第72話 ゾーイ=カルサイのあいでんてぃてぃ③
前話のあらすじ:
ゾーイは、色々あって今のゾーイになった!
今回はゾーイの過去から現在にかけての話です。
ゾーイは、ルキオールが拾ってきた子供の中でも、一際魔法の才能に恵まれていた。
加えて、自己流で魔法の勉強と実践を行っていたことが奇跡的にプラスに作用し、柔軟な発想と大胆な戦略を採れる、戦闘魔法士としての才覚を見せつつあった。
彼女の経歴からも、その才能がはっきりと分かる。
10歳でルキオールに拾われて魔法局の助手となった彼女は、翌年には魔法局の職員となるのに最低限必要な国家資格「魔法士補」を取得した。
そしてその2年後には「二級魔法士」、さらに翌年には、14歳にして「一級魔法士」の試験に合格したのだ。
14歳という年齢での合格は、現在存命の一級魔法士の中では2番目の若さである。
貴族令嬢の癖に魔法局に入局するなど、ただの冷やかしか婿探し。権力で無理やり入ったんだろう、と風説を流していた者達も、流石に黙らざるを得なかった。
「魔法士補」はともかく、「一級魔法士」は国内に50人もいない超難関試験だ。いくら権力を使おうと、国内最高峰の実力がなければ、合格にはかすりもしない。
ちなみに、歴代最年少の10歳で一級魔法士に合格したのはもちろん、稀代の天才であるルキオール=ラルヴァンダートだ。
さて、一見順風満帆にみえるゾーイのキャリアであるが、実際にキャリアとしては順風満帆そのものだった。
変わり者が多い魔法士の中でも、貴族出身という彼女の経歴は際立って異色ではあるが、それを気にしない者も多い。
多少のやっかみを受けることはあるが、後ろにルキオールがいることもあり、彼女は大きな躓きもなく職務を着々とこなし、実績を積み重ねていった。
同僚や上司にも恵まれ、充実した毎日。
今度こそ、他人から羨まれても、ありがとうと素直に言えるような環境。
それでも。
ゾーイの心の奥底に眠る本音は、一向に表に出てこようとはしなかった。
別に、表に出ている性格が偽りという訳ではない。あのチャラウザいキャラも、ゾーイの性格の一つではある。
だが、そのキャラクターには、欠けているものがあった。
しかし、駒という自らの役目を受け入れたゾーイは、もはやその欠けたものが何だったのか、自分でも分からなくなっていた。
◆ ◆ ◆
そんなゾーイの元に、一羽の青い鳥が飛んでくる。
「お?ルキオール様からだ」
ゾーイは作業の手を止め、机に降り立った『伝令鳥』に耳を傾ける。
『ゾーイ、今から、魔法局の北東にある広場に向かいなさい。そこには、先日我々が召喚した勇者様が居ます。彼に、こちらの魔法についてお教えするのが今日の君の仕事です。彼は話の分かる人間のようですから、君のふざけた態度でも大丈夫でしょう』
さらりとゾーイに嫌味を言ってくるルキオールだが、ゾーイは今更気にしない。
勇者。
めんどくさそう、と、面白そう、という感情を抱きながら、ゾーイは広場に向かった。
◆ ◆ ◆
果たして、勇者ユージンは、面倒臭がりで面白い少年だった。
性格については、とやかく言う権利は自分にはないので置いておくとして、こちらの世界にはない魔法の発動方法については、ゾーイの興味を大いに唆った。
一日だけの縁なのが残念だ、と思っていた所に、なんと彼の方から指導役の継続を請うてきたではないか!
