
ゾーイに呼び出された晩にも考えたが、彼女が旅の一行から外れてしまうのならば、それはそれで仕方ないと思う。ここに来たのは、そんな理由ではなく、単純にゾーイに死んでほしくないからだ。
そういった行動が「甘い」とルキオール達に思われていることは、ユージンも承知している。だが、変える気はない。これがユージンの生き方だから。
とはいえ、今目の前にいる男――ゾーイの父親に、自分が「甘い勇者」であることを知られれば、変に足元を見られかねない。
交渉の場で上手く自分を有利に持って行くほどの技術はなくとも、不利にならないようにある程度の情報を秘匿するくらいの工夫をしなければ、成長もできない、とユージンは考えている。
「え?……つまり、我々の作戦の支援をしてくれると、そういうことですか?」
「端的に言えば、そうなります。ただし、俺達の目的はゾーイの身柄だけだ。作戦の邪魔をする気はないけど、戦力と考えられても困る。作戦のどの場面で動くかは、こちらで決める。もちろんそちらと協議の上で、ですが」
「そ、そうですか」
ユージンの厳しい視線に若干視線を泳がせたものの、カルサイ伯爵はあからさまに安心した表情をしていた。
イサークからの遣いが、自分を追い詰めるどころか、どちらかと言えば助けだったからだ。緊張も、徐々に溶けていく。
「そういう事なので、作戦の全容を教えてもらえますか?」
そこですかさず、物腰柔らかなディストラが軽い調子で要求した。
若干偉そうなユージンに対するストレスが、ディストラによって緩和されて、カルサイ伯爵の口が軽くなる。
ユージンの作戦通りであった。
◆ ◆ ◆
カルサイ伯爵の立てた作戦はこうだ。
カルサイ伯爵は、自らの持てる権力と財力を全て注ぎ込んで、ムスペラ公国軍に何とか立ち向かえるだけの兵を確保した。
その兵を、ムスペラ公国からカルサイ伯爵領内を通ってネアン帝国帝都まで通じる幹線道路の、河川と森林に挟まれた箇所に配置する。
そこが、戦場となる。
もちろん、道路の真ん中に堂々と配置するような真似はしない。そんな事をすれば、早々に敵に気付かれ、せっかくできる奇襲ができなくなる。
主戦力は、道路を挟んで河川の対岸に待機させる。挟撃するために、戦場となる予定の場所の前後に、凡そ4割ずつ。
近辺に橋は存在しないため、ムスペラ公国は対岸への警戒は殆どしないだろう。その隙を突くというわけだ。
「どうやってこちらの兵は川を渡るんだ?」
というユージンの質問への答えは、「その場で橋を作る」だった。
もちろん、普通に工事をしようとするならば、そんなことは物理的に不可能である。ここで想定しているのは、魔法によって橋を作ることだ。
だが魔法による土木工事は、それはそれで難易度が高い。
ネアン帝国を横断する大河にもそこまで多くの橋が架かっていないことからも、それが分かる。
だがそれは、きちんとした建造物を作ろうとするからだ。
30分も経てば崩れてしまうような、簡易的な橋であれば、やってやれないことはない。
とはいえ、それも一介の魔法士程度には不可能な業である。
それができるのは、相応の実力がある魔法士――一級魔法士の国家資格を持つレベルの魔法士である。
「そのレベルの魔法士を用意できたのか」
感心したように言うユージンに、カルサイ伯爵は苦い顔をした。
通常、一級魔法士を取得した魔法士は、魔法局――帝国に仕えることになる。その才能は有用であると同時に脅威でもあるのだから、国が抱え込むのは当然と言えよう。
一部の高位貴族だけは、帝国に融通してもらって自家に召し抱えることができるが、高位貴族の中では中の下といった所のカルサイ伯爵家にそんな力はなかった。
したがって、カルサイ伯爵が用意できたのは、二級魔法士止まりだった。だが彼らの中でも魔力操作や土、水系統に秀でた者を集めることで、橋をかける目処は立ったのだ。
戦場の前後2本必要な内の、1本は。
「残りの1本は?」
ユージンの質問に、カルサイ伯爵はばつが悪い表情になる。
もちろんユージンも、伯爵の回答が分かっていて訊いている。
ゾーイだ。
ムスペラ公国軍を戦場まで誘導し、最後に橋を架ける。
これがゾーイの役目だった。
◆ ◆ ◆
