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召喚勇者と七つの魔剣  作者: 蔭柚
第1章 2度目の召喚
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第4話 スフィテレンドという世界

説明回です。

 ユージンが部屋に入ると、ソファに座っていたイサークが立ち上がり、柔和な笑みを浮かべた。そしてその隣には、何故か第二皇女フラールも居り、こちらはやや仏頂面である。


「勇者様、ご足労頂きありがとうございます。昨晩は――」

「殿下」


 イサークがユージンに挨拶をしている最中に、ルキオールが言葉をぶった切った。家臣らしからぬ行為である。イサークもルキオールを不審そうに見る。


「勇者様は、『話の分かる』お方でしたので、色々不要です」


 ルキオールの言葉は、皇太子がユージンに対して変に遜る必要はない、と伝えたものであろうが、それにしても先ほどの行為と言い、皇族に対して大分気安いな、とユージンが感じているのを余所に、ルキオールとイサークは数舜、目で会話した。


「そうか、分かった。それじゃ、勇者殿。とりあえず座って話そうか。そちらにどうぞ」


 ユージンに、自身と対面の1人掛けソファを勧めて、自分もソファに座るイサーク。いきなり随分と態度が変わったものだ、と自分を棚に上げて思いながら、ユージンもソファに腰掛ける。

 フラールはユージンからみて右手のソファに座り、ルキオールはイサークの斜め後ろに立ったままだったが、


「お前も座れよ、ルキオール」


 イサークに言われ、眉根を寄せる。


「お前が見込んだんだろ。なら良いじゃないか」


 イサークの軽い物言いに、やれやれと首を振りながら、ルキオールもフラールに対面する形でユージンの左手のソファに座った。


 ローテーブルを中心に、4人が均等に向かい合った形になり、ユージンは内心首を傾げた。

 これではまるで全員が平等に見える。が、その実、1人は皇太子、1人は皇女、1人は次席魔法士、そして1人は日本の平民だった勇者である。勇者は置いておいても、皇太子と、家臣と思われる魔法士身分が同様に座するのは不思議な気がする。

 まあ、イサークにとってルキオールは腹心の部下で、親友のような立ち位置なのかもしれないが、貴族が力を持つ国ではそういった身分を無視する行為は指弾される、というのがユージンのイメージだ。

 だからこその、「お前が見込んだ」発言か、とユージンは思い至る。ユージンならその辺りを都合の悪い連中に口外しない、という信頼と、ある種の試験だろう。昨日ユージンがとった態度と同じようなものだ。


 そこまで考えたところで、さて、とイサークが切り出した。


「では最初に――名前を教えていただけるかな、勇者殿」




 そう言われて初めて、ユージンはまだ自分が名乗っていなかったことに気が付いた。


「すみません、そういえば名乗っていませんでしたね。俺はユージン。東条ユージンです」

「トージョーユージン?」


 イサークが、聞き慣れない発音の名前を、何とか繰り返す。そこで、ユージンは言葉の違いについて思い出した。

 1度目の召喚の時もそうだったが、ここでも、相手は日本語を喋っていない。だが、その言葉が理解できる。そして、ユージンは日本語を喋っているにも拘わらず、日本語を知らないはずの相手は言葉を理解している。

 ジャンヌによれば、召喚魔法の中にそのような機能を付加しているらしく、どこまで有効かは不明であるものの、その世界のある程度の言語での意思疎通は可能であるらしい。

 しかし、名前などの固有名詞はそのまま伝わるようで、ユージンの名前は聞き慣れない発音として聞こえているのだ。


「ユージンが名前で、東条は苗字――ファミリーネームです」

「なるほど。あまり聞いたことのない名だ。ユージン殿で構わないか?」

「ええ」


 ユージンが慇懃に頷くと、イサークもルキオール同様、昨日との落差にやや戸惑っているようであった。が、ルキオールと何かあったのだろうと深く考えずに話を進めた。


「フラール含め、我々の名前はご存知かと思うので省略させてもらうよ。さてユージン殿、まずは我々の非礼を詫びたい。突然、強引にこちらの世界に召喚して申し訳なかった」


 そう言って、イサークが座ったままではあるが頭を下げた。


 お辞儀大国の日本に育ったユージンは特に気にしなかったが、皇族が頭を下げるなど通常は考えられないという常識のもとに育ったフラールは衝撃を受けていた。一方のルキオールは澄ました顔のままである。


