第7話 ゾーイ登場!よろしくねっ!
「ボクはゾーイ。ゾーイ=カルサイだよ。よろしくねっ!」
ぶいっ、とウィンクしながら目の横で横向きブイサインを作る少女に、ユージンは白けた視線を送った。
「あれ、勇者様ってばノリ悪いタイプ?も~、しょうがないにゃ~、こうなったらボクがこの場を盛り上げるしかないかにゃ~?」
「用件は?」
イラっとしつつも、反応したら負け、と努めて冷静に訊ねるユージン。
「あーっと、ルキオール様から指示が飛んで来たんだよ。勇者様にこちらの魔法を教えて差し上げろって」
マジか。こいつに教わるのか。忙しそうなルキオールとは言わないが、もう少しまともそうな人間が良かった。
というユージンの反応がありありと見えたようで、ゾーイと名乗った少女が頬を膨らませる。
「あ、疑いの眼差し。これでもボク、魔法局の一級魔法士なんだよ?すごいでしょ?ねえねえ、褒めてくれても良いんだよ?」
ずずい、っと顔を近づけて来た少女の頭を、ユージンは反射的にペシンとはたいていた。
「あいたっ!なにするの!」
「あ、ごめん。無意識に手が出てた。ウザかったから、つい」
「ひどっ!謝る気ないよね!?」
「迷惑料だと思ってくれ」
「ボクの何が迷惑だと?」
「存在」
「あんまりだっ!ルキオール様に言いつけてやるっ!」
びしぃ!っと仁王立ちでユージンを指差すゾーイ。
ユージンは、はあ、とひとつ溜息を吐いて、
「それで、俺に魔法を教えてくれるって?」
「スルー!?」
「ああ、俺のことは勇者様じゃなくてユージンで良いから」
「さらにスルー!」
「こっちの魔法については全然知らないから、よろしく頼むよ」
ユージンの連続無視対応に、ゾーイがガックリと項垂れる。
「……うぅ。おかしい、ルキオール様は話の分かる方って言ってたのに」
「だから話を合わせてやってるだろ。何が不満なんだよ」
「ボクへの対応だよっ」
「え、だってお前完全に弄られキャラだろ。キャラを立てるために最善を尽くしたつもりだけど」
「違うよ!?ボクはこれでも、それなりに天才の新鋭魔法士として皆から一目置かれる存在なんだよ?」
えっへん、と、それなりの存在感を示す胸を張って偉ぶるゾーイ。
「それなりの天才って何だよ。それに、一目置かれてるんじゃなくて一歩引かれてるんじゃないのか?」
「それなりっていうのは、まあ、ちょー天才のルキオール様がいるから致し方なく。それに、魔法士は実力主義だから、この若さで高い実力を持つボクは本当に一目置かれてるのっ」
「ふーん。まあそれは置いておいて」
「置かないでっ!?」
「あー、もう、うるせーな。話が進まないだろ」
「えっ、ボクのせいなの?」
「他に何がある」
「ユージンのボクへの対応がそもそもの問題でしょ」
「は?自分のウザさを棚に上げて、人の対応に文句垂れる訳?ふざけてんの?」
「ひぃ、怖いぃ。ルキオール様、全然話の分かる人じゃ無いですよぉ」
ユージンが半分冗談で脅すと、ゾーイは本気で怖がり半べそ状態となってしまった。
「えぇ、泣くなよオイ。子供じゃないんだから……いや、子供なのか?」
「失礼なっ、ボクは15歳だ」
と思ったら、ケロッと復活する少女。
「15歳、にしては」
態度は子供過ぎる。一方で、発育はフラールよりも良いようだ。
などと思春期の男子らしい感想を抱いていると、その視線を見咎められた。
「ど、どこ見てるのっ」
両腕で胸を隠しながら後ずさるゾーイに、ユージンがニヤリと笑う。
「確かに、そこはあまり子供らしくないな」
「っ!」
カーっと顔を赤くして押し黙る少女に、大人しくしていれば可愛いのに、フラールといいこちらの女性は活発なのがデフォルトなのか、いやルキオールの発言から、そうではないと思いたい、とユージンが考える間に、ゾーイが復活して顔を上げた。
「そ、そーだよ。ボクは立派な『れでぃ』なんだから、そう扱ってよね」
まだ頬を上気させたままの少女が、腕を組んで得意気に虚勢を張る様は、どうしてもユージンの嗜虐心をくすぐってしまう。
「立派なレディは自分のことを『ボク』なんて言わないんじゃねーの」
「ぐぅ」
しかし、ぐうの音を残してがっくりと膝を付いた少女に、さすがに罪悪感が沸いてきた。
「あー、ごめん、悪かったよ。威勢の良い相手だとつい、口が悪くなるんだよな」
ポンポン、と少女の頭を撫でると、俯いていたゾーイが顔を上げ、上目使いに見上げてきた。
「ボクの事、嫌ってる訳じゃないんだよね」
年頃の少女のしおらしい態度に、ようやくユージンも笑顔を見せた。
「大丈夫大丈夫、嫌ってないよ、ゾーイ」
その言葉に、ぱあっと表情を明るくしたゾーイは、勢い良く立ち上がり、
「よおーっし、じゃあボクがユージンにこの世界の魔法のアレやコレを伝授しちゃうゾ☆」
