第48話 新たな目的地
前話のあらすじ:
シグルーンは500年前から生きる悪魔だった!
ディストラ「ユージン、前にシグルーンを恋愛対象と見れるとか言ってたけど、凄い年の差だよ」
ユージン「いや、そういう話か?それ以前に種族が違うから、もはや見た目がOKならありなんじゃ」
シグルーン「ちなみに、肉体的にも人間の30代くらいを維持できているから、アレもOKよ?」
ゾーイ「やめろ~!このエロ魔人!」
「ヴァナル王国の王家も、きちんと保険はかけていたみたいね」
その言葉を聞いて、すぐに意味を理解できた者はいなかった。
呟いたシグルーン自身も、ただ感想を言っただけなので、特に反応を求めてはいなかったらしい。すぐに次の話題に移ろうとした。
「ま、500年前の話をしてもつまらないでしょう?アナタ達が知りたいのは、今の魔王の情報じゃなくて?」
「あ、ああ。そうだな……。いやちょっと待て。さっきのはどういう意味だ?」
流されそうになったユージンだが、なんとか踏み止まった。
「何のこと?」
「ヴァナル王家の保険と言っただろ」
「それが?」
「どういう意味だ?」
ユージンの質問に、シグルーンが首を傾げる。
「どういうって……そのままよ。王家が断絶しないよう、王都から誰かを先に逃がしていたんでしょう?」
そう言いつつ、再び視線をヴァン兄妹に向ける。さすがにその意味が分からないほどユージンは鈍くなかった。
「……この2人が、その子孫だと言うのか?」
「!?」
ユージンの言葉に、ユングとフレイヤが驚きで目を見開いた。
他の4人は、シグルーンの態度から、ユージンと同じく察していたのでそこまでの驚きはない。それが事実であるという証拠もないのだから、なおさらだ。
「違うの?」
不思議そうな表情のままのシグルーンに、ユージンは慎重に訊ねる。
「違うかどうかはさておき、なぜそう思った?」
ユージンが勇者であることを看破された理由は、まだ納得のいくものだった。ユージン達の「魔珠」の所在や魔法の使用方法がスフィテレンド人と違うことは、あらかじめ知っていたからだ。
だが、この2人は魔法の才能が高いということ以外に特出した特徴はないはずだ。なぜ、彼女が2人をヴァナル王家の末裔だと考えたのか……。
自分達の事なのに知らない情報があるというのは非常に不安だった。シグルーンの言葉の真偽を確かめる術がないからだ。それなのに、彼女の齎す情報がこちらの動向に影響を与えかねない。ライリーが最初に危惧していたことそのものだ。
それゆえ、ユージンはなるべく慎重に、シグルーンの様子を窺う。
そんなユージンに対し、シグルーンは何でもないように答える。
「その特徴的な翡翠の髪と、黄色の瞳。ヴァナル王国の王家に特有の色じゃない。だからそう思ったのだけど……そうね、あれから500年も経っているのだから、必ずしもそれが受け継がれているとも限らないわね。違ったのならごめんなさい?」
ユージンは、フラールに視線を向ける。
この世界の社交界でもトップに立つ彼女が、この中で最もその辺りの情報を持っているはずである。
なお、黒髪オンリーの日本に生まれたユージンにとっては、何色の髪が特徴的なのかもさっぱりである。
フラールは、少し考えた後、
「ヴァナル王家の特徴については私は知らないわ。多分、ネアン帝国には文献もほとんど残っていないんじゃないかしら。仲が良かったわけじゃないものね。ただ……この世界で緑系の髪色自体はそう珍しくはないけれど、確かにこんなに鮮やかな翡翠色は他に見たことはないわ。それに、緑系の髪の人は、大抵瞳は暗色系だわ。2人みたいに明るい黄色というのはあまりないわね」
確証は得られないが、ある程度特徴的な色であることは確かか、と考えたユージンは、当の本人達に訊ねる。
「ロキからその辺りのことは何か聞いていないのか?あの人は、旧ヴァナル王国のあった大陸北西部を旅したことがあるんだろ?」
双子は少し考えたが、首を横に振る。
「師匠は、あんまり人の色とか気にしないから」
「ただ、わたし達の色を珍しがってはいましたね。お兄ちゃんが持っている翡翠のペンダントと同じ色だって」
「そうか……」
「あ、そういえば」
と、これまで沈黙していたゾーイが口を開いた。
一同の視線が彼女に向かう。
「ヴァナル王国の王都アルセドって、『翡翠』って意味だよ、確か」
「何だって?」
ポンと出て来た重要な情報に、ユージンが思わずやや大きな声を出した。
『翡翠』の意味の王都を持つヴァナル王国。鮮やかな翡翠の髪を持つ双子。そして極めつけは、ロキですらそれ以外で見たことのない特殊技術で作られた翡翠のペンダント。
これらを結び付けてしまうのは、安直といわれようとも、仕方のないことであろう。
だがライリーは、この発想もシグルーンの思考誘導によるものかもしれないと疑い、ヴァン兄妹に訊ねる。
「それが事実であれば、魔法士ロキが気付かないのは不自然ではないか?」
