第63話 ヴァナル王国の謎への答え
前話のあらすじ:
ヴァン兄妹の護衛に、ニルガルドが名乗り出た!
ユージンは、碧い小鳥の言葉に、ライリーと顔を見合わせ。
「俺達は別に構わないけど」
ニルガルドは、ヴァナル王国の守り神とまで呼ばれているくらいで、ネアン帝国よりヴァナル王国よりの立場であろう。
だが、これまでユングやフレイヤと度々接触を図っておきながら、再興派にそのことを伝えていなかったとみられることを鑑みると、彼――いや彼女か?日本のカワセミは、下の嘴が赤いのは雌のはずで、ニルガルドもその特徴を備えている――が、ヴァナル王国の国としての利益を優先してユージン達一行の行動に口を挟んでくるとは思えなかった。
「(――ん?そういえば、ヴァナル王家はなんで身を隠してたんだっけ)」
再興派の言葉では、ネアン帝国の暗殺を避けるため、ということになっていたが、もし本当にそうなら、ここにいる再興派の、ライリー達への態度が説明がつかない。
つまり、その話をユージンが聞いたときに無理があると思った通り、再興派自身もネアン帝国がヴァナル王家を狙っているとは思っていないということになる。
では、なぜヴァナル王家は自分達の家臣である再建派からも身を隠し、500年も逃げ回っていたのか。
再建派は、その理由を知っているのか――。
そんなユージンの思考を、ドゥマルデの声が遮る。
「ニルガルド様、ですね?私は、将軍位に就いておりますドゥマルデ=リンガと申します。お目にかかれて光栄です」
『ああ、挨拶は良いよ。再興派の内情は概ね把握している。それで、2人の護衛としては私が同行すれば問題ないだろう?少なくとも、騎士2人よりも私の方が戦力になる』
王国の守り神たる神獣にここまで言われては、将軍ドゥマルデといえども反論はできなかった。
彼の思惑に、ユージン達が危惧したこと――旅の最中にネアン帝国に有利な行動を起こさせないこと――がなかったわけではないが、もちろん最優先はユングとフレイヤの安全である。強力な力を持つとされる神獣が、2人の護衛を買って出てくれるのなら、それに越したことはない。
一行の情報が得られなくなるのは痛手だが、そこは、こっそり情報部隊をつければフォローできる範囲だ。
そんな考えを面には出さず、ドゥマルデはニルガルドに頭を下げて、
「よろしくお願い致します」
ニルガルドの提案を受け入れるのだった。
◆ ◆ ◆
ユージン一行は、ひとまず今日はこの王宮に泊まることになり、翌朝出発することにした。
ユングとフレイヤが旅の後にヴァナル王国に戻る決意をしてくれたことで、再興派からユージン達への当たりも柔らかくなった。特に、彼らをここまで連れてきた功績を評価されたのだ。
一方で、ユージンの疑問はますます大きくなった。
ドゥマルデ達、国の上層部と夕食を共にして色々会話をすれば、フラールがネアン帝国の皇女であることは否応なしに露呈する。
それに対する彼らの反応が、驚きはするものの、嫌悪感は感じられなかったのだ。
もちろん、この場でフラールを怒らせれば、ネアン帝国の不況を買い、再興する前からヴァナル王国の立場が悪くなるのは目に見えている。それを回避するため、直接的にフラールに何か行動を起こすことはあり得ないだろうが、それでも、顔に出るくらいはするはず、とユージンは考えていた。
だが、実際には彼らは勇者一行の旅に耐えてついてきているフラールを誉め、ユングやフラールへの王族のあり方の指南などを、軽口ではあるが、依頼してくる始末。
とてもではないが、ネアン帝国がヴァナル王家を狙っているなどとは考えていない様子だった。
そうすると、なぜそのような噂を流し、ネアン帝国を遠ざけたのか。そしてそもそもなぜ王族は逃げ回っていたのか。
その疑問が、ユージンの中でぐるぐると渦巻いていた。
「そういえば、今日のお昼、皆さん鐘の音に驚いていましたけど、あれは何だったんですか?」
フレイヤが、食事が一段落し、残すはデザート、というタイミングで訊ねた。
それに、魔法士長官を名乗った男性が返答する。
「この王都アルセドは、王宮の中心部を除き、時が止まっていたのです。どういった魔法かは解析できていないのですが、500年前の勇者様の手によるものと考えております。尖塔の時計や鐘も、長らく止まっておりました。それが急に動き出したので、皆動揺したのです」
「時が止まっていた、ですか?しかも、街中?」
「そんなことが可能なのか?」
ユージンがゾーイに視線を遣る。ゾーイは首を捻って、
「う~ん、ボクも知らないなぁ。いわゆる喪失魔法ってやつじゃにゃい?500年もの間、どうやって魔法が維持されてたのか気になる~」
