第65話 ナルセルド王宮と幻獣ラトス
前話のあらすじ:
ヴァナル王国を後にしたユージン達は、送還魔法の情報を得るためにナルセルド王国に入った!
ユージン達は特に何事もなく旧ナルセルド王国を進み、かつて王都だった街に辿り着いた。
規模としては、ヴァナル王国の王都アルセドよりもやや小さくなるが、それでも500年前の都としては十分に大きい。
だが、ここはアルセドのように時が止まったわけではない。
「ボロボロだな……」
ユージンは、外壁がひび割れ、終いには崩れ落ちている家屋も多数あるその光景に、物悲しいものを覚えた。
フラールも頷く。
「雨風に曝されて、手入れもされていないと、こうなるのね」
「完全に遺跡だね~」
ゾーイは、少し楽しそうに言った。もともと、彼女はアルセドでの500年前の遺跡探検を楽しみにしていたのだが、アルセドは遺跡というには綺麗すぎた。
一方、目の前に広がる街は、遺跡――というより、廃墟と呼んで差し支えない風化具合だった。
「王宮は、当然街の中央か?」
ユージンが、周囲を警戒しつつ、石畳を進む。街の東側から入った一行から見ると、正面に最も高い建物が並んでいるように感じられた。
なお、索敵魔法にはちょくちょく獣の反応があるが、襲ってくるような獣魔は今のところいないようだった。
「いえ、西の端に位置していたはずです。ナルセルド王国は、落陽信仰のある国だったらしいので、西側に王宮が作られたそうです」
「なるほど。ということは、俺達が入って来た東側の門が正門にあたるのか?」
「そうだと思います」
フレイヤの相変わらずの知識に、ユージンが感心して彼女の頭を撫でる。
それに照れつつ、フレイヤが補足する。
「でも、さすがにどの建物が魔法関係の研究施設かまでは分からないです」
「まあ、そこは虱潰しにいくしかないかな。ゾーイ、何かアイデアはあるか?」
話を振られたゾーイは、首を捻る。
「う~ん、ヴァナル王国圏なら、魔法関係の研究施設は大抵円筒状の建物なんだけど~、この辺りの様式とかは知らないから、なんとも。近付けば、何か判断材料があるかもしれないけど~」
「そうか。ま、もう少し近付いてからだな」
◆ ◆ ◆
そして進むこと10分強。ユージンの目に、王宮の全貌が映りこんできた。
「こりゃ、すげえな……。まるでタージ・マハルだ」
ユージンが呟いた通り、ナルセルド王国の王宮は、曲線基調の壮麗な建物であった。
ネアン帝国もヴァナル王国も、どちらかといえば直線基調の建物が多く、地球でいうなら西洋風の建物が多かったのだが、ここに来て中東風の建物の出現に、ユージンはやや首を傾げた。
ナルセルド王国は、ヴァナル王国と親しい関係であったというが――、文化までは似ていなかったのかもしれない。
そして、王宮の周囲には他に研究施設のような建物はなく、全てがこの王宮に集約されているようだった。
「そうね。完全な状態で保存されていたらと悔やまれるわね」
フラールが、残念そうに言った。
500年前であれば美しく均整がとれていたと考えられる王宮も、現在は幾つかの塔が崩れ落ちており、外壁の一部は苔に覆われている。在りし日の姿を想像するしかなかった。
それでも、ユージンはこの王宮に美しさを感じていた。日本人らしく、わび・さびを受け取ったのだろう。その感覚に、ユージンは人知れずホッとしていた。
彼が異世界に召喚されてから、もう半年以上が経つ。
日本にいた頃からはかけ離れた、真剣を持って命のやり取りをするようになって半年だ。大型の獣を殺す感覚に慣れ、悪魔という人間に近い知的生命体すら殺害した。もはや自分は日本人としての感性を失ってしまったのではないかと、薄っすらとした恐怖を持っていた。
だが今、僅かでも自分が日本にいた頃のような感覚を受け、ユージンは安心感を覚えていた。自分は日本人であると、はっきりと主張できる気がした。
「とにかく、正面から入ってみよう」
王宮を見上げたまま動かないユージンに代わって、ライリーが言った。
それに従い、一行は王宮の正面玄関、固く閉ざされた鋼鉄の扉の前に進む。
「これは……開くのか?」
ユージンが馬から降りて、巨大な扉を押してみるが、扉が動く気配はない。
「さすがに、このサイズの扉は人力じゃないと思うけど」
ディストラは、周囲に扉を開閉する装置がないか観察する。
だが、それらしいものは見当たらない。
「開閉装置があるとしても、内側じゃないか?」
