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召喚勇者と七つの魔剣  作者: 蔭柚
第5章 悪魔強襲
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第71話 ゾーイ=カルサイのあいでんてぃてぃ②

前話のあらすじ:

連行されたゾーイは、取り調べを受けた!ゾーイの父親はとんでもない罪を犯していた!


本話はゾーイの過去話です。

 ゾーイ=カルサイは、3歳にして、自分は産まれてくる家を間違えた、と悟った。


 高位貴族である伯爵家の令嬢として生を受けた彼女は、幼い頃から良き貴族令嬢となるように、刺繍や踊り、音楽、マナー等の徹底的な英才教育を受けた。

 明日を生きるのにも困窮する貧困世帯に生まれた者からすれば、何とも羨ましい限りであるが、ゾーイにとってはそうではなかった。


 ダンスはまだしも、刺繍や音楽などは、ゾーイの興味をちっとも惹かなかったのだ。

 それよりも、外に出て走り回りたかったし、魔法で起きる現象に魅せられていた。


 とはいえ、3歳の幼女にとって、親の言いつけは絶対であり、ゾーイも渋々ながらそれに従っていた。



 状況が少し変わったのは、彼女が5歳になった頃であった。


 貴族は、家格の高低に関わらず、家の存続と発展が至上命題と言っても良い。そのため、何よりもまず嫡子を生み育てることが、嫁いできた令嬢には求められる。


 だが、カルサイ伯爵家の子供は、未だ女児であるゾーイ1人。

 ゾーイの誕生後も、もちろんカルサイ伯爵夫妻は子作りに励んだわけだが、今のところ2人目が生まれる兆しはない。このままでは、家の存続が危うい。


 近縁の家から養子をとることも可能だが、そうすると、以降のカルサイ伯爵家には、現カルサイ伯爵自身の血が入っていないことになる。それを躊躇ったカルサイ伯爵は、もう一つの選択肢を選んだ。

 すなわち、入婿である。


 ゾーイが貴族の男性を婿にとれば、名目上は、次の爵位はその男性に移るものの、その次の爵位は、ゾーイの息子――、正真正銘、自分の孫になる。

 だが、一時でも爵位を他家出身の男性に渡すとなると、何が起きるか分からない。下手をすると、その男性の親戚一族にカルサイ伯爵家が乗っ取られる可能性もある。


 それを防ぐためには、ゾーイに貴族の仕事を覚えさせ、結婚後の発言力を維持する必要がある。そうすれば、自動的に自分の影響力も維持され、孫の代までカルサイ伯爵家は安泰である。


 そう考えたカルサイ伯爵は、ゾーイの教育カリキュラムに、貴族の男性が覚えるべき政治学や経営学まで詰め込み出した。



 通常の貴族令嬢であればする必要のない学習内容に、ゾーイは嫌気がさしたものの、彼女はまだ5歳。親に正面切って反発することはできなかった。

 自分の望む魔法の学習などは全くさせてもらえず、内心の不満はこれまで以上であったが、親の言いつけを守る以外に選択肢がなかった。


     ◆ ◆ ◆


 それから4年の歳月が経った。

 ゾーイは9歳。そろそろ、行動力も判断力もついてきて、親に反抗もできる年齢である。


 だがゾーイは、一応自分の役割を受け入れていた。

 ゾーイの願いや意見を全く聞いてくれない父親と、父親の言いなりで、世間体が最重要な母親との関係は冷え切ってはいたが、これまで散々貴族の生き方を叩きこまれてきたゾーイは、自分がその後を継がなければならないという責任も感じていた。


 事態が大きく動いたのは、そんな時だった。


「妊娠?」


 ゾーイは、母親の言葉に耳を疑った。


「そうなのよ。まだ男の子と決まった訳じゃないけど、もしかしたら、正統なカルサイ伯爵が生まれるかもしれないわ」


 満面の笑みでそう告げてくる母親に、ゾーイは何とも言えない表情になった。


 弟か妹ができることそのものは、嬉しい。だが、母の物言いは、まるで――。



 それからだった。

 ゾーイは、両親や家庭教師に隠れて、夜中にこっそりと魔法の練習を行うようになった。

 幸いにして、勉強で分からないところがある、という名目で、書庫には怪しまれることなく入ることができる。その際に、魔法に関する書籍もくすねて自室に持っていき、我流で魔法を習得していった。