「……敵の真っ只中で、橋を架ける余裕があるのか?それに、ゾーイは魔法を使えなくされている予定では?」
ゾーイにとって余りに過酷な任務に、ユージンがその実効性について疑問を持つ。
だがもちろんカルサイ伯爵とて、不可能を可能にしろと言っているわけではない。それなりの根拠がある。
「魔道具を無効化する魔道具、という物が、最近帝都で開発されました。まだ試作段階で、殆ど存在は知られていませんが……今回、何とかそれを入手したので、作戦開始のタイミングでゾーイに届けるつもりです」
なるほど、それがあればゾーイの魔法を封印している筈の魔道具も無効にできて、魔法を使えるようになるわけだ。
だが、どうやってそれをゾーイに届けるのか。そして、その後結局ゾーイは敵陣にありながら難易度の高い架橋の魔法を行使しなければならないのではないのか。
そんなユージンの疑問に対して、カルサイ伯爵の解答は曖昧だった。
「輸送魔法か、伝令に持たせるつもりです。その後は……一級魔法士なら、何とかなるでしょう」
あんたは自分の娘を超人か何かと勘違いしてないか?とユージンは問いたかったが、彼にとっては、一級魔法士は事実超人なのだろう。自分の理解を超えた存在に対して、人間は殊の外、無頓着でいられるものだ。
この場で伯爵と無駄な議論をするのは避け、ユージンはディストラと相談に入る。
「どうする?今の作戦だと、ゾーイは初期の危険が大きいな」
「そうだね。ゾーイが橋を架けるタイミングで護衛に行くのが効果的な気がするね」
「カルサイ伯爵。橋を架けた後の作戦は?」
いつの間にかユージンの言葉から完全に敬語が抜けているが、カルサイ伯爵はもはや気にせずに説明する。
「ムスペラ公国軍が我々の奇襲に慌てて陣形が整う前に、一気に力押しで片を着けるつもりです」
「白兵戦か?」
「そうですね」
「魔法の打ち合いにはならないのか?」
「この規模の軍団であれば、対魔防壁専門の魔法士が何人も同行しているはずです。魔法は余り有効な攻撃にはならないでしょう。もちろんこちらにも多数の防御専門魔法士がいます。腕利きの二級魔法士を魔法戦闘ではなく架橋に使うのは、そういう理由です」
「なるほど」
同レベルの攻撃魔法と防御魔法であれば、防御魔法に軍配が上がる。
この世界での戦争は、大規模魔法は防がれるのが前提であり、その後の白兵戦を以て雌雄を決するのがスタンダードらしい。
分かり易くて良い。
そんなことを考えつつ、ユージンは確認する。
「それなら、ゾーイは橋を架ければお役御免だな?」
「え?あ、いや……」
だが、カルサイ伯爵は口ごもる。
ユージンはそれを訝り、
「何か?」
「その……。確かに通常の魔法攻撃は効かないと思われますが、一級魔法士ほどの実力者の魔法となれば、話は別です」
「つまり、ゾーイに敵を攻撃させると?」
「それもありますが、それより、敵に相応の魔法士が居た場合の保険というか……」
「なるほど」
ムスペラ公国も、国の威信や未来を懸けて攻めてくるはずである。当然、国内の最高戦力を投入してくるだろう。
その中に、帝国の一級魔法士と同レベルの魔法士が居た場合、その攻撃をこちらの魔法防御隊では防げない可能性がある、とカルサイ伯爵は危惧しているらしい。
そのための保険として、ゾーイには居てほしいということだろう。
「(ま、それくらいなら、メインの作戦外、ってとこだな)」
作戦を邪魔することはできないので、ゾーイの役割の足を引っ張らないタイミングを見極めようとするユージン。
その結果、やはりゾーイが橋を架ける段階でフォローに行き、その後も援護をする、という方針で良さそうだ、と結論付ける。
「カルサイ伯爵、ゾーイに魔道具を渡す役目を俺達に任せて貰えますか?」
単に伝令についていくことも考えたが、伝令がそんなに大人数では怪しまれるだろう。
したがって、交代する、という判断は至極妥当である。
だが元々の伝令よりも、ユージン達の方が腕が立つという保証はない。もしかすると、護衛としての能力は劣るかもしれない。
それでも――。
「(仲間の命を、仲の悪い父親が選んだ人間には任せられないからな)」
ユージンは、膝の上に置いた拳を、ぎゅっと握りしめるのだった。




