第53話 幻獣ニルガルド
前話のあらすじ:
ノクトヴァ川を渡るために、ユングとフラールは新たな幻獣を呼ぼうとした!
パロディ欄は今後、後書きに移設します。
『その必要はないよ』
人間のものではない奇妙な声に、2人から少し離れ、後ろから見守っていたユージン達は周囲を警戒する。
しかし、辺りに人影も、獣の影も見当たらなかった。
だが、双子はそうではなかったらしい。
「え?ニルガルド?」
「どうしてここに?」
困惑した様子で、先程と同じく川に向かったまま声を掛けている。
2人の様子から察するに、呼び出そうとしていた幻獣が、呼び出す前に現れたのだろう。
しかし、ユージン達には、彼等の前方にそれらしき姿を見つけることはできなかった。
『ふむ。忘れているようだね。私は、もともとこのノクトヴァ川流域に住んでいるんだよ。だから、2人が近付いてきたのに気づいて様子を見に来たのさ』
「え、そうだったっけ?」
「わたしも、覚えていません。ごめんなさい」
『別に謝らなくて良いよ。責めている訳じゃない。一度しか言っていないし、まだあの時2人とも5歳だったからね。覚えていなくても仕方ない』
「契約した時か」
「さすがに、その頃のことは正確に覚えていませんね」
『それより、後ろのお仲間が戸惑っているようだよ。どれ、自己紹介しておこうか』
声がそう言った次の瞬間、2人の前方から碧く輝く小さい何かが飛翔してきた。
それは、一行が警戒する間も無く近づき、全員の様子を窺うように周囲を一度回った後に、普段ユングが乗っている山羊の幻獣リスニルの頭の上に留まった。
『初めまして、当代の勇者一行よ。私はニルガルド。古くからこの地方を住処にしている者だよ。あの2人とは、2人がもっと子供だった頃からの付き合いさ』
そう言って、少し微笑んだように見えるその鳥は、ユージンの知識からすれば「カワセミ」に相違なかった。
どおりで、見えなかったわけである。この雀くらいの大きさでは、ヴァン兄妹の小さな体でも十分衝立として機能する。
それはさておき、ニルガルドと名乗ったカワセミは、気になる発言をした。
ユージンは、言葉を選びつつ質問する。
「初めまして。自分で言うのは気が引けるが、勇者としてこの世界に呼ばれたユージンだ。しかし、なぜそれが分かった?」
可能性は、すでにユージンの中にある。以前出会った白蛇の幻獣ヨルムにも一目で勇者だと看破されたのだ。
その時は、「異世界の臭い」という良く分からない説明であったが、このカワセミもそれによって判断したのかもしれない。
そんなユージンの思考を読んだかのように、ニルガルドが答える。
『君達は数十日前に、ヨルムと会っているだろう。あれが異世界の者を感知できるように、私にもそれができる。加えて、ヨルムから一通りの話は聞いている』
「あ、知り合いなのね……」
ユージンは、手品のタネが単純であることを知ってしまった時のような微妙な感情を抱いた。
と同時に、幻獣同士が連絡を取っているということは、「幻獣ネットワーク」みたいなものがあるのか、と想像する。
しかし、それにもニルガルドが先回りして回答を出す。
『普通は我らのような存在はお互い不干渉なのだが、我々はユングとフレイヤを介して関わりがあるのでね。何かあれば、お互いある程度の情報交換をすることにしているのさ』
ユージンは、自分の思考を先回りされているようでやりにくさを感じた。
それに気付いたのか、碧い小鳥は少し苦笑いした様子だった。
『これは済まないね。どうも私は無駄な質問を省くために、先に相手の欲している情報を言ってしまう癖がついていてね。悪気はないのだ』
こんななりをして合理主義者らしい。いや、見た目は関係ないか。とユージンが考えた所で、双子が追いついてきた。
「なんだ、ヨルムと話してたのか。じゃあ、おれ達がここに来た理由も知ってるんだな」
『いや、それは知らないよ。ヨルムからはそんな話は聞かなかったが』
