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召喚勇者と七つの魔剣  作者: 蔭柚
第5章 悪魔強襲
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第64話 ナルセルドの呪い

第5章開始です。

 ドゥマルデやエルグ達、ヴァナル王国再興派の面々から名残惜しそうに見送られて、ユージン達はアルセドを発った。


 再興派は、今後、ユングとフレイヤの帰りを待ちつつ、王都の復興を急ぐとの事だった。

 というのも、500年前の勇者の魔法で市街地は時が止められ、風化を防いでいたものの、逆に言えば人の手によるいかなる改変も受け付けなかったという事である。現状の維持はできるが、生活は出来ない。そういう状況だった。

 だから、再興派は獣魔が蔓延るのを放置していたのだ。人が住めない場所を一生懸命守っても仕方がない。


 しかし王都が復活した今後は、無理やり王宮に住んでいた人間や、周囲の町に散らばっていた人間を集めて、市街地の復興を進めていくことになった。

 その前段階として、まずは獣魔の掃討が求められ、しかも速やかに行う必要がある。これまでは獣魔がいくら暴れても住宅が傷付くことはなかったが、今後はそうはいかない。

 なるべく早く、市街地を人間のテリトリーとして奪い返す必要がある。


 それと並行して、本格的にヴァナル王国の再興に向けて内政、外政を進めていくということだ。


 それに際して、ネアン帝国の皇女フラールがこの場にいたことは、少なくない影響を与えた。

 彼女がいることで、ヴァナル王国の再興を内々に行う事はほぼ不可能になったからだ。


 だがその一方で、開き直ってネアン帝国と協力していくにはまたとない機会であった。


 かつてヴァナル王国が大国であったとはいえ、現在は都市部も分断されており、たとえ再興したとしてもその国力はネアン帝国には遠く及ばない。いっそのこと、ネアン帝国にある程度協力を求めることで、復興に向けて裏で邪魔立てされることもなくなるだろう。

 プライドよりも実利を取るということである。


 そんな訳で、フラールは出発前に再興派の主要なメンバーに挨拶されて辟易し、アルセドを出るときにはホッとした表情になっていた。


 ただ、再興派との面通しは悪いことばかりではなかった。

 主要メンバーの一人が、魔法の歴史に詳しく、魔王を倒した後にユージンが元の世界に戻るための『送還魔法』についての情報を教えてくれたのだ。


「ナルセルド王国か……」


 ユージン達は、昨日の晩に何事もなく保護できた愛馬に跨り、ヴァナル王国の旧街道を南西に進んでいる。


「どこかで聞いたことがあるような」


 ディストラが首を捻る。


「この前、フレイヤが獣魔の生息場所の件でその名前を出していたわね」

「ああ、それもあるけど……。なんか、もっと前に」


「……あれじゃないか?千年前の勇者のフレスコ画」


 ユージンが、思い出して指摘した。


「ああ!そうだそれだ!こっちに来てすぐの事だったから、妙に印象に残ったんだね、きっと」


 ユージン達がネアン帝国から出発する前にルキオールに見せられた、巨大なフレスコ画。

 ユージンが今手にしている聖剣――もとい、七の魔剣『セブン・フォース』を手に入れるため、ミッドフィアに行く切っ掛けとなったものだ。千年前の勇者パーティが描かれたそれは、もともとナルセルド王国にあったものだと言っていた。

 かつて――千年前、その地が悪魔との戦いの最前線であった。そして苦難の末に魔王を倒した勇者を称えて、その画は製作されたらしい。


「千年前の勇者様を描いた有名なフレスコ画ですね。発見された当時は、結構大騒ぎになったとか。石板でなく、キャンバスに描かれていたなら、絶対に残ってはいなかった、とされていますね」


 ナルセルド王国は、ヴァナル王国から南西に位置する。

 ユージン達は、この先の行程に完全に一致するため、再興派から得た送還魔法に関する情報を確かめに、ついでに立ち寄ることにしていた。


「それが、『ナルセルドの呪い』か」


 だが、ナルセルド王国――旧ナルセルド王国には、今は誰も定住していない。

 ヴァナル王国を始め、500年前の悪魔との大戦で被害を受けた国は、多かれ少なかれ人口減少し、国としては成り立っていないものもあるが、それでもそこそこの人数が生活している。

