第32.5話 幕間:マナスカイの動向①
もう一つの世界、マナスカイでの話です。
第16.5話の続きにあたります。
「魔剣が消えた!?」
椅子から身を乗り出して訊ねてくるクゼール王国第一王女サローナに、ジャンヌは頷く。
「はい。魔剣だけでなく、その時魔剣を手にしていた騎士ディストラも同時に消えてしまいました」
目の前で、折れた七の魔剣(の試作品)とディストラが消失した後。
ジャンヌは、一体何が起こったのかを考え、ある程度の推測を立てた上で、すぐさまサローナに報告していた。
「貴女や勇者様と仲の良かった騎士の方ね。……一体何があったの?」
魔剣が消えたと聞いて動揺したサローナだったが、ジャンヌが落ち着き払っているのを見て、自身も一呼吸して訊ねた。
「ユージンが消えた時と全く同じ現象が起きました。突然、魔剣を中心として三重の魔法陣が発動し、マナの高まりと共に魔剣とディストラを消失させたのです」
「という事は、勇者様の失踪と関係があるという事かしら?」
「恐らく。少なくとも、2つの消失は同じ魔法によって発生した事象であることは間違いありません。そしてこの短期間で勇者と魔剣という密接な関わりを持つ2者が狙われたという事に関係がないとは思えません」
「そうね……」
サローナは、ジャンヌの話を聞いて、少し考えた。そして、自分の考えを口にする。
「勇者様と魔剣、両方が必要だったという事かしら?」
「魔剣が必要だったのは間違いないでしょう。わざわざ2度目の魔法を使っているのですから。ただ、ユージンが必要であったかどうかは分かりません」
実際には魔剣を必要としたのはユージンなのだが、ジャンヌも流石にそこまでは予想できなかった。
「魔剣が必要という事は、少なくとも魔法の行使者は味方ではないという事かしら?」
味方であれば、わざわざ強引に魔法で奪う必要もないはず、という仮定の質問である。
しかしジャンヌは少し難しい顔をして答える。
「そう、ですね。味方、というのがどこまでを指すのかによりますが……。クゼール国内にも、ユージンの事を良く思わない人間は居ますので」
「そうだったわね。では、もしかすると国内の過激派の仕業という可能性も?」
「可能性が皆無ではありませんが、限りなく低いかと」
「なぜ?」
「魔法の技術です。あの魔法は、私ですら停止も解析も出来ない高度な技術によって行われたものです。国内の過激派どころか、人間族の国であそこまで高度な魔法を使えるところはないでしょう」
実際には、ジャンヌが召喚魔法を停止・解析できなかったのは、スフィテレンドの魔法技術がマナスカイよりもはるかに高度であるからという理由ではなく、世界を跨ぐ魔法には一種の「強制力」が働くからであった。
両世界の魔法技術にそこまで大きな差はない。しかし、世界を跨ぐ魔法、特に他人を召喚するような魔法は、その使用に膨大な労力がかかる代わりに、一度発動すると、発動された方の世界からの干渉を受け付けなくなるのだ。
ただし、この事実は現在両世界の誰も知らないことであり、当然ジャンヌも知らなかった。
もちろんサローナもそんな事を知るはずもなく、ジャンヌから、魔法の使用者が人間族でない、と言われた彼女は、驚いて目を見張る。
「じゃあ、獣人族という事?」
サローナの頭に真っ先に他の種族として出て来たのは、現在抗争中の獣人族であった。
というより、普段人間族と交流のある種族は獣人族くらいなので、それ以外が思い浮かばないのだったが。
しかし、ジャンヌは首を横に振った。
「いえ、獣人族の魔法技術は我々よりもやや低いくらいです。可能性があるとすれば、エルフ族か魔人族でしょう」
「エルフ族に魔人族」
話に聞いたことはあるものの、実際には会ったことも話したこともない種族が出てきてサローナは不安そうな顔をする。見たことがないという意味ではジャンヌも同じではあったが。
「どちらかの種族が、勇者様と魔剣を奪ったと、そういう事?」
