第44話 カギョウ村からの出立
予約投稿を間違えました。すみません。
前話のあらすじ:
ユージン達は、ギルバートと共に村に帰還した!
ディストラ「そういえば、村と山っていう組み合わせは、どこかでみたような」
フレイヤ「わたし達と初めて会った村もそうでしたね」
ユージン「まあ地理的に、この辺りの村には、もれなく山はついてくるよな」
フラール「山脈に沿って移動している以上、そうなるわね」
ゾーイ「じゃあユージン、また滑る?」(第22話前書き)
ユージン「いらん!って言った傍から道を凍らせるなあぁぁ!」
ゾーイ「お約束~」
翌朝、ユージン達は宿屋の前で人を待っていた。
今日は予定通り、裏山での出来事を説明するために村長の家を訪ねるつもりであるが、ただの旅行者として来ている一行が、いきなり悪魔だのなんだの突拍子もない事を言っても信憑性に欠ける。そこで、少しでもを信頼度を上げるために、ギルバートにも同行してもらうことにしていたのだ。
「ん~、い~天気~」
彼を待つ間、身体を逸らして伸びをするゾーイに、ユージンが問いかける。
「良く眠れたか?」
「ばっちり!魔力もほぼ全快だにゃ」
「それは良かった」
「ボクはどこでも寝られるからね~。フラール様みたいに育ちが良いと、枕が変わっただけで眠れなくなって大変だね~」
「べ、別に眠れなくなるわけじゃないわ。眠りが少し浅くなるだけよ」
「そうなのか?じゃあ野宿はきついんじゃ?」
「大丈夫よ。野宿となると逆に準備で疲れて眠っちゃうわ」
「それは……良いのか?」
そんな会話をしていると、前方から待ち人が来た。
ただし、1人ではなかったが。
「おはようございます。お待たせしてすみません」
昨日よりもギルバートの物腰が丁寧なのは、年上のライリーに向けての挨拶だからか。ともあれ、とりあえず挨拶を返したユージンは、視線を横の少女に向けて、ギルバートに問う。
「なんで彼女が?」
その質問に、少女本人が応える。
「何よ、居ちゃダメなわけ?」
「呼んではないな」
「昨日は勝手に呼びつけたくせに!」
急に彼女に山道の案内をさせようとしたことだろう。だがそれはそれ――とユージンが言おうとしたところで、隣の青年が少女を諌める。
「クリス」
「う……」
ギルバートに呼ばれてバツが悪そうに押し黙ってしまうクリス。だがギルバートに視線で促されて、居心地悪そうに視線を逸らしながら、口を開く。
「お、お礼を言いに来たのよ……。カールおじさんの疑いを晴らしてくれてありがとう」
そして、ぺこりと頭を下げた。
昨日の宴会で、村人から一通り感謝の言葉は受けたのだが、彼女は個人的に、改めて礼を言いたかったのだという。
律儀な事だ、と思いつつ、悪い気がするはずもなく。ユージン達は、素直にお礼の言葉を受け取った。
クリスの用事が済み、では行くかとユージン達は村長の家に行こうとしたわけだが。
「……で、何でついてくる?」
少女が帰る気配はなかった。
「別について行っても良いでしょ」
「……」
追い返そうかとも思ったユージンだったが、どうせこれから説明する内容は、ギルバートは知っている上に、村長には説明する訳なので、追い返すよりもさっさと説明してささっと村を出た方が良いと考えた。
そしてライリーに肩を竦めてみせると、彼も異論はなさそうだったので、
「分かったよ」
同行を許可するのだった。
そうして、村長家に着いた後は、ライリーが、自分達を『ただのお嬢様とその護衛』では無いことを匂わせつつ、悪魔との戦いの顛末を村長に説明した。
村長は切れ者というわけではなかったが、粗忽者でもなく、ユージン達の立場を察した上で、察するに留めた。
そして悪魔の出現に驚きつつも、襲われていた街への連絡と、この地方を統括する領主にもある程度の説明することを請け負ってくれた。その上で、改めて礼を、と言われたが、それを避けるためにわざわざ説明を今日に延ばしたのであるから、ユージン達は丁重に辞退してすぐに村を発った。
◆ ◆ ◆
「結局、あの人達は何だったの?」
説明を聞いていたとはいえ、一介の村娘であるクリスにとっては、悪魔だとか言われてもピンと来ず、ライリーの騎士然とした立ち振舞いにも特に感じるものはなかった。そのため、『お嬢様と強い護衛』以上の何者かであるという想像ができないでいた。
だがもちろん、ギルバートにとってはそうではなかった。
彼にとって、今回の出来事は深い印象を残していた。
