第51話 ノクトヴァ川を北に
前話のあらすじ:
一行は無事エルムト川を渡った!この地域では、ネアン帝国の人間は避けられていた!
フラール「ユージンあなた、女子の体型についてデリカシーに欠けるわよ」
ユージン「俺も健全な男子高校生だから、そこに目が行くのは仕方ないだろ。むっつりスケベよりオープンスケベを選択しただけだ」
ディストラ「そんな誇らしげに言うことでもないよね」
ユージン「じゃあなんだ?お前は女子の胸に興味がないとでも?」
ディストラ「そんなことはないけど、あえて話題に出したりはしないよね」
ユージン「それをむっつりスケベという」
ディストラ「え、2択なの?」
フラール「そんなことはどうでも良いわ。とにかく、気にしている子もいるだろうから、下手に揶揄うのはやめなさい」
ユージン「分かってるよ。俺だって相手を選んで言ってる。フラールなら俺の言葉を受け入れてくれるって信じてるからな(キリッ)」
フラール「え……(ドキッ)←ってなるわけないでしょ!貴方は私のことを何だと思ってるのよ!」
ユージン「え、一つ年下の女の子だけど」
フラール「(嬉しいような嬉しくないような……。ユージンの素の反応は対応に困るのよね)」
「結構人が多いな」
ユージンは、宿場町の中心部付近にまで来て、呟いた。
エルムト川を渡る前、南岸の宿場町は、比較的広範囲に宿屋や露天商が店を広げていたのだが、こちら側の宿場町は比較的コンパクトにまとまっており、その分、店も人も密集していた。
それを眺めるユージンに、フレイヤが注意を促す。
「ユージンお兄ちゃん、スリに注意してくださいね」
「え?ああ、それもそうだな」
言われて、ユージンは財布の存在を確認する。
世界一治安が良いと言われていた日本に育ち、異世界に召喚された後も自分で金銭管理をしながら町中に出るようなことをあまりしてこなかったユージンにとって、スリに注意をするという、この世界では当たり前の行為が身についていなかった。そのため、フレイヤに言われて、なるべく隙のないよう意識し、気を引き締める。
だが同時に、日本的な感覚を忘れたわけでもなく。
「はぐれると厄介だな。手を繋いでおくか」
日本の人込みで、妹の手を取るように。ユージンは、自然とフレイヤの手を取った。
「え?……へ?」
日本と比較して、低年齢から自立心が芽生えるこの世界において、この年になってこのような扱いをされることはそれほど多くない。自他共に認めるしっかり者のフレイヤならなおさらだ。
それ故、ユージンの行動が一瞬理解できなかった。
「どうした?行くぞ」
そしてユージンに軽く手を引かれ、歩き出した所でようやく、頭が今の自分の状況を理解した。と同時に、顔をゆでダコのように赤くする。
フレイヤにとって、男女が手を繋ぐということは、その2人が「そういう関係」である、という認識である。
もちろん、ユージンにそんな気ががないのは承知しているが、それでも、少なくとも自分の中ではそういう認識だし、周囲からもそう思われる可能性がある。
それが嫌なわけではない。むしろ、嬉しい。
フレイヤにとってユージンは「憧れのお兄ちゃん」なのだ。
死にかけていた所を救われるという衝撃的な出会いが影響しているのもあるが、それがなくとも、この一見して口が悪くぶっきらぼうなようでいて、実は優しく面倒見の良い少年を、フレイヤは慕っている。
そのユージンに褒められたり頭を撫でられたりという行為は、とても嬉しい。
ただ、手を繋ぐのは、恥ずかしさが嬉しさを上回るし、同時に少し申し訳なさも感じる。
ユージンにとっては「そうみられること」は不本意なのではないかと。
しかしせっかくユージンが繋いでくれた手を自ら振りほどくのも躊躇われる。
「ん?フレイヤ、何か顔赤くないか?」
「き、気のせいです。行きましょう、ユージンお兄ちゃん」
だからフレイヤは、ユージンに顔色を見られないように前に出て、手を引くのだった。