「謝罪は受け取りますが、過ぎた話をしても仕方ありません。俺を召喚した理由と、これからについて説明してもらえますか?」


 実際のところ、冷静となった今では召喚されたことに対して恨みや怒りはなかった。むしろ感謝すらしていた。

 あそこで召喚されなければ、ユージンは間違いなくカイナに殺されていただろう。

 何を成すことも出来ぬまま。


 そう言った感情は押し殺し、ユージンは続きを促した。


「そう言ってもらえると助かる。では、わが国――いや、この世界の現状について、ルキオール、説明してくれ」


 イサークに求められ、ルキオールが頷いてユージンに語り始める。


「認識の相違等あるかと思いますので、気になる点があれば随時質問してください。さて、昨日少しご説明した通り、この世界は魔王の脅威に晒されています。究極的には、その魔王を討伐してほしいというのが我々の願いです。現在、我がネアン帝国が中心となって悪魔の軍勢に対抗していますが、個々の能力が違いすぎるため、攻められると守りきれない状況です。そこで、勇者様を中心とした少数精鋭で魔王の拠点を強襲し、これを討ち取る、というのが我々が考えている大まかな計画です」


「……色々聞きたいことはあるけれど、まずは背景として、悪魔とはなんですか?」


「悪魔について、詳しいことは分かっていません。ただ、これまでの研究から、我々の住む世界スフィテレンドには、人間が住んでいる『人界』、天使の住んでいる『天界』、そして悪魔の住んでいる『地界』の3つの界が存在すると考えられています。その地界から他の界を侵略せんと、界を渡ってきたものが悪魔です」


「その界っていうのはそんなに簡単に渡れるんですか?」


「いえ、基本的に3界は強力な境界層によって隔てられています。このため、界の行き来は不可能です。しかし、悪魔は境界層を少しずつ削っているようで、数百年に1度、それが成功して境界層が破られることがあるのです。層が破られると、世界の修復力が働いてすぐにその箇所は修復されるのですが、その間に何人もの悪魔がこの人界に侵入してしまいます。今回も、数年前に境界層が破られ、多数の悪魔が侵入してきました。その当初は、悪魔も統率がとれておらず、単独で攻め込んできた悪魔を人間の組織力で各個撃破できたのですが、しばらくすると無暗な攻撃はしてこなくなり、人間ほどではないにせよ組織的に動くようになりました。その組織の頂点に立つ悪魔が、魔王と呼ばれています。それ以降は、個々の能力の差が大きく出て、人間は押される一方の展開です」


「その、天使とかいうのは悪魔討伐をしてくれないんですか?」


「天使については、悪魔以上に良く分かっていません。捕えた悪魔から得た情報では、天使は、界を渡ることを忌避しているそうです。そのため地界と人界の争いには興味がないと考えられています」


「悪魔が人界に侵攻してくる理由は?」


「深い理由については分かっていませんが、3界全てを支配することが最終目的のようです。天界と地界は接しておらず、間に人界があるため、必然的に悪魔が侵攻するのはまず人界からとなります」


「前は悪魔を各個撃破できたって言ってましたが、悪魔はどのような姿で、どれくらい強いんですか?」


「姿についてはかなり個体差があります。人間の幼児くらいのサイズから、これまで確認されている最大のもので人間の3倍くらいでしょうか。姿は、概ね人間に近い直立二足歩行をする生物ですが、手が4本あったり尻尾があったり翼があったりするものもいます。また、共通の特徴として頭部に黒い1対の角を持っており、紅い目をしております。強さについても個体差が大きいようですが、少なくとも人間の数倍の膂力を持ち、数倍の規模の魔法を使います」


「数はどれくらいいるんですか?」


「捕えた悪魔の話では、100体前後ということですが、どこまで信用できるか……。また、悪魔は黒い魔力を使って野生の獣を獣魔として使役・強化しており、これもかなりの脅威となっています」


「なるほど……。魔王と悪魔については大体分かりました。じゃあ、次は、この人界の事について教えてもらえますか。特に、このネアン帝国がどのような立ち位置にいるかを」


「立ち位置、ですか。そうですね。では、大陸の地図と共にご説明しましょう」


 そう言うや、ルキオールは壁に吊るしてあったタペストリーに手を向けた。すると、1メートル四方のタペストリーがふわりと浮かび、4人の中央に鎮座する机の上に着地した。

 精巧な刺繍によってデザインされているそれは、良く見るとただの絵でなく、地図になっていた。おそらくこの大陸の地図なのだろうが、日本で良く見た世界地図とは違い、海に相当する部分は見られない。

 この世界には海がないのか、あるいはこの範囲の外は未開の地なのか。ユージンは頭の隅でそんなことを考えながら、ルキオールが指し示した地図の右下4分の1を眺めた。


「現在、このスフィテレンドには人間の国が50ほどありますが、ネアン帝国はその中で最大の領地、人口を抱えています」


 地図には国の名前と思しき文字が多数記載されているものの、明瞭な国境線は描かれていなかった。しかし、地図の右下4分の1の中央にはでかでかと『ネアン帝国』と記載されており、その周囲に他の国名がないことから、この辺り、およそ大陸の4分の1がネアン帝国であることが推察された。


「かつてはヴァナル王国など、この国に匹敵する勢力を持つ国もありましたが、約500年前の悪魔の襲撃で大陸北東の多くの国が滅びました。この辺りは、現在廃墟になっておりほとんど人は住んでいません」