ばちーん、と再びウィンクし、
「あんまり調子乗るなよ」
「ふぁい」
そして、ユージンの冷たい視線と頬の引っ張り攻撃を受け、漸く大人しく頷くのだった。
ちなみに、ゾーイが抱えていたバスケットには2人分の昼食が拵えられていた。
◆ ◆ ◆
「えーっとユージンは、隣の世界マナスカイからこっちに来た勇者様ってことで良いんだよね」
「ああ……そうだな」
ゾーイの質問に、少し引っ掛かって間が空いてしまったユージン。
「え、なになに?その間。ホントは違うの?」
「違わないよ。気にするな」
間違ってはいない。ただ、その前に日本にいただけで。
その事を未だルキオールやイサークに言っていない事が気になり、少し考えてしまった。だが、魔剣を使えることが勇者の要件ならば、元々マナスカイの人間でないことは大きな問題ではないだろう、と気にしないことにした。
「ふーん。ま、良いや。それで、ルキオール様からは魔珠じゃなくて周囲の魔力を使って魔法を使うっていうよく分からないふぁんたじっくな事を聞いたんだけど、ホントなの?」
ユージンからすれば、剣と魔法の世界に住むまさしくファンタジーの住人にファンタジックと言われ、苦笑するしかない。
「ああ、本当。マナスカイでは、大気に漂うマナなどをエネルギーにして魔法を使う。こっちでも、それに似た魔力が感じられたから、それを使って魔法を使えた」
「う~ん、俄には信じられないにゃ~。ね、ユージン、今ここで魔法を使ってみてくれる?ちょっと観察しとくからさ」
「分かった」
ユージンは、先程と同様に、呪文を唱えて拳大の炎を作り出して見せた。
「おぉ~!すごいすごいっ!ホントに魔珠がないのに魔法を使ってる!ってことは、魔珠の大きさや密度に拘わらず、魔法が行使出来るって事?それなら、通常の人間には使えない極大魔法も使えちゃうかもっ」
ルキオールとはやや反応が違うものの、興奮してぴょんぴょん跳び跳ねるゾーイ。
しかしユージンは、少女の妄想にきっちり釘を刺す。
「いや、俺は向こうの世界ではマナとの同調がイマイチで、大きな魔法の制御は無理だったんだよ。だから、今使える魔法も小さいものだけ」
「そうなの?でも、もしかしたら、こっちの魔力とは相性良いかもしれにゃいよ?」
「それは……確かに分からないけど。ただ、やるにしてもいきなり大規模魔法は止めた方が良いだろ」
「まあ、それはそだね~。ボクも木っ端微塵になってユージンが死んじゃうのは見たくないし~」
「おい、どんな魔法を使わせる気だ」
「じょーだんだよっ。でも、こっちの魔法を少しずつ覚えていくのは良いかもしれないね!」
「そう、だな……」
確かに、もしこちらの世界で魔法との相性が良ければ、それを伸ばした方が戦力としては上がるのではないか、という気がする。
一方で、おそらく勇者として重要である魔剣の扱いもまだ未熟であるため、剣の鍛錬を疎かにするわけにもいかない気もする。
「どうしたの?」
「いや、魔法を学ぶのも良いが、剣を疎かにする訳にもいかない気がしてな」
「なら、どっちもすればいーじゃん!」
あっけらかんと言い放つ少女に、ユージンが苦笑する。
「簡単に言ってくれるな」
「ま、ボクの事じゃないしね~。剣と魔法どちらも鍛えて、目指せルキオール様!」
「どちらも、か」
こちらでの魔法適正次第だが、ユージンがこちらの人間には出来ない強力な魔法を使えるというのなら、それを伸ばさない手はない。だが、その先の事も考え、剣の腕も磨く。
「(二兎を追う者、とは言うが……。やってみるか)」
少女の提案を前向きに受け入れようとした少年に、腕を組んでふんぞり返るゾーイ。
「そうそう。ボクも魔法の方はお手伝いするよ!だから、敬いたまえっ!」
ユージンは、ゾーイの頭に開いた右手を差し出し、中指を親指で押さえて円形を作った後に、
「よろしく、センセイ」
べちんっ。
「痛ったーい!」
デコピンをお見舞いした。
それから、ゾーイの指導の下、こちらの魔法についての基礎を学んだユージン。
基本的には、魔力の元が異なるだけで、ユージンにもこちらの魔法は問題なく使えた。だが、ものは試しに、とゾーイが教えてくれた強力な雷撃の呪文は、発動しなかった。
「魔力が足りてないみたいだにゃ~」
「周囲から引っ張ってはいるんだが……っ」
脂汗を流しながら必死で集中して大気に漂う魔力を掻き集め、魔法陣に注ぎ込むユージンだが、魔法が発動することはなく、ふっと集中力が切れるとともに魔法陣も掻き消えた。
「うーん、このレベルの上級魔法を使おうとすると、ユージンが制御できる魔力では足りないってことみたいだね~。訓練すれば、制御量も増えるのかもしれないけど、すぐに極大魔法は無理そう」