「フラールが言ったとおりだったってことだね」
昼間、一行が酒蔵で小休止をしていた時のことだ。
500年前の酒蔵からアルコール臭がすることから、フラールが、「時が止まったみたい」と発言した。それは正鵠を射ていたということになる。
「そうね。それはそうと、あの時、他にもいくつか疑問があったわよね」
「そうだったな。建物が妙に綺麗なのは、時が止まっていたから、で納得するとして、後は、建物が妙に硬いっていうのもあったな」
「それも、時が止まったことによります。時が止まった建物は、不変。すなわち、傷を受けることもないのです」
長官の説明に、ユージンがなるほど、と頷く。
「そうすると……。時を止める魔法が使えれば、最強の盾が作れないか?」
「確かに。兄ちゃん頭良いな!」
ユングがユージンの案にはしゃぐも、
「確かに、そのとおりです。ただし、先程そちらのお嬢さんが言ったとおり、時を止める魔法は失われて久しく、現在は誰にも用いることができません。そもそも、500年前の勇者様が使ったとされるこのアルセドを止めたもの以外には確認されておりませんので、夢物語かと」
長官の発言にあからさまにがっかりした。
「もう1つ、ここの獣魔は何を食べてるのかっていう疑問もあったよね」
ディストラの質問には、ドゥマルデが答える。
「基本的には、獣魔同士が生存競争をしている。王都の中央にいる獣魔ほど強力になる傾向があり、狩りの時はテリトリーの外に侵出して、他の獣魔を襲っている。ただ、最も外側に生きるデス・ストーカーだけは、王都の外にも獲物を狩りに行っている」
「へぇ」
あのヤモリの獣魔が何を獲物にしているのか、ユージンは少し気になったが、追求するほどのことでもないかと放置し、最後の疑問を口にした。
「デス・ストーカーが俺達を誘い込むように動いていたのも、わざとなのか?」
「ああ、奴らは内側の獣魔の腹を満たすために、獲物を奥に誘い込むことがあるな。そうすることで、奴らが襲われる頻度が減るからな」
「なるほど。俺らは生け贄だったわけだ。生憎と、誰の腹にも収まらなかったがな」
「いや~、結構危なかったけどね~。最後の蜘蛛のところでは、さすがのボクも死んだかと思ったよ☆」
「ゾーイが言うと軽くなるなぁ。俺も、あの時ばかりは死を覚悟したね」
「そうね。あの時、ユージンの魔力が戻らなかったら本当に危なかったわね」
「そ~だね~。ていうか、なんで急に魔力が戻ったんだろ?あの鐘の音と関係あるのかな?」
「さぁな。ま、推論はできる。時を止めるだなんて非常識な魔法をどうやって維持していたのか。周囲の魔力を使っていたんじゃないか?それが解けて――、ん?なんで解けたんだ?」
自分で言いつつ、首を傾げるユージン。それに長官が答える。
「証拠はありませんが、今のところ、王族のお二人が帰還したことが引き金になったのでは、と考えています」
「ふぅん。まあ、元々がトンでも魔法だ。解除法がそれでも不思議はないな」
「それにしても都合の良いタイミングだったわよね」
「……誰かが仕組んだと?」
「そうは言わないけれど。私は事実を述べただけよ」
「まあ、確かにな」
ユージンも、フラールの感覚に同意する。
だが、その疑問に対する答えは誰も持ち合わせていなかった。
◆ ◆ ◆
その夜、客間に案内されていたユージンは、誰かに呼ばれた気がして、再び謁見の間に来ていた。
ユージンに破壊されたステンドグラスに空いた穴から、朧月が覗いている。
その月明かりを浴びて、碧く輝く小鳥がユージンの目前に降下してきた。
「呼んだか?」
『はっきりとは呼んでないね。どちらかと言うと、君の疑問に思う心が私を呼んだのだと思う』
「どういう意味だ?」
『君は、何故ヴァナル王家が500年もこの国に戻らなかったのか、疑問に思っている。違うかい?』
「ああ、それはそのとおりだ」
『私はこの500年で、人の心を読むことに非常に長けてしまった。だから、君のその疑問に思う心が、答えを知る私に呼び掛けているかのように感じ、それを受けて私は君を無意識に呼んだのだろう』
「……良く分からんが、あんたが俺の疑問の答えを知っていることと、500年も生きていることは分かった」
ユージンのざっくりとした答えにニルガルドが目を細める。
『君は、彼にはまるで似ていないのに……どこか通じるところがあるね。最初から、人間と同じように私に接するところとかね』
「誰と比べてるのか知らないけど、あんたは普通に喋ってて人間と同じだから、そうなってるだけだ」
『心の在り方の本質を、しっかりと捉えられているんだろうね、君は。羨ましいよ。私は、それを理解するのが遅すぎた』
