第8話 フラールの決意
彼女の説明によると、スフィテレンドの魔法は、それぞれの発動に必要となる魔力の量が決まっているということだ。使用者は、それに合わせて魔力を魔珠から魔法陣に供給する訳だが、集中していないと魔力が魔法陣から「漏れて」しまうらしく、魔法の発動までの魔力の消費量が多くなってしまう。
このため、接近戦闘中に魔法を使おうとすると効率が著しく悪くなり、下手をすると本来必要な魔力の10倍程の魔力を消費してやっと発動する、といった事が起きる。これ故、接近戦闘中に魔法を使おうとする者はあまりいないのだ。
また、魔法は必要量の魔力が魔法陣に溜まった時点で発動するため、普通余分な魔力は使わずに済む。裏を返せば、必要以上の魔力を込めることができない。炎撃の初級魔法に余剰の魔力を注ぎ込み、威力を増す、という事が出来ない。
だが、これには実は例外があり、設置型の魔法の場合、発動後も魔力を注ぎ込むことで、その効力を増す事が出来る。ただし、注ぎ込む魔力に対して効果の増加分はあまりに小さいため、これを行う者はほぼいないと言って良い。
「ということで、魔力効率を考えなくて良さそうなユージンなら、簡単な防御魔法にじゃんじゃん魔力を注ぎ込んで、それなりの防御力になるかもしれないネ!」
「なるほど……。その簡単な防御魔法っていうのはどんなものがあるんだ?」
「任意の場所に小さな『盾』を出すのが基本かな。盾の種類は色々で、物理防御特化とか、特定の属性魔法防御特化、物理魔法万能防御とかあるね。これの広範囲版が『壁』系の魔法で、それなりの範囲に防御壁を創る感じ。あとは、『殻』系の魔法が、全方位防御系の魔法だね。まずは基本の『盾』から覚えるのがオススメ~」
ゾーイの勧めに従い、ユージンはまず「万能の盾」の魔法を覚える事にした。「万能」属性の防御魔法は、特化属性の防御魔法に比べると絶対的な防御力は落ちるものの、物理攻撃と魔法攻撃双方に効果を発揮するため、時を選ばず使用できる。初心者向けの魔法である。
呪文とイメージを教えて貰ったユージンは、早速魔法を使ってみる。
「力を防ぎ 熱から守る 風を避け 光を弾く 出でよ『万能の盾』」
詠唱が終わると共に現れた緑色の魔法陣に、周囲の魔力を注ぎ込む。1秒後には、魔法陣の前に直径1メートル程度の半透明の円盤が完成していた。
「おっけ~。そのまま魔力を注いでてね。ちょっと攻撃してみるから」
ユージンはゾーイの言葉に頷き、周囲からさらに魔力を集めて魔法陣に注ぐ。少しずつ、円盤の輝きが増していく。
「いっくよ~。放て『疾し雷』」
呪文の直後、ゾーイが差し出した左手から魔法陣が生まれるや否や雷が発生し、ユージンの前面に展開している盾に直撃した。
バヂィ!と激しい音が鳴り響き、衝撃点から煙が発生する。
だがそれもすぐに晴れ、少々罅が入っているものの、破壊されずに在る盾に、ゾーイが歓声を上げる。
「おー!すごい!完全に防いでる!」
「今の魔法は?」
「『疾し雷』っていう魔法だよ。下級魔法だけど威力はそれなりにあるし、発生速度が早いから、ボクは良く牽制に使うんだ。普通、初級魔法の『万能の盾』くらいは簡単に貫通するんだけどね~。ユージンが見境無しに魔力を注ぎ込んだから、初級魔法はおろか下級魔法までならほとんど防げるくらいの防御力になってるね、ソレ」
「おお……」
ようやく、勇者らしく常人にはない能力を手に入れたユージンは、地味に感動する。
「おお!しかも魔力を注ぐとダメージも修復されていく!」
ゾーイの攻撃後もユージンが魔力を注ぎ続けたため、雷撃によって作られた罅が小さくなって行く。
「これは、『壁』系や『殻』系の魔法で永続絶対防御が可能になるのでは……!」
ゾーイが、ユージンの能力に、これまで誰も成しえなかった魔法の可能性を夢見たところで、ユージンが異変に気付いた。周囲の魔力が急に「掴めなく」なったのだ。
「これは……」
「ん?どーしたの、ユージン」