 にもかかわらず、ナルセルド王国だけは、誰一人として定住者はいなかった。


 その理由が、「ナルセルドの呪い」と呼ばれる災害である。


「はい。いつ発生するか分からないため、とてもではないけど旧ナルセルド王国圏には定住はできないそうです」

「ってことは、おれ達が通過する間に呪いが発生する可能性もあんのか?」


 ユングの問いに、フレイヤは少し眉根を寄せる。


「お兄ちゃん、話聞いてなかったの?」

「ああ、悪い聞いてなかった」


 悪びれないユングに、フレイヤが呆れたように溜め息を吐く。

 それを慰めるように、碧い小鳥がフレイヤの肩に留まる。


『呪いの予兆があれば、私の仲間が教えてくれる。あらかじめ呪いを察知して逃げれば、被害を受けずにやり過ごせるよ』

「そういうことです」

「なるほど。さすがニルガルド。有能だな!」

『ユングは、ヴァナル王家になるつもりなら、もっと自覚が必要だね』

「う……」


 ニルガルドに苦言を呈され、ユングが項垂れた。


「ま、長居するつもりはないにせよ、調査前にその『呪い』が発生したら目も当てられない。さっさと行って、ささっと終わらせるぞ」


 ユージンの言葉に、一行が頷いた。


     ◆ ◆ ◆


「だだっ広いな」


 ユージンは、眼前に広がる広大な草原を前に、やや圧倒されていた。


「本当に、見渡す限り草原ね」


 フラールもユージンの隣で、青く生い茂る草本と、所々にみられる草食動物らしい生物を眩しそうに眺める。


「山も谷も草ばっかりでちょっと違和感~。やっぱり木がないとヘンな感じ~」


 ゾーイが言う通り、一行が道を進むにしたがって、今ユージン達が立っている小高い丘に至るまでに樹木が徐々に減っていき、ついにこの先には一切の大木がなくなっているのだ。

 人の手が入っているわけでもなく、気候的、地質的な要因でもない。


 これこそが、「ナルセルドの呪い」の結果なのだ。


「確かに、言われてみれば不思議な感じがするね」


 ディストラも、ゾーイの意見に同意した。


「これが、小さな獣魔の仕業というのですから、空恐ろしいものを覚えますね」


 ポツリと呟いたフレイヤに、ユングが訊ねる。


「なんだったっけ、その、災害の名前は」


「ナルセルドの呪い、その実態は――蝗害こうがいだ」


 ライリーが、静かに告げた。


     ◆ ◆ ◆


 蝗害とは、読んで字の如く、昆虫のバッタが大量発生することによって起きる災害である。

 たかがバッタと侮ることなかれ。数百億を超える数のバッタは、地上のありとあらゆる食料、特に植物起源のものを食べ尽くしてしまう。


 その結果、飢饉が発生し、大量の人間を死に至らしめるのだ。

 現代の地球においても、殺虫剤が流通していないアフリカ諸国では深刻な驚異となっている。


 もちろん、地球と違って魔法が発達したこちらの世界では、ただのバッタであれば攻撃魔法による殲滅や防御魔法による障壁で防ぐことができる。

 しかし、この「ナルセルドの呪い」と呼ばれる蝗害を発生させるバッタは、ただのバッタではない。500年前の強力な悪魔の1人が、多くの同胞を殺したナルセルド王国に復讐するために創り出した、最悪の獣魔であった。


 このバッタの獣魔は、異常なまでに高い魔法耐性と、動物性の有機物も食し、魔法障壁をかじり破ることができる攻撃力を持つことで、スフィテレンドの人間に地球の蝗害以上の被害をもたらすことができた。

 だがこのバッタの最も恐ろしいところは、その繁殖力にあった。


 魔法によって生み出された特別な獣魔でありながら、通常のバッタと同じように大量の子孫を残すことが可能だったのだ。


 これにより、ナルセルド王国領は数年おきにバッタの獣魔が大量発生し、大規模な蝗害が発生するようになってしまった。農業などはもちろんできないし、樹木ですら全て食べられてしまう。蝗害が発生した年は、文字通り草木の一本も生えない不毛の土地となるのだ。


