第22話 幻獣ヨルム
前話のあらすじ:
老人と孫の感動の再開!
ユージン「山は登る時より、下る時の方が事故に遭いやすいらしい」
ディストラ「気の緩みもあるし、足を滑らせた時の咄嗟の対応が難しいからね」
ユージン「ゾーイはいつも滑りっぱなしだけどな」
ゾーイ「ボクをイタイ子扱いするなぁ!ユージンも滑れば良いよっ!山道よ凍れ!」
ユージン「物理的に滑らせるなああぁぁぁぁ!」
フラール「綺麗に落ちたわね」
ディストラ「そうだね」
翌朝、ユージン達はヴァン兄妹を連れて山道を登っていた。
村人には、坑道の封印を確認しに行くと言ってある。
昨日とは打って変わってゆっくりとした進行速度だが、ブラック・ストーカーに襲われる事はなかった。
居ないわけではない。索敵魔法では、周囲にそれなりの数の獣魔が確認できる。だが、遠巻きに眺めるだけで、近寄ってくる気配はなかった。
やはり、昨日の大量殺戮と、ゾーイの最後の派手なパフォーマンスも効いているのかもしれない。
何事もなく坑道前の広場に着いた一行は、ヴァン兄妹にその場を任せる。
なお、坑道の入り口は、ユージンの指示通り岩によって完全に塞がれていた。
ユージン達の前に出た2人は、ユングの左手とフレイヤの右手を繋ぎ、お互い逆の手を前方に翳した。
そして、呪文の詠唱を始める。
「「白き鱗で大地を往き 紅き眼で生を捉える その咢で全てを呑まんとする者よ 契約に従い 我らの声に応えよ 『同朋招集』」」
2人の詠唱と共に、赤と緑の魔法陣が出現し、半分くらい重なる位置で光を増す。
そして詠唱が終了した瞬間に一際強く光を放ち、次の瞬間には魔法陣の中心に、大きな獣がいた。
呪文の通り、白く艶やかな鱗に覆われた身体に、鮮血のような眼を持ち、瞳孔は縦に鋭く伸びている。20mはあろうかという手足の無い巨体の先端に大きく裂けた口腔は、目前の子供2人をまとめて一飲みにできるだろう。
そこに現われたのは、巨大な白蛇であった。
その大蛇が、子供の目の前に鎌首を擡げる様はさながら捕食を始めんとする光景で。
ユージンは思わず助けに入りそうになる自分を押し留めた。
『おお、ヴァンの坊主達か。久しぶりだの』
大蛇は、人間の声とは違う、魔法的な何かによって喋り出した。その口調は、凶悪な見た目とは裏腹に穏やかであった。
「久しぶり、ヨルム。今日はちょっと頼みがあって呼んだんだ」
『そりゃそうだろうて。話し相手に我を呼んでも仕方あるまい』
そう言いながら、大蛇は双子の後ろに控えるユージン達に紅い眼差しを向ける。
フラールはややびくっとしたが、ゾーイは恐怖よりも興味が優先しているらしく、目を輝かせて白蛇を見つめている。ユージンもプレッシャーを感じないではないが、不敵に笑っておく。
『ふむ。なかなか面白い連中と行動しているようだな。それで、頼みとは何だ?国の一つでも滅ぼすか?』
蛇が、笑った。
いや、顔の作りが人間とはまるで違うので、そういう風に感じただけであるが、悠然と笑ったようにユージンには感じられた。
「そ、そんな事はしません!実は――」
フレイヤが、白蛇に事情を説明する。
依頼内容を聞いた白蛇は、封印されている坑道の入り口に近付き、岩の厚みが薄い天井付近を何度か突いて小さな隙間を作った。
『ふーむ、おるおる。確かに僅かながら黒い魔力を感じるの。正直役不足ではあるが、食べ放題のランチを食べに来たとでも思うことにするか。とはいえ、いくら我でも一日に食べられるのは百匹くらいが限度だぞ?』
白蛇が振り返って双子を見る。確かに、規格外の大きさの蛇ではあるが、その胃袋にも限界はあるだろう。
困った、という風に双子が振り返ってきたので、ユージンが進み出て発言する。
契約者以外が喋りかけても大丈夫か、とも思ったが、まあ何とかなるだろう。
「必ずしもあなたが食べる必要はありません。捕殺した蛙を森に放置してもらえれば、後はその辺の狼が処理してくれるでしょう」
『ふむ。それでも、坑道内を隈なく、という話であれば、数日はかかるぞ』
普通に会話してきた白蛇にとりあえずユージンはホッとし、視線を双子に向けた。
「えーっと、彼?彼女?まあいい、あのヒトはいつまでここにいられるんだ?」