会話の間にもユージンが感じられる魔力が減っていき、ついには魔力の供給が止まってしまった。「万能の盾」はまだそこにあるものの、徐々に輝きを失っている。
「周囲の魔力がなくなった」
「え?」
「多分、使いすぎたんだろう。魔力の供給を止めたら、少しずつまた戻ってきた」
盾の輝きが薄くなると同時に周囲に魔力が感じられるようになり、盾が完全に消えるころには、魔法を使う前の半分くらいの魔力が戻っているように感じられた。
「う~ん、そっかぁ。周囲の魔力も使えば減るってことか~、当たり前と言えば当たり前だケド。回復は速いみたいだから、枯渇の心配はなさそうだけど、持続系の魔法の連続使用には制限アリってとこだにゃ~」
そんなに都合良く最強の盾は手に入らないってことか。と、特殊能力にケチが付いたユージンは内心で落胆するが、効率をそこまで気にせずに使えるというアドバンテージが完全に無くなった訳ではない、と気を取り直す。
「そうだな。持続系の魔法を使うときにも、燃費を気にした方が良いな」
「ネンピ?」
聞き慣れぬ言葉に、ゾーイが首を傾げる。
こちらの世界では、生活に必要なエネルギー源は基本的に魔力であるため、「燃料」という概念がないのだ。
「ああ、いや、魔力効率の事だ」
「そだね~。盾も、さっきみたいに何も考えずに魔力をどぼどぼ入れるんじゃなくて、状況に応じて調節すれば、持続時間も長くなるだろうねっ」
「ただ、戦闘中に使うには詠唱が長すぎるな……」
「それは、慣れれば短縮できるよ。詠唱は頭の中でやって、コマンドワードだけで発動するんだ。短縮呪文ってやつ。さっきボクがやったようにね~。『万能の盾』だとこんな感じかな。出でよ『万能の盾』!」
ゾーイが空に向かって手を伸ばすと共に呪文を叫ぶ。すると一瞬の後に先程ユージンが作ったものと同じ魔法陣と半透明の円盤が中空に浮いていた。動作の開始から1秒程度の出来事だ。
「おー。って、これなら戦闘中に十分使えるんじゃないか?」
先程のゾーイの話では、戦闘中に魔法を使う人はあまりいないという事だったが。
しかし、ユージンの質問に、ゾーイは大袈裟にやれやれと首を振る。
かなりイラっとした。
「あのね、さっきも言ったけど、ボクこれでもルキオール様に次ぐ天才魔法士って言われてるんだよ?ボクだからこそ、この速さで精確に魔法を使えるけど、普通の騎士には無理だよ。それに、ボクの『万能の盾』でもユージンみたいに下級魔法を完全に防ぎ切ることはできないよ。もうひとつ上の下級魔法にしないと。そうすると、使う魔力も多くなるし、集中力ももっと必要になっちゃう。まあボクなら中級魔法までなら戦闘中でも2秒あれば発動できるけどねっ!」
チャラウザい口だけ少女かと思いきや、その実力は相当なものらしい。まあ、まだ自称の域を出ていない訳だが、具体的な例を出していることから嘘ではないのだろう。
そんな事を思いながら空に浮かぶ半透明の盾を眺めるユージンは、盾の向こうの空が茜色に染まっている事に気付いた。
「いつの間にか、もう夕方だな」
「あれ、ホントだね。そろそろ業務終了のお時間ですよ~。ルキオール様にこの後どうするか聞いてみよっと」
そう言って、ゾーイが何事か小言で呟く。と、彼女の目の前にデフォルメされた青色の小鳥が姿を現し、勢い良く飛び立って行った。
「今のは?」
「『伝令鳥』の魔法だよ。伝言を吹き込むと、目的の人の所まで飛んで行って伝えてくれる魔法」
そう言えば、ゾーイは初め「ルキオールからの指示が飛んできた」と発言したが、なるほど、文字通り「飛んで」きたんだな、と納得する。
それから間もなく、ゾーイのとはややディティールが異なる青い小鳥が飛んできて、ゾーイの肩に留まる。そして伝言を始め、役目を終えると宙に溶けるように掻き消えた。
「ルキオール様から、今日はもう休んで下さい、だって。昨日と同じ部屋に戻ってもらえれば夕食も手配しておくってことだけど、場所分かるかにゃ?」
「ああ、大丈夫。昨日、フラールに案内してもらったから王宮の建物の配置は大体覚えている」
