第66話 緊急事態発生!?
前話のあらすじ:
ユージン達は、ナルセルド王国の王宮で何の情報も得られなかった!
とりあえずその日は安全な王宮に泊まることにした一行。
客間らしい部屋を探し、軽く掃除をして、夕食の準備に取りかかろうとしたとき。
「ん!?」
「にゃ?」
「これは……」
ユージン、ゾーイ、フレイヤが何かを感じ取って声を上げた。
「どうしたの?」
「いや、探知魔法をかけられた気がした」
「敵か!?」
ライリーが眼光を鋭くして臨戦態勢に入ろうとした。
だが、それを否定する声が上がる。
「違うよ。これは~、ルキオール様だね」
ゾーイがそう言って、魔力を感じられた上方に視線を遣った。
「どういうことだ?」
ルキオール?と首を傾げるユージンに、ゾーイはにっこり笑って。
「ま~、ちょっと待ってにゃ。見た方が早いから」
ゾーイの言うとおり少し待つと、ゾーイの視線の先から、壁をすり抜けて1羽の鳥が現れた。
それは青い輝きを発しており、本物の鳥と比べると、かなりデフォルメされている。離れた場所にいる相手に言葉を伝える『伝令鳥』という魔法だった。
「え、ネアン帝国からここまで飛んできたのか?」
「そうだよ~。距離が問題じゃないのはユージンも知ってるでしょ?」
ゾーイは、ネアン帝国を出てから、同様の魔法を定時連絡として数日置きにルキオールに向けて放っているのだ。
いくらネアン帝国皇太子イサークや同魔法局次席魔法士ルキオールが、当代の勇者を信頼して送り出したとはいえ、その足取りを全く掴めないようでは、国の上層部が黙っていないし、彼ら自身も不安である。
そのため、当然のように連絡手段は整備していた。それがゾーイからルキオールへの『伝令鳥』による定時連絡である。
この魔法は通常、届ける対象となる人物の魔力を感知して飛翔する。だが、それが可能なのはせいぜい対象者が1km程度の距離にいる場合である。それ以上離れると、対象を感知できずに『伝令鳥』は飛び立つことができない。
しかしそれだとあまりに使い勝手が悪いので、当然遠くの人物に言葉を伝えるための方法もある。
それは、単純に、最初に決めた方角にひたすら飛び続けるというものだ。その後、対象が探知可能な1km以内に入ると、そちらに向かうという訳である。
ただし、『伝令鳥』の探知はユージンやゾーイが使う探知魔法と同じ仕組みの魔法であり、鳥に最初に注がれた魔力によって発動している。このため、無制限に探知できるわけではなく、この探知魔法をどのタイミングで発動させるかの設定も重要となる。これを間違えると、対象の近くを通過しても気付かないという残念な結果になってしまう。
しかしこれならば、方角の設定がシビアではあるものの、目標が固定されているため、旅の途中であってもゾーイがルキオールに向けて連絡をすることが可能なのだ。
だが、逆となるとそうはいかない。
定時連絡をしているため、ルキオールもユージン達の大まかな位置は把握できているだろうが、今現在の位置となると、絞り込めても数十kmの誤差は生じるだろう。たった1kmしか探知能力のない『伝令鳥』を、なぜ正確に届ける事ができたのか。
そのユージンの疑問に、ゾーイが答える。
「ナルセルド王国に向かうことは伝えてたからね~。どこかのタイミングで、この王宮に立ち寄ることは予想できたはず。そしてその日は、王宮に泊まるであろうことも。だから、この王宮に『伝令鳥』を留めておいて、夕方に探知魔法を発動するように設定しておいたんじゃないかな」
「なるほど。確かに任意の場所に留めるくらいは、設定次第でなんとかなりそうな気はするな。とすると、俺達がここに来た時点で、すでにその『伝令鳥』は居たということか?全然気付かなかったけど」
「たぶんね~。『伝令鳥』は、盗聴防止のために、探知魔法にかかり辛い構成になってるんだよね。もちろん、自分が探知を使っちゃうと、さっきボク達が感じたみたいにすぐにバレちゃうけど」
盗聴防止、という点については、他にも、伝言を受け取る際にはパスワードが必要となる等の仕組みも組み込まれている。これについては、ゾーイが最初にルキオールに定時連絡をする時に、気にしたユージンに説明していた。
ルキオールからの『伝令鳥』がなぜ届いたのかについての疑問が晴れた所で、ゾーイが伝言を受け取るために、決められたプロセスで魔力を流す。
それが終わると、今までゾーイの目の前で沈黙していた鳥から、ルキオールの声が響いてきた。
『ゾーイ、緊急事態です。帝都の西部に悪魔の軍団が現れました。至急、皆様と共に帰還しなさい。魔法陣の使用を許可します』
その手短な伝言が終わると、『伝令鳥』は宙に掻き消えた。
◆ ◆ ◆