 それから数年経てば、今ユージン達が目にしているような美しい草原が生まれ、樹木も育ち始める。

 だが結局次の「呪い」が発生すれば、全て振り出しに戻る。

 そんなところに定住しようとする奇特な人間はいなかった。


 ナルセルド王国は、この500年間、それをひたすら繰り返している。

 たった1種類の獣魔によって、この国は人の住めない呪いの土地へと変貌してしまったのだ。


     ◆ ◆ ◆


「ただ、ナルセルド王国が滅亡したのは、直接的には悪魔の攻撃による影響が大きいとされています。王国と悪魔との激戦の末、王国側、悪魔側の双方に甚大な被害が出ました――特に人間側の被害は致命的で、ここで王族が皆戦死したとされています。そのタイミングで、この『呪い』が発動し、ナルセルド王国民は土地を放棄せざるを得なかった、という流れのようです」


 山羊に乗って草原を進みつつ、フレイヤが解説した。


「しかしどちらにせよ、蝗害が発生したタイミングでその場にいれば、下手をすれば一軍が壊滅するほどの打撃を受ける。このため、ナルセルド王国に遺された遺産の発掘調査は進まず、一部が手付かずになっている」


 ライリーが補足をした。

 それらの情報を咀嚼して、ユージンは本題に入る。


「それで、例の人物の記した書物も残ってるんじゃないかって話だな。えっと、何だっけ?バザール?」

「バルザール、ですね」


「ちょ~有名人なのに知らないの?ユージン。おっくれてる~☆」

「うるせぇ。こっちの世界の有名人なんて知るかよ。こちとら、スフィテレンド歴3か月だぞ」


「バルザールは、500年前の勇者の時代に生きた、天才魔法士です。時空魔法のエキスパートでありながら、魔道具の進歩にも大きく貢献したことから、『魔道具中興の祖』と呼ばれることもある、歴史上最も有名な魔法士です」

「ユージンを召喚するのに使おうとして、悪魔に奪われた魔道具も、彼が作成したものよ」


 フラールの情報に、そういえばそんな話もあったな、と思い出すユージン。


 ユージンが元の世界マナスカイに戻る手段は2つ。

 1つは、魔王を倒して件の魔道具を取り返し、それを用いて世界を移ること。

 もう1つは、今は失われた送還魔法を復活させること。


 現在ユージン達がバルザールの遺産を探しに行こうとしているのは、後者の参考になるものがあるかもしれないからであった。

 前者の魔道具については、一から作ろうにも再現が非常に困難であると判断されているため、そちらの情報を積極的に集めても無駄であろう、ということだった。


「だが、そのバルザールが遺した書物って、結局紙か羊皮紙だろ?バッタに食われてないのか?」


 先程、フレイヤが「フレスコ画がキャンバスに描かれていたら残っていなかった」と言ったが、つまりキャンバスは麻などの植物から作られているため、全てバッタに食べられてしまうということだ。

 同じく植物から作られている紙も、当然食べられてしまうだろう。羊皮紙は動物性であるため、通常のバッタであれば被害を免れた可能性もあるが、この獣魔にとっては良い餌である。


 それに対して、フレイヤが答える。


「この獣魔に対する唯一の対抗策が、石などによる物理的な防御でした。総石造りの建物であれば、バッタは侵入できなかったのです。ですから、そのような建物の中に残る書物は無事なはずです」

「ん?それなら、ほとんどの家が無事なんじゃないか?」


 昔ながらの日本の家屋と違い、こちらの家は基本的に西欧に近く石造りだ。

 しかし、フレイヤは首を横に振る。


「壁は無事ということですが、扉や窓枠の木材を突破されてしまい、家の中にまで侵入されてしまったようです。内部が無事なのは、外壁や扉、窓に至るまで、石と金属、ガラスのみで作られたごくごく一部の建物に限るようです」

「なるほど。そりゃ要塞でもなけりゃ、扉や窓枠は木で作られてるか」


 スフィテレンドの金属の加工技術はそこまで高くはない。いや、高い技術をもつ人間は居るが、大量生産はできない。

 そのため、窓枠などの細かな加工が必要とされる材料としては、木材が一般的であった。


「でも、バルザールも、出自は平民でしょう?彼の家がそんなに厳重な造りだったとは思えないのだけれど」


 フラールの疑問には、ライリーが答える。


「彼は、王宮魔法士であったと伝わっています。王宮の研究室に資料が残されている可能性があります。我が国がかつて行った調査も、王宮を中心としていたと聞いております。ただ、調査中に『呪い』の予兆が見られたため、調査を中断し、未調査の部分もあるとのことです」


