第61話 勇者と呼ばれる者
前話のあらすじ:
ユージン達は、王宮に突入した!
先陣を切って飛び込んだユージンに、皆が続く。
ステンドグラスの先は、広い部屋になっており、高さは15メートルはあるだろう。その部屋には多数の人間がおり、こちらを見上げている。
そして部屋の奥は少し高くなっており、玉座と思われる椅子が鎮座しているが、そこには誰もいなかった。
落下中にそこまで確認したユージンは、近付いた床に向かって叫ぶ。
「『川皮』」
するとユージンのすぐ下に水の膜が生じ、仲間達の落下の衝撃を吸収する。そして皆のスピードがゼロになったところで膜が弾け、一行は危なげなく――フラールだけは少し転びかけたが――、謁見の間に着地したのだった。
◆ ◆ ◆
突然、不作法にも程がある方法で闖入してきた一行を、周囲の「再興派」は警戒する。
「何者だっ!?」
だが、ここにいる者の半分は文官であり、戦闘力を持たない。警戒しつつも、じりじりと後ずさりするところに彼らの心情が見て取れた。
残りの半分は騎士であり、戦闘職である。そのため、剣を抜いて彼らを牽制するが――、彼らには指揮官がいなかった。彼らの上司は、軒並み会議中である。
トップを除いては。
「慌てるな」
騎士達の職階の最上位である将軍、ドゥマルデ。彼は、玉座の脇から姿を見せると、重々しく騎士達に指示をする。
「剣を納めろ。そして距離を取れ。不用意な接触を避けろ」
王族2人の目の前で、2人を保護していた彼らとの戦闘になりでもしたら、目も当てられない。
そうなれば、2人からの再興派への心証は一気に下がるだろう。
現状、2人には彼らの進入を気付かれてしまったが、2人を『檻』の中に隔離していたおかげで、幸いにも彼らには2人の存在を気付かれていない。こちらからの声は届くものの、『檻』の中からの声は届かないし、玉座の裏側にいる2人は、彼らの位置からでは視認できない。
それにしても――、とドゥマルデは思う。
まさか、彼らが本当にここまで来られるとは夢にも思わなかった。想定外も良い所である。
今のアルセドの市街地は、再興派の騎士の最高レベルのチームでも、たった5人で南門から王宮まで到達するのには苦労する。
地理や出現する獣魔を良く知っている騎士ですらそうなのだから、初めて訪れた彼らが、如何に腕利きの旅人であったとしても、ここまで到達するのは到底不可能であると考えていた。
それがどうだ。彼らは、疲労困憊、満身創痍ではあるものの、ここまで辿り着いた。
しかも、どんな手段を用いたのかは分からないが、王宮を護る3重の魔法障壁まで突破している。アレを短期間で突破するのは、ここにいる人間には誰一人として不可能だろう。
常識外れの実力者達と言っていい。
だがそんな彼らも、獣魔が蔓延る市街地から、人の領域に来たことで、一息ついているようである。
彼らとて、無駄な戦闘はしたくないだろうし、こちらから仕掛けない限りは――。
そう、思ったドゥマルデが、先頭に立つ黒髪の少年の鋭い視線に目を見張った。
まだ、20歳にもなっていないだろう。
大人というにはやや幼さが抜けない顔立ちで、身体つきも成長半ばである。
だが、彼は漆黒の瞳でこちらを見据え、右手に構えるやたら存在感のある剣の切っ先をこちらに向けて。
不敵に笑った。
「待たせたな。あんたに言われた通り、己の――俺達の力で、来てやったぜ。ユングとフレイヤに、会わせてもらおうか」
◆ ◆ ◆
彼の好戦的な態度に、周囲の騎士達が色めき立つ。
「貴様!」
「将軍になんて態度だ!」
「剣を納めろ!」
騎士は口々にユージンを非難するが、ドゥマルデの言いつけを守って、近付こうとはしなかった。
そんな中、当のドゥマルデは。
「(なんと……)」
一人、震戦していた。
彼は、この状況下で――血痕の残るボロボロの服を纏い、激戦の後であることを隠せもせず、仲間も皆フラフラの状態で、周囲は多くの再興派の騎士に囲まれながら――戦う意思を叩きつけてきた。
周囲の騎士全員を倒せると自惚れる愚か者か?
後先顧みない戦闘狂か?
いや、そうではない。
彼の態度は好戦的に見えるが、戦いを望んでいるわけではない。彼の瞳には、理知的な輝きが灯っていた。
なれば何故、彼はこのような態度をとったのか。
それは、彼の言葉が物語っている。
謁見の間で待っている――待たせたな
己の力で――己の、俺達の力で
奪い返してみせるがいい――来てやったぜ
彼は、ドゥマルデの言葉に忠実に応じているのだ。
その上で、目的を達するためならば、戦闘をも辞さないと――、自らの覚悟を語っているのだ。
ここまで来たのだから、2人に会わせてくれ、と、そう願い出るのは簡単だったろう。
だが果たして、そう言われて自分は首を縦に振ったか?