「お兄ちゃん、わたし達がユージンお兄ちゃん達について行くことになったのはヨルムと別れた後だし、この場所に来た理由だってその後に色々あったからでしょ」
「それもそっか」
『ふむ?』
小首を傾げたニルガルドに、フレイヤがこれまでの経緯――2人が何者であるかを知るためにユージン達に同行することにし、悪魔シグルーンの情報によりアルセドに向かっていること、そして現在足止めを食っていることを説明した。
『なるほど……』
話を聞いたニルガルドは、しばらく何か考えている様子だった。
1分ほどの沈黙の後、何かを決めたらしく、ニルガルドはおもむろに、ヒョイ、という感じで飛び上がった。
そして、ユージン達に向かって、
『とにかく、向こう岸に渡れれば良いんだね。普段は自然の摂理に手を出すことはしないのだけれど、まあ、グレイプスのような害の多い魔獣ならば良いだろう。待っておいで。すぐに片付けてあげるよ』
そう言い放ち、
「え、ちょ、待っ。何するつもり――」
ユージンの静止も聞かずに飛び立って行ってしまった。
そんなにすぐに動くと思っていなかったユージンは、やや不安になりつつフレイヤに訊ねる。
「ニルガルドは何をするつもりなんだ?」
聞かれたフレイヤも、少し困り顔で。
「分かりません……。わたし達も、川のことならニルガルドに任せれば大抵は何とかなると言われていただけで、どんな能力を持っているのかは知らないんです」
「そうか……」
なるべくなら派手なことは避けてくれ。
そのユージンの願いは、綺麗に裏切られることになる。
◆ ◆ ◆
「うわぁ、綺麗だねぇ~☆ 沢山の宝石が宙を舞ってるみたい」
「そうですね。水飛沫と相成って、とても幻想的です」
「青だけじゃなくて、緑、黄色、オレンジ、いろんな色があるのね」
女性陣が、ノクトヴァ川を眺めながらそんな感想を述べている。
現在、ニルガルドによるグレイプス掃討作戦の実行中であった。
その作戦内容は、簡単に言えば、「大群には大群を」である。
ニルガルドは、非常に強力な力を持つ幻獣であり、グレイプスを退治するなど赤子の手をひねるようなものであるが、それでも一度に相手ができる数は知れている。大魔法で殲滅することもできるが、ユージン以上に自然破壊を忌避しているニルガルドがそのような選択をするはずもない。
なので、ニルガルドは仲間の手を借りることにした。
ニルガルドの呼びかけに応じて、100匹に達しようかという、色とりどりの美しい小鳥が集結した。
その時点で、宿場町の住民の興味を引くには十分な出来事だった。だというのに、次の瞬間には小鳥達が川面に突っ込み、水中を泳ぐグレイプスを狩り始めたのだ。
それに驚いたグレイプスだが、こちらも黙ってはいない。次々と勢い良く泳いでは空中に躍り出て、自慢の鼻先で小鳥を突き刺そうとする。
だが、それらは皆一様に虚しく空を切るのみ。さらに言えば、空中で突撃してきた小鳥によって横腹に風穴を開けられ、水中に戻るときには瀕死となっていた。
冗談のような光景だった。巨大魚を狩っている鳥は、大きいものでも鳩サイズ、ほとんどは雀大なのだ。
それが、自分の10倍以上の大きさの魚に突っ込んでは風穴を開けて飛び去って行く。グレイプスの鱗もそれなりの強度があるはずなのに、である。
こちら岸でも向こう岸でも、多くの住民が異様な光景に見入っていた。
ユージンは半ば諦め気味に、感想を述べる。
「川の中は悲惨なことになってるだろうがな……」
「あ、ユージン、そういう事言うの禁止。美しいバラには棘があるけど、ボク達は花の美しさを愛でてればいーんだよ☆」
「そうよ、ユージン。空気読みなさいよ」
ゾーイとフラールがユージンに苦言を呈したが、フレイヤだけは神妙な顔をして、
「確かに、あまりやりすぎると川の生態系が心配ですね……」
真面目なことを言いだした。
しかしそれは杞憂であるらしい。
『大丈夫さ。グレイプスは掃除も得意だから。我々が殺した個体は、少し下流でまだ生きているグレイプスの餌となる。今日はそれくらいの量しか狩らないさ。そして、明日も同じくらい狩ってやれば、彼等もここが危険だと学習するだろう。魚の獣魔とはいえ、それくらいの知恵はある』