彼らは、あれだけの事を成して、何も誇らずに去っていった。
それが彼らにとってとるに足らない事だったなら、ギルバートも「違う世界に住んでいる人間」の行いだったと達観できただろう。
けれど、昨日の戦闘を見てなお、そんな考えはできなかった。
彼らは必死だった。一歩間違えば全員死んでいたかもしれない。端に突っ立っていることしか出来なかったギルバートからみても、それはまさに死闘であった。
その行いで、今後散らされるはずだった何人の命が救われたか分からない、偉業だ。望めば、名誉も、金も、地位も得られることだろう。
だが、彼らはそんなものには目もくれず、何も受け取らずに進むのだ。目的を果たすその時まで。
「……あれが、本当の勇者か」
物語に出てくる勇者など――民のために、利を求めず、悪を恐れずに立ち向かう、まるで聖人のごとき勇者など――この年になって信じてはいない。いや、信じてはいなかった。
だが彼らを見て、それを思い起こさないわけにはいかなかった。
いや、彼らは聖人ではない。それは、少しの間だけではあったが、彼らの会話を聞いていたギルバートには分かっている。
彼らは、自分とそう変わりはない、普通の少年少女だった。冗談を言い合って笑い、からかわれて怒り、謝り。そう、どこにでもいる人間だった。
だからこそ。
その遠ざかる背中に、ギルバートは畏敬の念を抱かざるを得なかった。
「え?何?」
ギルバートの呟きを聞き取れなかったクリスが、顔を向けてくる。
それに対してギルバートは首を振る。
「いや、何でもない」
彼らの偉業を後世に遺すべきではないのか。それが救われた自分達のすべきことではないのか。
そういう思いがギルバートの脳裏によぎった。
だが、彼らがそれを望んでいないのならば。自分の勝手な行動で彼らに迷惑がかかるのならば。
それをするべきではないのだ。少なくとも、今は。
今は、彼らが守ったこの地の平和を、確たるものにしていく。それが、彼らに救われた父の願いだろう。
そして、それだけでなく。
ギルバートは、隣に立つ少女に目を遣り、昨日年下の少年から言われた言葉を思い返した。
「ん、何?」
そして、不思議そうにする少女を見つめ。
「クリス、俺は――」
◆ ◆ ◆
それは、村から1時間ほど馬(と山羊)で行った時だった。
一行は今、少し開けた草原を進んでいる。もうカギョウ村の姿は件の裏山に隠れて見えず、行く先には山と草原が広がっている。
「ライリー、ちょっと止まってくれ」
ユージンの呼び掛けに応じて、彼の斜め前を行っていたライリーが止まる。
同時に、ユージンの後ろを行く皆も止まった。
「どうしたの?」
代表して質問してきたフラールだが、ユージンはその隣のゾーイに訊ねた。
「この距離なら、あの裏山までギリギリ探知できるよな?」
「ほへ?ん~、まあそっちだけに伸ばせばね。何で?」
後ろを振り返り、目測で距離を測りつつ答えた。
「ちょっと索敵してくれないか?あの裏山全体を」
「良いけど……?」
不思議そうにするゾーイと同じく、フラールが問う。
「どうしたの?」
「いや、杞憂なら良いんだが……、どうしても気になってな」
「何が?」
「昨日の――」
ユージンの言葉は、
「ユージン!これ!」
ゾーイの驚愕の声で掻き消された。
そのただならぬ様子に、一行に緊張が走る。
そんな中、ユージンは苦い顔で裏山を見つめて呟いた。
「……悪い予感が当たったか……。当たって欲しくはなかったが」
◆ ◆ ◆
ユージンが気にしていたのは、昨日、裏山の入口で索敵魔法を使った時のことだ。
最初にユージンが使った時だけ、強力な魔力反応があった。
その後、ユージンとゾーイが何度索敵魔法を使っても反応はなかったため、気のせいかユージンのミスかと思っていたのだが、昨日の悪魔との戦闘の後、果たして本当にそうだったのか?とユージンは考えるようになった。
ゾーイの説明では、人間の魔法士や獣魔が索敵魔法から逃れることは難しいということだった。
しかし、それには注釈が付いた。ゾーイも知らない隠蔽魔法があった場合は、その限りではないと。
そして実際、不完全ではあったものの、今回ユージンとゾーイの認識を多少なりとも阻害する魔法が使われており、さらにそこに隠れていた悪魔の存在を2人は認識できていなかった。
あるいは、ユージンが最初に索敵魔法を使った時に、あの悪魔が隠蔽魔法の外に出ており、その後隠れたため、最初だけ反応が返ってきたのかとも思ったが、ユージンの頭はそれを否定する。
