第68話 帝国と魔王軍
前話のあらすじ:
ゾーイは、捕らえられてしまった!帝国は、色々問題を抱えていた!
沈黙が下りた室内で、とりあえずユージンがいつもの空気に戻そうと口を開く。
「フラール、置いてかれたな」
「うるさいわね。それどころじゃないわよ。ルキオール様が……」
「別に良いだろ、恋人を作るくらい。もうあの人も良い歳だろ?」
「それはそうだけど……」
「お前、それよりも今は国のことを気にしたらどうだ?」
その指摘に、フラールはハッとする。そして、先程と同様に酷く深刻な顔つきになった。
「……そうね。悪魔と、ゾーイのことね……」
「ああ。まさか、ゾーイが貴族だったとはな」
「俺も驚きだよ。全然そんな感じしなかったよね」
「おれは今でも信じられねー」
「わたしも、びっくりです」
ユージン、ディストラ、ユング、フレイヤが一様に頷く中、フラールだけは。
「そうね。まさかゾーイが、あのカルサイ伯爵令嬢だったなんて……」
微妙に驚きのニュアンスが異なった。
ユージンはそれに眉をひそめる。
「どういう意味だ?お前、知ってたのか?」
「……最初に名前を聞いたときに、もしかして、って思ったわ。貴族の令嬢が、家を出て国の機関で働くなんて、全くと言って良いほど例がないことだから、私の耳に入るくらいに有名だったのよ、カルサイ伯爵令嬢は。でも、実際にあの子を見て、家名を聞き間違えたんだろう、って勝手に納得しちゃってたのよ。分かるでしょう?」
「……まぁな」
実際、ユージンもゾーイが貴族であるなど1ミリも考えていなかったのだ。フラールが気付かなかったことを責めることはできない。
だが、今にして思えば、いくつか片鱗はあったのだ。
ユージンの心に引っかかる、ゾーイの態度。
フラールの婚約者騒動の時に、ゾーイが放った一言。
『ボクは社交界に顔を出さないから、あの2人が一緒に居る所をほとんど見た事ないんだよね~』
まるで、社交界に顔を出すこともできるかのような口振りだった。
学術国家ミッドフィアで、ユージンが聖剣を解放した日の夜。
首相に用意された第一級の宿の上等な部屋に、喜びこそすれども驚きはしていなかった。
まるで見慣れているかのように。
そして極め付きは、ヴァン兄妹の師匠である変人魔法士ロキと初めて会った時の態度。
ロキの『貴族のゴシップに詳しい』という発言に、真顔になって冷たい視線を投げていた。
あの時は、面倒臭そうだと思って深入りしなかったが――、それがこんな事態につながるとは想像もしていなかった。
「(だが、まあ、俺が知ってたところで何が変わるわけではないか)」
結局、今回の件の肝は、ゾーイの実家がネアン帝国を裏切った事に起因するわけで、ゾーイが貴族かどうかをユージンが知っていたところで結果は変わらなかっただろう。
そんなユージンの心情を慮ったかのように、ディストラが口を開く。
「でも結局、ゾーイの件に俺達は関われそうもないし、なるようになるしかないんじゃない?」
「そうね。兄様のあの態度からみても、口を挟む隙間はなさそうね。でも……」
フラールが同意しつつ、唇を噛んで俯く。
「どうした、フラール?」
「……いえ、何でもないわ」
様子がおかしいフラールにユージンが質問するも、彼女は小さく首を横に振った。
そこに、指示を受けたメイドが入室してきて、ユージン達はそれぞれ客室に通されるのだった。
◆ ◆ ◆
翌日。
王宮の会議室に、昨日の8人からイサークとライリーを除いたメンバーが集まっていた。
ルキオールからの今後の予定についての説明と、協議を行うためだ。
「……説明の前に、フラール様。貴女を呼んだ覚えはありませんが?」
ルキオールが、自分の隣に、さも当然のように居座る少女に向かって言った。
一方のフラールは、ふん、と鼻を鳴らして。
「私が居ると何か不都合があるの?」
「別にありませんが……ああ、暇なんですね。家出同然に勇者様に着いて行って、突然帰って来たとなれば、それは宮内も持て余しますよね」
ルキオールからの相変わらずの扱いに、フラールは一瞬気色ばむが、応戦するのは寸でのところで堪えた。