「極大魔法はともかく、今のはゾーイでも使える魔法なんだろ?」
「うん、ボクの得意技。電撃を放って、着弾点から周囲に大規模な落雷を起こして破壊する広域殲滅魔法だよ」
「……おい、もし今発動してたらどうする気だったんだ」
「なはは、大丈夫。その時はその時~。ボクがやったわけじゃないし~」
テキトーな答えをしてきたゾーイに、ユージンが絶対零度の視線を送ると、さすがに少し焦って釈明してきた。
「も、もし本当に発動しそうだったら止めてたよ!あれは発動までに時間かかるから、途中で止められるし。それに、魔法陣がかなり不安定だったから、まず発動しないってわかってたたし」
「不安定、か」
確かに、教えられた呪文通りに唱えたが、現れた魔法陣はなんだからふにゃふにゃしていて、頼りなかった。
マナスカイの呪文ではそんなことはなかったのだが……。
「上級魔法だからね~。1回教えただけで魔法陣が安定するなんてことはルキオール様でも無理だよ。それより、初級の役に立つ魔法を練習してみよ~」
「……ああ、そうだな」
確かに、上級魔法の前に試した初級魔法は魔法陣も安定しており、ゾーイの期待通りの結果が出たようだった。
一瞬、自分にはこちらの魔法はうまく使えないのでは、という不安が過ぎったユージンだったが、ゾーイのフォローに気を取り直す。
その後、ゾーイが得意とする電撃の初級魔法と氷撃の初級魔法を練習し、それなりには使えるようになったユージン。
「うんうん、さっすが勇者様。センスあるよ!もちろん、ボクほどじゃないけど~」
ユージンが見せた結果に頷き、ついでに自慢を混ぜるゾーイ。もちろん、これまでのやりとりから、ツッコミが来ると思っていたのだが、ユージンは浮かない顔で、そうか、と溜息を吐くだけだった。
「え、あ、あれ~。ど、どうしたの?」
「いや、お前の言う通りだと思ってな。魔法を覚えられるのは良いけど、こんな程度では悪魔との戦いの役には立たないだろう。すぐに上級魔法でも使えれば良かったんだが……」
軽口を真に受けて、若干落ち込み気味であるらしい、が、そもそもの理想が高すぎるのではと思うゾーイ。
「いや、さすがにいきなり上級魔法なんて使われちゃったらボクも立場がないんだけど……」
「そうだな、だから、やはり魔法主体は諦めた方が良さそうだ」
しかし、実際には落ち込んでいた訳ではなく、冷静になって自身の能力を判断していただけであった。
「(もしかしたら、とは思ったが、やはりそう甘くはないな)」
マナスカイから召喚されたという特殊性から、上級魔法をバンバン撃てるようになっていれば、魔法主体で戦うことも考えたのだが、現状でそれは無理そうである。であれば、やはり主体は剣として、魔法は剣を補助するものを覚えた方が良いだろう。
幸いにして、マナスカイでジャンヌに魔法を習っていた頃よりも、魔法の習得は圧倒的に早くなっている。こちらの魔力の方が合っているのかもしれない。
「ということで、剣を補助するような魔法を教えてくれないか。具体的には、防御魔法をひとつは覚えたい。俺は盾を使わないから、避けれない範囲の炎などを使われたときに対処できない」
『セブン・フォース』があればなんとかなるかもしれない、が、何でもかんでも魔剣に頼っていては良くないだろう。場合によっては魔剣を使えないこともある。現に今は魔剣を持っていない訳だ。
ユージンが落ち込んでいる訳ではないと分かり、内心ほっとしてゾーイは答える。
「う~ん、そういう使い方だと、詠唱は短い方が良いよね~?」
「そうだな。剣で戦っている最中にも使えるものが良いな」
「基本的に、魔法は詠唱が長いほど効果が高いからにゃ~。もちろん防御系もね。戦闘中に使うとなると、集中力も低めで詠唱も短くなるから、効果はかなり小さくなっちゃうよ?範囲系の魔法は、それなりに威力があるものばかりだから、それを防げるかな~」
「何か裏技はないのか?」
「そんなものがあれば皆使ってるよ~」
「そりゃそうだ。じゃあ、こっちの剣士達は魔法は全く使わないのか?」
「剣士の事情はあまり知らないけど、接近戦になる前に、きちんとした詠唱をして攻撃魔法を使う人はいるみたいだね。接近戦の最中に魔法を使う人はあまりいないんじゃないかな~。集中が乱れるとどうしても魔法陣が不安定になるし、それを補おうと余分に魔力を込めるとめちゃくちゃ効率悪いからね~……んん?ユージンは魔力切れが起きないから、効率気にしなくていいのか。それだったら、裏技あるかも!」
ゾーイが、良いこと思いついた!とばかりに目を輝かせて、頭ひとつ半上にあるユージンの顔を見上げた。
ゾーイはウザ可愛い(?)キャラを目指しています。
動かしやすい反面、予想外のところに行ってしまうことも。