◆ ◆ ◆
2人は首尾よくユージンが今着ているような服の、少しサイズが大きいものを購入し、仲間のもとに戻った。
が、そこには3人しかいなかった。
「……ゾーイとユングは?」
服をライリーに渡しつつ、ユージンが訊ねた。
ライリーは着替えるために馬の陰に隠れ、ユージンの質問にはディストラが答える。
「待ってる時間がもったいないからって情報収集しに行ったよ。どっち方面に何があるかとか調べに」
「あの2人で大丈夫か……?」
「ライリーは動けないし、フラールもバレるのを避けるためにあまり人前に出ない方が良い。2人だけだと何かあった時に困ると思って俺も残ったら、後はあの2人しか。まあ、ゾーイがいるから大丈夫じゃない?」
「そのゾーイが心配なんだが……言っても仕方ないな。あ、そういえば、身分バレを避けるんだったら、フラール、アレ付ければ?」
「アレ?」
「眼鏡」
「……そんなものもあったわね」
フラールが、自分の背嚢を探り、変人魔法士ロキから譲り受けた金縁眼鏡を取り出した。そして、微妙そうな顔をしつつそれを着用する。
そうしている内に、ライリーも着替えて戻ってきた。
「変装完了だな」
満足そうに言うユージンに、ディストラが突っ込む。
「言うほど変装でもないよね」
「ま、気分の問題だ。それはともかく、俺達も買い物がてら少しこの周囲の情報を聞いてきたんだけどな」
ユージンが話し始めようとしたところで、
「あれ~、フラール様が眼鏡してる~」
ゾーイの能天気な声が聞こえた。
◆ ◆ ◆
全員揃ったところで、改めて収集した情報の整理をする。
エルムト川北岸に位置するこの宿場町からは大きく2つの街道が続いている。
1つは、エルムト川北岸に沿って、この宿場町から東西に続いている街道。
そしてもう1つは、この宿場を起点として北に延びる街道。この街道は50kmほど北で支流のノクトヴァ川東岸に近接し、それ以降はノクトヴァ川に並走してひたすら北に伸びている。
一行は、予定通り、まずは後者の道を北に進み、ノクトヴァ川に接近した後、どこかのタイミングで再び渡河するつもりだ。
問題は、どこで渡河するのか、ということだが。
「ボクが聞いたところによると、ノクトヴァ川の西側は、獣魔が多くて強いから、あまり街道が発達してないってことだったよ。だから、ノクトヴァ川東岸の街道をそのまま北に行って、アルセドの対岸くらいになってから渡るのが良いかな~って」
「そうだな。敢えて早めにノクトヴァ川を渡る必要はないと思うけど、どうだ?」
ゾーイの考えにユージンが同意し、他の皆の意見を問う。
行軍の責任者たるライリーも異論はないようで、特に意見は出さなかった。
「それにしても、川の西側に獣魔が多いのはなぜなのかしら?」
首を傾げるフラールに、フレイヤが答える。
「たぶん、500年前の悪魔の侵攻が原因です。当時の悪魔の拠点は、ヴァナル王国の西部、ピオール山脈の麓に近かったと言います。そして戦争末期には、ヴァナル王国西部と、ヴァナル王国の南西に位置するナルセルド王国全域に悪魔の勢力が侵攻していたそうです。今で言えば、ノクトヴァ川の西部の地域です。悪魔が多かったという事は、それに応じて強力な獣魔も多く生まれていたはずです。それが、今日に至る礎になったのではないでしょうか」
「なるほどな。獣魔が増えた一方で、ヴァナル王国他の崩壊で人間が減少した結果、獣魔の楽園のようになったってことか」
ユージンが得心して頷いた。
「ま、とにかく北に向かうんだよな。出発しようぜ!」
話は後!とばかりに、ユングが山羊の幻獣に飛び乗った。他の皆も、苦笑しつつも馬に跨る。
そして、一行は進路を北に、宿場町を後にするのだった。
◆ ◆ ◆
ユージン達がエルムト川を渡り、宿場町を出発してから数日。一行は、本日宿泊予定の宿場町の郊外にいた。
いや、一行というのは正確ではない。ライリーとディストラは、先に宿場町に入り、今晩の宿の確保に向かっている。