そして、皇女に相応しくない表情でニヤリと笑う。
「それよりルキオール様?お家に女性を囲っているそうじゃない?」
フラールの言葉に、ルキオールは眉をピクリと動かしたものの、冷静に、
「ああ、その件ですか。否定はしませんが、この件に直接関係ないので後にしてもらえますか?」
正論でバッサリ切って捨てた。
フラールはそれにムッとするものの、良い反論は思い浮かばず。
「何よ、結局兄様も昨日教えてくれなかったし……。良いわ、これから少しずつ聞き出してやるんだから」
静かにそう呟くフラールに、ルキオールは苦笑する。
一方、ルキオールとフラールの対面に座るユージンは首を傾げて。
「フラールお前、普段は恋愛話にそこまで食い付つかないのに、今回は妙に食い付くな?」
「他人の恋愛と、幼い頃から兄同然に育った人の恋愛とは別物でしょ」
「……まあ、そりゃそうか。つーか、兄同然というか――」
兄そのものだろ、と言おうとして、ユージンは口をつぐんだ。ディストラ、ユング、フレイヤはその辺りの事情を知らないからだ。
公然の秘密であるので、そこまで無理に秘密にする必要はないかもしれないが、一応気を遣った形である。
そのユージンの気遣いを汲み取ったルキオールは目礼をした後に、さて、と話を切り替えた。
「まずは、現状の詳しい説明をしましょうか。悪魔の軍勢――通称『魔王軍』は、帝都から西に半日ほど進んだ位置にある林中に、約5日前に突如として出現しました。それ以降、散発的に遠距離魔法による攻撃を帝都に仕掛けてきていますが、本気の侵攻は行われていません」
ルキオールはそこで言葉を区切り、質問を受け付ける。
それにいち早く反応したのはフラールだった。
「被害は?」
「帝都外壁の魔法障壁が問題なく発動したので、今のところこれといった被害はありません」
「そう」
フラールが安心した表情を浮かべた。
それを横目に、今度はユージンが質問する。
「その悪魔達は、本当に『魔王軍』なんですか?つまり――魔王以外の勢力ということは?あと、帝都の近くに来るまで気付かなかったのはなぜ?」
「確かに、この『魔王軍』と魔王との繋がりに確証があるわけではありません。ただ、魔王以外に悪魔をまとめる勢力は現状ではみつかっていないので、状況的に魔王軍で間違いないと考えています。また、悪魔の接近に気付かなかったのは、索敵網にかからなかったからです」
ルキオールの返答に、ユージンは眉根を寄せた。
「つまり、昨日言っていた、『悪魔を手引きした人間』は、索敵網を熟知しているということですか?」
「そうなります。ただ、帝都から離れた場所の索敵網については、設備維持の関係からそこまで密ではない上に、機密レベルも低いため、それについてはそこまで重要視していません」
「なるほど。しかしそうなると、裏切り者の目星もつけられないな」
ユージンの言葉に、ルキオールが頷いた。
「そこが問題です。現状、裏切り者――悪魔を手引きした国賊については、候補はいるものの、絞り込めてはいません。つまり、どの段階で情報が漏れるかわかりません。このため、大規模な奇襲作戦などは打ちづらい状況となっています」
「空振ったり裏をかかれたりしたらまずいから、そうなるか。ということは、正攻法の野戦で戦うつもりですか?それとも籠城戦?」
「その中間ですね。我々が想定している主戦場は、帝都外壁のすぐ外側です。帝都内での戦闘は、もちろん市街地への被害を考え避けねばなりません。一方で、帝都内やその周辺には、帝都防衛のため様々な魔法が仕込まれています。これをほぼ十全に使える外壁の外側が、我々が最も有利に戦える場所なのです」
ルキオールの説明を咀嚼するために、ユージンは少し考える。
その間に、ディストラが口を開いた。
「ということは、タイミングはあちら次第で、悪魔が本気で攻めてきた時が、開戦の時ということですね?」
「ええ。こちらから攻めることも考えましたが、情報漏洩の可能性を考えると、先程の半籠城戦が最も効果的であると軍議で判断されました」
「イニシアチブをとれないと、精神的には辛いですね」
