第18話 旅立ち
第2章開始です。
いよいよユージンの旅が始まります。
その日の早朝。
ユージンは、王宮の東門に立っていた。隣には、王宮で飼われている馬の中で最もユージンと相性が良かった葦毛の牝馬が待機している。
「装備、食料、地図、と」
ユージンが、自分の身と馬に積まれた荷をチェックする。
彼の装備は、速さが身上であるため軽量なものばかりで、ほとんどは革製である。関節や胸など要所要所に細かい金属をあしらっているが、それも軽量なミスリル合金製で、強度はあまりない。
左腰に下げる剣は、イサークが宝物庫から持ってきたかなりの業物で、切れ味と耐久度に優れるブロードソードである。ついでにもう1本、予備として馬に似たような剣を吊るしている。こちらは騎士団の倉庫からの拝借品だ。
ユージンの数歩先で装備をチェックするディストラも似たような装備を提供されていた。
ただし、彼の鎧はユージンよりもかなり金属部分が多く、鋼鉄製の部品もみられる。さらに、小型の盾も馬に吊るしていた。元々、ディストラはどちらでも戦えるため、状況に応じて使おうという訳だ。
そして、ユージンの数歩手前、王宮側では、
「あ~、ちゃんとしたお風呂とも今日でお別れか~。はっ!野宿の時にユージンにお風呂を覗かれるかもしれないっ!どうしよう!」
ぶつくさと文句を言いながら荷物のチェックをする少女ゾーイと、
「……」
無言で自分に課せられた任務を確認する騎士ライリーの姿があった。
◆ ◆ ◆
数日前。
ユージンとディストラは、イサークとルキオールから旅の同行者について説明を受けていた。そして、説明された内容に、ユージンが眉を顰める。
「4人、ですか」
ユージンとディストラを含めて4人。それがこの旅のメンバーだというのだ。
少なすぎるのではないか、と危惧するユージンに、ルキオールが説明する。
「今回の旅は、魔王の暗殺が目的です。何より大事なのは、行軍のスピード、そして敵に気取られない事です。人数が少なければ少ないほど良いのです。悪魔に対しては、防衛戦でなければ数の利はほぼありません。個々の能力が重要です。そういった考えから、ユージン様をリーダーとして、魔法のエキスパートを1名、剣術のエキスパートを1名、行軍の管理を行う者を1名、と考えておりました。しかし、ディストラ様も居ますので、行軍の管理ができ、勝つ戦力になるものを選任しました」
「それで、ゾーイとライリーさんですか」
2人とも、良く知った仲だ。
最近は、ユージンは前のような無茶な訓練は行わず、ディストラとの連携を主に練習しており、ゾーイやライリーとも組んで様々なパターンの戦闘訓練を行ってきた。
「(というより、最初からそうするつもりで会わせたんだろうな)」
2人とも、魔法士や騎士として最初に引き合わされた人物である。今になって思えば、その時点で選定されており、ともに訓練をすることで、相性などを確認していたのだろう。
行軍の管理に関しては、どうするつもりだったのか定かではないが。
「2人とも、我が国の実戦部隊としてはトップクラスの実力を持っています。単体で悪魔と戦っても引けは取らないでしょう。もちろん相性はありますが」
正直に言えば、もう2、3人くらい欲しいところではある。野宿の際の見張り等、人数がいた方が良い場面はあるはずだ。
イサークもルキオールもそれは承知のはずだが、何故か彼らは4人にこだわりがあるらしい。
ユージンは諦めて、2名についての懸念を問う。
「ゾーイは、大丈夫なんですか?一応女の子ですけど」
「まあ、大丈夫でしょう。アレはどこででも生きていける。そういう子です」
何だそれは、と思ったが、面倒だったので捨て置くユージン。
「ライリーさんは、未だに俺の事を勇者と認めてはいませんが」
「それも大丈夫です。彼は、任務をきっちりとこなしますから。ユージン様を人としては認めていますし、内心で勇者とは認めていなくとも、任務であれば行軍のリーダーとして従うでしょう」
それもどうなんだ、と思ったが、これまた突っ込んでも無駄そうなので、溜め息を吐いてユージンは諦める。
そして、もう1つの懸念事項を聞こうとして――やめた。
「(フラールについては、藪蛇になるかもしれない)」
ユージンとしては、回復役として彼女がいてくれた方が良い。だが、イサークは表面上は絶対に首を縦に振らない。
フラールは何か企んでいるようだが、イサークが阻む気ならば無駄に終わることだろう。一方で、イサークが阻む気がない可能性もある。
その場合、下手に話題に出さない方がお互いのためだろう。
そうして、旅の同行者は決定された。