ここにいるのは、お互いに魔法を教え合っているフラールとフレイヤ、戦闘訓練をしているユージンとゾーイ、ユングである。
町にほど近い場所のため、ゾーイとユングはなるべく地味な魔法を使ってユージンを攻め立てている。
ユージンは持ち前の機動力と魔法の盾、そして『セブン・フォース』によって魔法を突破して2人に接近しようとするが、簡単にはいかない。
確かにユージンの『セブン・フォース』は対魔法として絶大な防御力を誇るが、魔法一発一発をきちんと「斬る」必要がある。つまり、威力が弱い魔法であっても、乱発されれば対応が追い付かなくなる。
もちろんそういう場合はその場から離脱するのだが、ゾーイはすぐに目標修正して再び魔法を乱発するだけの腕がある。加えて、ユングの不意打ちのような魔法や、足場を凍らせるなどの搦め手を用いられると、ユージンは回避に専念せざるを得なくなる。
だが、そこにこそ活路があるとユージンは考えている。
回避能力を高め、回避しつつ接敵できるようになる。これが、当初からのユージンの目標だ。そのためには、練習で生半可な攻撃をされても意味はない。
ユージンは汗を散らしつつも、自分を狙う魔法を冷静に見極め、ここだ、というタイミングで踏み込んで、
「げっ、マズい」
瞬間凍り付いた足元と、全周囲から襲い来る水の槍に、冷や汗を流した。
◆ ◆ ◆
「いてて……見事にしてやられたぜ」
頭から血を流し、左腕を大きく抉られつつも、ユージンは先ほどの包囲網から何とか生還した。
しゃがみ込み『セブン・フォース』で足を拘束する氷を破壊しつつ、そのまま勢いで前転して水の槍を狙う中心から逃げる。その最中に直撃コースを通る槍を見極めて斬り落とすつもりだったのだが、流石に数が多すぎ、胴体と頭を護るために左腕を犠牲にしたのだ。
「あはは、ボクがあんな分かり易い隙を晒すハズないでしょ。ユージンは攻め手が見いだせなくなると、少し思考が短絡的になるよねぇ」
「うるせーな。分かってるよ」
ゾーイの指摘に憮然としつつも、ユージンは先程の行動を反省する。
言われるまでもなく、冷静になればあの隙が誘いであることはすぐに分かる。だが、何とか反撃の糸口を見つけようと焦ってしまうと、その冷静さを欠き、単純な罠にも引っかかってしまう。
「(まずは、反撃できなかったとしても冷静さを失わないことだな)」
そう結論を出すユージンに、ユングが口をへの字にして訊く。
「ユージン兄ちゃん、痛くねーのか、それ」
ダラダラと血を流し続ける左腕を指され、ユージンは、ああ、と返事する。
「痛いな。かなり。だがまあ、死ぬほどじゃない」
ユングとてユージンの怪我はもう何度も見てはいるが、その度に痛そうだと感じてしまうのだ。
一方、フラールやゾーイは、もはやこの程度ではあまり何も感じなくなってしまった。
「言っても無駄よ、ユング。ユージンは痛覚が壊れているのよ」
「失礼な。痛いって言ってんだろ。ただ、我慢の許容値が上がっただけだ」
「あっそう。じゃあ言い直すわ。ユージンは痛みの許容値がおかしいのよ」
「努力の成果だな」
「褒めてないわ」
近寄って来たフラールがユージン軽口を叩き合っていると、同じく近くに来たフラールが少し慌てた様子で、
「ユージンお兄ちゃん、回復します!」
ユージンに治癒魔法をかけ始めた。
そしてものの数秒で、ユージンの左腕が綺麗に元通りになる。
「おお……。フレイヤの治癒魔法もだいぶ上達したな」
元々、『完全回復』という無駄に性能の高い上級魔法しか使えなかったフレイヤだが、フラールの教えのおかげで、今では軽い怪我などを治癒できる下級魔法や中級魔法も使えるようになっていた。
魔法を覚えるには実際に使うのが一番だが、治癒魔法は怪我のない相手に使ってもいまいち効果が分からない。そんな中、訓練でしょっちゅう怪我をするユージンは恰好の練習台であった。
