第47話 悪魔との対話
前話のあらすじ:
話の分かる悪魔だった!
ユージン「前話でシグルーンがやや過激な発言をしたけど、この小説は安全安心の全年齢対応です」
ディストラ「蛙とか前の悪魔とか、死亡シーンが若干グロいけど」
ユージン「まだ全年齢対応と思ってます。何か言われたらR15付けます」
そうして、しばらくしてからやって来たライリー達に、ユージンは先ほどと同じ説明をした。
状況を理解したライリーは、
「危険だな。騙される可能性があると思っていても、誤情報に惑わされる可能性がある。さらに、そのように思考誘導される恐れも否定できない」
悪魔との協力には否定的であった。
予想通りの反応に、ユージンは腕を組み、訊ねる。
「じゃあ、せっかくの情報源をふいにするのか?」
「……仕方あるまい。フラール様の身に何かあってからでは遅い」
「魔王討伐のための重要な情報が得られるとしても?」
「それは……。いや、そのような情報が得られる保証がない」
「可能性はあるだろう」
「可能性のために危険を引き受けるのは悪手だ。そもそも、悪魔が魔王討伐のために手を貸すなど――」
「あのね」
ユージンとライリーが議論している所に、いつの間にかそこそこ近くまで来ていた当の本人が割り込んできた。
議論に集中して警戒を疎かにしてしまっていたライリーは苦い顔をして、警戒感顕にシグルーンを睨む。
「何だ、悪魔よ」
「別に協力って言っても、定期的に連絡を取り合うとか、そんなつもりはないわよ。ただ、どこかで出会ってもお互いに攻撃しない、っていうのと、今ここで答えられる質問に答えてあげる。それくらいよ。別に他の人間達にアタシは敵じゃないなんて言ってもらう必要も無いわ」
シグルーンの言葉を聞き、ライリーの頭は危険度と損得勘定を働かせる。
その結果、今ここでの不意打ちと幻術系の魔法に気を付けさえすれば、危険はさほどないと判断された。この先のつながりが無いのならば、悪魔を捕えて情報を得るのとさして変わりはない。
だが、それ故に。
ライに―の視線が先程よりも厳しくなる。
「それが、貴様に何の得をもたらす」
益なき善意を悪魔が持つなど、ライリーには到底考えられなかった。
いや、ライリーだけでなく、それについてはユージンも同意見である。
「そこのボウヤ――ユージンを気に入ったから、といっても信用してくれそうにないわね?」
「当たり前だ」
ライリーが厳しく答える。「ユージンを気に入った」というのが理由だとしても、その「気に入った」理由が分からない。
ユージン達の視線を受け、シグルーンは肩を竦めた。
「まあ、別に信用してもらわなくても良いわよ。アタシとしては、協力を拒否されるのならそれでも構わないわ」
残念そうにそう言って、シグルーンは話を終わらせにかかった。
「それにしても、人間って不思議ねぇ。自分が利益を得られるだけの状況でも、相手に理由を求めるなんて」
そして、踵を返して立ち去ろうとする。
ユージンは、自分が利益を得られるだけの状況だから、疑うんだ、と思いつつも、背中を向けたシグルーンを呼び止める。
「待ってくれ」
同時にライリーに視線を向け、とりあえず聞くだけ聞こう、と訴える。
ライリーは一瞬躊躇ったが、渋々と頷いた。悪魔への疑念が消えたわけではないが、この好機を逸するのは惜しいと感じたのも事実だから。
「何かしら?」
振り返ったシグルーンに、ユージンが言う。
「信用はさておき、お互いに攻撃しないことはひとまず了解した。そして、質問に答えてくれると助かる」
非常に都合の良いことを言っている気がして、ユージンは少し気分が悪くなった。
向こうが提示してきたものをそのまま言っているだけなのに、このような気分になるのは、一度疑った引け目からだろう。
一方のシグルーンは、上機嫌でニヤニヤとしながら。
「良いわよ?何でも聞いてちょうだい。答えられる範囲で、答えるわよ」
ユージンは、心中で舌打ちする。そして、ミッドフィアでのロキとの会話を思い出した。
――勇者君はまだまだ交渉事の能力は甘いねぇ――。
「(これも交渉術の一環か)」
余裕たっぷりのシグルーンを前に、ユージンは深く溜息を吐くのだった。
◆ ◆ ◆