あの時の強い魔力反応は、山の山頂付近に感じられた。いくらあの悪魔の移動速度が速くても、山頂から瞬時にあの洞窟まで移動することは不可能だろう。
ではやはり、最初の反応はただの勘違いかミスによるものなのか。
いや、そうではない。可能性としては、まだある。
『ゾーイにも感知できないほどの完璧な隠蔽魔法を使える存在がそこにいた』のならば、その説明ができる。
探知魔法は、少し魔力に敏感な存在であれば、使われたことを簡単に察知することができる。そのため、一度目の索敵魔法の後すぐに隠蔽魔法を使われれば、その後は探知ができなくなり、ユージン達がそうであったように、気のせいだったと思われる可能性が高い。
もし仮に、「そういった存在」がいたとして。常に隠蔽魔法を使用しているだろうか?さすがにそれは無いだろう。もしそうであれば、最初からユージンの索敵魔法に引っかかっていない。では、どんな時に隠蔽魔法を使うのか。もちろん、察知されたくない存在が近くにいる時だろう。
だからユージンは、「その存在」に気付かなかった振りをして村を離れ、十分距離を取ったうえで、ゾーイに索敵魔法を使わせた。
「それ」が安心し、油断して隠蔽魔法を解いていると予想されるタイミングで。
◆ ◆ ◆
果たしてユージンの悪い想像は杞憂に終わらなかった。
「す、すごい速度で近付いてくるよ」
二度目の索敵魔法に引っかかってしまっては、誤魔化すのは不可能と踏んだのだろう。
これだけ距離があるのだから、そのまま逃げる可能性も考えていたが、「それ」はこちらとの接触を選択したらしい。それはつまり、こちらの戦力を恐れていないという事に他ならない。
必ずしも戦闘になるとは限らないが、楽観はできない。
「戦闘準備だ。ライリーとフラールはできるだけ離れていてくれ。相手が何者かは分からないが、魔法技術はかなり高いと思った方が良い」
ユージンの指示に、フラールは何か言おうとしたが、結局は口を噤み、ライリーに促されてその場を離れる。その際に、ユージンとディストラ、ゾーイの馬を連れて行くのも忘れない。戦闘になれば、彼らの無事は保証できない。
「……敵かな」
ディストラの質問に、ユージンは難しい顔をする。
「分からん。こそこそとこちらを窺っていたようで気味が悪いが……。完全な敵ならば、昨日、あの悪魔と同時か、倒した直後にでも俺達を襲ってくるはずだ」
「それもそっか。じゃ~味方?」
今度はゾーイの質問に、ユージンは首を横に振る。
「それなら隠れる必要がない。とくかく、何があっても良いようにしておけ」
「りょ~かい」
ゾーイは頷いて、ぼそぼそと呪文を呟きだした。何かの仕込みをしているらしい。
ユングとフレイヤは、戦闘前に準備するような魔法は覚えていないので、ゾーイの両隣で前を見据える。ディストラは、魔法士3人の2メートル程前にユージンと並んで立つ。まだ、剣は抜かない。
やがて、「それ」が姿を現した。
「それ」は、遠目にはただの人間にしか見えなかった。背丈も格好も動きも、人間のそれだった。
もう少し近づき、顔がなんとなく分かるようになっても、人間に見えた。やや背の高い、女性だ。
180㎝くらいの身長に、肩の高さで揃えられた黒髪。白い肌に、小洒落たブラウスと黒いジャケットにパンツ。
ユージンの目には、アパレル業界のヤリ手女社長に見えた。
そして、彼我の距離が10メートル弱、お互いの表情まで分かるようになったところで、「それ」は立ち止まった。
妖艶な美女だった。この距離でも、ほとんど人間に見える。
変わったところは――こんな場所に垢抜けた美女がいることそのものを除けば――みられない。アラブ系の顔立ちで色白なので、ユージンは何となく違和感を覚えるものの、それもこちらの世界ではよくあることだ。
そしてその青灰の瞳から垂れ流される色気は、ユージンを若干たじろがせる。
と、次の瞬間。
「っ!?」
一行の警戒感が一気に跳ね上がった。女性の瞳の色が変わったのだ。
こちらの世界で良く見る青灰の瞳から、まるで血液の如き真紅へと。
「……悪魔か」
ユージンがほとんど断定して訊ねると、相手はクスリと色気たっぷりに笑って、左手で側頭部の髪を耳にかけた。
「そうよ。アタシの名前はシグルーン。よろしくね、ボウヤ」
シグルーンと名乗った悪魔の耳の上には、確かに小さな角が覗いていた。
次の投稿は明後日の予定です。




