第59話 フレイヤ=ヴァンの我儘②
前話のあらすじ:
フレイヤは、ユージンとこのまま別れたくない!
今回までフレイヤ視点です。
フレイヤ=ヴァンは、小さい頃から聡い子であった。
両親の言いつけを破ることはなく、自らの能力を良く把握しており、失敗することはほとんどなかった。
ヤンチャな双子の兄のフォローをするのも、彼女の役目として、自他共に認めていた。
ただし、兄の存在はフレイヤにとってただの負担ではなかった。彼女一人ではする気も起きない挑戦を、兄のフォローをする形で行うことで、彼女の成長にも繋がっていた。
◆ ◆ ◆
そんな優等生の彼女が、最初に絶望に直面したのは、5歳の時であった。
凶悪な獣魔による両親の殺害。
そして自らの命の危機。
その時フレイヤは、酷く後悔していた。
この惨状は、自らに原因の一端があったからだ。
その日の前日、彼らは美しい湖の畔に滞在して休養を取っていた。通常であれば通り過ぎるところであったのだが、フレイヤが湖の美しさに見惚れて、もっと見ていたいと両親にねだったのだ。
兄とは違い、ほとんど我儘を言わない娘のおねだりを、両親は快く受け入れた。
その結果、彼らの進行は少し遅れた。
そして翌日、ばったりと出くわした獣魔に襲われたのだ。
自分が、あんなことを言わなければ――。フレイヤは、そんな思いと共に、自分を飲み込もうとする死を受け入れようとしていた。
結果的に、ユングとフレイヤだけは、たまたま通りかかったロキによって救われ、命を繋いだ。
だが、その出来事はフレイヤの心に大きな傷を残した。
自分が我儘を言えば、不幸に襲われる。そんな強迫観念を、幼い少女に植え付けたのだ。
その結果、彼女はこれまで以上に自分を律するようになった。
その子供らしからぬ在り様が、高い魔法能力と共にロキの興味を引いたのは、幸運だったのか不幸だったのか。非凡な人生を歩みたければ幸運となるだろうが、平凡な人生を送りたければ不幸である。
それは見方次第であるが、少なくとも、フレイヤはそれを不幸とは思っていなかった。
ロキの下で魔法を始め様々な事柄をを学び、これまでどおり――、いやこれまで以上に優等生として過ごしてきたフレイヤ。
そんな彼女の価値観が、最近少し変わった。
◆ ◆ ◆
切っ掛けは、師匠ロキの思い付き――いわゆる勘であった。
「あ~、水ミスリルの品質が悪い!創作意欲が沸かないな~。あ、そうだ、キミたち、ちょっとあそこの村に行って水ミスリル鉱石を採取してきて。あの、帝国ギリギリの村ね」
そんな適当な言葉で旅立たされ、その結果として2人は死にかけた。
カエルの大群を『殻』で必死に防いでいる間、フレイヤも色々と考えていた。
そして、いよいよ自らの魔力が尽きかけ、「死」が頭をちらつき始めた時、不意に悟った。
結局、自分が我儘を言おうが言うまいが、そんなものに関係なく幸も不幸も訪れるのだと。
今更そんな事に思い至っても、もう遅いのだが――。と、フレイヤの心が折れかけた時。
彼は、現れた。
その時のことは、今でも鮮明に覚えている。
限りない蒼穹を背負って、切り立つ大地に着地した少年。
3人の子供達とカエルの大群を見下ろした彼は、不敵に笑い。
フレイヤは彼の黒い瞳の奥に、決して消えることのない炎をみた気がした。
一撃で全ての敵を屠るような、圧倒的な力はない。それでも、敵の真っ只中に恐れることなく突っ込み、確実に倒していく。
巨大な生物を次々に殺していき、鮮血に染まったその姿は、英雄というよりも殺人鬼のそれに近かった。
それなのに、自分はその姿にまるで戦くことなどなく、むしろ憧憬を抱いた。
フレイヤがユージンに惹かれた切っ掛けはそれであったが、彼が「特別」になったのはその後のことである。
ユージンは、ユングやフレイヤのことを、子供扱いはするが、それでも、一人の「仲間」として、一人前として扱ってくれた。それも、特別な才能を持った恐るべき魔法士としてではなく、ただの仲間として。
今にして思えば、であるが、両親と旅をしていた頃、2人は異常なほど使用人から恭しく接せられていた。
彼らからすれば、主君筋なのであるから当然だったのである。
そして、その後、ロキの下に行ってから。
政治家からは、ただの子供として見くびられ、ロキの弟子達(ロキの認識では小間使い)からは異常な才能をもつ子供として腫れ物を扱うかのように接せられた。
優等生として面に出すことはないものの、多感な少女としては、それらの扱いに地味に傷ついていたのだ。
しかし、彼は違った。
一人の仲間として信頼され、同時に子供として守られる。突き放すような言葉の中に優しさを感じるユージンからの扱いに、フレイヤはくすぐったくも嬉しい感覚を覚えた。
そして、彼に褒められることに喜びを感じるようになり、そのために頑張ろうと思うようになった。