「基本的に、本人の意思次第です。本人がここにいる意思が無くなると、自動で送還魔法が起動します」
「アフターフォローもばっちりかよ。召喚魔法もそうであってくれよマジで」
フレイヤの返答に、自分との待遇(?)の差を感じて歯噛みするユージン。
「えっと、お兄ちゃん?」
少女がキョトンとしたので、ユージンは慌てて笑顔を繕う。
「いや、何でもない。そうしたら、ちょっと失礼だけど、俺達はここを離れて、あのヒトだけ終わるまで仕事をしててもらうことは可能なのか?」
ユージンが、こっそりという雰囲気で、しかしそこそこ大きい声でフレイヤに訊ねた。
『聞こえておるぞ、小僧。我を顎で使おうというのか』
ギロン、と睨んでくる白蛇に、ユージンは悪びれずに答える。
「いやあ、俺達も急いでるんでね。あ、というか、急いでるのは俺達であって、別にこの子達は急いでる訳じゃないのか。じゃあ、後は2人と白蛇さんに一任という事で」
よろしく!と片手を上げるユージン。その様子を、一同はぽかんとしてみるが、すぐにユングが声を上げる。
「そりゃないぜ兄ちゃん!俺達だってそれなりに急いでるんだ!」
フレイヤも、兄と同様に少し拗ねたような表情をしている。
「いやー、でも白蛇さんが許してくれなさそうだし」
チラッとその巨体を見上げるユージン。
ユージンと目が合うと、その紅い眼がスッと細められた。その眼差しに、良い度胸してるな小僧、という感情が乗せられている気がしたので、それほどでも、というつもりで睨み返す。
それに気付かない子供2人は、白蛇に向かって懇願する。
「頼むよ、ヨルム。遅くなると師匠になんて言われることやら」
「お願いします、ヨルム。今回だけはあの師匠にケチをつけられたくないんです」
『むぅ……』
幼気な双子のお願いに、巨体を持つ白蛇が押され気味である。
その様子を、ユージン達一行は不思議な気持ちで眺める。
「幻獣にも、子供の可愛らしさは通じるのね」
フラールの感想に、ディストラも同意する。
「そうだね。普通に良い人って感じだよね。蛇だけど」
そして、ゾーイがぼそりと呟く。
「ていうか、あの状況に蛇を追い込むユージンが鬼畜~」
「人聞きの悪いことを言うな。俺は事実を言っただけだぞ」
戻ってきたユージンが、抑えた声で反論する。
「え~、あんなに大きな声で相談して、あえて蛇さんの方から反発させた上で、子供を煽って蛇さんが悪いみたいに仕向けるなんて、どー考えても鬼畜~」
「ハハハ、何の事やら。考えすぎじゃないか?」
「うわ~、白々し~い」
ユージンがそんな会話をしているうちにも双子の懇願は続き、ついに白蛇が折れた。
『分かった分かった。数日間ここに居て蛙を始末し続ければ良いのであろう』
「ホントか!ありがとう!」
「ありがとうございます、ヨルム!」
少年少女の曇りなき笑顔に、白蛇はおそらく、仕方が無いな、と苦笑をしている。
そこで、すかさずユージンが割り込む。
「では、白蛇さんにはしばらく坑道で蛙退治をしてもらうという事で。坑道を塞ぐ岩の上方に、白蛇さんが通れるくらいの穴をあけて、そこから出入りをして貰いましょう。上方であれば、あの蛙が届くことも無いだろうし。それで、片が付いたら入り口の岩を全て破壊して貰って、それを以て村人には駆除完了の合図としましょう」
いけしゃあしゃあとそんなことを述べるユージンに、白蛇が苦虫を噛み潰したような顔を(おそらく)する。
一応丁寧な言葉遣いではあるが、白蛇の事をさして敬っていないことがありありと分かった。
『小僧、本当に良い性格をしておるの。勇者というのは皆こういうモノなのだろうか』
しかしそんなユージンも、白蛇の一言にドキリとした。
名乗ってはいないというのに、勇者だと看破されている。しかも、疑いではなく確信を持って。
驚いたのはユージンだけではない。
仲間達も、なるべく勇者であることは秘密にしていたので、一様に驚いていた。
だがそれよりも、ユージンを勇者と知らなかった双子の驚き様の方が大きかった。
「え、勇者?」
「お兄ちゃん、勇者様なんですか?」
『おや、言ってなかったのか?これは悪いことをしたの』
明らかに楽しんでいる口調で、白蛇がユージンを見る。意趣返しという事だろう。
ユージンは小さく舌打ちをして、溜息を吐く。