シーン、とその場を静寂が支配した。
緊急事態、という言葉に、迂闊に言葉を発するのを躊躇われた。が、そうも言っていられない筆頭がフラールである。
「帝都に悪魔の軍団!?」
愕然とした表情でそう漏らしたフラールを、ユージンが宥める。
「帝都の西側、て言ってたろ。あの言い方なら、まだ帝都には侵入されてないんじゃないか?」
「でも、攻撃される直前って事でしょ!」
「そうかもしれないが、落ち着け。ここで焦っても仕方がない。帝都にはイサーク殿下やルキオールさんが居るだろ?」
「そ、そうだけど……」
未だ不安そうな表情ではあるものの、フラールはひとまず深呼吸をして落ち着こうとする。
それを見て、ユージンは視線をゾーイに移す。
「だが、帰還しろってどういうことだ?帝都からここまで、回り道したとはいえ2か月かかってるんだぞ?どんなに急いで戻っても1か月はかかるだろ。そんなタイミングで帝都に着いても、もう終わってるんじゃないか?」
「そうだな。ここからなら、来たルートを戻るより、一旦エルムト川を下り、河口付近まで出てからリヤル山脈の西を通って東に進む方が早いだろうが、それでも一月はかかるだろう」
リヤル山脈とは、大陸東部を南北に隔てる山脈である。この山脈の南側、大陸南東部は大部分がネアン帝国の領土となっている。一方の大陸北東部はヴァナル王国などの王国がひしめいていたが、500年前の悪魔の襲撃で多くの国が滅んでいる。
この大陸北東部を横断している大河がエルムト川であり、ユージン達がいるナルセルド王国は、エルムト川の河口、すなわち大陸南部中央に位置する中海まで300kmほどの地点に位置していた。
戻るにしても、進むにしても、ネアン帝国の帝都に着くまでには1か月はかかる。
帝都が危ないのは今なのに――、むしろ、『伝令鳥』のやり取りにかかるタイムラグを考えれば、危機が発生したのは数日は前だ。それなのに、1か月後にのこのことやってきても何の意味もないだろう。そもそも、自分達が行って戦力になるのか――いや、ライリーやゾーイが十全に力を発揮できれば、それなりの戦力ではあるか。
そんなユージンの考えを余所に、フレイヤが、ハッとした表情で。
「ゾーイちゃん、もしかして、魔法陣って……」
「う~ん、さすがフレイヤは知ってたか。ご想像のとおり、ルキオール様の言った『魔法陣』は、『転移扉』のことだよ」
「なんだそりゃ?」
ユージンは首を捻るが、フラールもライリーも心当たりがあったらしい。
「まさか、アレを?」
「本当にあったのか……」
2人のニュアンスは異なるものの、半信半疑の様子である。
ゾーイは、まったく事情の分からないユージンに説明をする。
「『転移扉』っていうのはね~、その名のとおり、遠く離れた地へと転移することができる魔法だよ」
「は?なんだそりゃ。そんな便利魔法があるのかよ。それならさっさと魔王の根城に帝国の精鋭部隊を転移すれば――って、まあ、そうできない事情があるんだな?」
「そゆこと。ユージンが考えたとおり、この魔法はどの国においても国防上非常に危険な存在だよね。だから、まず存在そのものが一般人には公開されていない。そして、多くの国では、首都の外周や国境に、『転移扉』を封殺する魔法を仕掛けている。下手に『転移扉』で侵入しようとしたなら、結界に封じられちゃうんだ~」
「わたしも、存在は知っていましたが、ミッドフィアでは、転移系の魔法の研究は国の専門機関以外では禁じられているんです」
ゾーイの説明を受けて、フレイヤが付け足した。
さらに、フラールが口を開く。
「けれど、上手に使えば、これほど便利なものはないわ。特に政治面において、危険な旅をせずとも遠く離れた国の人間と直接会談することができるのは大きいわね。だから、国内の主要都市同士や同盟を結んでいる国同士では、『転移扉』によるルートが敷かれているらしいわ。――とはいえ、乱用すれば国防面で不安が生まれるし、魔法の存在そのものが広まってしまうから、本当の緊急事態以外には使用しないらしいけれど」
「で、今回は緊急事態ってコトみたいだね~」
そう言いつつ、ゾーイが自分の背嚢の口を開く。
「ん?だが、それは国同士とかに設置されている通路みたいなもんだろ?どっちにしろ、ここからじゃ転移できないんじゃないか?」
「それを可能にするのが、これだよ☆」
ゾーイが、背嚢の底に厳重に仕舞い込んでいた、大きな羊皮紙を取り出した。
「それは?」
「『転移扉』の魔法陣が刻まれた、使い切りの携帯型魔道具だねっ」
「え、持ち運び可能なのか?」