「え、フラールって、あのフラール様?第二皇女の?」
ユージンの言葉に、ゾーイがぎょっとして見つめてくる。
「そうだけど、何か?」
「い、いや~。ボクも良くは知らないんだけど、噂からすると、案内とかに向いて無さそうな気がして~」
「どんな噂なんだ?」
「それはボクの口からはちょっと~」
礼儀というものを知らなさそうなゾーイが口籠るほどである。よっぽど不敬か残念な噂が流れているのだろう。
だが、昨日話した限りでは、我が強く行動的で皇女っぽさはあまりないものの、根は素直で黙っていれば美しいただの女の子であった。
もちろん、その背景には色々と面倒な事がある気しかしないが……しかしそれと彼女自身の人格とは別の話だ。
「多分、言われてるほど酷くはないぞ。普通の気が強い女の子だったし。正直ゾーイの方が面倒」
「え、にゃんでそこでボクを落として来る訳?酷すぎる!今日一日、これだけユージンのために尽くしたというのにっ!」
「それだよそれ。その喋り方。あえてこっちの神経逆撫でにしている感じの。分かってやってるだろお前」
ユージンが苛立ち交じりに指摘すると、ほんの一瞬だけ。ゾーイの顔から表情が消えた。
だが次の瞬間には元通りのにやけ顔で、
「そう言われてもにゃ~。これはボクのあいでんてぃてぃ、だからね☆」
「そうかよ」
ユージンは深入りするまいと、ゾーイの表情の変化には気付かなかった事にして、盛大な舌打ちをしてやった。
「あぁ!態度悪~い」
「うるせぇよ。じゃあな」
用事は済んだ、とばかりにゾーイに背を向けるユージン。
「あ、ちょっと~」
不満気に口を尖らせてこちらを見つめるゾーイをちらりと振り返り、フッと笑ってユージンは一言。
「今日はありがとな」
そしてそのまま歩き出す。
ゾーイはユージンの言葉と態度に目をぱちくりとした後、にんまりと笑って大きく手を振った。
「まったね~、ユージン!」
◆ ◆ ◆
自室(?)に帰り、夕食を摂って風呂に浸かった後、キングサイズのベッドにゴロンと横になるユージン。
ベッドの天蓋という慣れないもの見上げながら、今後の方針について思案する。
この世界において、残念ながら自分が特別優れた力を持っていないことが明らかとなった。
ただし、魔法については使用方法が規格外である事から、多少の可能性を感じられる。
だがやはり、勇者としてまず鍛えるべきは剣技だ。イサークとルキオールは魔剣の召喚に乗り気であるため、あの剣を中心に考えた方が、多分良いのだろう。
「(懸念事項としては、ちゃんと魔剣が召喚できるか、だよなぁ。何かトラブルがあったみたいだし)」
まあしかし、そこはユージンが心配しても仕方のない部分である。
「(まずは剣の腕を上げ、補助的に魔法も使えるようになる。そして、魔王を倒す――)」
本当に出来るのか、という不安は付き纏う。だが、今はやれることをやるしかない。
「(マナスカイに、戻るために……)」
◆ ◆ ◆
翌朝、朝食を摂り終えたユージンが、今日はこれからどうしたら良いんだ、と思う間も無く、扉がノックされた。
ユージンが応じると、入ってきたのはルキオールの使いの侍女ではなく、
「おはよう、ユージン」
第二皇女殿下だった。
「……おはよう」
「何よその顔は」
一昨日の襲撃を思い出し、微妙な表情になったユージンを見咎めるフラール。
「別に。一昨日の朝を思い出しただけ」
言われて、フラールも思い出したらしく、嫌そうに顔を顰める。彼女の中でも、あれは失態であったらしい。
「あれは忘れなさい。それに、今日はルキオール様から言われて来たのよ。正式な訪問よ」
「一昨日のは不正だったと認めるのか」
「うるさいわね。忘れなさいって言ったでしょ」
「はいはい。で、用件は?」
仮にも皇女に対する態度とは思えないユージンの相変わらずの対応に、フラールが頬を引き攣らせる。
「ユージン、貴方、本当に良い度胸してるわよね」
「不満なのか?なら、態度を改めましょうか?第二皇女殿下サマ」