ともあれ、シグルーンは機嫌を損ねるでもなく、ユージン達に協力してくれるらしい。
ユージンは、質問をライリーに任せるかと考えて、すぐにその考えを改めた。
ライリーはシグルーンを疑っているし、向こうからの印象も良くはないだろう。それならばまだユージンが会話した方がマシというものである。
「まず、そもそもなんだが、あんたは魔王の配下ではないのか?」
大前提だった。
魔王の配下の悪魔であれば、魔王を殺そうとしているユージンとはどうしたって相容れないだろう。
シグルーンが、ユージン達が勇者一行であることと、魔王を殺そうとしていることに気付いているかは分からない。だが、現時点でシグルーンがユージン達を殺そうとしないという事は、彼女が魔王の配下ではないか、配下だとしてもユージン達の正体に気付いていないという事になる。
そしてもし後者だった場合、下手に会話してこちらの目的を悟られる前に、別れる必要が出てくる。
ただ、ユージンは後者の可能性は低いと考えている。魔王の配下が、人間相手に協力を持ちかけるとは思えないからだ。
だが、そんなユージンの思惑を他所に、シグルーンは予想外の回答をする。
「そうねぇ。まあ、配下といえば配下かしら。命令を受ける立場ではあるわね」
その瞬間、一行にピリッとした緊張が走った。
だが、それは相手に悟られてはいけなかった。
シグルーンは、一行の僅かな緊張を感じ取り、目をスッと細めた。
「あぁ、アナタ達が彼を殺そうとしていることをアタシが知ったら、敵対すると思ったのね」
「!」
まさに危惧していたことそのものを当てられて、ユージンは動揺する。
「なぜ、それを?」
「なぜって……。あぁ、そうね。不思議がるのも無理はないわ。普通、それは分からないものね」
「どういうことだ?」
「悪魔はね、意識すれば相手の魔珠を視られるのよ。だからユージン、アナタとそこのボウヤがこの世界の者でないことは、すぐに分かったわ」
「なんだって!?」
衝撃の事実である。
ネアン帝国が、異世界から勇者を召喚したことは、ユング達ですら知っていたことだ。魔王にもバレていると考えるのが妥当だろう。
その上で、一目見ただけで、相手が異世界から来たものだと分かるのならば、いくらユージンが勇者であることを隠そうとしても――。
「悪魔には、俺が勇者であることはバレバレってことか……?」
ショックを受けるユージンに、シグルーンが少し楽しそうに笑う。
「多分、大丈夫よ。アタシ以外に、それを知っている悪魔はほとんどいないから」
「魔珠を見られることをか?」
自分達の能力を知らないというのはおかしくないか、と思ったが、そうではなかった。
「いえ、そっちじゃなくて。異世界から来た人間が、『魔珠が体中に分散している』ということをよ」
「魔珠が体中に分散している……?」
ユージンは初めて聞く情報に首を捻る。
スフィテレンドに召喚された当初、ルキオールの見立てでは、ユージンは「魔珠を持っていない」とされた。その後のゾーイの反応からも、嘘を言っているようではなかった。
どういう事だ、というユージンの表情を向けられたゾーイも、分からないとばかりに首を振る。
事実、ゾーイの目に映るユージンは「魔珠を持っていない」状態だからだ。
その微妙な雰囲気を感じたのか、シグルーンが口を開く。
「もしかしたら、人間の魔法では見えないかもしれないわね。ただ、悪魔の目には、極稀にいる『魔珠を持って生まれなかったこちらの世界の人間』と『異世界から来た人間』を見分けることが出来るのよ。でも、その違いの意味を知っている悪魔は殆どいないということ」
まあ、異世界人など殆どいないのだからそれは不思議ではない。
「なら、何であんたはそれを知ってるんだ?」
「それは、アタシが実際に会ったことがあるからよ」
「異世界人に?」
「そう」
ユージンは、フラールに視線を遣る。
彼女は、知らないとばかりに首を横に振った。
フラールが知らないということは、ここ最近の話ではない可能性が高い。だが、それはつまり――。
「……それはいつの話だ?」
「そうねぇ。500年くらい昔の話じゃないかしら」
一同の間に、何度目か分からない衝撃が走った。