先程、彼らが王家の2人に気付かなかったのを「幸い」と感じたことが答えだろう。
そのような願いをされたところで、きっと自分は、彼らをそれとなく別の部屋に誘導し、結局2人に会わせようとはしなかった、とドゥマルデは自らを評した。
だが、今。
ドゥマルデの言葉を愚直に実行し、最後の最後までそれを止めない彼に対して、その対応をするのは憚られた。
「(いや、違うな)」
憚られた、という上からの物言いは相応しくない。
彼が、その手段を阻んだのだ。己の力によって。
もし、ドゥマルデが上記のような対応をすれば――、彼は間違いなく、その剣を振るうだろう。
勝てる勝てないではない。
やらなければならない。それが、彼の生き様だと、彼はそう告げているのだ。
「(あの少年は、真の戦士か)」
もはや認めざるを得ないだろう。
彼は己の信念のために、命を懸けて戦うことのできる稀有な戦士であると。
◆ ◆ ◆
ドゥマルデがそんな事を考えている間にも、再興派の面々は、異分子を排除しようと目論む。
無論、物理的な接触はドゥマルデに禁止されたため、口撃によるものだったが。
「何をしに来た!」
「我らの王を奪おうと言うのか!?」
「自分達のしていることがわかっているのか?」
「両殿下はこの国に居るべきなのだ!」
「お二人は、我らの心の拠り所!」
それらを苛つきながら聞いていたユージンの前に、1人の青年が歩み出た。
昨日、ユージン達の下に残された騎士エルグだ。
「まさか本当にここまで来られるとは思いもしませんでした。ですが……昨日も言ったとおり、王家のお二人は、この国にいるべきなのです。そして、王家に生まれたものとして、我々国民を率いていく義務があるのです」
エルグの言葉に、そうだそうだ!と周囲の再興派が同意する。
昨日と同じ意見、そしてより強い「義務」という言葉に、フラールを始め、仲間が顔をしかめる。
そう言われては、反論しづらい――。
エルグの言葉は、玉座の裏で閉じ込められているユングとフレイヤにも聞こえており、その言葉の重みに2人とも顔を曇らせた。
「――ふざけるなよ?」
だが、ユージンだけは、エルグの言葉に怒気を強めた。
「義務だと?王家に生まれたから、ただそれだけで、全てを背負う必要があるとでも言うのか?」
「そうです。王家とは、我々を纏め導く存在であり、我々がその王家を支える。それが王国のあり方なのです。部外者は、口を挟まないで――」
「お前らに、そんなことを言う権利はない!」
ユージンが、エルグの言葉を遮って怒鳴った。
「王国のあり方だと?そりゃ、あの2人が普通の王国の王家に生まれて、育ってきたのなら、俺だって何も言わねぇよ。だが、違うだろうが!あの2人は、自分が王族であることも知らず、その権利を何一つ享受せず、あまつさえ、ロキが助けなければ死んでいたんだぞ!?2人を守れなかったお前らに、2人に義務を強いる権利なんてない!!」
「っ……」
ユージンの言葉に、エルグを始め、周囲の再興派は言葉を失った。反論ができなかった。
心のどこかで考えていた、ひた隠しにしていた罪悪感を、明るみに出された気分だった。
一方のユングとフレイヤは、ユージンの言葉にハッとさせられた。
自分達が王族である以上、再興派の思いを受け入れる必要があると思っていた。
だが、ユージンは違うと言う。
彼の言葉が全てではないが――、明確に、否定をしてくれる声があるのとないのとでは、2人の心の在り様も大きく異なった。
謁見の間に異様な沈黙が下りる中、
「それで、貴殿はここに来てどうしようというのかね?」
ドゥマルデが、ユージンに訊ねた。
「最初から言ってるだろ。ユングとフレイヤに会わせろ、って」
その返答に、ドゥマルデは諦念を覚えつつゆっくりと目を瞑った。
そう、彼は先程「ユングとフレイヤに会わせてもらおうか」と言った。
ドゥマルデが今朝、王都の南門で彼に「奪い返してみせろ」と言ったにもかかわらず。
その意味をハッキリと理解して、ドゥマルデの心は決まった。
「……分かった」
「将軍!?」
「良いのですか!?」
騎士や文官の叫びに、ドゥマルデは溜め息を吐く。
仕方があるまい。
彼の目的が、2人を奪い返すものだったなら、まだ反論もできた。それは彼のエゴだろうと、突っ撥ねることもできた。
だが、彼は、2人に会いに来たと言った。2人の意思を確認するためだろう。
それはつまり、ユングとフレイヤがここに残ると言えば、彼らは完全に無駄足となることを意味する。
それにもかかわらず。
2人の意思を守るためだけに、彼は命を賭してここまで来たのだ。
己の信念のために命を懸けて戦うのが真の戦士であるなら、他人の意志をまもるために命を賭して戦うのは、何者か。
そう、ひとはそれを――勇者と呼ぶ。