「まあ、一応そういう事になってるな……。何で分かったんだ?」
『お前からは異世界の臭いがプンプンするからの。すぐに分かったわ。そちらの小僧からも異世界の臭いはするが、お前ほどじゃない』
異世界の臭いって何だ、と思ったが、そういうモノを感じ取れる種族もいるのだろう。
一つ勉強になったな、とユージンは前向きに考える。
少なくとも敵対していない相手から知らされる情報なので、動揺も少なくて済む。
これがもし敵からの情報だとしたら、本当かどうかも怪しいし、裏をとる必要もあっただろう。
ディストラよりもユージンの方がその臭いが強いというのは、ユージンはさらに別世界から召喚されたことによるのだろうか。
ただ、それについてはディストラ以外まだ誰にも話していない事なので、あえてこの場で追及はしなかった。
「なるほど。ああ、ちなみに、坑道の中に明かりはあったか?」
ユージンの質問に、フレイヤが答える。
「ありませんでした。松明置き場はありましたけど。私達は、魔法で明かりをつけたので……」
『ふん、我の視界についての心配か?それならば不要だ。我もそれくらいの魔法は使えるうえ、そもそも光など必要ない』
「ああ……そういえば蛇には熱を見られる種類もいたっけ」
地球の蛇と同じなら、生物が発する熱(赤外線)を感知する器官があるのだろう。
『いかにも』
「でも蛙は表面に粘液があるから余り熱を発しないんじゃ」
『それでも岩とは違うわ』
「まあ、それならよろしく頼むよ」
『お前の願いを聞くわけではないが……ヴァンの坊主達の願いだ。承知した』
白蛇はやや不服そうにそう言うと、するすると坑道の入り口に移動して、先程開けた小さな隙間を頭でゴリゴリと押し広げて、その穴の中に消えて行った。
それからすぐに、蛙の喚くような鳴き声が少し聞こえては消えて行った。
「さて、一件落着だな。ユング、フレイヤ、君達のおかげで万事うまくいきそうだ。ありがとうな」
ユージンに礼を言われ、ヴァン兄妹は照れくさそうに笑う。
「いいって事よ!昨日は助けられちゃったし、おれ達だって、何とかしたいと思ってたからな。また鉱石を採りに行けって言われるかもしれないし。っていうかそれよりも兄ちゃん、勇者だったのかよ!何で黙ってたんだ?」
「あまり目立ちたくないからな。奇襲されないとも限らない。それより、今勇者が居ることを何で知ってるんだ?」
「何言ってるんだよ、ネアン帝国が勇者を召喚して、魔王を倒そうとしていることなんてみんな知ってるぜ」
どうやら、ネアン帝国の動向については、広く知れ渡っているらしい。
ライリーに視線を向けると、眉間に皴を寄せていた。
その顔はどういう心境だ?というユージンの視線に対して、ライリーが答える。
「ある程度広まっていることは承知していたが、こんな子供にまで広まっているとは思っていなかった」
ユージンがこちらに来てもう一月だ。人の口に戸は立てられぬとはよく言ったもので、噂が国内のみならず国外に及んでいたとしても不思議ではない。
「まあ、敵さんも俺が来たことは当然知っているだろうからな。一般市民にその噂が広まってもそこまで大きな問題はないか。俺達がそうだとバレなければいいんだ」
ユージンは、彼が召喚される一月前に起きた悪魔による王宮襲撃の経緯から、ネアン帝国内に悪魔と内通している者がいると考えている。
であれば、ユージンが召喚されたことは当然悪魔にも知らされているだろう。
ユージンの開き直りに、フラールは呆れるものの、それもそうね、と頷く。
だが、
「でも、そっこーでバレちゃってるけど?」
ゾーイが、双子を見ながら突っ込んだ。
「うるせえな。大丈夫だよ。2人とも、俺らの事は黙っててくれるよな?」
ユージンがヴァン兄妹に向かって笑いながらそう言うと、2人はコクリと頷いた。
「よし。じゃあ、村に戻るか」
そして、一行は山を下り始める。登り同様、獣魔の襲撃はなかった。
◆ ◆ ◆
村に戻った一行は、騒ぎになると面倒なので白蛇の存在をぼかしつつ、事の顛末を説明した。
すなわち、数日かけて蛙を駆除する魔法をかけた。坑道の入り口を塞いでいる岩がなくなったら、駆除が終了したということである、という風である。