「というか、そもそもだけど、そのネアン帝国が調査して持ち帰ったものの中には無かったの?」


 ディストラがそう言うと、ライリーが眉根を寄せる。


「そこは、私は知らないな……」


「たぶん無かったんじゃないかな~。もしそれ関係の資料があれば、召喚魔法の開発にルキオール様があれだけかかるとは思えないもん」

「本腰を入れてなかったとはいえ、数年かかったわね、確か」


「なるほどね。だから、探す価値あり、ってことだね」


 ディストラが納得して頷いた。


     ◆ ◆ ◆


 その日の戦闘訓練は、久々に大規模なものとなった。

 何せ、周囲への被害を気にしなくて良いのだ。ゾーイやユングは嬉々として派手な魔法を使いまくる。

 そしてそれを守るのは、ユージンとフレイヤ、それにフラール。


 普段は、ユージン対ゾーイ&ユングorフレイヤで戦闘訓練をしているのだが、今日はせっかくなので、ゾーイ、ユングの攻撃組をユージン、フレイヤ、フラールの防御組が防ぐという訓練を行っていた。


 同じレベルの魔法士であれば、基本的には防御側が有利である。しかし、ユングとフレイヤが同レベルとして、ゾーイとフラールでは実力に大きな隔たりがある。

 そのため、防御側にユージンが入っているのである。


 ちなみに、それなら普段の訓練からすると、ユージンはゾーイ以上の実力かということになるが、もちろんそういうわけではない。

 普段は、周囲への被害もあり、ゾーイ組は全力では攻撃できないため、さまざまな工夫を凝らして攻撃する訓練をしているのだ。それが、ユージンの防御訓練にちょうど良い塩梅なのである。


「フレイヤ!2重障壁!内側のは角度変えろよ!」

「はいっ!」


「フラール!そっちじゃない!炎系は上に逃がすんだ!」

「え!?どう違うのよ!」


「雷系は地面に落ちる力が強いから横か下に逃がせ!炎系は上に昇る力が強いから上に逃がせ!」

「わ、分かったけど、そんなすぐに対応できないわよ!」

「泣き言言うな!って言ってる間にホラ来たぞ!」

「え、ちょ!」


 どっかーん!


 という派手な音と共に、フラールの近くの地面が爆発した。

 爆風の煽りを受けて宙に跳ばされたフラールを、ユージンが受け止める。


「ったく。言わんこっちゃない」

「あいたたた……。あのね!いきなりこんな連続攻撃を防げるわけないでしょ!」

「敵は待ってくれないぞ?」

「今は訓練!まずは単発の防ぎ方をしっかり覚えたあとでしょ、こんなのは!」

「一緒にやれば時間短縮」

「逆効果よ!混乱しちゃって覚えるものも覚えられないわ!」

「あれもだめこれもだめって、全くこれだから我儘お姫様は」

「き・ほ・ん からやってって言ってるの!我儘は関係ないでしょ!」


「あの、ユージンお兄ちゃん、フラールお姉ちゃん。とりあえず今日はこれくらいにしませんか?暗くなってきましたし」

「ん?ああ、そうだな。じゃ、そういうことで」


 ユージンがそう言うと、ユングが「つかれた~」と言いながら、ライリーとディストラが待つ夜営地に歩きだし、フレイヤもそれを追う。


「明日は、マトモな訓練にするわよ!」


 そしてフラールは、鼻息も荒くユージンにそう宣言し、背を向けて歩き出した。


 その様子を見て、フラールの魔法を観察していたゾーイが苦笑した。


「相変わらず~、仲が良いのか悪いのか~」

「良くはないだろ、たぶん」


 ゾーイの評価に、ユージンは肩を竦めた。


「そう?本音で言いたいことを言えるのは、仲が良いともとれるんじゃない?」

「どうだかな」


 そう言って苦笑して、ユージンも歩き出した。


 ゾーイも少し遅れてそれに続きながら、ひとりごちる。


「ボクは……。いつか、本音を言える時がくるのかな……」


 夕日に照らされて橙に輝く草原を、一陣の風が吹き抜け、ゾーイの呟きを掻き消した。


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