ユージンも周囲を探りつつ、そう意見した。
「そうだね……。以前の調査ではどうやって開けたんだろう?」
ディストラの視線がライリーに向いた。ライリーは首を横に振り。
「私も、それは知らない」
一同の間に、微妙な空気が漂った。
バッタの襲来に耐えるために、王宮のありとあらゆる出入り口は固く閉ざされていることだろう。一部崩れているところはあるが、その建物の中はすでにバッタに食い荒らされているとみて良い。
つまり、見る価値のある場所は、当然入るのが困難ということで。
「……入れなくねーか?」
ユングの一声が、全てを物語っていた。
◆ ◆ ◆
だが、一行の懸念はあっさりと解決した。
正門のような複雑な開門機構がありそうなところではなく、勝手口のような簡素な扉に探知魔法をかけて、裏側の状況を把握し、念動力で閂を外すという単純な方法である。
これによって、一行は王宮の中心部に進入することができた。
王宮の内部は、埃が堆く積もってはいたが、外とは違って風化を免れていた。500年前当時に使われていた日用品や壁に下げられた絵画、廊下を覆う絨毯など、それほど価値がないと思われるものはそのままになっている。
「さて、問題はどこを探すか、ということだな」
一部が崩壊しているとはいえ、王宮は広い。一部屋ずつ見ていってはキリがない。
「ゾーイ、探知魔法でなんとかなるか?」
「ん~、扉を開けたときと同じで、魔法による探知妨害はないから不可能ではないんだけど~。やっぱりこれだけ石の壁があると、透過能力がすごく下がっちゃって、あんまり意味ないかな~。手分けして探した方が早そ~」
「そうか……」
ゾーイの返答に、ユージンが、さてどうしたものか、と考えだす。
そこに、フレイヤが提案する。
「あの、ユージンお兄ちゃん。たぶんわたしの魔力の大半を使っちゃいますけど、1つ方法があります」
「ん?……どういう方法だ?」
「情報収集が得意な幻獣を呼びます」
「……フレイヤの魔力の大半を使うほど強力な幻獣なのか?」
「いえ、そういうわけではありません。1人であれば、力の弱い幻獣です。でも、仲間が沢山いるので、沢山呼べばお城の調査も短時間でできると思います。その分、わたしの魔力を使ってしまうということです」
「ああ、ラトスを呼ぶつもりか!」
フレイヤの言葉に、ユングが納得したらしく手を叩いた。
しかしユージンは、魔力を使い切らないかを心配する。
「それで魔力を使い切って倒れたりは?」
「それは大丈夫です。使う魔力の量はこちらで調節できますから。ただ、この後に戦闘とかになると……」
フレイヤの言葉の先を読んで、ユージンが頷く。
「まあ、今日は大丈夫だろ。もし何かあっても皆でフォローするさ。……というか、ユングもだよな?」
ユージンの確認に、ユングは首を横に振る。
「いや、おれはあいつとは契約してないから、フレイヤだけだよ」
「なんで?」
ゾーイの問いに、ユングが唇を尖らせる。
「なんでだか、フレイヤと契約した後、1人で十分でしょ、とか言って契約してくれなかったんだよ」
そういう事もあるのか、とユージン達は不思議に思うが、それはさておき。
危険がないなら、ということで、フレイヤの提案を採用することになった。
◆ ◆ ◆
「地を駆け樹を跳び野に生きる 小さき躰に熱き力を秘めたる者よ 契約に従い 我の声に応えよ 『同朋招集』」
フレイヤの詠唱と共に、以前と同じく赤と緑の魔法陣が出現し、半分重なりながら光を増す。次いで詠唱が終わると共に、強く光を放った。
そして、現れたのは。
『ん?フレイヤ?久しぶりー。あたしに何か用?』
体長10㎝程度の、小さなシマリスだった。
◆ ◆ ◆
フレイヤは、呼び出したシマリスに事情を説明する。
それを聞いて、小さな幻獣はふんふんと鼻を鳴らし。
『なるほどね。わかったわ。そういう事なら、皆を呼んだ方が良いわね。フレイヤ、魔力貰うわよ?』
「お願いします、ラトス」
『お安い御用よ。襲ってくる人間も獣魔もいないみたいだし、あたし達が働くにはもってこいの環境ね!』
ラトスというらしいシマリスの幻獣は、上機嫌にそう言った。
そして、何やら人間には理解できない鳴き声を上げたと思ったら、先程と同じような魔法陣が発動し。
「うわ。ちょっとこれはびっくりな量だね~」
百匹を超えるリス達が、一行の前に呼び出されたのだった。
リス達はラトスの指示を受けると、すぐさま王宮中に散って行った。
「ちなみに、この後どうなるんだ?」
