第74話 ゾーイの行方
前話のあらすじ:
ゾーイvs父親カルサイ伯爵!
ゾーイに呼び出されて一方的な別れを告げられた翌日。
ユージンは、昨日と同様に、ディストラ、ユング、フレイヤの3人と共に朝食を摂っていた。
昨晩のゾーイとの件を話すべきか、ユージンは迷った。
だが、もしゾーイが逃亡中であった場合、目撃情報を黙っていることも罪になりかねないので、ユージンはひとまず誰にも言わないことにした。
ただ、ゾーイについては、早急に色々と確認しておく必要がある。
昨晩の様子は尋常ではなかった。
そして、最後にという言葉。
場合によっては、本当にあれが最後になってしまうかもしれない。
別に、それが絶対にダメだと言うつもりは、ユージンにはない。
ゾーイはこの国に仕える魔法士で、共に旅をしていたのは、それが任務だからだ。配置換えなどで、任務が変わって、再び旅に出るユージンとはもう会えない、ということはあり得るだろう。
だが、今回もヴァン兄妹と同じで――。
もしゾーイが、自分の意思とは関係なく窮地に陥っているのだとしたら、ユージンは動く気だった。
例え、この国の人間でない者が口を出すな、と言われても。
ゾーイは、ユージンにとって大切な仲間だから。
「ユング、今日もフラールと一緒に勉強するのか?」
「うん、午前中はそうだよ。午後は、兄ちゃん達と一緒に訓練だな!」
「そうか……。なら、ちょっとフラールに言付けを頼めるか?」
ユージンはそう言いつつ、チラリとフレイヤに視線を遣った。ユングだけだと、若干不安だったからだ。
フレイヤもユージンの意図は分かったようで、こくりと頷いた。
「良いぜ!なに?」
「ルキオールさんかイサーク殿下に、可能な限り早く会いたいと伝えてほしい」
「それだけ?」
「ああ」
「分かった、後でフラール姉ちゃんに――っとと、フラール殿下に、伝えておくよ」
フレイヤにじろっと睨まれたユングが、口調を途中で改めた。ユングは今、王族としての礼儀作法を勉強中なのだ。
それはさておき、ユージンの伝言に、ディストラが首を傾げる。
「どうかしたの、ユージン?」
「ちょっと気になることがな。まだハッキリしないけど、話がまとまったらお前にも伝えるよ」
ディストラになら言っても良い気はするが、ユングとフレイヤもいるこの場では、ユージンは言葉を濁した。
その様子を見て、ディストラも深くは追及しなかった。
ちなみに、ユージンは拙いものの、一応『伝令鳥』の魔法を使える。
それなら直接ルキオールにコンタクトをとればよい、と思えるが、実は王宮内では、貴族や国の重役相手の『伝令鳥』は、特定の人間しか送れないように制限がかかっているのだ。
当然といえば当然である。誰も彼もが皇族に言葉を伝えることができてしまうと、収集がつかなくなる。
このためユージンは、伝言を頼むというアナログな方法に頼るしかないのだった。
◆ ◆ ◆
その日の昼過ぎ。
昼食を摂り終えて、午後の訓練に向かおうとしていたユージンとディストラの元に、ユングとフレイヤが、フラールを伴ってやって来た。
昨日の午後は、フラールを除く4人で連携などの訓練をしていた。ユングとフレイヤは、立場が立場なので、あまりネアン帝国の人間との訓練はしない方が良いだろうという判断だ。
そういった訓練なので、大きな怪我をすることもなく、フレイヤとユージンの回復魔法があればそれで十分であったため、フラールは参加していなかったのだ。
「どうした、フラール?」
ユージンの質問に、フラールは若干不機嫌そうに返す。
「貴方の伝言に対する返答を言付かって来たのよ」
「お、そうか。ありがとう。それで?」
「……兄様やルキオール様もだけど、貴方も、私を郵便屋さんと思ってるのかしら?」
「まあそう文句を言うなよ。お前にしかできないんだから」
ヘラリと笑うユージンに、フラールは諦めの溜息を吐く。