立ち上がったユージンに慇懃に礼をされ、少しその後の事を想像するように思案した後、フラールは小さく溜息を吐いた。
「結構よ」
「そうか?じゃあ遠慮なく。まあ、座りなよ」
ソファに座りなおしたユージンが、対面のソファを示す。
フラールはユージンを軽く睨みながらも大人しく座った。
「ルキオールさんの指示で来たってことだけど、具体的には?今日の俺の行動について?」
「ええ、まあそうね」
「ふうん。それで、今日の予定は?」
「特に無いわ」
「……はい?」
「何も無いって言ってるの」
フラールの回答を受け、ユージンは少し考える。恐らく、ルキオールは召喚魔法のトラブル対処(?)にまだかかりきりなのだろう。故に、今日はユージンに待機を指示した。それは分かる。
だが、それなら。
「じゃああんた、何のために来たんだ?皇女ってそんなに暇なのか?」
ユージンの純粋な疑問に、フラールの額に青筋が浮かんだ。
「お言葉ね。あ・な・たのために、わざわざ来てあげたのよ」
「俺のため?」
「そうよ。今日はルキオール様達は忙しいから、貴方は1日自由よ。だけど、現時点で貴方に王宮で自由に何かをする権限は無いわ。だから、何かやりたいことがあれば、私の権限の範囲でやらせてあげるという事よ」
「ああ、なるほどな。それは、ありがとう」
ルキオールの気遣いと、それに同意して来てくれたフラールに、ユージンは素直に礼を言った。
目の前で頭を下げる少年に、少女は意外そうな視線を向ける。
それを受け、ユージンが眉を上げる。
「何だ、その意外そうな顔は」
「意外だったから」
「失礼な。気遣いに対して感謝くらいするさ」
「ええそうね。兄様やルキオール様に対してはね。でも私に対しては、頭を下げる気なんて無いのかと思ってたわ」
「頭を下げる機会がいつあった。突然部屋に侵入されたり、案内とは言葉ばかりで自分の興味のある所ばかり俺を置いてすたすた歩いて行ったり」
「そんな事したかしら?」
「おっと、皇女殿下はもうお忘れの様だ。では俺は心に留めておかなければならないな。フラールは若くしてボケ始めている、と」
「なんですって!」
「可哀想に。お姫様なのにストレスが溜まって辛いんだね」
ユージンの憐みの籠った視線に煽られ、怒鳴りそうになるのを、フラールはぐっと堪えた。
「っ……ええそうね。特に女心の分からない貴方みたいな殿方を相手にしているとストレスが溜まるわ」
「女心か。それは確かに難しいな……」
顎に手を当て、考え出すユージン。
フラールは、言葉の応酬が止まった事で勢いを削がれる。
「いや、真剣に悩まないでよ」
「という事で、教えてくれるか、フラール」
「はい?」
「女心」
「……」
ユージンにじっと見つめられ、本気なのか、からかっているのか判断に迷うフラール。しかしどちらにせよ、まともに取り合うと面倒になりそう、と思い、フラールは俯いて溜め息を吐いた。
「はあ、もう止めましょう。きりがないし生産性もないわ。ユージンは今日何かやりたいことがあるの?」
話を逸らした、と言うより本題に戻したフラールに、ユージンも、始めたのはあんただろ、とは突っ込まず話に乗る。
「そうだな……。その前に、ルキオールさん達の状況は分かるか?言える範囲で良いけど」
ユージンがルキオールに剣の召喚を依頼したことは伝わっているようで、フラールは戸惑うことなく返答した。
「私は、召喚についてはノータッチだからほとんど分からないわ。ただ、召喚に必要なものが行方不明になったみたいで、それを探しているみたい。今朝の時点では見つかってないみたいね」
「なるほど」
昨日、ルキオールは「彼女」がどうとか言っていた。恐らく、その「彼女」が行方不明になったのだろう。わざわざ探しているということは、何か召喚に関係する特別な力があるのか。
しかし、その辺りはユージンが考えても仕方の無いことである。ルキオールに任せる他無い。