ユージンの問いに、フレイヤが答える。
「王宮の中で、書籍や魔道具などが残っている部屋があったら、知らせてくれることになってるはずです」
『魔道具の判断は怪しいけど、ま、そこは勘弁して頂戴ね。あたし達にとっては魔道具も日用品もあまり違いが分からないから』
ラトスが、フレイヤの肩に乗ってそう言った。
ちなみに、普段その場所にいることも多いカワセミの幻獣ニルガルドは、周囲を警戒しておく、と言って王宮の上空に飛んで行ったため、ここにはいない。
「というか、リスは鍵のかかった扉を開けられるの?」
ディストラの質問に、ラトスが返す。
『それくらいは簡単よ。あたし達も簡単な念動力なら使えるから。魔法錠が掛かってたら難しかったけど、もうこの王宮の魔法は全て切れてるみたいだしね』
「なるほど」
「なあ、それより、おれ達も探そうぜ!何かスゲー物があるかもしれないだろ?」
何となくユージン達は待ちの態勢になっていたのだが、ユングは好奇心が抑えられない様子でそう言った。
「まあ、確かにリスさん達だけに任せて動かないのもね」
フラールがそれに同意した。
一方、ライリーは渋い顔で。
「しかし、彼らが何か見つけた時に、我々の居場所が分からなければ不都合かと」
「そうだな。……じゃあ、二手に分かれるか。俺はここに残るから、ユングとフラール、あと誰か行きたい人は?」
「あ、じゃあボクも行くよ。連絡役も要るだろうしね」
「何かあった時のために、私も行こう」
「俺も興味がない訳じゃないけど、戦力的に残った方が良いね」
「わたしも、ラトスが居るので残ります」
「オッケー。じゃあ、残るのは、俺とディストラとフレイヤだな。こっちは、集まった情報を整理しとく」
「おれ達は、あやしい所にいくぜ!」
ユングはそう叫ぶと、一人で駆け出そうとしたが、フラールに諌められる。
「待って、ユング。はぐれないようにしないと」
「そうそう。だいたい、どこがあやしいって思ってるワケ?」
「やっぱお宝は高いところだろ!」
「いやお宝を探しに行くワケじゃないから。魔法の研究施設はそんなに高いところにはないと思うケド。どちらかというと、端の方じゃない?」
そしてゾーイも加わって騒がしく歩き始めた。
それを見送りつつ、ユージンは、ふと思い出して、ラトスに訊ねる。
「なあ、ラトス。あんた、ユングとは契約せず、フレイヤとしかしてないんだってな。何でだ?」
『ああ、それね。別に深い理由はないわ。人間の男の子って、あたし達みたいな小動物を乱暴に扱うじゃない?だから嫌だっただけよ』
「え、それだけ?」
『十分な理由よ。あたし達は、幻獣と呼ばれる獣の中でも、とりわけ力が弱いからね。簡単に人間や獣魔にやられちゃうのよ。だから、基本的に人前には姿を出さないし、信用できる人間としか契約はしないの』
「フレイヤは信用したのか?」
『もちろんよ。一目見た瞬間にわかったわ。この子はとても良い子だってね!それにかわいいし!』
ラトスにべた褒めされ、フレイヤが照れて俯いた。
「ユングも悪い奴じゃないんだが」
『でも乱暴そう』
「んー、物の扱いが雑なのは否定はできないか。特別乱暴な訳じゃないけど、あの年頃の少年はあんなもんだしな」
『そう。だからあの子も、あと数年経って落ち着いたら契約しても良いけどね!』
ラトスのシビアな意見に、ユージンは苦笑した。
◆ ◆ ◆
それからしばらくすると、王宮の各方面に散開していたリス達が続々と調査を終えて、情報をもたらした。
だが、それによって得られた成果は芳しいものではなかった。
「……なぜ、全然本や魔道具が残っていない?」
リス達の見たところによると、日用品とおぼしき道具はちょくちょく残っているものの、道具や書物がまとまって収められているような場所はない、とのことだった。
本棚が沢山ある部屋はあっても、その中に本は無い、という状況らしい。
『まあ、まだ上の方の階は調査中だから、もう少し待ったら?』
「そうだな……」
そう返答しつつも、ユージンは何となく嫌な予感がしていた。
このまま何も見つからずに終わるのではないか――。
その予感を助長させたのが、出張組の帰還だった。
「だっめだ~。どこもかしこもすっからか~ん」
「食器とかしか残ってないぜ」
残念そうな顔で戻ってきたフラール達に、ユージンはいよいよ先程の予感を確信に変えようとしたのだが――。
『お。上の方の階に、本とか書類が残ってたみたいだよ』
