第62話 ヴァン兄妹の決断
前話のあらすじ:
ユージンは、ヴァナル王国再興派の説得(?)に成功した!
「ユージンお兄ちゃん!」
ドゥマルデの指示によって『檻』から解放されたユングとフレイヤが、玉座の裏からユージン達に駆け寄ってくる。
「なんだ、そこにいたのか。元気そうだな」
「抜け出そうとしたら閉じ込められちまったぜ!っていうか、兄ちゃんが元気じゃないだろ!大丈夫なのかそれ」
ユージンの服は、カマキリの獣魔に切り裂かれた上に、ヤモリの獣魔の炎を浴びて、もはや原形を留めていない。
胸当てなどの部分鎧を固定するベルトで、布を何とか挟んでいる感じになっている。
「ああ、傷はフラールに直してもらったから大丈夫だ」
「で、でも、それだけの怪我をしたってことですよね?」
自分達のせいで、と顔を歪めて泣きそうになるフレイヤの頭に、ポン、と手を置き、
「いつものことだろ。気にするな」
ユージンは微笑んだ。
それにゾーイが突っ込む。
「ユージンは少し気にしたほ~がい~んじゃない?いずれ死ぬよ?」
「人はみないずれ死ぬだろ」
「いや、そ~いうんじゃなくてね」
「大丈夫よ、ゾーイ。ユージンは殺しても死なないわよ」
「それもそ~だね」
「凄い納得のされ方だね」
一行の普段通りの会話に、フレイヤの表情が和らいだ。
「あまり、ゆっくり会話する状況ではないのではないか?」
ライリーが周囲から浴びせられる複雑そうな視線に、居心地が悪くなり進言した。
「それもそうだな。じゃあ、本題だ。これは俺の個人的な見解だが、2人にはこの先、大きく分けて2つの道があると思う」
ユージンの言葉に、双子が頷く。
「ああ。ここに残るか、兄ちゃん達と行くかってことだよな?」
ユングの問いに、しかしユージンは首を振った。
「いや、違う。1つ目はそれで良いが、2つ目は違う」
「え?」
首を傾げたのは双子だけでなく、周囲の再興派や仲間も同じだった。
それを承知しつつ、ユージンは言葉を続ける。
「2つ目の道は、『ロキの下に戻る』だ。元々そのはずだっただろ?2人の目的は、『自分達が何者なのか』を知ることだったはずだ。そしてその目的は達成された」
「それは……」
ユージンの突き放すような言葉に、2人は動揺して落ち込んだ。
「もう、連れて行ってはくれないんですか……?」
悲壮な表情で涙を浮かべるフレイヤに、ユージンが苦笑する。
「そういうわけじゃない。だが、俺達の旅はいつか必ず終わる。その先のことを言ってるんだよ。俺達との旅を続けるにせよ、やめるにせよ、その先をここで決めないと、彼らは先に進めない。そうだろう?」
そう言って、ユージンが、自分達を取り囲む再興派の面々を見渡す。
それにつられて、ユングとフレイヤも周りの大人達を見る。
彼らは、緊張した面持ちで、2人の言葉に耳を傾けていた。
彼らにとって、王家の帰還と王国の再興は、長年の切望である。だから、2人に去られることは、何としてでも回避したい。
そのため、初めから王族の2人に、王家の必要性を何度も口にしていたのだ。
だが、王族にはっきりと帰還を拒まれてしまっては、家臣である彼らにはもはや成す術がなくなる。
無理やり王位に立たせることはできるかもしれないが、そんな歪んだ国が長く持つとは思えない。血筋だけでなく、王として生きる覚悟が国王に必要であると、彼らとて承知している。
だから、彼らは不安と期待を綯い交ぜにした表情で、2人を見守るしかないのだった。
それを認識して、ユングとフレイヤが表情を引き締めた。
そうだ、自分達の決断は、もはや自分達の未来だけを決めるだけにはとどまらない。彼らの明日をも左右してしまうのだ。
ユージンは、ここに残る義務などはないと言ってくれたが、その事実が変わることはない。
その場のノリや気分で決断していい話ではない。
ユングとフレイヤは、お互いの顔を見て――、頷いた。
気分で決めたわけではない。
もうその答えは決まっていた。
「わたし達は、ユージンお兄ちゃん達の旅に、最後まで付き合いたいです」
「その後は、一旦、師匠の下に帰るぜ」
ユングの言葉に、再興派から、そんな!?とか、殿下お考え直しを!とか聞こえたが、すぐにユングの言葉を吟味して、騒めきが収まる。
そして、
「さすがに師匠に何も言わないわけにはいきませんからね」