一瞬、ホントに一瞬だけ、彼が自分に気があるのでは、と思ってカマをかけてみたが、全くの脈なしであった。
下手に惚れられるのは迷惑であるが、全く興味を持たれないのもそれはそれで見返したくなるものである。
とはいえ、彼も健康な年頃の少年らしく、恋愛、あるいは異性に興味が無い訳ではないらしい。ゾーイは時々、自分の胸元に少年の視線が向いているのを感じた。
多少の恥ずかしさはあるものの、その視線自体には慣れている。
この2年ほどで急速に発育したゾーイの身体――特に胸は、同年代の同僚からすれば目に毒だった。同じルキオール門下の少年達の視線を集めるのも無理はない。
ただ、視線だけならまだしも、言葉や態度で揶揄われたり、逆に性的な行為を誘われるのには、拒否感を覚えた。
ゾーイは、あの時――、カルサイ伯爵家を飛び出した時、貴族令嬢としての自分から意識的に脱却を図った。「ボク」という一人称は、その分かり易い表れである。
それ故、女性らしくなっていく自身の身体に戸惑いを覚えたし、そこを揶揄われたりするのは、自分の存在の不確かさを指摘されるようで不快だった。
だがその一方で、年頃の少女らしく、恋愛話が大好物でもあった。
ルキオール門下の少女達は、丁度その話が大好きな年頃の子供達だ。同門の誰々が好きだとか、魔法局で手伝いをしている職員に告白されたとか、果てはルキオールに本気で惚れてしまったとか、話題には事欠かなかった。
そして実は、ゾーイ自身も、同門の少年から告白されたことがあった。
だが、その少年の普段の視線がいやらしく、ほぼ胸に集中していたこともあり、もちろんソッコーで断った訳だが。
しかし、恋をしてみたいという気持ちが無い訳ではない。
どこかに良い人が居ないかな、と思っていた今日この頃である。
ユージンは、そんな所にヒョイと現れた、不思議な少年だった。
初対面の時点で散々な扱いをされ、さらに胸の大きさを揶揄われ、これは合わないかもな、と思ったが、その日が終わるうちにはすっかり打ち解けていた。
彼は、口も態度も悪いのに、不思議と面倒見がよく、ゾーイの教えを受ける姿勢は素直だった。
ゾーイがこのチャラウザいキャラになってから、たった一日でこれほど好感を得られた人物は少ない。大抵の人間はゾーイのキャラに引くし、ゾーイ自身も内心では気難しい人間だからだ。
それだけに、胸以外の自分に、全く異性としての興味を持っていなそうなユージンに、何となく悔しさを覚えていた。
ただ、それだけだったなら、ゾーイにとってユージンは知人止まりだっただろう。
◆ ◆ ◆
ユージンとの訓練の初日。
「え……本気、ユージン?」
ゾーイは、ユージンの提案に、彼の正気を疑った。
だた、彼は至って真面目顔で。
「ああ。死にそうな怪我でもフラールが何とかしてくれるんだろ?」
「え、ええ。そうだけど。でも……」
ユージンに話を振られたフラールも、ゾーイと同じく動揺している。
だがユージンは少女2人の反応を気にせず、話を進める。
「なら、ゾーイ。俺を殺す気で攻撃しろ。フラールは、俺の意識がある内は、俺の要請がない限り手出し無用だ」
ユージンの頭おかしい訓練方法に、フラールはもちろん、ルキオールのキツイ扱きに耐えたゾーイですら引いている。
だが、とゾーイは気を取り直した。
とりあえず、何事もやってみないと分からない。いくらなんでも、本当に死にかけるまでやるはずはあるまい。そう思って、訓練を開始する。
そして訓練終了後。
ゾーイは、訓練中のユージンの視線を思い出して、背筋が冷えた。
自分が死にそうになりながらも、攻撃を止めるなという異常な指示。
そして、本当にこれはマズイというところまで、フラールに回復を頼まない異常な訓練。
あれは、違う。
フラールはそこまで理解していないようだが、ルキオールの地獄の訓練を経験したゾーイだからこそ、分かる。
あれは、普通に暮らしていた人間が、ポッと勇者になって、頑張ろう、と決意してできるものではない。
あの目は、何かを背負い、覚悟した人間のものだ。それも、とてつもなく重い何かを。
ただの義勇に燃える異世界の勇者には、あんなことは絶対にできない。
ゾーイが抱える過去よりもずっと重い何かを、彼は背負っているのだ。
そしてそれを、普段の態度には一切出さない。
その気持ちは、何となくわかった。ゾーイも似たようなものだからだ。
過去を詮索されたくないのなら、いわくありげな態度を取らなければ良いのだ。
ゾーイのキャラは、そのためにも役に立った。
だが、ユージンとゾーイの異なる点は、ゾーイが仮面に近いキャラクターを作り上げることで心を守ろうとしたのに対して、ユージンは素のままで、心の底にある何かを隠しているという所だった。
何故そんなことになったのか。そして、彼は何を背負っているのか。