◆ ◆ ◆
「……つまりアンタは、今回の悪魔襲来ではなく、500年前の悪魔襲来時にこっちにやって来たってことか?」
「そうなるわね」
「500年間、この地上で人間に紛れて暮らしていたのか?」
「そうよ?普通に暮らしていれば、案外バレないものよ」
あっさりとそう言ってのける悪魔に、ユージンよりもライリーやフラールが戦慄を覚える。
それならば、今まさにネアン帝国内にも悪魔が多数潜んでいる可能性があるわけで――。
その懸念を、ユージンが質した。
「あんたの他にも、そういう悪魔はいるのか?」
「人間社会に溶け込んでる悪魔は、ほとんどいないと思うわ。性格的に、悪魔には向いてないのよねぇ。昨日の悪魔を見れば分かるでしょ。ただ、魔王の配下の1人、魔王の参謀とされている悪魔の策なら、ありうるわね。どちらにしても、それをこなせる悪魔は多くないと思うけれど」
シグルーンの回答に、フラールはホッとするものの、ライリーは彼女を信用していないため、この危惧を早急にイサークに伝える必要があるな、と考える。
一方のユージンは、別のことを考えていた。
彼女が500年前から生きており、当時の勇者を見たことがあるということは、その勇者の行く末を知っている可能性がある。
ルキオールやロキから聞いた話では、千年前の勇者についてはミッドフィアでその生涯を終えた事が伝わっているが、500年前の勇者については、その主戦場となったヴァナル王国崩壊と共に消息不明となっており、良く分かっていないらしい。
彼が、役目を終えてマナスカイに帰還できたのかどうか。ユージンにとっては重要な情報だった。
とはいえ、こちらの意図をそう簡単に相手に悟らせるべきではない。ロキとの会話で学んだユージンは、遠回りしながら目的の情報を得ようと試みた。
「あんたみたいに500年前から生きている悪魔はいるのか?」
「さぁ?少なくとも、アタシは会ったことないわねぇ。ほとんどいないんじゃないかしら?」
「それは、500年前の戦いで死んだからか?」
「そうね」
いくら人間と悪魔の戦争とはいえ、ほとんどの悪魔がいなくなるとはどういうことなのか。
人間の国同士の戦争であれば、戦える人間の半数でも死んでしまえば、降伏なりなんなりするだろう。
よっぽどの事が無ければ、国民全てが死ぬようなことにはならない。それこそ、殲滅戦という名の虐殺が起こらない限り。
だが、もしかすると悪魔には降伏という思考回路はないのかもしれない。
どんなに自分達が不利な情勢でも、ひたすらに戦い続けた可能性は十分ある。
「つまり、500年前、悪魔と人間は最後の1人になるまで殺し合い、その結果、ほとんどの悪魔が死に、ヴァナル王国も滅亡したと、そういうことか」
しかし、ユージンの出した結論に、シグルーンは、ちょっと違うわね、と異を唱えた。
「あの当時、どちらかといえば悪魔が優勢だったわ。ヴァナル王国の王都アルセドまで魔王の軍勢が攻め込んで、王宮もほぼ悪魔に包囲されていたわ。だからかしらね。人間側の詳しい事情は知らないけれど、その時、ある魔法が使われたわ。規模的に、勇者以外には行使できなかったでしょうね」
シグルーンは一旦言葉をつぐみ、その時のことを思い返しているようだった。
「王都全域、全ての生きとし生けるものに死を与え、分解し、この世から消し去る極大魔法『夢への回帰』。後にも先にも、あれだけの大魔法を他に見たことはないわね」
予想外の事実に、一同は呆然とする。まさか、ヴァナル王国滅亡の引き金を引いたのが勇者だったとは、思ってもいなかった。
もちろん、勇者とてやりたくてやったのではないだろう、という想像はつくが、それでも衝撃の事実には違いない。
「アタシはアルセド侵攻には参加せず遠くから眺めていただけだったから事なきを得たけど、あの魔法で、勇者はもちろん、ヴァナル王国の生き残りも、悪魔のほぼ全ても、皆等しくこの世を去ったわ。ただ……」
そこでシグルーンは言葉を切って、ユージンに向けていた視線をずらした。
その先では、翠髪黄眼の双子が、シグルーンを見上げている。
「ヴァナル王国の王家も、きちんと保険はかけていたみたいね」
次の投稿は明後日の予定です。