 そして、その日が来た。


「男児です!元気な男の子ですよ!」


 産婆の嬉しそうな声が、隣の部屋まで響いてくる。

 そして、続く父の台詞。


「そうか!でかした!これでカルサイ伯爵家の跡継ぎは盤石だな!ゾーイに無駄な教育をさせる必要もなくなるぞ!」


 ゾーイは、それをどこか遠くに聞いていた。


 ああ、やはりそうなのか。

 結局のところ、私は――。ただの駒でしかないのか。


 何年にも亘って教え込まれてきた貴族としての誇りや責任、その在り方などは「無駄な教育」でしかなかったのだ。


 ゾーイは、自らの中の何かが崩れ落ち、同時に貴族として芽生えかけていた責任が掻き消えてゆくのを感じた。


     ◆ ◆ ◆


 父の宣言通り、その日から、ゾーイの当主としての仕事の教育はぱったりとなくなった。

 その代わりに、時間を削減されていた令嬢としてのマナーやスキルについての教育をこれでもかと押し付けられるようになった。


「ゾーイ、これから忙しくなるぞ。これまで婿候補を念頭に置いてパイプ作りをしてきたが、今度はお前の嫁ぎ先を探す必要があるからな。我が家に益のある家を十分に精査しなければ。お前もそろそろデビュタントを考えても良いな」


 そんな父親の言葉を、もはやゾーイは真面に聞いてはいなかった。


 もうたくさんだ。

 これまでは、たった一人の娘であり、家を守っていく責任があると考えていたが、今のゾーイにそんな感情は微塵もない。


 私は、この家の道具じゃない。

 父や母が自分の言葉を聞かないのならば、私も両親の言葉を聞く必要などない。


 幼い頃から蓄積されてきた貴族の常識とのずれが、ここにきて完全にゾーイの内心を支配した。


 とはいえ、未だ10歳の少女に何が出来るはずもない。内心の苛立ちと反骨心を隠して、ゾーイは耐えた。


 いつか必ず、この家を出てやる。

 その思いを胸に。


 だが、いつか、ではなく、その日は呆気なく訪れた。


     ◆ ◆ ◆


 ゾーイの両親への恨みは、自分では隠しているつもりでも、笑顔の裏側の感情を読むのが仕事のような貴族にとっては、ほぼ筒抜けだったのだ。


 ゾーイの両親、特に母親は、ゾーイのその感情を大いに恐れた。


 彼女は、誤解していた。ゾーイの憎しみが、カルサイ伯爵家の実権を握るはずだったのに、弟のせいでそれを逃したことにあると考えていたのだ。

 それ故、彼女はゾーイの行動――、特に、弟への態度を常に監視していた。大いなる偏見を孕んだ視線で。


 当然だが、ゾーイは、弟のことを憎んでなどいなかった。むしろ、感謝と憐れみを覚えていた。

 自分が両親にとってただの駒に過ぎないと気付かせてくれ、この家を出る決心をさせてくれたことと、跡継ぎが生まれたことで、後顧の憂いなくこの家を出ていけることへの感謝。そして、この先貴族の生き方に囚われてしまうことへの憐れみである。


 そんな感情を乗せて、ゾーイはまだ寝返りをうつこともできない弟の頭を、優しく撫でた。


「何をしているの!?」


 突然、背後から聞こえたヒステリックな叫び声に、ゾーイはキョトンとして振り返った。

 そこには、鬼の形相の母親が猛然と駆け寄って来る姿があった。


「え?」


 産後療養中とは思えぬその迫力に、ゾーイはポカンとする。そして、勢いのままに母親がつき出した手に、身体を突き飛ばされた。


「何てことをしようとしたの、あなたは!!」


 大切な息子の無事を確認した母親は、これまで見せた事もない剣幕でゾーイを怒鳴りつけた。

 それを聞きつけて、乳母や女中、終いにはカルサイ伯爵までもが集まった。


「どうした、何があった?」

「あなた!ゾーイが、この子の首を絞めようと!!」


「……え?」


 いきなり、謂れもない罪を持ち出され、ゾーイの思考が停止した。


「なんだと……!ゾーイ、本当なのか!」


 父親にも射殺さんばかりの視線でねめつけられ、床に尻もちをついたままのゾーイは、言葉に詰まる。


「え、いや……」

「まさかそこまで性根が腐っていたとはな……。これまでも外で遊びたいだの魔法を覚えたいだの、令嬢としておかしな要求ばかりしてきたのを大目にみてきたというのに、この家の跡継ぎを亡き者にしようとは……!」

「そこまで権力が欲しいの!?あなた!やっぱりこの子を婿を抑えるために教育したのは間違いだったのよ!こんな子……!!」


 両親からの暴言、そして使用人達のゴミを見るかのような視線。


 たった10歳の少女ゾーイはそれを一身に受け――、ぷつり、とキレた。


「大目に見てきた?教育したのは間違い?……そう。やっぱりそういう認識なのね。なら私は――いやボクは!あなた達の言うとおりになってあげるよ!!」


 そう叫んだゾーイは、我流で練り上げた魔力を、全力で屋敷の壁にぶつけた。


 ドガァン!と景気の良い音がして、部屋の南側の風通しがとても良くなる。

 それを見て、カルサイ伯爵を始め、その場にいる大人は恐怖で慄いた。


「もううんざりだよ。じゃあね、父上、母上。これまでボクの衣食住を賄ってくれたことだけは感謝してるよ。さよなら」


 計画なんて何もない。ただ、自分を抑えられなかっただけだ。

 でも、あそこで爆発しなければ、たぶん自分の心は死んでいた。だから、後悔はしない。


 そうしてゾーイは身一つで、10年間過ごした帝都の実家を飛び出したのだった。


     ◆ ◆ ◆


 結果として、ゾーイは運が良かった。


 帝都内の伯爵家での爆発音を、たまたま近くを視察していたルキオールが聞きつけたのだ。

 そして、伯爵家から、お供も付けずに走り出てくる少女と出会った。


 ルキオールは、瞬時に鑑定魔法で少女の高い魔法能力を把握し、同時に大雑把に事情を推測した。そして追手がかかる前に少女を二言三言で勧誘し、保護という名目でさっさと王宮に連れ去ってしまった。