「はあ、言うだけ無駄ね……。ルキオール様から、今日の夕食後に魔法局の一階の部屋に来て欲しい、と言付かってるわ。前に魔法を使ってもらった部屋だとか」
「ああ、あそこか。了解。……ところで、フラールはそのためだけに来たのか?『伝令鳥』でも良かったんじゃ?」
「貴方やルキオール様の動向は、一応機密事項よ。王宮内での情報漏洩があるとは思わないけれど、私が動いた方が確実だわ」
兄に似て相変わらず腰の軽い皇女だ、と数日前にイサークに感じたことを、フラールにも感じたユージンであったが、下手に口には出さない。
「まあ、そうか。ありがとうな」
「それと、私も今日の訓練には参加しようと思って」
「え?お前皇女だろ?暇なの?」
ユージンの言葉に、フラールが顔を顰める。
「……今は、少しでも戦力になるなら訓練すべきだと思うわ」
つまり暇なんだな?と訊こうとしたユージンだが、視界に入ったフレイヤの顔が、それ以上言わないであげて、という感じだったので、言葉を呑んだ。
実際のところ、暫く居なかった上に、魔王軍への対応が最優先される現状では、フラールに任せられるような公務はないのだろう。
もちろんフラールは皇女であり、彼女の世話をする侍女なり女官なりは常に必要数は常在しているので、王宮でゆっくりと過ごすことは出来るのだが、じっとしていられなかったのだろう。
好意的にとれば、高い志を持って訓練に臨んでいるということである。
その意気を削ぐ必要もないか、とユージンは、フラールを入れた連携訓練に思考を移すのだった。
◆ ◆ ◆
夕食後、ユージンは指定された部屋に向かった。
既に薄暗い中、警備が厳重な建物に入るのは中々に背徳的な気がしたが、もちろん話は通っており、入口の衛兵に扉を開けてもらって、ユージンは魔法局内に入る。
そして、ユージンが召喚された当初に、イサークとルキオールに魔法を披露した部屋に向かった。
「(ゾーイのことをこちらから聞く以上、何かあったと言っているようなものだしな。ゾーイからコンタクトがあったことを隠すことは出来ないな。ただ、もしゾーイがルキオールさん達から逃亡中なんだとしたら、なるべくその居場所のヒントとなることは言わない方が良いか……)」
そんなことを考えつつ、ユージンはその部屋の扉を開いた。
その先には、すでにルキオールが一人で待っていた。
「すみません、お待たせしました」
「いえ、お構いなく」
ルキオールは、ユージンに対する常と同じく穏やかに笑い、彼を招き入れた。
部屋の中央には、小さな机が1つと、椅子が2脚、ポツンと置かれており、さながら中学や高校の2者面談の様だった。
2人が着席すると、まずユージンが口を開く。
「お忙しいところ時間を頂いてすみません」
「いえ、大丈夫です。まあ、世間話をする訳でもないでしょうから、邪魔が入らないようこんな場所にしましたので、飲み物等はご容赦ください」
長話をするつもりはない、というルキオールの心中を察してユージンは頷く。
「じゃあ早速本題ですが……今、ゾーイはどこに居ます?」
ユージンの質問に、ルキオールは少し表情を動かしたが、感情が面に出る程ではなかった。
そして数秒の思案の後に。
「……何かありましたね?」
「ええ、ちょっと……。ゾーイから、『伝令鳥』が来まして。一方的に、感謝と別れだけ告げられました」
嘘は吐いていない。
彼女から『伝令鳥』が来たのは事実だし、感謝と別れを伝えられたのも事実だ。
ただ、その間に「ゾーイと直接話した」という事を言っていないだけで。
だが、これだけでももしゾーイが逃亡中で、ルキオールが彼女を探しているのであれば、多少の反応があるはずである。
しかしユージンの心配は杞憂だったらしく、ルキオールは尤もらしく頷いた。
「なるほど。あの子はアレで律儀な所がありますからね」
ゾーイがユージンに会ったことは、それほど問題ではないようだ。ということは、ゾーイはある程度自由に動けているのか……?