 今度は地図の右上の辺りを指し示す。そこには、ネアン帝国の半分ほどの大きさの国や、それより小さいいくつかの国の名前が記載してあるが、国名の前に『旧』と書かれている。


「現在では、ネアン帝国が大陸で突出した勢力を持つ唯一の国で、そのため大きな戦争なども近年は起きていません。現在は、周辺の国々とは概ね良好な国交を続けています」


 この国がこの大きさになるまでには色々あったのだろう、と想像するが、ユージンはそこを聞くことはしなかった。その代わり、地図で目立つ2つの地形について質問した。


「これは、湖?」


 ネアン帝国の西に広がる大きな空白地帯。ネアン帝国の半分くらいの面積がありそうである。


「湖?いえ、これは海ですね」

「海?」

「はい」

「塩水なんですか?」

「塩水?・・・いえ、普通に真水ですが」


 ユージンの質問に、ルキオールが首を傾げる。『海』という単語の認識の違いがあるようだが、ユージンの中ではこれは巨大な湖であると納得した。そして、この世界では塩水で満たされた空間は認知されていないようだと推測する。


「そうですか。それでは、これは、山脈ですか?」


 地図の左から3分の1くらいの位置を、上端から南方に向かって50㎝程『へ』の字型の記号が並んでいた。


「そうですね。これはピオール山脈といって、夏でも雪が解けない高山帯です。人間が越えることは不可能とされています。そして、この山脈の西側、大陸の北西端が、現在の悪魔の根城となっている地域です」

「ネアン帝国とは正反対ですね」


 ネアン帝国と真逆の位置に悪魔が現れていることについて、何らかの裏がある可能性も考え、ユージンはさらりと訊いてみた。だが、返答はあっさりとしたもので、ルキオールに特に不審な反応は見られなかった。


「そうですね。この辺りは、まだ開拓中の土地で、大きな国がなかったのは幸いです。500年前の襲撃では、北東部に悪魔が現れたため、周囲の国に甚大な被害を齎しました。今回ももし南東部に現れていたら、ネアン帝国も大きな被害を受けたことでしょう。……いえ、今後の状況次第ではこの国もどうなるかわかりません」

「そうならないために、貴殿をお呼びしたのだ、ユージン殿」


 久しぶりに発言したイサークの眼光が、ユージンを射貫く。それを居心地悪く受け止めながら、ユージンは、なるほど、と呟いた。


 そこで、ゴーン、と遠くから鐘の音が響いた。


「おっと、もうそんな時間ですか。話に集中しすぎましたね。ひとまず昼食にしましょうか。ユージン様も殿下と一緒でよろしいですか?」


 集中していたためそんなに長い時間話していた感じはしないのだが、確かに窓の外に見える庭木の影は短く、太陽が正中に近いことを示していた。


 ユージンはルキオールの誘いに頷く。


「テーブルマナーをうるさく言われないなら」


 ついでに付け足した言葉に、一国の皇太子を相手にしているのに、我ながら図太くなったものだと思うユージンだが、それがイサークには面白かったらしい。


「ははは、それでは給仕も無しの無礼講といこうか。ルキオール、応接室に準備してくれ」

「分かりました。ただし、酒類はお預けです」

「仕方ないな」


 言いながらルキオールが立ち上がり、部屋の外に出ていった。そこでふと、ユージンは右からの視線を感じ、そちらに目を遣る。じっとこちらを見つめるフラール。


「……ところで、皇女殿下はなぜここに?」


 今朝の衝撃(物理的)の出会いの後、妙な要求をされたと思ったら、応える間も無く連行されていった少女。

 先程のルキオールの説明からすると、今居る大陸の南東から、北西の悪魔の根城まで旅をして、そこに居る魔王を倒すことを勇者は求められているのだろう。地図のスケールが分からないから何とも言えないが、数日で終わるような話ではない事は確かだ。数ヵ月、あるいは数年かかるかもしれない。

 そんな旅に、この皇女は同行させてくれと申し出てきた。あの時の必死の表情は、単なる興味や思い付きとは思えない覚悟を感じた。それだけに、彼女の意図の裏に何かややこしい事情があるような気がしてならないユージンである。


「ああ、それは、フラールがユージン殿に興味があるようだったから、同席を許したのさ。今朝も寝込みを襲うくらいには貴殿の事が知りたいらしい」

「え、兄様?」


 イサークの言葉に、フラールがキョトンとする。ユージンから見れば彼女の性格は、後半の軽口には反論くらいしそうなものだと思ったが、彼女は意外そうな顔で兄の顔を見上げるだけだった。


「そうだろう?フラール」

「え、ええ、まあ、そうね」


 兄妹の間で、何やら見えない会話が成されているようだが、ユージンは彼女が同席していることを含め気にしないことにした。



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