「仕方ありません。ただ、その時までは帝都内で十分に訓練しつつ休養も取れるので、肉体的負担は少ないのが救いです」
「普通は、攻め手側は、長引けば補給の面で不利ですが、悪魔はどうなんですか?」
「悪魔の生命維持については、個体差があるようです。我々のように毎日それなりに食糧を摂取する必要がある個体もいるようですが、しばらく何も食べずに生きられる個体もいるようです。遠征してきた悪魔の部隊相手に補給切れを狙うのは無謀、というのが研究者の意見ですね」
「厄介な敵ですね……」
肩を竦めるディストラに、ルキオールも同調する。
そこで再びユージンが質問する。
「魔王軍への対応はだいたい分かりました。ところで、ゾーイが連行された件で、南の国も攻めてこようとしているんですよね?そちらへの対応はどうなってるんですか?」
「それについても、もちろん対処中です。ただし、昨日イサーク殿下が言ったとおり、申し訳ないのですが内容についてはまだ口外できない状況です」
「ゾーイの扱いだけでなく、そっちも言えないんですか?……って、それも極秘事項って言ってましたね」
「ええ。南のムスペラ公国が我が国に矛を向けていることは――、それを我々が察知していることは、絶対に公国に知られるわけにはいきませんからね」
むしろ、公国に知られた方が、諍いの芽を摘むことが出来て良いのではないか、とユージンは感じた。お前らの作戦はお見通しだぞ、と暗に伝えれば、侵攻を諦めるのではないか。
だが、それをしないということは、ルキオールやイサーク達には別の考えがあるのだろう。そこにユージンが口を挟んでも仕方があるまい。
そこまで考えたユージンが、はて?と気付いた。
「……その公国の侵攻ですが、あまりにもタイミングが良すぎませんか?いや、悪いって言った方が良いのか」
その質問に、ルキオールが頷く。
「そうですね。魔王軍の出現と、ムスペラ公国の侵攻。両者に全く関係がないとは、我々も考えていません。それ故、カルサイ伯爵には悪魔の件に関しても何らかの関与があるのではないかと疑われているのです」
「昨日、ゾーイの父親の容疑について、はっきりしていないと言ったのはそういうことですか」
頷くルキオール。
現状について一通りの疑問が晴れたところで、ルキオールは今後の説明に入る。
「まず、魔王軍に片が付くまでは、ここに滞在してもらうことになります。申し訳ありませんが、現状ではユージン様へのバックアップをする余裕がありませんので」
「まあ、そうでしょうね」
「その上で、有事――魔王軍との戦いが始まった時には、ここ王宮の防御をお願いしたいと思っております」
前線でも、待機でもなく、王宮の防御。
否という訳ではないが、ユージンはその理由が気になった。
「前線に行かなくて良いんですか?」
「ユージン様とディストラ様だけなら、あるいはその判断もアリかもしれませんが、総合的に考えれば、王宮にいていただくのが最善かと」
ルキオールはそう言ってユングとフレイヤにチラリと視線を遣った。
なるほど、ヴァナル王家である2人は絶対に危険に晒すわけにはいかない。それは当たり前だ。ここでユングとフレイヤに何かあろうものなら、ネアン帝国の信用にかかわるし、再興しようとしているヴァナル王国との仲もこじれるだろう。
さらに、ルキオールは2人とユージン達を別々に運用しようとは考えていないらしい。単純に考えれば、ユージンとディストラは前線、ヴァン兄妹は保護、という配置になるだろうが、それにユングとフレイヤが納得するとは、ユージンも思わない。
そして4人纏めて待機というのも、一応戦力であるはずの勇者を遊ばせておくことになるし、4人も素直に受け入れがたい。
そこまで読んでの、王宮の防御なのだろう。
双子の性格について、そこまで読んでいるのは驚嘆に値するな、とユージンは考えていたが、実際はそうではない。
ルキオールは単純に、まだ10歳の子供を、見知らぬ場所で知人から引き離すのは、政治的にも倫理的にも不具合があると考えただけだ。ついでに、子供2人だけだと無茶な要求をされる可能性もあるが、ユージンがいればそれは避けられるだろうという打算もあった。