ユージンはユージンで、せっかく貰った自由な日を、有意義に過ごそう、と考える。だが、街に繰り出して遊ぼう、という気にはとてもなれないし、さすがにフラールに止められそうだ。
どうしても、これからの事を考えると、戦う力を付けなければ、という気になってしまう。
「(これから、魔王の根城に向けて旅をするのなら――)」
と、そこでユージンは、フラールが旅に同行させてくれと言っていた事を思い出した。
「そう言えば、フラール。俺は一応、魔王を倒す旅に出るつもりなんだけど、あんたは何故それに同行したいんだ?」
「それは……」
ユージンの質問に、フラールが目を逸らす。
「まあ、今は理由は良い。だが、この旅は、多分かなり過酷なものになるぞ。ヘタすれば死ぬ。あんたは、皇女だろう?その身を危険に晒す事になるぞ」
「分かっているわ」
「……普通、皇族はそんなことしないんじゃないの?怖くないのか?」
ユージンが今聞きたかったのは、そこだった。
まだ知り合って数日。この先の予定もあやふやな状況で、面倒臭そうな事情を話してほしいとも思わない。
ただ、皇女という身分にある少女が、命を落とす危険のある旅に同行しようという気持ちが知りたかった。
「怖くないと言えば、嘘になるわ。1月前の悪魔の襲撃の時も、凶悪な姿と力を目の当たりにして、私は恐怖で震えることしか出来なかった」
「なら何で」
「私が皇女だからよ」
「え?」
逆じゃね?というユージンの心中を余所に、フラールは毅然とした表情でユージンを見据えた。
「私達皇族は、この国を統べる立場にあるわ。それは、この国の有り様に絶対的な権力を持つ一方で、この国を、私達を支える国民を守る義務があるという事よ」
「それは、分かるけど。でも皇族が命を危険に晒すのは、さすがに違うんじゃないの」
「普通ならそうね。命に優劣をつけるつもりは無いけれど、例えばひとつの街の危機のために皇族が危険を冒すべきでは無いと思うわ。でも、今の状況は普通ではないのよ。ひとつの街ではなく、我が国全体の、さらには世界の危機なのよ。だから――」
ユージンは、言葉を切ったフラールの瞳の奥に、確固たる覚悟を見た。まだ16歳の少女が持つには重いとさえ感じる、責任と覚悟を秘めた瞳だ。
フラールが、言葉を続ける。
「これまで私達を支えてくれた民を、国を、世界を救うために、私に出来る事があるのなら。私はこの命を懸けることに躊躇いはないわ」
「……」
ユージンは、言葉を呑んだ。
裏にどんな事情があるにせよ、彼女は、民のため、国のため、世界のために、戦う覚悟を決めているのだ。
それだけの思いを、この世界に持っているのだ。
「立派だな」
ユージンがポツリと呟いたのを聞き、フラールが眉を顰める。
「何それ。馬鹿にしているの?」
「いや、純粋に感心しているんだよ。ただの我が儘お姫様かと思ってたけど、ちゃんと皇女だったなって」
ユージンの真っ直ぐな視線を受け、フラールは若干怯み、照れくさそうに頬を染めるも、我が儘お姫様という言葉に、素直に喜べず。結局、視線を逸らして悪態をつく。
「……やっぱり馬鹿にしてるでしょ」
そんな少女をユージンは目を細めて見つめる。
正直ユージンは、この世界に対して大した興味は無く、さっさと元の世界に戻れればそれで良い、この世界の問題に対処するのはただの手段に過ぎない、と考えていた。
だが、その興味の無かった世界を、命を賭して救いたいと願う少女を目の当たりにして、考えが変わった。
今自分が居るこの世界にもたくさんの人がいて、生活して、生きている。そしてそれを大事に思っている。その世界を、思いを、救うために。勇者は召喚されたのだ。
召喚された身からすれば、なんて身勝手で理不尽な願いだと、今でも思う。
それでも、「1度目」は納得し、決めたのだ。
だから。
「(ごめん、ジャンヌ。必ず戻るけれど、それまで俺は――)」
ここで生きる。
少年は、本当の意味で「この世界を救う」決意をした。
主人公、ようやく本気出します。
チート能力はなくとも、それなりに強くなるはずです。ええ、主人公ですから。