第55話 王都アルセドへ
前話のあらすじ:
ユングとフレイヤが、ヴァナル王国再興派に連れて行かれた!
その夜、ユージンはベッドに寝転がって天井を睨みつけていた。
脳裏にちらつくのは、フレイヤの不安そうな表情。
「……ちっ」
大きく舌打ちをして、ゴロン、と横を向く。
ユージンは、深く後悔していた。
あの時――数日前、絶好の機会があったというのに、なぜ2人の意思をきちんと聞かなかったのかと。
もしあの時、2人の意思を聞いていれば、こんなことにはならなかった。
2人に王族として生きる意思があるのなら、半ば強制的に連れ去られ、きちんと別れができなかったとしても、気持ちの折り合いはついただろう。
一方、2人にその意思がないのなら、そもそも連れ去らせはしなかった。
しかし現状、2人は連れ去られ、だが2人の意思は分からない。
フラール達は、「再興派」エルグの意見に納得したようだが、ユージンは微塵も納得できていなかった。
だから。
◆ ◆ ◆
ユージンは、むくりと起き上がる。
時刻は夜半。皆、夢の国にいることだろう。
1人になりたいと言って確保した1人部屋で、ユージンは着々と自身の身体に装備を装着していく。
やがて旅装を整えたユージンは、人気のない宿のロビーを通過して、外に出ようとしたところで――。
「どこに行くつもりだ?」
掛けられた声に、ギョッとして振り返った。
そこには、問いかけてきたライリー含め、4人の仲間全員が揃っていたのだ。
「あ、え?な、何で……?」
動揺するユージンに、フラールが得意気に言う。
「ほら、私が言った通りだったでしょ?絶対何かしでかすために抜け出すつもりだって」
「う~ん、ボクも何かするつもりだろうとは思ったけど、1人で抜け出そうとするとは思わなかったにゃ~」
「ホントだよ。何かするつもりなら言ってくれれば良いのに」
「単独行動は自戒してもらいたいものだな」
仲間からの棘のある言葉に、ユージンは、うぐぅ、と胸を押さえる。
「いや、納得してないのは俺だけだったみたいだし、完全に俺個人の話だから、皆につき合わせる訳にはいかないと思って」
ユージンがそう言い訳するも、
「なら、堂々とそう言えば良いじゃない。こんな夜中にこそこそしないで」
フラールにズバッと言われて、たじろぐ。
「まあ、そりゃそうだけど……」
「反対されると思ったんでしょ?」
ディストラが、ユージンの心情を言い当てた。
「それで逃げるなんて、カッコ悪~い」
ゾーイの言葉にも、今回ばかりは反論ができないユージン。
「そうだな。先日ユングに暴走を控えるように言っていたのは君ではなかったか?」
ライリーの指摘に、ユージンはぐうの音も出なかった。
「すみませんでした……」
なので、素直に謝るのだった。
◆ ◆ ◆
「それで?ユージンは何に納得がいかないわけ?」
ゾーイが、自分の馬に荷物を括り付けながら訊ねた。
皆、ユージンがここまでするのだからと、ひとまずユージンの行動に付き合うことにしてくれたのだ。良い仲間を持ったとユージンは深く頭を下げた。
そして、具体的にユージンが何をしようとしているかはさておき、アルセドに向かうであろうことは分かっている。
だがそれは、おそらくユージン達のもとに留まった再興派エルグの思惑に反している。
だから、このまま夜に乗じて出発してしまおうということである。
「俺は、2人の意思を聞いていない。2人にヴァナル王国に留まる意思がないのであれば、これはただの誘拐だ。いくら奴らが王家の血筋がどうとか2人のためだとか言おうが、そんなのは関係ない。俺は、攫われた仲間を見捨てるようなことは絶対にしない」
ユージンが、実に単純な理由を述べた。
「えっと、じゃあ、2人の意思が分かればそれで良いのね?」
フラールの質問にユージンが首を振る。
「もし2人が残るつもりがないのであれば、取り戻す。だってそうだろ?俺達は、ロキからあの2人を預かったんだから。2人の意思をまもる責任がある」
ユージンの言葉に、フラールはハッとした表情を見せ、ゾーイは殊勝な顔で頷いた。