少し俯いたニルガルドに、ユージンはなんと言えば良いのか分からず黙り込む。
『済まない。少し、昔のことを思い出してしまった……。せっかくここまで来てくれたのだから、君の疑問に答えよう。ヴァナル王家が逃げていたのは、ある悪魔から逃げるためだよ』
「悪魔?500年前からいる悪魔ってことか?でも、悪魔は500年前の勇者の魔法でほとんど死んだって聞いたけど?」
『そう。皮肉にも、その勇者が原因だった……。500年前、あの大魔法によって、悪魔はほとんど死に絶えた。その中には、当時の魔王も含まれる。魔王は、死に際して、改めて勇者の恐ろしさを認識し――来る次の侵略の時に、再び勇者が召喚されないよう、召喚魔法を持つヴァナル王家を根絶やしにしようと目論んだ。魔王は死に際に、自分の全魔力を込めた魔力生命体とも呼べる悪魔を作り出して、勇者の魔法の範囲外に放った。……ヴァナル王家は、その悪魔から逃げていたんだよ』
「なる、ほど。それで、見つかるのを恐れて一所に留まることはできなかったわけか。その悪魔はよほど強力なんだな?」
『ああ。私でも勝つことは難しいだろうね。幸いにして、知能は低く、力押ししかしてこないので、罠に嵌めて逃げる分には容易かった。それでなんとかヴァナル王家は逃げ続けていたのだけれど……。ついに5年前、逃げ切れなかったみたいだね』
「! それじゃあ、ユングとフレイヤの両親を襲った獣魔っていうのが!」
『ああ。それこそが、500年前の魔王の置き土産だよ。幸い、才能のある魔法士のおかげで2人の命は繋がったけどね』
「そのことを2人は?」
『知らないだろう。そもそも、その悪魔の存在を知っているのは本当に一握りだけだった。再興派は、王族の護衛からの連絡で、何となく事情は察していただろうが、その程度だ。2人の両親が、まだ5歳だった我が子にそれを伝えていたとも考えにくいし、2人も知っている素振りはなかった』
「まあ、そうか。……それにしても、もはや召喚魔法はネアン帝国が復活させたのだから、ヴァナル王家が狙われる理由はないよな?」
『あの悪魔にはそこまでの知能はない。だから、あれを討伐しない限りは、再び2人は狙われることになる。私が君にこの事を伝えたのは、その忠告の意味も含んでいる』
「マジかよ……」
ウンザリとした顔になったユージンに、ニルガルドが小首を傾げて。
『どうする?今なら、あの2人をここに残していくことはできると思うよ。私と君が説得すれば、2人も話を聞くだろう』
ニルガルドにそう言われて、ユージンは、フン、と笑った。
「俺達は魔王を倒しに行くんだぜ?500年前の魔王の置き土産如きを恐れていられるか」
『如き、では済まない力を秘めているから問題なんだけどね。意志の力だけでは、どうにもならないこともあるんだよ』
永き時を生きているからこその、重みのある言葉だった。
2人のことだけを指しているのではない、とユージンは感じた。
ニルガルドは、どうにもならないことを経験したのだろう。
そしてこの先、ユージンにもそれが降りかかると、そう言っているのだ。
だがそれでも、ユージンは。
「そうかもしれない。それでも――、立ち止まるわけにはいかないだろう?なんてったって、俺は勇者だし?」
そう、おどけて言うユージンに、ニルガルドが再び目を細める。
『そうやって、本当に大事で重たいところは、決して誰にも見せない。そんなところも似ているね』
ユージンは一瞬だけ苦い顔をしたが、すぐに表情を繕った。
「買い被りすぎだろ。で、さっきから誰に似てるって?」
『500年前に、君と同じく勇者と呼ばれた青年さ』
「そことも知り合いだったのか……。まあでも、そりゃそうか。あんたは500年前から生きてるこの国の守り神で、その勇者は500年前にこの街を壊滅させたわけだし。ていうか、懐かしそうにしてるけど、あんたが守る街を壊滅させた勇者のことを恨んでないのか?」
『恨む?まさか。私がこの国の守り神と呼ばれるようになったのは、この街が壊滅した後の話だ。それが、彼の願いだったからだよ』
「なるほど、そういう時系列なわけね」
『そうさ。でも、この街が眠りから覚めた今――、私はこの先どうするべきか少し迷った』
「何でだ?今までどおりじゃダメなのか?」
『駄目ではない。ただ、私はどうしたいのか。君を見ていて、それを考えたくなった。だから、君達の旅に同行させてもらうことにしたんだよ』
「まあ、それは構わないけど。むしろあの場では非常にありがたい提案だった」
『ふふ。なんにせよ、これからよろしく頼むよ、当代の勇者――、いや、ユージン』
「ああ、こちらこそよろしく、ニルガルド」
第4章終了です。
章末にニルガルドの過去話を1話投稿します。