ラトスがリス情報網から上がってきた情報を提供してくれた。
「本当か?」
「よし、行こうぜ!」
ユージンとユングが喜色を露にする。だが、フラールは少し顔を曇らせた。
「それって……」
「どうかしましたか?フラールお姉ちゃん」
フレイヤの問いに、フラールは曖昧に笑って首を横に振った。
「いえ、とりあえず行ってみましょうか」
今度は全員で、王宮の階段を上っていく。ちなみに、馬達は階段は不得手なので階段下のホールに、仕事を終えたリス達と残している。
一行はリスに先導されて上階に進み、ようやく目的の部屋に辿り着いた。
その部屋の扉を見て、ユージンが呟く。
「豪華な扉だな」
「たぶん、国王の執務室よ」
フラールが、相変わらず冴えない表情でそう答えた。
ふうん、とユージンは納得しつつ、薄く開いている扉を開け放つ。
その先には、確かにラトスの言葉どおり、執務机らしきものの上に書類が山積していたり、壁の本棚に本が納められたりしている。
ドラマなどで見たことのある「社長の部屋」的な光景を見て初めて、ユージンはフラールの表情の意味を悟った。
「そういう事か……」
「ええ。王宮の上層には、当然王族が住んでいる。そして王族の部屋にある書類は――、普通、国の運営や政治に係るもので、魔法の研究資料ではないわ」
フラールは王族であるため、真っ先にそのような予想ができたのだ。
「まあ、一応調べてみるか……」
ユージンは溜息を吐いてそう言った。
◆ ◆ ◆
近隣の部屋を含めて、ユージン達は発見した本や書類を調べていった。
言語が異なるため、召喚魔法の通訳効果があるユージンとディストラ以外は文字は読めなかったが、フラールやゾーイ、フレイヤも、雰囲気で何について書かれているかは概ね予想できた。
その結果、得られたのは。
「魔法関係は皆無、か」
ユージンはがっくりと肩を落とした。
「まあ、予想はできたけどね」
フラールが、肩を竦めた。
「そもそも、何でこんなに書物が少ない?魔道具も残ってないし……。調査はあまり進んでないんじゃなかったのか?」
「私はそう聞いていたが……」
ユージンの質問に、ライリーも困惑顔で返答した。
そこにゾーイが意見する。
「ま~でも、別にここはネアン帝国の領土じゃないからね~」
ゾーイの言葉の意味するところを察して、ユージンは腕を組む。
「そう言われればそうだな。別の国が調査して、遺産を回収した可能性だって十分あるか」
「そゆこと~。地理的にも、ネアン帝国から遠くはないけど近くもないからね~」
「でも、その辺りの情報をネアン帝国は掴めていなかったってことになるな」
「それは、仕方がないんじゃにゃい?この辺りの国はネアン帝国と仲良くないからね~。あえて報告とかもしないでしょ」
「だが、ヴァナル王国再興派も知らない様子だったぞ。一応、この辺りの盟主だったんじゃないのか?」
「う~ん、そこまではボクもよく分からないにゃ」
両手を挙げて降参のポーズをとるゾーイ。そこでフレイヤが口を開く。
「この辺りは、『呪い』を除けば、あまり強い獣魔も居着かず、比較的安全です。国レベルの調査ではなく、個人レベルで探索した人がいても不思議ではないですね」
「トレジャーハンターか。そうすると、遺産の行く先は……」
「探すのは難しいですね」
だよなぁ、とユージンは深く溜め息を吐いた。
それを励ますように――あるいは茶化すように、ゾーイがユージンの肩を叩く。
「ま~、もともと参考程度の話だし、そこまで気にしなくても良いんじゃにゃい?ルキオール様なら完成させられるよたぶん」
「まぁな。ただ、徒労感があるだけだ」
「遺跡発掘で空振るなんてよくある話だにゃ~」
「知った風な口調だな」
「仕事でやったことあるからね~」
「そういえば、一応ゾーイも王宮魔法士の立場だったな」
「一応ってナニさ!?ボクは立派な一級魔法士だよ!」
「あーそーだな。立派立派。よし、ゾーイのおかげで気も紛れたし、ここは諦めてさっさと先に進むか!」
ユージンはそう言って自分に気合いを入れ直した。
「ちょっと!?ボクは何だかモヤモヤするんだケド!」
そう叫んだゾーイはしかし、ユージンにあっさりスルーされるのだった。
今まで特に書いた覚えはないですが、フレイヤはかなりの美幼女設定です。
フラールもそうですが、王族は美しい嫁を娶ることが多いため、遺伝的に美少女が生まれやすいです。
ちなみにゾーイも、自分で何回か言っている通り容姿は整っています。