「その上で、ここに戻ってくる。王になれるかどうかは分かんねーけど、必要とされてるなら、頑張るぜ!」
2人の言葉に、喝采が上がった。
王家が、初めて自らの意思で帰還を宣言したのだ。
待ち望んでいた祖国の復興が真に現実味を得て、いい大人ばかりの再興派が諸手を上げて喜んでいた。
そんな中、心中はホッと胸をなでおろしているものの、顔には出さずにドゥマルデがユージンに喋りかける。
「お二人を一時でも手放すのは本意ではないが……仕方あるまい。今更お二人を留めるのは無理であろうし、帰還のお言葉も頂けた。である以上、今後の話をしたい。そもそも、貴殿らはなぜ旅をしているのだ?見たところ、お忍び貴族とその護衛といった風体であるが……」
その質問に、その通りです、と答えるのは簡単だったが、彼らの王族である2人を預かる以上は、誠実に対応するべきか。
ユージンのそんな視線を受け、ライリーが進み出ようとして――、止めた。
忘れかけていたが、ヴァナル王国再興派に、ネアン帝国は酷く嫌われているのだ。身分を明かすにしても、交渉はユージンが行った方が良いと判断し、ライリーはユージンに対して頷くにとどめた。
それを理解して、ユージンも頷き返し、ドゥマルデに答える。
「俺達の目的はたった1つ。魔王を倒す。それだけだ」
ユージンの言葉に、謁見の間が水を打ったように静まり返った。
数秒の沈黙の後、ドゥマルデが慎重に口を開く。
「それは、つまり――、そういう意味か?」
「まあ、たぶんあんたの想像している通りだよ」
ユージンは、自ら勇者とは名乗らなかった。
別に隠すつもりではなく、単に「俺が勇者だ」なんてこっ恥ずかしくて言いたくなかっただけである。(ニルガルドには言ったが)
だが、明言しなくとも、再興派はその意味を正しく理解してどよめいた。
「勇者……?」
「あの少年が、勇者?」
「ということは、周りの人間はネアン帝国の騎士や魔法士か」
「それなら、王都を突破できたのも納得だな」
「待て、勇者がお二人と共にミッドフィアに居たのが事実なら」
「聖剣の噂は本当だったのか!?」
「分からんが、あの少年の剣は尋常じゃないぞ」
「ああ、あの存在感は業物とかそういうレベルじゃないな」
それらを聞いて、ユージンが思わず突っ込む。
「ちょ、待て待て!何で聖剣の話まで!?」
ユージンの近くにいたエルグが答える。
「勇者については世界中で色々と面白おかしい噂が出回っていますからね。その中に、聖剣の封印を解いた、というものもあります。我々としては、根も葉もない噂だと思っていたのですが、勇者がネアン帝国からわざわざミッドフィアに行ったことが事実なら、聖剣の解放も現実味を帯びる、ということです」
「……噂、やべぇな」
ユージンが頬を引き攣らせながらそう言うと、ゾーイが肩を竦めて。
「ま~、いくら国が情報統制しようとしても、噂って、なんでか広まっちゃうよね~。ミッドフィアの上層部は、ユージンが聖剣を解放したことは事実として知ってるワケだし、そこから市民に、世界に広まってもおかしくはないね~」
「それにしても早すぎないかしら?私達がここに来るよりも情報の方が早いっていうのはおかしくない?」
「ま、エルグさんの言う通り、元はただの冗談とか噂の類なんでしょ。そういうのがいっぱいあって、その内の1つが真実になった、ってところじゃない?勇者が聖剣を解放するなんて、いかにもありがちだし」
聖剣と魔剣の違いはあれど、マナスカイにおいても勇者ユージンは魔剣を解放したのだ。
それを知っているディストラが、したり顔で頷いた。
一行の会話を聞いて、聖剣解放の噂が事実と知った再興派が、再びざわざわする。
ユージンは、それに苦笑して――、そこで、何やら訝し気な顔をしているライリーに気付き、騒めきに乗じてこっそり訊ねた。
「どうした?」
「いや……案外、我々ネアン帝国は嫌われていないのかと思っていた所だ」
「……言われてみればそうだな」
彼らは、ユージンが勇者であることを知り、当然仲間がネアン帝国の人間であることも理解した。
だが、それに対して敵対心や嫌悪感を顕にする人間はほとんどみられない。
そこまで腹芸ができる人間が集まっているようには見えない以上、そもそもネアン帝国に特別悪い感情を抱いていないと考えた方が自然である。