「確かに、そうだね」
ディストラも頷く。
しかし、ユングが少し言いづらそうにしながら。
「師匠、そういう考古学系はさっぱり興味が無いんだよな。『勇者の庵』みたいな魔法や魔道具に直結するものは良いんだけど、何かの名前だとか由来だとかは知らなくてもおかしくないよ」
「ヴァナル王国の王都の名前の由来を知らなければ、私達が特殊だと気付いても、ヴァナル王国とは結び付けられませんね……」
何でも知っていて全てを見透かしていそうなロキの、思わぬ弱点が発覚した。が、それはこの際どうでも良い。
重要なのは、ユングとフレイヤが本当にヴァナル王家の血筋なのかどうかということである。
元々、2人はそれを知るためにユージン達に同行しているのだ。ユージンの目的である魔王討伐に直接関係しないからといって、聞き流せる情報ではない。
だがしかし、情報源が情報源だけに、頭から信じる訳にもいかず。
今後、どのような動きをとるべきか考えようとしたところで。
「状況が良く分からないけれど、ヴァナル王国の情報が欲しいなら、アルセドに行けば良いじゃない。あそこなら、色々と知りたいことが知れるんじゃないかしら」
シグルーンが提案してきた。
しかしそれをライリーが厳しい目で睨む。
「アルセドは、500年前の崩壊以降、獣魔の巣窟となっており人間が立ち入るのは非常に危険だ。そんなところに行って、何が得られる?」
ライリーの言うとおり、現在のアルセドは強力な獣魔が蔓延っており、それゆえネアン帝国や周囲の国々も、アルセドの調査は諦めたほどだ。
こうした事情もあり、ヴァナル王国崩壊の真相は、先程まで殆どの人間に知られることがなかったのだ。
だが、シグルーンはそのアルセドに行ってみろと言う。危険地帯だと知らずにのこのこと向かえば、ユージン達でも大きな被害を受けた可能性がある。
騙すつもりか、というライリーの言外の追求に、シグルーンは笑みを浮かべる。
「あら、知らないのね?確かに、アルセドの市街地にはもう誰も住んでいないけれど、王宮は、別よ。あそこには、かつてのヴァナル王国の騎士団の生き残りが暮らしているわ。いつ主が帰ってきても良いように、王宮を維持しつつね」
「何を、バカな――」
ライリーは、シグルーンの言葉を否定しようとして、それだけの材料を持たないことに気付いた。確かに、王宮の中まで確認したという話は聞いたことがない。
「いや、だが、周りが市街地で囲まれている以上……」
自分で言いながら、王宮から市街地をスルーして郊外まで繋がっているような隠し通路がないはずがない、と思い付くライリー。
「まぁ、アタシは別にアルセドに行くべき、なんて言うつもりはないわ。ただ、あそこにはヴァナル王国崩壊を見ていた騎士の末裔が居るということを教えてあげただけよ」
「……さすがに500年生きているだけはあるな」
ユージンが感心しながら呟いた。
人間であれば、口伝か紙媒体で伝えていくしかないような情報を、一次情報として保有しているのだ。悪魔の記憶能力や信用できるのかという問題はあるものの、旧い出来事の情報源としては、破格の性能と言って良いだろう。
「ふふ。褒め言葉として受け取っておくわ」
シグルーンは、上機嫌に笑った。
◆ ◆ ◆
それからユージン達は、シグルーンに現在の魔王軍の内情を訊ねたが、そこまで有用な情報は得られなかった。
というのも、悪魔は個人主義が強いため、縦の命令系統は非常に短く、せいぜい魔王→幹部→部下という3段階くらいしかないとのことだった。このため、魔王軍の全軍を把握しているのは参謀を勤めている悪魔くらいであろう、という話である。また、そういった組織体系のため、他の悪魔が何をしているのかもよく分からない、という状況らしい。
そうして一通り聞きたいことを聞き終えると、最後にシグルーンはユージンに向かい、
「今さらだけど、一応、言っておくわ。アタシは、悪魔の中ではかなり特殊な性格をしているわ。他の悪魔に、アタシと同じことを求めない方が良いわよ」
「まあ、そうだろうな。というか、こんなにペラペラ魔王軍の内情を喋って大丈夫なのか?一応、魔王の配下なんだろ?」
「あら、心配してくれるの?」
首を傾げ、ユージンに流し目を送るシグルーンに、ユージンは若干たじろぎつつ。
「……そういうのはいいから」
「ふふ。まぁ、魔王と参謀にバレればただでは済まないでしょうね。でも、バレなければ良いのよ。アナタ達が、他の悪魔にバラさなければ、彼等には伝わらない。そうでしょう?」
信頼されているのか、試されているのか。
シグルーンの発言に、ユージンは苦い顔をした。結局、最後まで彼女の思い通りに動かされた気がしてならない。
だが、真偽はともかく、ネアン帝国界隈では得られなかった情報をこれだけ提供された身としては、その信に反する行為はしがたい。
「……まあ、他の悪魔と会話する機会もないだろうからな」