ゾーイの中で、ユージンに対する興味が大きく膨れ上がった。
そして同時に――、彼になら、恋をしても良いな、と思った。
だが、その程度の感情であるので、ユージンが誰かとくっつくのならそれはそれで構わなかった。
自分の感情を把握しているのか良く分からないフラールと、明らかにユージンに憧れているフレイヤ。
2人とユージンの仲を邪魔する気はなかったし、むしろどちらかというと煽っていた。目の前でカップルが成立したなら面白い。
そして、もし仮に――、ユージンの好意が自分に向いたとしても、それは嬉しいことだ。――ただ、エロ方面の話題はどうしてもまだ受け入れられないが。
ユージンがその気なら、ハーレムルートもアリだろう、などとアホなことも考えていた。
それくらい、ユージンと居るのは楽しかったし、彼のことを受け入れていた。
だから。
イサークに命じられた作戦の実行前に、会っておきたくなったのだ。
失敗すれば、もう二度と会う事は出来ないのだから。
◆ ◆ ◆
ゾーイがユージンを呼び出した日の前日。つまり、ユージン達が帝都に転移してゾーイが連行された日の翌日。
彼女は、帝都のとある屋敷の門の前に、普段のローブ姿で立っていた。
自分を送ってくれた馬車は足早に帰路につき、取り残された少女を、2人の門番が胡乱気にねめつける。
少しでも妙な動きをすれば、斬って捨てる、という気迫がその視線には込められていたが、ゾーイはさほど気にもせずに、彼らに歩み寄る。
「何用だ?約束はあるのか?」
会話ができる距離までゾーイが近づいたタイミングで、門番が誰何した。
ゾーイは、薄く笑う。
「自分の家に入るのに、約束が要るのですか?」
昨晩よりさらにアップグレード(?)した貴族令嬢の口調でそう質すゾーイに、門番は、頭のおかしい奴か?と思ったが、その内1人がハッと思い立って、目の前の少女の顔をまじまじと見つめる。
「まさか……ゾーイお嬢様?」
「たった5年でこの家の長女の顔を忘れているようなら、解雇するように父上に申し入れる所でしたが、その必要はなさそうですね。……隣の方は、始めて見ますね」
ゾーイが、ポカンとしているもう1人の門番に視線を向ける。
彼は、目の前にいるのが自分の主の令嬢だと分かり、途端に背筋を伸ばした。
「は、はい!私は、2年程前に雇っていただきましたので。お嬢様とは知らず、失礼いたしました」
「構いません、ご苦労様です。では、門を開けていただけますか」
ゾーイの要求に、最初の門番がうろたえる。
「あ、ですが、その……。旦那様に確認してからでもよろしいでしょうか?」
彼は、ゾーイがこの家を出ることになった経緯や、彼女とカルサイ伯爵がこの5年間没交渉であった事を知っている。いきなり現れた彼女を、カルサイ伯爵の許可なく入れてしまっては、彼の怒りを買う恐れがあると判断した。
だがゾーイは、門番の言葉に目を細めると。
「この家の娘の帰宅を止める権利が、貴方にあるのですか?」
「いえ、あの……」
その娘の立場が微妙だから困ってるんだ、という門番の心中を理解しつつ、ゾーイは続ける。
「門を開けなさい。……ただ、貴方達が父上に連絡するのは止めません。私はなるべくゆっくり歩いていきましょう」
そして、にこりと笑ってそんなことを言った。
門番は、ゾーイがカルサイ伯爵に会う前に、自分達の報告が成されれば、何とかセーフだろう、と判断し、これ以上の問答を止める判断をした。
そして、門の中に入ったゾーイに一礼し、相方を門に残したまま自分は屋敷へと駆け出した。
それをゆっくりとした足取りで追いながら、ゾーイはほくそ笑む。
「(敷地内に入っちゃえば、こっちのもの。敷地境界の魔法障壁を展開されたら、侵入するのも一苦労――というか、ド派手になっちゃうからね。そしたらイロイロ面倒だし。……それにしても、フラール様の真似をするだけで、結構様になるもんだ)」
ゾーイは、令嬢としての教育を受けているとはいえ、それは10歳までである。つまり礼儀作法やマナーは、10歳の令嬢程度にしかできないということだ。
だが、ユージン達と共に旅をした2か月と少しの間に、フラールの洗練された所作をじっくりと観察する機会はあった。
ユージンと戯れている時こそ、その辺の町娘のような雰囲気であるが、普段の落ち着いている時のフラールは、やはりこの国で最も尊い令嬢としての振る舞いをしているのだ。
ゾーイは、これから行う行為の成功率を上げるためにも、その所作を真似させてもらっているのだった。
「(何せ、命が懸かってるからね――)」
◆ ◆ ◆
十分に時間を取った上で、ゾーイは屋敷の玄関扉を開く。
その先には、ゾーイの予想通りの人間が立っていた。
サヴェーリオ=カルサイ。ゾーイの父親、現カルサイ伯爵である。
「今更、何の用だ、ゾーイ」
5年振りの父娘の対面は、ピリピリした雰囲気で始まった。