「孫を救っていただいただけでなく、危険な獣魔の駆除まで……。なんとお礼をいって良いのやら」
元村長のラルフが大変恐縮した様子でライリーに頭を下げた。それに対して、ユージンが答える。
「なに、どちらもこの子達がいなかったら成し得なかったことだ。感謝するなら、この小さな魔法士達にしてくれ」
ユージンがヴァン兄妹に視線を向ける。
「おお、そうだな。本当にありがとう。君達がいなかったら、勇気を出して行動してくれなかったら、孫は獣魔に襲われてもう会えなかっただろうし、坑道も獣魔に占拠されたままだっただろう」
ラルフに続いて、彼の息子夫婦や娘夫婦、他の村人達も次々に双子に感謝の言葉を述べ、頭を下げた。
人に感謝され慣れていない双子はあたふたとして、
「や、やめてくれよ。おれ達だって、兄ちゃん達が来なければ危なかったし」
生意気な方のユングも大勢の大人に頭を下げられては生意気のままではいられなかった。
そして事実、ユージン達が助けに来なければ、今頃は3人まとめて仲良く蛙の胃袋に収まっていたことだろう。
ユングの言葉に、再び注目がユージン達に向かう。
そして、始めにライリーに話しかけてきた、ラルフの娘である中年の女性が口を開く。
「そういえば、あんた達は傭兵なのに、何でこんな金にならない事までしてくれるんだい?子供を助けるだけならまだしも……」
女性の質問に、仲間の目が自分に向けられたのを知るユージン。
それにつられて、ヴァン兄妹や村人の視線も彼に向かう。
周囲の注目を一身に浴びるユージンは、何と言おうかと考え、ぽりぽりと頬を描いた後に、こう言った。
「そりゃ、あんた達の笑顔をまもるためだ」
その言葉に、一同がポカンとする。
村人のみならず、仲間の反応に、居心地の悪さを感じたユージンだが、真っ先に回復したゾーイが吹き出した。
「あはは、ユージン、カッコつけすぎて逆にカッコ悪いよ、それ。いやもはや一周回ってカッコいいかも!」
続いて、ディストラも笑いながら。
「傭兵(仮)が笑顔のためって、さすがに……」
「無いわね」
フラールは、やれやれと首を振った。そしてライリーは無表情。ユングはゾーイと同じ様に笑っている。
一方フレイヤだけは純粋にユージンの言葉に感動していたのだが、皆の反応についていけずキョロキョロしている。
そんな仲間の反応に、ユージンの発言はジョークの一種だったと判断した村人は、傭兵が皆あんたらみたいや奴ばかりだったら良いんだけどな、と笑いあう。
その様子に満足したユージンは、さて、と切り出した。
「じゃあ、そろそろ行くか」
ユージンに促されたライリーが頷き、村人に一泊の礼をしつつ馬の準備を頼む。
それを見たユングが、ユージンに話しかけてきた。
「なあ、兄ちゃん。これからミッドフィアに向かうんだろ?一緒に行こうぜ。おれ達、ミッドフィアに住んでるんだ」
「そうなのか?」
それで、昨日ミッドフィアに向かうと言ったときに反応したのか、と納得するユージン。
「はい。わたしとお兄ちゃんは今、ミッドフィアで一番優れた魔法士と言われている人に魔法を教えてもらいながら暮らしています」
「同時に、ミッドフィアで一番の変人とも言われてるけどな、あの人は」
フレイヤの説明に、ユングが口をへの時にして補足した。
ユージンは、双子の魔法能力の高さはその師がいるからか、と再び納得する。
そして、双子と行動を共にするべきかどうか考え、積極的に断る理由はないな、と結論付けそうになったところで、村人に連れてこられた馬が視界に入った。
「君達、移動はどうしてるんだ?馬屋には、村人と俺達以外の馬は居なかったけど」
「移動も、幻獣の力を借りています。馬ほど最大速度は出ませんが、どんな地形でも乗り越えてくれる山羊の幻獣です」
「へぇ」
それならば、自分達の馬の速度に遅れることもないか、と考えるユージン。
ちらりとライリー達の反応を窺うが、特に反対する者はいないようだった。
「分かった。じゃあ一緒に行くか。道案内頼むぜ、ユング、フレイヤ」
「任せろ、ユージン兄ちゃん!」
「はい!よろしくお願いします、ユージンお兄ちゃん」
こうして、ユージンの旅の仲間に、一時的に双子の兄妹が加わったのだった。
次の投稿は明日の予定です。