要は、ユージンは子守り要員と見做されたのだった。
だが、ルキオールはユージンを侮っているわけではない。
他国の王族というVIP、しかも10歳の子供という難しい相手に対応するのは、悪魔と戦うことと同等以上に重要であると考えているだけだ。
それは、誰にでも任せられる仕事ではない。
ルキオールは、天才魔法士である以前に、次期公爵という最高位の貴族であり、皇太子の補佐役という政治家なのだ。戦闘能力だけでなく、総合的に人材の能力を判断した結果である。
よく言えば、適材適所。そういう事である。
そんな微妙なすれ違いが発生しつつも、話し合いは問題なく進んでいく。
「開戦後の方針については分かりました。それまではどうしたら?」
「何かご希望があれば、最大限便宜を図りたいと思いますが、基本的には以前と同じように王宮で訓練等をしていただければと考えています」
「……外出は可能ですか?」
ユージンの質問に、ルキオールは少し考える。
以前は、この世界に不馴れであることと、もし敵に襲われれば、大した抵抗もできずに殺されてしまう程度の実力しかユージンが備えていなかったことから、外出は控えてもらっていた。
だが今のユージンは、2か月以上もこの世界を旅し、パーティ戦とはいえ悪魔を撃破できる程度の実力をつけている。王宮より大幅に劣るとはいえ、それなりの防御網を敷いている市街ならば、ある程度外出しても構わないだろう、とルキオールは結論付けた。
「そうですね……。ユージン様ももうこちらの世界に慣れたでしょうから、あまり大っぴらでなければ構いません。さすがに、そう頻繁だと困りますが……」
「そんなに行くつもりはないですよ。気晴らし程度です。まだ一度も街に出ていないので、少しくらいは見ておきたいと思っただけで」
「それもそうですね。缶詰めにしてしまい申し訳ありません。フラール様、ぜひ市街のご案内を――と思いましたが、さすがに目立ちすぎますね」
視線を向けられたフラールが、分かりやすく憤る。
「それ以前に、私の扱いよ。雑用係か何かと思ってないかしら?」
「ははは」
「否定しなさいよ」
その後、細かい話などを少しした後、例によってフラールがユングとフレイヤに王宮を案内することになった。
ルキオールにそれを依頼されたフラールは、少し抵抗したものの、ユージンに自分も同行するからと言われて渋々受け入れた。
ただ、ユージンの提案は、フラールを思ってのことではなく、案内される兄妹のためである。この王宮に来た当初、フラールからテキトーな案内をされたことを、ユージンは忘れていなかった。
そしてその案内の途中。
少し用を足しに、と1人便所へと向かったユージンは、その帰りにばったりとイサークに遭遇した。
「おや、ユージン殿。こんなところで1人でどうした?」
「俺は、フラールと一緒にがユング達に王宮を案内途中で用を足しにきただけですが……イサーク殿下こそ、お供も付けずに?」
そう、イサークは皇太子の豪奢な執務服を着つつ、侍従を1人も連れていなかった。
その質問に、イサークは苦笑して。
「ああ、ちょっと私自身が確認する必要がある案件だったんだが、少し席をはずしていた侍従を待つ時間が惜しくてな。まあ、良くあることだ」
相変わらず腰の軽い皇太子だ、と感じたが、ユージンが意見するほどのことでもない。
適当に笑って別れようとして――、不意に、ユージンはあることを質問したくなり、口を開いた。
「そう言えば、殿下。あの男――、フラールの元婚約者はどうなりました?」
皇族であるフラールを脅し、無理矢理結婚しようとした愚かな男。
だが、その動機や手口があまりに幼稚すぎた。それ故、ユージン達はまだ何か裏があると感じたのだが、調べても全く裏が出てこなかった。
その不気味さが、旅に出るユージンに若干の気がかりを残していたのだ。
イサークは、質問に少し眉を寄せた。が、すぐに表情を消して、簡潔に述べた。
「ジョアン=ウラバン子爵子息は――、死んだよ」