さっと飛んできてフレイヤの肩に留まったグレイプスがそのように答えた。
現状、ユージン達が注目されているわけではないが、出来るだけ目立たぬ手法で川を渡りたかったユージンが、控え目に意見を述べた。
「できるなら、もっと目立たない方法が良かったが……」
『おや、それは悪かったね。だが、我々鳥類の仲間は夜目が利かないものも多いからね。夜に実行するのは少し不安が残る。それに、渡船業者に安心してもらうには、大々的に退治する光景を見てもらう必要があるんじゃないのかい?』
確かに、「いつの間にかいなくなった」よりも、現象としては謎でも「小鳥たちが退治した」の方が、獣魔の消滅に関して言えば不安が少ないだろう。
それは理解できるので、ユージンは口答えはしなかった。
「まあ良いんじゃないの?俺達がやったって知られるわけでもないし」
ディストラのフォローに、ユージンはライリーを見ると、彼は難しい表情をしつつも頷いた。
ライリーも、目立つことには否定的ではあるが、グレイプスがのために長期間ここに留まるよりは、多少派手でもすぐに進める方が良いと考えているらしい。
「ま、なるようになるか」
ユージンもそう呟いて気持ちを切り替え、小鳥達が川面でキラキラと輝くのを目で追う。
そんな一行の様子を、ニルガルドが無言で眺めている。
この小さな鳥の姿をした幻獣だけは、自分の行動によって、この川の対岸で今何が起きているかを把握していた。
それが、結果としてユージン達に苦難をもたらすことも、予想していた。
『……』
だが結局、ニルガルドがそれを一行に伝えることはなかった。
◆ ◆ ◆
謎の小鳥達によるグレイプスの大虐殺。
宿場町の住人にそう認識されている、2日に亘る事件の翌日。川の安全を確認した渡船業者が、一斉に渡し業を再開した。
幸いにして、此度のグレイプスによる交通の停滞は短い時間で済んだため、宿場町で滞っていた人や荷も少なく、ユージン達はその日の内に対岸に渡ることができた。
ちなみに、ニルガルドはグレイプス退治が終わると、用事があるとかでさっさといなくなってしまった。
「いよいよアルセドか!」
ユングが、渡し船から勢い良く飛び降りながらそう叫んだ。
「ここから半日ほどで着くんだっけ?」
ユージンが、忘れ物がないか船上を見渡しつつライリーに確認し、彼は首肯する。
「どうする?今日中にギリギリ行けないことはないけど、アルセドには宿はないんでしょ?王宮にいるかもしれない人達は除いて」
ディストラが訊ねる。
「そのようだな。彼の地は獣魔が強力という話もある。なるべく安全をみて、明朝に出発するのが良いだろう」
全員の馬を下船させながら、ライリーが提案した。それを手伝いながら、ユージンも頷く。
それを聞いて、ゾーイが楽しそうに。
「明日には500年前の遺跡か~。ロマンだよね☆」
「貴女、そういうの好きよね」
「あれ、フラール様は嫌い?」
「嫌いではないけれど、特別好きじゃないわね。それより、獣魔の方が気になるわ」
「ま~そうですけど~。最近はフラール様も防御魔法がだいぶ上達したし、身の危険を感じたらすぐに防壁を張るカンジでいけると思いま~す」
「そうだと良いけれど。でも油断禁物よ」
ゾーイに評価されて満更でもなさそうなフラールだったが、それでも自分の戦闘能力はこの中で最も低いことを忘れてはならないと、気を引き締める。
そこに、ユージンが口を挟んでくる。
「ところでフラール、例のスプーンは使わないのか?」
変人魔法士ロキから、餞別としてフラールが貰った武器のことである。
柄杓程の大きさの巨大なスプーンで、魔力を込めて殴ると、超振動により対象を破砕するという強力な魔道具だ。
「……使わないわよ。デメリットが大きすぎるわ」
一見便利な道具だが、実は、使った側にも一部振動が伝わり、数秒ほど痺れて動けなくなるという致命的な副作用が存在した。そのため、フラールはこれまで使ってこなかったのだ。