そんなユージンの疑問に答えるべく、ルキオールは口を開く。
「本来であればこれも機密事項ですが、ユージン様にはお伝えしておきましょう。作戦の第2段階はクリアしたので、機密レベルも下がりましたし」
「口外できないと言っていた件ですね?」
「ええ。ゾーイの居場所は、その作戦の内容を漏らすことになりますからね。彼女は今――南に居ます」
「――南?」
「正確には、南に向かっているところ、でしょうか。今朝、帝都を発ったばかりですからね」
「今朝……」
それで昨晩会いに来たのか、とユージンは納得した。
「ゾーイは、まず3日ほどかけて彼女の領地、カルサイ伯爵領に趣き、そして――ムスペラ公国に入ります」
「ムスペラ公国……。例の、侵攻計画を立てている国ですよね。潜入するってことですか?」
「いえ、堂々と入ります。カルサイ伯爵家の者としてね」
ユージンは、ルキオールの言葉の意味を数秒考える。
そして出した結論は。
「つまりゾーイは、二重スパイということですか」
「そうなります」
表情を変えずに首肯したルキオールに、ユージンは内心歯噛みする。
スパイの在り方など、ユージンは詳しくないが、非常に危険な仕事であることは分かる。
そして同時に、その任務は一朝一夕に終わるものではないという想像もつく。スパイは、敵対する組織に入り込み、情報の入手や内部工作をするはずだが、それが効果的に行えるのはある程度立場のある人間であり、信頼を築く必要がある。
新参者に重要なデータを漏らしたり、あるいは攪乱させられるような組織は下の下である。
「……いきなり現れた彼女を、公国は信用しますか?」
「まあ、すぐには無理でしょう。いくらカルサイ伯爵の娘とはいえ、私の部下であった彼女の存在はそこそこ有名です。間違いなく魔法封じの魔道具は付けられるでしょうね」
さらりと言うルキオールに、ユージンは苦い顔になる。
ルキオールは穏やかなようでいて、実に冷徹である。何となくそれは分かっていたが、部下であるゾーイの安全を気にも留めないような口振りに、ユージンは彼の冷たさを感じた。
「その状態で、ゾーイに一体何をさせる気ですか?」
「難しいことではありません。そもそもこの作戦の肝は、ムスペラ公国に、今後我が国に反抗する気を無くさせることです。そのためには、ただ手を引かせるだけではいけない。手を出させて、その上で叩き潰す必要があります。なので、ゾーイは予定通りムスペラ公国に侵攻させるだけで良い」
「……ムスペラ公国は、警戒して動かないんじゃないですか?」
「カルサイ伯爵の協力がなくなれば動かないでしょう。そこでゾーイです」
「つまり、彼女は人質、ということですか……」
ルキオールの言葉の意味を理解して、ユージンはますます顔を顰めた。
「表向きは密使ですが、実質的にはそうですね。そして公国は、カルサイ伯爵の協力があれば、余程のことが無い限り動きます。タイミング的に、動くなら今しかないからです」
「どういう事です?」
「長くなるので詳しい説明は省きますが……。ムスペラ公国は、内政の失敗で国民感情が悪化しているため、帝国を打倒して手柄を出す必要があると考えています。ですが、公国にそんな武力はありません。公国の戦力は、カルサイ伯爵が動かせる軍と良い勝負といったところです。カルサイ伯爵が協力することで、何とか我が国に一矢報いることができる。そしてカルサイ伯爵が協力するタイミングが、まさに今、悪魔に帝都が手一杯の状況です。帝都の戦闘が終わり、悪魔が勝っても、帝国が勝っても、遅すぎるんです。だから、公国は今、動かざるを得ないんですよ」
「……ムスペラ公国が動くということについては、とりあえず分かりました。ですが、現状のネアン帝国でそんな簡単に叩き潰せるんですか?帝都の守りを疎かにはできませんよね?」
「そこは、カルサイ伯爵の腕の見せ所ですね」
「……え、丸投げですか?」
「ええ。カルサイ伯爵家が持てる限りの財力とコネを使えば、戦力は5分と見ています」
「帝国からの支援は?」
ユージンの質問に、これまで穏やかな顔で説明していたルキオールが、初めて厳しい視線を向けてきた。
「ユージン様、これはカルサイ伯爵への温情なのです。通常であれば、彼の家は一族郎党死罪です。それを許すのであれば、相応のことを成さなければなりません。帝国が助力しては、他の貴族に示しが尽きませんからね」
「……」
国と貴族の在り方を出されては、ユージンが挟む言葉はなかった。
「もちろん、もしカルサイ伯爵が敗れるようなことがあれば大問題ですからね。保険は掛けてありますよ」
安心してください、というルキオールの言葉を、ユージンは聞き流した。
イサークやルキオールが、ネアン帝国の危機を自ら招くはずがない。ユージンが心配するまでもなく、その「保険」さえあればムスペラ公国など鎧袖一触にできるのだろう。
だから、その心配はしていない。
心配なのは、ゾーイである。
侵入してきたムスペラ公国の軍隊を攻撃する――すなわち向こうからすれば裏切られることが決まっている作戦である。その渦中に人質として居ればどうなるか。
間違いなく殺されるだろう。
普段のゾーイならいくらでも対処のしようはあるだろうが、魔法を封じられた彼女は、ただの15歳の少女である。
戦端が開かれた際の混乱で、その場で殺されることはなかったとしても、もしカルサイ伯爵軍がムスペラ公国軍に敗れれば、その先は――、殺された方が良かった、という事になるかもしれない。
ユージンはその想像をして、ギリ、と拳を握りしめた。
仲間が、そんな目に遭うかもしれない。それを、黙って見ていることなどユージンには出来なかった。
「俺も、南に行きます」
ユージンの言葉に、ルキオールはピクリと眉を動かした。