「まあとにかく、2人に会わないことにはね」
ディストラがそう言い、一行は頷く。
そして、月明かりとゾーイの魔法を頼りに、夜道を進み出すのだった。
宿の中から彼らを見つめる視線には、気付かぬまま。
◆ ◆ ◆
日中であれば、アルセドまでは半日で着く距離である。
さすがに夜が明けるまでに着く事はできなかったが、途中休憩を挟みつつ、日が完全に昇る前には、一行はアルセドの市街地を囲む防壁を望むまでに至った。
「あれが、アルセド……」
500年前に打ち捨てられたはずの廃墟が、不気味な静けさを伴って、朝靄の中に沈んでいる。
「ん~?ねぇ、ユージン。まだ良く見えないから分かんないケドさ。500年前の建物にしては、どれもこれも綺麗過ぎない?」
「確かにな」
人の手が入らなければ、建物は傷んでいくものである。500年もの歳月が経てば、如何に石造りの家や城壁といえども、風化して崩れたり、植物に侵食されたりするものだ。
だが、一行がいるやや小高い丘から見下ろす限り、アルセドの建物は、それこそ昨日捨てられたかのように原形を留めたままのように見える。
「王宮には騎士が住んでるって話だったけど、市街地は獣魔の巣窟なんだよね?」
ディストラが、シグルーンから得られた情報を反芻した。
獣魔が市街地を荒らせば、建物には被害が出そうなものだが……。
「考えていても仕方がないわ。行ってみれば分かるでしょう」
「……そう、だな」
フラールに同意しつつも、ユージンが首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや、綺麗すぎる以外にも何か違和感を覚えるんだが……よく分からん」
フラールの問いに、ユージンは首を横に振って馬を進めた。
◆ ◆ ◆
進むほどに大きくなっていく壁に、ユージンはやや圧倒される。
「凄いな。ネアン帝国のよりも高いんじゃないか?」
「ネアン帝国の王都周辺には、強力な獣魔はほとんど出たことがないからな。市街地の壁を高くすると、拡張に困るという弊害もある。一方、ヴァナル王国周辺には、王国崩壊前から強力な獣魔が多かったという。それが理由の一つだろう」
ライリーの解説に、ユージンはなるほどと頷いた。
やがて一行は、防壁の目の前まで辿り着いた。
もうすっかり朝靄は晴れている。
アルセド南側の正門と思しきこの位置には、巨大な鉄製の門扉が設えられてはいるが、今はそれが外に向かって大きく開け放たれたままになっている。ここ最近で閉じられた形跡はない。
「こりゃ、獣魔は入りたい放題だね」
ディストラがそれを見て呟いた。
ユージンも頷き、門の間から覗く市街地を眺める。
静かだった。本当に獣魔の巣窟なのか?と思えるほどに。
それを確かめるために、ユージンが前方に向かって索敵魔法を放とうとする。
「……?」
「どしたの?」
首を傾げて問いかけてきたゾーイに、ユージンが眉間に皺を寄せて答える。
「周りの魔力が薄い気がする。魔法が使えないほどじゃないけど。それより……いるな。大量に。何かは分からないけど、数えきれないくらい獣魔が」
「そだね~。見た感じ、群れる哺乳類タイプかな……んん?」
ゾーイが何かに気付いて、門の上を見上げる。
それにつられて他の皆も上を見上げた。
視線の先、門扉の上に設置されている、防壁上を通る通路の一角に。
「まったく、困った方々ですね」
宿場町に置いてきたはずの、エルグがユージン達を見下ろしていた。
「え!?なんで……」
驚いて瞠目するフラール。
だが、他の面々はそこまで驚いていなかった。
「まあ、そりゃ監視されてるか」
おそらくは、ユージン達が宿を抜け出したのを見てから、ユージン達よりも早く着くルートで移動して、アルセドに動向を伝えたのだろう。
「ええ、そうですね。お察しのとおり、あなた方の監視が私の主な任務です。いくらなんでも、あれだけ宿の前で喋っておいて気付かれないとは思っていなかったみたいですね?」
「まあな。あんたに限らず、他にも監視がいるかもしれないし、無駄にこそこそしても仕方ないと思ってな」