サローナの早計な結論に、ジャンヌは首を捻った。
「分かりません。結論付けるには情報が少なすぎます」
「じゃあ、結局は勇者様と魔剣がどこに行ったかは何も分からないという事ね」
ジャンヌに否定され、サローナはやや失望した表情で視線を落とした。
「そう、ですね。ただ……もう一つだけ、可能性があります」
「可能性?」
「はい。ユージンが消えた時に発動した魔法陣。私は、あれと似たものを3ヶ月前に見ました。と言うより、私が発動させました」
ジャンヌの言葉の意味を、サローナは正しく読み取った。
「勇者召喚の魔法」
「そうです」
「じゃあ、もしかして、勇者様は別の世界に召喚されてしまったという事?」
「可能性はあります」
可能性と言いつつ、ジャンヌはなぜだかそれが真実だと確信していた。
確たる根拠はないが、状況と、勘である。あるいは、希望も入っていたのかもしれない。
ユージンが望まれて召喚されたのであれば、クゼールと同様に、その身の安全は、ある程度保証されているだろうから。
ジャンヌがそう思っている間にも、サローナは考えを進めていたらしい。
パッと明るい顔になって、ジャンヌに提案してきた。
「それなら、もう一度召喚魔法を使えば、勇者様を呼び出せるんじゃないかしら」
サローナの意見に、それを考えていなかったジャンヌは目をぱちくりさせる。
そして少し考え、頷く。
「もし本当に別の世界に召喚されていたら、可能だと思います。ただ、召喚魔法には『嘆きの丘』での膨大な前準備が必要です。王都ホルディアを取り戻さない限りは、難しいでしょう」
「そうね。まずは、そこからね。……本当はホルディアを取り戻すのに勇者様の力が欲しいところだけれど」
ユージンの消失に関する議論は一段落したとみて、サローナは、ふぅ、と息を吐いて椅子の背に凭れた。
ジャンヌもサローナが気を抜いたのを察し、少し気安い口調となる。
「まあ、現時点のユージンでは大した力にはなりませんけどね」
「あら、貴女がそれを言うの?勇者様の一番の味方のはずじゃない」
「それとこれとは話が別です。私の役目は、盲目的に彼を信じる事じゃないですからね」
ユージンの事を信頼してはいる。ただ、冷静な視点で実力を見極めなければ、彼を殺すことになる。
ジャンヌはそれが分かっているから、ユージンに無茶な訓練をさせようとはしなかった。少しずつ力を伸ばせば、いずれ自分達をも超える存在になってくれると、そう信じていたから。
だが結果として、ジャンヌのその判断がユージンの成長を遅らせていたことは否めなかった。
より厳しい訓練を――それこそ、死にかける程の訓練を積むことで、飛躍的にその力を伸ばす事ができたのを、ジャンヌの知らぬところでユージンは証明していた。
とはいえ、ジャンヌが心を鬼にしてユージンにその訓練を課したところで、うまくいったかは定かではない。
ユージンがあれだけの訓練を自分に課し、それに耐えられたのは、ジャンヌやディストラといった信頼できる仲間がいない環境で生き抜かねばならない、という追い詰められた状況だったからだ。クゼールで自分だけにそのような訓練を課せられたら、ユージンも不満を覚えていたことだろう。
もちろん今のユージンの状況など何一つ分からないジャンヌに、それらの事が分かるはずもなく。
彼女は、王女に向かってこうまとめた。
「ひとまず、予定通りアズール王国の王都アルスブルクに逗留して情報収集し、王都奪還に向けた作戦を考えましょう」
「そうね。まずは、自分達の事からね」
そうして、魔剣とディストラが欠けるというアクシデントがありつつも、ジャンヌ達は再び東へと向かうのであった。
「(ユージン……無事でいてね)」
引き続き第3章も投稿していきます。
投稿ペースは少し落ちて2日に1回くらいになる予定です。
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