「ま~ね~。ただ、作成に物凄く時間がかかるから滅茶苦茶高価なんだよね。しかも、使用には色々と制限が掛かってるから、誰にでも使えるものじゃないし、転移先も選べないよ。もちろん個人で所有できるものじゃなくて、今回特別にルキオール様から預かってたんだ~。もしもの時のためにね☆」
「それが、今、か」
自分達に、悪魔とネアン帝国との戦争に影響を与えるほどの戦力があるのか、正直疑問に思うユージンである。だが一応、魔王討伐部隊であるので、運用次第ではそれなりの戦果を上げられるだろう。一応、悪魔を倒した実績もある。
「それじゃ、準備するね~」
ゾーイはそう言って羊皮紙を床に広げる。それは1メートル四方程度の大きさであった。
「それで馬も含めて全員移動できるのか?」
「うん。効果範囲はある程度調整できるからね」
「あの、ところで、わたし達もついて行って大丈夫でしょうか?」
フレイヤが若干不安そうにそう言った。
ユングとフレイヤ、ついでにニルガルドは、ネアン帝国出発時には居なかったメンバーだ。突然一緒に現れれば、不信感を覚えられるかもしれない、とフレイヤは考えたのだ。
「だいじょーぶでしょ。2人のことはルキオール様に報告済みだから」
「ヴァナル王国の末裔であることもか?」
「うん。ヴァナル王国でのいざこざの後でね。再興派とフラール様のパイプができた以上、ルキオール様にも言っといた方が良いでしょ」
「それは、そうだな」
双子がヴァナル王国の末裔だと知られれば、政治的に利用されないかと危惧したユージンだが、そもそも再興派が開き直っている現状では、2人を隠し通すのは難しいし、むしろ正式に面識を得ていた方が良いだろう。
「じゃあ、緊急事態ということなので、ネアン帝国帝都に戻ろうと思う。何か異論がある人は?」
ユージンの問いに、一同が首を横に振った。
それに頷いたユージンは、ゾーイに視線を向ける。
「いけるか?ゾーイ」
「おっけ~。じゃあ皆、なるべくこの魔法陣に近寄って~」
「馬に乗った方が近くに寄れるけど?」
「光に馬が驚くかもしれないから、降りておいた方がいいね。それで、もしもの時は抑えられるようにしといてね」
「了解」
ゾーイの指示通り、ユージン達は自分の馬を連れてぎゅうぎゅうと密集する。ユングとフレイヤは、一旦ヤギの幻獣を送還した。
「それじゃ、いっくよ~!」
7人の人間と5頭の馬、そしてカワセミが1匹。
それらを覆う範囲に、大きな紫色の魔法陣が展開された。よく見ると、その円の内部には、赤と青の魔法陣が半分くらい重なって展開しておりその2つの魔法陣をすっぽり覆うように紫色の魔法陣が存在していた。
『転移扉』の魔法陣が刻まれた羊皮紙から、床に刻まれた光の魔法陣に大量の魔力が供給される。それをゾーイが細やかに管理し、必要なプロセスを実行して行き――。
バシュン、という空気が抜けるような音と共に、ナルセルド王国の王宮から、一行の姿が消え失せた。
◆ ◆ ◆
魔法陣の輝きに思わず目を瞑っていたユージンが、次に視界に入れたものは、沈み行く西日だった。
先ほどまで、あまり日の入らない王宮の部屋に居たのだが、今は開かれた空間にいる。
そこは、ネアン帝国の王宮にある中庭であった。
「ここは、王宮の主塔の南にある中庭ね」
フラールの言葉に、ユージンが唸る。
「すげえな。本当に一瞬で帝都まで移動したぞ」
「これが、『転移扉』の効果ですか……」
フレイヤも呆然としている。
「ふう、上手く行って良かった~。制御ミスがあると空中分解とかしちゃうからね~」
ゾーイの空恐ろしい言葉に、ユージンは突っ込まなかった。成功したのだから、あえてゾッとしに行く必要はない。
それはともかく、無事ネアン帝国の王宮に到着した一行の周囲には、複数の騎士達が駆け寄ってきていた。
緊急事態だから、こんな夕方でもまだ仕事中か、とユージンは考えたのだが。
「(んん?それにしては、全員がこちらを警戒しているような)」
妙な雰囲気を感じて、ユージンは周囲を眺めた。そして、自分達が完全に騎士達に囲まれていることに気づき、嫌な予感がした。
「(いや、いきなり王宮のど真ん中に転移したんだ。そりゃ、警戒するだろ。俺達だけじゃなく、ユングやフレイヤもいるし、他に変な人間が紛れ込んでいるかもしれない)」
そう考えて自分を納得させようとしたが、ユージン以外も異様な雰囲気を感じ取ったらしい。皆、周囲をキョロキョロとみて不安そうな表情になる。
そんな中、ライリーが1歩進み出て、何事かと問おうとしたところで――、それより早く、正面から騎士が数名歩み出てきた。
そして、彼らは、一行に向かって――、いや、正確には、青髪の少女に向かって、こう言い放った。
「ゾーイ=カルサイ伯爵令嬢。貴女を国家反逆及びその幇助の疑いで、拘束させてもらう」