「そうか、残念だ」
「残念って何よ。貴方面白がってるでしょ」
「いや、そんなことは……」
金髪の美少女が、金縁の伊達眼鏡を掛けて、巨大なスプーンを手に戦う。
その画を想像し、ユージンは微妙な表情になる。
「(シュールだが、そこまで笑えるわけでもないな)」
1人頷くユージンに、フラールは。
「なに1人で納得してるのよ。なんだったら、貴方に貸し出すわよ、スプーン」
「いや、遠慮する。せっかくロキが用意してくれた色々な武器があるし、その前にこの剣の扱いをもっと巧くなる必要があるからな」
「そういえば、色々武器を貰ったって言ってたわね。というか、その中から私に使えそうなものを貸してくれれば良いじゃない」
「それでも良いんだが、やっぱりフラールは攻撃の前に防御をしっかり修めた方がいいから、武器はその護身用の短剣以上のものは早いって話だったろ」
「ええそうね。ならスプーンも不要よね?」
「そうなるな」
半眼で睨んでくるフラールに、ユージンはいけしゃあしゃあと答えた。
「突っ込みは必要かしら?」
「いや、もう十分」
一通りの無駄な会話を終わらせたところで、ゾーイが会話に復帰する。
「でも、使い捨て魔道具の方は、使い道はあると思うよ~」
これも、ロキからフラールが貰ったアイテムである。
魔力を流すと1度だけ仕込まれた魔法が発動する使い捨て魔道具で、麻痺、凍結、睡眠、煙幕の効果を発する。
ただしこれも副作用というか問題があり、使用者も麻痺や凍結の効果を受けてしまうのだった。
「え、私に痺れろと?」
「ま~、最悪の場合の時間稼ぎとしてはありかなって」
「……そうならないことを祈るわ」
そう言いながらも、一応しまった場所を再確認するフラールであった。
◆ ◆ ◆
そうして相変わらず賑やかに進む一行が、今夜の宿を探しに宿場町の中心に向かおうとしたときだった。
一行の正面から、3騎の騎兵と、1台の馬車が近づいて来た。それがユージンの目を引く。
先程までいたノクトヴァ川の左岸では、行商人もいたので、馬車は特段珍しくはなかった。
だが、騎兵は違う。彼らは、ただの馬に乗った戦える人間――つまるところユージンのような存在――とは、一線を画していた。揃いの服を着用し、一定の規律の下に行動する。つまり軍人であった。
軍とは、普通は国がなければ存在しない。そしてここには国がない。だから、軍人がいるのならば、他国から遙々旅路を踏破してきたことになるが――彼等からは、そのような雰囲気を感じない。この地に根を張った、こここそが自分達の居場所であるという雰囲気で進んでくる。
ユージン達は、ひとまず馬車と対向するときのマナーとして、道を譲った。
普通はそれに対して譲られた側は軽く礼を言ってそのまま去るのだが――、なんと件の騎兵と馬車は、ユージン達の前で停止したのだ。
何事だとユージン達は騎兵に訝し気な視線を送る。
一方の相手は、最初からユージン達――いや、翠の髪を持つ双子しか目に入っていないらしい。彼等とヴァン兄妹の間にいるユージンやライリーは完全にスルーして、彼等の視線は双子に固定されている。
そして、ライリーが何用か問う前に、3騎の中央にいた50歳前後と思しき男が、馬を降り颯爽と2人に近寄る。
さらに目にもとまらぬ動作で片膝をつき。
「ユング様とフレイヤ様で、お間違いないでしょうか?」
山羊に跨る双子に向かって恭しく首を垂れてそう訊ねた。
フラール「結局ロキさんから貰った餞別で有効活用されてるものってあるのかしら」
ユージン「四次元ポケットは話の裏で大活躍だぞ。食料や消耗品の輸送にな」
ディストラ「あと一応、フラールの眼鏡もね」
フラール「……それだけ?」
ゾーイ「お揃いの腕輪も、地味に敵の攻撃魔法の威力を下げてくれてるよ。描写は一切ないけどね☆」
ユング「ホントに地味だな」
フレイヤ「師匠の作品は、癖が強すぎるものばかりですからね……」