そういう意味では、フラールとユージンのおかげ、と言えなくもない。
「フラールお姉ちゃんのおかげです」
ユージンの腕を観察し、満足のいく結果だったようでにっこり笑ったフレイヤが、フラールに頭を下げた。
「私も、フレイヤから色々教わってるから、お互い様ね」
フラールがフレイヤから教わっている防御魔法も、ここ最近はかなり速度も上がり、安定化している。彼女もそろそろ軽い実戦形式で防御魔法の使い所を学ぶ段階かな、とゾーイとユージンは相談している。
そしてユングも。
「おれも、フラール姉ちゃんと魔力の扱い方とか話し合って、魔法が安定してきた」
フラールは、ユングの得意な攻撃魔法を教えて貰っているわけではないが、お互いの意見を交換することで、それぞれ魔法に対する造詣を深めていた。
そして、ユングは苦手だった呪文の短縮化にもある程度成功しているが――。
「え、ちょっと、ボクの功績を無視してない?」
ユングの成長には、ゾーイの指導が大きかったのは否めない。
だが、そこはユングとゾーイ。反抗期の少年は、チャラうざい少女に素直に感謝の意は述べられず。
「まあ、少しは助かったかな。少しは」
これでも頑張った方だ、とユージンは評価したが、ゾーイにとってはそうではなかったらしい。
「ぬわにぃ~!あれだけイロイロ教えたのを、少しとな!ユング、キミには師に対する敬意が足りないゾ!」
「……何でおれの師匠は、素直に尊敬させてくれないのばっかなんだろうなぁ」
ユングは、ゾーイよりもさらにイロモノの師匠ロキに思いを馳せ、深く溜め息を吐いた。
「うわっ傷付く!ユージン、なんとか言ってやってよ!」
「ああ。ユング、お前の気持ちはよく分かるよ」
「そうじゃない!!」
ギャーギャーと喚くゾーイをユージンはスルーして、ユングに向き直る。
「それはともかく、後数日で目的地のアルセドに到着する予定だ。2人は……どうするつもりだ?」
ユージンの要領を得ない質問に、双子が首を傾げる。
「どういう意味?」
「もし、違ったのならばまあ良い。だが、もし本当に……2人が、ヴァナル王家の末裔だったら、どうする?」
「それは……」
ユングとフレイヤは、お互いの顔を見つめたまま沈黙した。
悪魔シグルーンに指摘されたときは、そんな馬鹿な、と思った。だが、何かしらの手がかりが得られるかもしれないと思い、アルセドに向かう決意をした。
そしてアルセドが近付いて来た今でも、2人はどこか他人事のような気がしていた。
だが、それも無理のないことだろう。一般市民として暮らしてきて――まあ2人は両親を喪ったり変人に育てられたりと中々波乱に満ちた生活ではあるが――、生活様式も思考回路も完全に平民のそれなのだ。
いきなり王族などと言われても、へーそうですか、といった具合で、現実味を帯びた言葉としては受け取れない。
これでもしフラールが、より貴族らしい皇女であったのならば少しは違ったのかもしれないが、良くも悪くもフラールは貴族らしくなかった。――いや、実際には、彼女こそ真の貴族である。自らの立場を自覚し、誇りと責任をもって民のために生きようとする様は、理想的な貴族のあり方である。
だが、平民が持つ、いわゆる貴族像はそうではない。平民を見下し、気位だけは高く、特権を濫用してやりたい放題。そんな印象である。
2人はそんな貴族にはなりたいと思ったこともないし、想像もできないのだ。
だから、まだそのことについて真剣に考えていなかった。
そしてユージンもそのことが分かっていたから、
「まあ、実際そうなってから考えれば良いか」
この場で深く追及はしなかった。
だがユージンは、数日後に後悔することになる。
この時、2人の意思をしっかり聴いておけば良かったと。そうすれば、あんなことにはならなかったのではないかと。
後悔先に立たず。
未来を知る術などないユージンは、その話題を宙に浮かせたまま、仲間と共に宿場町に入るのだった。
次の投稿は明後日の予定です。