どういう事だ?と考えるユージンを余所に、周囲の再興派の議論が進む。
「待て、両殿下が一旦出られるのはまだしも、勇者に同行して魔王を倒しに行くのは危険すぎる」
「それはそうだ」
「しかし、お二人は勇者について行く気満々だぞ。止められるか?」
「せめて護衛が必要だ」
「そうだな。魔王はともかく、お二人を送り出すのに護衛なしはあり得ない」
護衛が付く話の流れになって行き、ユージンは顔を顰めた。
なるべく目立たず、行軍速度を速く。このためには、人数は少ない方が良い。
まあ、1人くらいならそこまで影響はないし、戦力になるのであればありがたいくらいだが――。
ユージンは、ちらりと隣のライリーを見る。
今まで、一行の行軍に特段の問題が生じていないのは、ネアン帝国の騎士ライリーが行程の管理や采配を行っていたところが大きい。
その管理能力というよりも、意思決定の段階で躓かないことが重要である。
ユージンの我儘で行程の変更が余儀なくされたとしても、基本的にネアン帝国目線で全て進める事ができるので、大きな問題は生じなかったのだ。
だが、護衛という名目でも、ヴァナル王国の人間が一向に加われば、そう簡単に物事が進まなくなる可能性がある。
現在なら、一行の言動がネアン帝国に有利に働き、他の国に不利に働いたとしても、特に問題は生じない。ネアン帝国に属していないユージンも、あまりにもその内容がひどくない限りは、ネアン帝国に多少有利でも問題ないと考えているからだ。
だが、ヴァナル王国の人間が加われば、その言動に対してきっと異論が出ることだろう。そして意思決定が遅れ、諍いが起き……と、ややこしくなるのは目に見えている。
そういう理由から、ユージンはヴァナル王国の人間が護衛に付くのには消極的である。
だが、相手はそうも言っていられないだろう。大切な国の跡取りが、危険な旅に出るというのだ。
「ふむ。私としても、お二人の護衛は外せないと考えている。最低でも1人。できれば連絡役も兼ねて2人同行させたいのだが。もちろん、我が国内でも最高の実力者をつける故、能力の心配はいらない」
「能力の心配はしてないけど……」
ユージンが、再びライリーに視線を遣る。
彼も、ユージンと同じ懸念を抱いているようで、難しい顔をしていた。
「貴殿らの邪魔をするつもりはない。魔王の討伐は世界的に求められていることで、我が国としても賛同するところだ。ただ、お二人の身の危険に対して、身を挺して護る騎士を備えないわけには行かない」
「それは分かるけどな」
どうしたもんか、と考えるユージン。
判断をライリーに丸投げしても良いのだが、そうするとユングとフレイヤごと置いていく、という至極合理的な判断を下される可能性もある。それは確かに魔王討伐を目的とする一行の判断として間違ってはいないのだが、ここまで一緒に来た2人の意思を無視して突き放すのは、ユージンには憚られた。
譲る気はなさそうなドゥマルデと、ヴァナル王国の人間の同行は可能な限り拒否する構えのライリー。
ユングとフレイヤを護ることだけに特化して、口を全く出さない騎士が来てくれれば良いのだが、そんな人間など――。
と、悩むユージンの眼前を、碧が横切った。
周囲の人間の視界をあっという間に通過したそれは、フレイヤの肩に留まり。
『その役目、私が請け負おう。それで異論ないだろう?勇者一行に再興派の皆よ』
ニルガルドは、周囲の注目を一身に浴びてそう言った。
ユージン「あっさり王族になることを決めたけど、良かったのか?」
フレイヤ「ミッドフィアに戻って、魔法士として生きていくことも考えましたが、やはりあそこまで求められているのなら、できる限り応じてあげたいと思いました」
ユング「ミッドフィアでの仕事は、別におれ達じゃなくてもできるしな」
ユージン「でも、王族ってたぶん色々と面倒だぞ」
フレイヤ「そうですね……。これから覚えることが多そうです。お兄ちゃん、頑張ってね」
ユング「え、なんでいきなり他人事っぽくなってるんだよ。フレイヤもだろ」
フレイヤ「わたしは今までも一般教養はきちんと学んできたけど、お兄ちゃんは全然でしょ?それに、わたしは女王様になるつもりはないからね。お兄ちゃんが、王様としてきちんとしてくれないと」
ユング「え、なにそれ……」
ユージン「がんばれ、ユング」