と、長々と解説したところで、結局は一言に集約される。
フレイヤにとって、ユージンは初恋の相手なのだった。
それは、年上の少年に抱く、憧れのような淡い感情であるかもしれない。
だが、フレイヤはこの感情を大事にしようと決めていた。
だから、たとえ我儘だとしても――、このまま二度とユージンと会えなくなるのは、断固拒否せねばならなかった。
◆ ◆ ◆
その思いを胸に、フレイヤは正面に座る女性に願い出た。
「せめて、別れだけでもさせてもらえませんか?」
この想いを、思い出にするためにも。
だが、フレイヤの希望に、女性は難色を示す。
「それは……。すみません、私の一存では決められません。ひとまず、アルセド城に入ってからご相談させてください」
遠回しの拒否に、フレイヤの意気が消沈する。
その様子を見て、ユングも薄々現状を認識し始めた。
彼らは、自分達の敵ではない。けれど、自分達の希望どおりに動いてくれるわけではないのだと。
王になってくれと言われて、若干ながら浮かれていたユングの心が少し冷えた。
同時に、馬車の中の空気も下がったように感じられたのだった。
◆ ◆ ◆
そして、翌日の正午。
フレイヤとユングは、前日にこっそりと2人で相談し、ユージン達に会うために、早い内に一旦ここを抜け出すことで合意していた。
もしユングとフラールが、ユージンに先のことを訊ねられたあの時に、ハッキリとした答えをしていれば――、例えば、王になるつもりはない、と言っていれば、おそらくユージンは2人の所に来てくれただろう。
しかし、あの時2人はなにも答えられなかった。
そんな宙ぶらりんのまま迎えた突然の別れの中で、ユージン達は、再興派に「2人を引き取った後、ユングかフレイヤを王にしてヴァナル王国を再興する」と言われ、納得して引き下がったらしい。
それが2人のためなら仕方ない、と。
だから、ユージンと会うためには、2人の方から、ここを抜け出して会いに行くしかないのである。
だが、そのためにはこのアルセド周辺の地理、王宮の構造を把握し、移動手段を確保する必要がある。その準備を怠って見切り発車で行動したところで、再興派に見つかって連れ戻されるか、最悪、王都の外で強力な獣魔に襲われて死んでしまうかもしれない。
逸る気持ちを抑えて、2人は情報収集をしようと決めた。
そんな中で、大音量の鐘の音と、周囲の混乱である。
この機に乗じて抜け出そうかという、フレイヤの珍しく軽率な意見を、これまた珍しくユングが制し、2人は周囲を観察する。
大人達が、2人がいるのを忘れているかのように、緊迫した声で話し合っている。
「どうなっている!本当に尖塔の鐘楼なのか!?」
「間違いありません!鐘楼が動いています!」
「そんなバカな!……障壁は?障壁は無事か!?」
「大丈夫です。3つとも問題なく発動しています!」
「まさか、王都に乗り込んできた奴らの仕業か?」
「いえ、彼らは獣魔の対応で手一杯のはずです。そんな暇はないかと」
「では……。そうか!我らが王の帰還が理由か」
「なるほど、そうですな」
「その可能性が高いかと」
「王の帰還を感じて、街の封印が解かれたと言うことでしょうか?」
喧々諤々と大人達が議論しているところに、1人の男が現れて、重々しく口を開く。
「おそらく、そうだろう。街に出て確認する必要があるな」
昨日、2人を迎えに来た騎士、ドゥマルデだ。
威厳のある騎士の帰還に、周囲の大人達が近寄って口々に声をかける。
「将軍、お戻りで」
「奴らは帰らなかったようですな」
ドゥマルデは、ちらりとヴァン兄妹に視線を向けて目礼した後、掛けられた声に対して厳しい視線を投げ掛けた。そして返事はせずに、
「状況を確認する部隊を編成しろ。ランクAを4班だ」
「……随分と慎重ですね?」
「何が起きているのか、ハッキリと分からない以上、相応の実力者を動かす必要がある」
「了解しました。……おい、中隊長以上は軍議室に集合しろ!」
軍人らしい男達が、バタバタと部屋を出ていく。
その様子を眺めながら、フレイヤがドゥマルデに訊ねた。
「ドゥマルデさん、先ほどの話に出ていた『奴ら』とは誰のことですか?」
「それは……」
言いづらそうにするドゥマルデに、フレイヤは確信した。
アルセドの市街地は獣魔の巣窟となっており、強力な獣魔が蔓延っていると聞いている。
そのため、屈強な騎士達に連れられつつも、ユングとフレイヤは隠し通路で王宮まで来たのだ。
「その前には、『王都に乗り込んできた』とも言っていました」
「……」
そんな危険な場所に、何の理由もなく乗り込んでくる人間がいるだろいうか。
いるはずがない。
であれば、その人物はここに来る理由があることになる。
そして、このタイミングでここに来る理由がある人間など、考えなくてもわかる。
「来ているんですね?」
確信を持ったフレイヤの問いに、ドゥマルデは苦い顔で頷いた。