 これは良い拾いものをした、とほくそ笑みながら。


 後処理は、ルキオールからすればちょろいものだ。

 お宅のお嬢さんは魔法の才能があるので、是非とも魔法局で預かりたい、とイサークの署名付きの手紙を送れば良いだけだ。これを断れる人間など、この世界では、イサークの父親と母親――つまりネアン帝国皇帝と皇妃くらいのものだろう。


 もちろん、ゾーイの背後を洗って、彼女が居なくなることによるカルサイ伯爵家の影響が軽微であることは調査済みである。


 そして当然のように、カルサイ伯爵からは是の返答が来たのだった。


     ◆ ◆ ◆


 ゾーイは、凡そ彼女の望みどおりの居場所に辿り着けたわけだが、そこでの生活は、これまで以上に過酷なものだった。――主に肉体面において。


「え~っと、ルキオール様?冗談ですよね?今からたった2刻(1時間)であの山の頂上まで往復するだなんて」

「私がそんなつまらない冗談を言うと思いますか、ゾーイ?グダグダ言ってないで、他の皆のようにさっさと準備をしなさい」


 ルキオールの言葉どおり、ゾーイの周囲にいる10名程の少年少女達は、諦めた顔で山を登る準備をしていた。


 彼らは、ゾーイと同じである。ルキオールが魔法の才能の青田買いをした子供達なのだ。年齢は、8歳頃から成人手前の15歳まで。

 その出自は様々だが、ゾーイのような貴族は滅多におらず、主に平民の子供で、時には路上生活を送っていた子供もいる。

 ルキオールは、彼らを魔法局の助手として雇い、生活の基盤を与えた上で、同時に自ら訓練を課しているのだ。


 もし彼らが15歳までに国家資格を取得出来れば、そのまま魔法局の正職員として雇い、有用な駒が増える。資格を取得出来なかった場合、国として雇うことはしないが、市井の魔法職には就けるくらいの指導はしているので、真っ当な人生を歩めるはず、というのがルキオールの考えだ。


 そんな算段の元に進められている事業であるが、まだルキオールとイサークの実績は頭の固い老人達を文句無しにやり込められるほどの物ではない。故に、下手な結果を出す訳にはいかない。


 そんな訳で、子供達の訓練は大変に厳しいものとなっていた。


 それにもかかわらず、子供達は不平を言わずにルキオールのしごきに耐える。

 彼らは理解しているのだ。ルキオールの行動は、自分達を成長させるためのものであると。

 この訓練に無事に付いていければ、上手くいけば魔法局の職員という一生安泰の職につける。それでなくとも、ルキオールの門下生となれば、帝都でいくらでも職を見つけることができる。


 ルキオールが拾ってくる子供達は、基本的には、居なくなっても大きな影響がない子供達ばかりだ。それはつまり、明るい将来をあまり期待できないということでもあった。


 そこから拾い上げてくれたルキオールに、子供達は少なからず感謝していた――厳しくて怖いけれど。



 そんな周囲の子供達を見て、ゾーイは内心で肩を竦める。

 彼らの気持ちは分かる。自身も、ルキオールに拾われた身だから。


 だが、ルキオールが自分達をどう思っているか――。

 貴族に生まれたゾーイには、何となくそれが感じられていた。


 自分達は、彼の駒に過ぎない。

 国の将来と、彼の実績のための駒だ。不要となれば、すぐに切り捨てられる。替えの利く、ただの駒なのだ。


 それを理解していなさそうな周囲の子供達に、若干の憐憫をゾーイは覚える。


 ただ、同じ駒であるゾーイは、ルキオールに反感を持っているわけではなかった。

 自分は、納得してここに居るのだ。


 貴族の令嬢として、習いたくもないマナーを学ばされ、親の都合の良い男と結婚させられるよりも、自分の好きな魔法をこれでもかと――ややお腹いっぱいではあるが――学べて、同じ境遇の友人がいるこの場所は、多少肉体的にきつくても、満足している。



 ――満足は、している。

 ただそれでも、ゾーイの心は。


 自分の両親の駒として扱われ、弟を殺そうとしたと疑われて、どこか壊れてしまったゾーイの心は。


 自分がルキオールの駒であることに納得してしまったゾーイの心は、本音や本心といった、彼女の柔らかい部分を、その奥深くに閉ざしてしまった。


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