ユージンは、あくまで消極的に相手の期待に応えるというポーズを取ったが、内心はバレバレだろう。
シグルーンは、ユージンに微笑みを返し。
「じゃあ、また機会があれば逢いましょう」
そう言って去って行った。
◆ ◆ ◆
残された勇者一行に、沈黙が下りる。
皆それぞれに胸中は複雑であろうが、特にネアン帝国の3人は難しい顔をしている。
彼等にとって、悪魔とは「絶対悪」であったのだ。対話など不可能で、殺すか殺されるか、それだけの関係だと思っていた。
だが、今自分達から遠ざかっていく悪魔は、敵対することなく、何の得があるのか分からないが情報をこちらに与えて、上機嫌に去って行った。そこに「絶対悪」という面影を見出すことはできない。
自分の信じていた世界の前提が揺らがされ、それが良いことなのか悪いことなのか、彼等は判断に迷っていた。
彼等に加えて、ユングも眉根に深く皺を寄せている。
彼の場合、悪魔を「悪」と考えていたのもそうだが、自らが先程の戦いの火蓋を切ったことを気にしている。結果的に相手が寛容であったから大事に至らなかったものの、場合によっては貴重な情報源を失い、強力な敵対者を作っていた可能性がある。
まだ10歳とはいえ、ユングにもその判断力はあった。
「……なあ兄ちゃん、おれ、間違えたか?」
少し落ち込んだ様子で訊ねて来たユングに、ユージンは苦笑する。
「まあな。今回は結果オーライだったが、今後暴走は控えろよ?それ次第で作戦失敗にもなりうる」
ユージンの言葉に、ユングはしょんぼりとする。
そんな少年の頭に手を乗せて、ユージンは続ける。
「ただ、攻撃はまずかったが、意見をするなという事じゃない。俺の判断が間違っていると思ったら、遠慮する必要はない。ただし――炎じゃなく口で伝えてくれ」
「わ、わかってるよっ」
ユージンのフォローに、フンスと鼻息を荒くするユング。
2人がそんな会話をしている間に、皆はひとまず自分の心に折り合いをつけたらしい。思考の海から上がってきて、一同は円になって向き合う。
口火を切ったのは、やはりユージンだった。
「さて、この後、どうする?」
漠然とした問いだったためか、ゾーイが確認をとる。
「え~っと、さっきの悪魔の勧め通りにアルセドに向かうか、これまで通り魔王目指して西に向かうか、ってことだよね?」
「ああ。ちなみに、アルセドってどの辺りにあるんだ?旧ヴァナル王国は、この辺りの北側の広範囲に広がってたんだよな?」
「そうだね~。王都アルセドは、ここからだと北西方向かなぁ。道がどう繋がってるかは知らないケド」
「なら、完全に逆方向じゃあないな……。まあ、それより、当事者の2人はどう思う?シグルーンの話では、2人はヴァナル王国の王族の可能性があるらしいけど」
ユージンに問われ、兄妹は顔を見合わせる。
「そんなこといきなり言われてもなぁ……。正直ピンと来ねーよ」
「そうですね。わたしもお兄ちゃんと同じです。ただ……」
少し顔色を窺うような表情を見せつつも、フレイヤが続ける。
「もし、その可能性があるなら、確かめたいです」
もとより、2人はそのためにここにいるのだ。ロキによって半ば強引に同行させられたとはいえ。
自分達の出自の可能性を示されて、確かめないわけにはいかない。
フレイヤの意思を確認したユージンは、視線をライリーに向ける。
ライリーはそのユージンの確認を苦い顔で受け止め。
「私に確認するまでもなく、君の中で結論は決まっていただろう?」
「まぁな。でもそれはそれとして、行軍責任者の意思を無視するわけにはいかないだろ?」
「今更だな」
これまでもちょくちょく独断で行動を決めてきた前科のあるユージンとしては、耳が痛い。だがそれ故に自分の意見を聞く前にライリーに確認を取ったのだが……。
「(まあ、その前にフレイヤ達の意思を表明させたわけだし、言われても仕方ないか)」
フレイヤの意思表明の後では、誰であっても反対しづらい。それを分かっていながら、ユージンが先にフレイヤに話をさせた意味を理解できないほど、ライリーは愚鈍でない。
もちろんそれは、他のメンバーにも言えることで。
「この500年、ほとんど誰も足を踏み入れなかった廃墟か~。楽しそ~☆」
悪魔の言葉に従うことはさておき、アルセドそのものには興味津々なゾーイ。
「2人の出自が分かると良いけれど。……でも、獣魔が蔓延っているのよね。足手まといにならないよう、もっと練習しないと」
ヴァン兄妹を案じつつ、自らの決意を新たにするフラール。
「500年前の勇者が活躍した土地か。送還魔法に関わる情報もあるかな」
ユージンと同じ目的を持つ身として、ヴァナル王国の魔法に興味を示すディストラ。
ユージンが望む今後の方針に異論を挟む者はいなかった。
それを確認し、ユージンは強く頷いて、口にする。
「それじゃ、次の目的地は、旧ヴァナル王国の王都アルセドだ!」
第3章終了です。
章末に幕間として、もう一つの世界マナスカイの話を投稿します。