「やれやれ……。それで?この先に行ってどうしようというのです?」
「ユングとフレイヤの意思を確認したい。それだけだ。2人に会わせてくれれば、それで済む。簡単な話だろう?」
ユージンは、軽く提案した。相手がそれを拒否することを半ば確信しながら。
「お二人の意思、ですか……?それでしたら、お二人付きの侍従を寄越してもらって――」
「それじゃ、意味がねぇ。2人の意思は、2人の口から聞いて初めて意味を持つんだ」
ユージンの譲らぬ視線に、エルグは唇を結んだ。
「なんでそんなに俺達と2人との接触を拒む?」
「……ですから、現在は警戒が厳しく――」
「簡単にここまで通しておいて、そんな言い訳が通じると思うか?その先の王宮の警備が厳しいなら、安全な通路でも使って、ここまで連れて来れば良い。連れ去った時と同じように。何故それができない?」
ユージンの質問に、エルグは沈黙する。
「そもそも、昨日の強引さだって普通じゃないだろ。いくら気が急いていたからって、これまで同行していた人間から無理矢理引き剥がすようなやり方を、まともな騎士がするか?」
「……」
「何故そこまで2人を他人から遠ざけたいのか。俺が昨日、あんたに訊いた質問がその答えだろう?」
ユージンの言葉に、ゾーイが首を傾げる。
「ユージンの質問?」
「ユング達が拒否したら、ってやつでしょ」
話の腰を折らぬよう、ディストラが小声でフォローした。
「あんた達再興派が最も恐れていたのは、王族が途絶えてしまうことだろう。そして、それは何とか回避できた。であれば、次に恐れるものは何か。それは、再び王族がヴァナル王国から去ってしまうことだ。あんた達とユング、フレイヤとの話に、俺達の意見が混じってしまうと、2人がここを離れるという選択をしてしまうかもしれない。だから、あんたらは俺達から必死で2人を引き離したんだ。頼れる人間があんた達だけになれば、2人には選択肢がなくなるからな。……違うか?」
ユージンの推測に、エルグが苦々しい顔となった。
最早それが答えのようなものだったが、彼はなお口を開く。
「それは――」
「そのとおり」
だが、エルグの声は、脇から現れた男によって遮られた。
「ドゥマルデ将軍!」
その男は、昨日ユングとフレイヤを連れ去った張本人、ドゥマルデであった。
彼は、鋭い眼光でユージン達を見下ろし。
「貴殿の推測どおりだ。我々は、是が非でもお二人に王になってもらわねばならぬ。そのために、貴殿らをお二人に会わせるわけにはいかない」
ドゥマルデの宣言に、ユージンが睨み返す。
「それは――」
「そして!」
ユージンの言葉を遮り、ドゥマルデが続ける。
「そのことについての是非をここで貴殿らと議論する気はない」
「……そうかよ」
ユージンの拳がギリ、と握り締められる。
数秒間、睨み合う2人。
先に口を開いたのは、ドゥマルデだった。
「最後に訊こう。この場で引き下がる気はないか?」
それに対する答えは、もちろん。
「ないな」
ユージンの否定に、仲間が頷く。
「そうか。残念だ」
そう言って、ドゥマルデの瞳が剣呑な光を放った。
戦闘は避けられないか、とユージンは諦めかけた。
だが、相手にそのつもりはなかったらしい。
ドゥマルデは厳しい視線のままではあるが、動こうとはせずに、こう続けた。
「であれば、己の力でお二人を奪い返してみせるがいい。我らは、王宮の玉座の間で待っている」
そして、ドゥマルデはエルグと共に去って行った。
ユージン達は、呆気にとられてそれを見送るしかなかった。
が、数秒後。
「己の力で、だと?面白れぇ。やってやろうじゃねぇか」
ユージンは闘志を燃やした瞳で、門の奥、遥か遠くに聳える王宮を睨みつけるのだった。
ディストラ「勇者がコソコソと一人で行こうとするってどうなの?」
ユージン「時と場合によるだろ。そもそも俺達は魔王の暗殺部隊だぞ」
フラール「でも今回は、コソコソするべき場面じゃなかったんじゃない?」
ユージン「パロディ欄でまで責めてくるなよ……」
ゾーイ「ユージン、ダッサ~い」
ユージン「うるせぇ!」