フレイヤの胸に、歓喜と恐怖、相反する感情が押し寄せた。
ユージンが、危険を承知で、自分達を迎えに来てくれた。
「再興派」から、自分達を王として擁立するという、一般的にみれば悪くない対応を聞かされているはずだが、彼は、きっと自分達と最後にきちんと話をしたかったのだろう。そういう人だ。
加えて、自分が最後に彼に向けてしまった不安な表情も効いているのかもしれない。
それは、嬉しい。とてもとても、嬉しい。
だが、先ほど「獣魔の対応で手一杯」という話が聞こえた。
自分達のせいで、ユージンをそんな場所に追い込んでしまった。下手をすれば、大怪我を負い、さらに悪ければ――。
その想像が、フレイヤの心に恐怖を生む。
まさか彼に限って、そんなことにはならないと思う。けれど、絶対とは言い切れない。
「ユージンお兄ちゃん達は、無事なんですか!?」
「……分かりません。私は、引き返すように言ったのですが」
「なんで助けに行かないんです!?」
「下手をすれば、我々にも被害が出ます。申し訳ありませんが、そこまでのことはできません」
「そんなっ!」
フレイヤの悲痛な叫びが、謁見の間に響いた。
ドゥマルデの言葉は、正論だ。
ユージン達は、危険地帯に、警告を無視して自ら乗り込んできたのだ。それを、助けに行く義理など彼らにはない。
そう、彼らには。
「なら、おれ達が行くしかないな!」
フレイヤとドゥマルデの会話を静観していたユングが、そう叫んで立ち上がった。
だが、ユングやフレイヤがそう出ることは、ドゥマルデの想定内であった。それゆえ、彼らの存在を悟られないようにしたかったのだが――考えの足りない者が口を滑らせたらしい。
それはともかく、ドゥマルデは、当然のように2人の意見を却下する。
「それはなりません。お二人は、王族の一員なのです。お二人の行動は、このヴァナル王国全体に影響します。お二人のために、何人もの騎士が命を失うことになりかねません。もうお二人の命はお二人だけのものではないのです」
「そんな……」
愕然とするフレイヤ。だが、ユングはフレイヤほど物分かりが良くはない。
「騎士の護衛なんていらない!おれ一人で十分だぜ」
そう言って。
玉座の裏にある通路に向かって歩みだそうとしたユングの前に、ローブを被った人間が進み出てきた。
不穏な空気を感じて、フレイヤも立ち上がって兄の脇に立つ。
「……仕方ありませんね。お二人にこんなことはしたくないのですが」
そうドゥマルデが言うや否や。
「護り囲え 堅牢なる檻よ『光音の護殻』」
ローブを着込んだ魔法士が詠唱し、ユングとフレイヤの周囲が半球状の黄色い膜で覆われた。
「――!!」
咄嗟のことで抵抗が間に合わなかった2人が、膜を叩き、何かを叫ぶ。
しかし、それが外に伝わることはなく。
「申し訳ありません。その膜の内側からは、外に音や魔法を伝えることはできません。ですが……お二人の気持ちは十分理解しました。これから市街地に調査に行かせる騎士達に、彼らの保護を命じましょう」
そのドゥマルデの言葉を聞いて、2人は不承不承という顔で大人しくなった。
自分の言葉を素直に聞く辺り、まだまだ子供だな、とドゥマルデは内心で苦笑する。
これから、人を疑うことも覚えてもらう必要があるだろう。
とはいえ、別に彼は今、嘘を吐いた訳ではない。
ここで彼らを見殺しにすれば、この2人からの心証は最悪になるだろうし、それは絶対に避けなければならない。それにドゥマルデとしても、あの気骨ある少年には、できるならば死んでほしくはなかった。
しかし、2人に会わせるわけにはいかない。
そこで、2人が間違っても会いに行ったりできないようにした上で、彼らを救助し、そのまま王都の外に送り届けるのが最良と考えたのだ。
2人を無理矢理大人しくさせたことはマイナスポイントだが、彼らを救えば、それもチャラになるだろう、という計算もある。
だが、ドゥマルデのそんな計算は、次の瞬間に水泡に帰すことになる。
パリィン!
という、ガラスが割れる音が謁見の間に響き、
「何事だ!?」
「上だ!!」
再興派の叫び声につられて、皆の視線が南側の天井付近のステンドグラスに向かう。
そこから、人間が飛び込んできた。
蒼穹を背負い、キラキラ輝く色とりどりの硝子片を引き連れて。
黒い瞳の奥に、消えることのない炎を燃やして。
黒髪の少年は、仲間とともに謁見の間へと降り立ち、不敵に笑った。
その、どこか既視感のある光景を。
一度目の光景とともに、フレイヤは生涯忘れることがなかった。
ゾーイ「なんか、ユングの口調ってイマイチ安定しないよね」
ユング「うるせー。おれにも色々あるんだよ!」
ユージン「周りの人間の口調を聞いて、色々真似したくなるお年頃なんだよな」
フラール「そうすると、貴方の悪い影響が大きそうね、ユージン」
ユージン「うるせー」