ちなみに、ゾーイがその決定を知らされた際にぶーぶー文句を垂れた結果、ルキオールに何か言われて青い顔をしてこくこくと首を縦に振って同意するという一幕があった。
そして、出発の日。
前日に皇帝から直々に激励を受けた一行は、目立つことを避けるために、早朝に静かに王宮を発った。
先頭を行くのは、行軍を任せられているライリー。それに続いてリーダーであるユージン、身体能力が最も劣るゾーイときて、殿はディストラである。
馬の体力も無限ではないので、王宮を中心とした首都の市街地を足早に駆け抜けた後は、石畳の道路を小走り程度の速度で一行は進む。
「それにしても、4人という人数に何の意味があるんだろうな」
ユージンの呟きに、後ろのゾーイが反応する。
「4人?にゃんの話?」
ユージンは、人数についてイサークとルキオールに妙なこだわりがみられたことを説明する。
「う~ん、5人だったら分かるんだけどにゃ~」
「なんでだ?」
「え?だって、千年前も500年前も、勇者のパーティは5人だったからね。験担ぎじゃにゃい?」
その言葉で、ユージンはピンと来た。
「そういう事か」
「え?何が?」
首を傾げるゾーイに、ユージンが笑って答える。
「たぶん、もう少ししたら分かる」
そう、もう少ししたら、たぶん5人目が現れる。ユージンはそう確信した。
◆ ◆ ◆
30分ほど進んだときだろうか。定期的に行っていた索敵魔法に、何者かが引っ掛かった。
「ライリー、止まれ」
ユージンの言葉に、前を行くライリーが馬を止めた。
ちなみに、旅に同行するに当たり、ライリーからは敬称や敬語は不要であると言われている。意思疏通を早めるための処置ということで、ユージン達はそれに同意した。
「どしたの?」
「誰かいる」
ゾーイの問いに、ユージンが答える。
索敵魔法は、ゾーイの方が精度は高いのだが、頻繁に使う魔法は魔力が無限に使えるユージンの役目となっている。
「敵か?」
ディストラが鋭い視線で前を見る。
同じくライリーも臨戦態勢をとるべきか考えている様子だが、
「いや、たぶん違う。ゾーイ、索敵」
「りょ~か~い」
ユージンではまだ「何かいる」程度しか分からないため、何かがいた場合は、ゾーイが改めて索敵魔法を使うのだ。
ゾーイはユージンの指示通り前方に向けて索敵魔法をかける。そして、得た情報を口にする。
「馬1頭と、それに乗る人……女の人が1人。んん?この波長はまさか」
ゾーイの、嘘でしょ、という驚愕の表情に、ユージンは自分の予測が当たったことを知った。
「じゃ、行くか、ライリー」
「だが」
「敵じゃないさ。そして、口で言うより会った方が早い」
不明な状況で進むのを躊躇ったライリーだが、人が相手ならいちいち立ち止まっていてはキリがないと思い直して、馬を進める。
そして、数分後には、道の脇に植えられた木の下で、こちらを注視する人物を発見する。
予想していたユージンとゾーイ、そしてあまり分かっていないディストラはともかく、ライリーの驚き様は筆舌に尽くしがたかった。
「フ、フラール様……!?」
そこに居たのは、ネアン帝国第二皇女たるフラール=ネアンその人であった。
普段の皇女としてのきらびやかなドレスではなく、ゾーイと似たような白いローブを羽織っているが、その金髪と美貌から生まれる皇族の気品は全く隠し通せていない。
「兄様が許可をくれないなら、勝手に行くまでよ!ユージン、ダメとは言わせないわよ!」
ふん、と偉そうに宣言するフラールに、ユージンはあっさりと、
「ああ、構わない。むしろ助かる。というか、フラールがここに来れているという事は、イサーク殿下は暗に許可を出しているってことだぞ」
ユージンの指摘に、フラールとライリーがポカンとする。
「そりゃそうだろ?許可しないと言われてフラールがあっさり引き下がるはずがない。勝手に出て行こうとすることは容易に想像がつく。その上で、フラールの行動を止めないってことはそう言うことだろ」
「……私は、兄様の掌の上で転がされてたってこと?」
「そうだな。イサーク殿下は表立って皇女の危険な旅への同行を許可する訳には行かなかっただろうから、フラールの行動は殿下の予定通りってことだろうな。5人になったし」
「あぁ、にゃるほどね!」
先程の会話の答えを得て、ゾーイが納得する。一方、ライリーは難しい顔で何かを考えていた。
「どうした?」
「……ユージン、今のは本当か?」
「本当かどうかは分からないけど。俺は中らずと雖も遠からず、と思ってる」
「……そうか」
そして、また考え込む。
まあいい、とユージンは彼は置いておき、改めてフラールに問う。
「それで、フラール。本気で一緒に来るつもりなんだな?分かってるか?この旅は、単に危険というだけでなく、キツイぞ。野宿なんて当たり前。何日も風呂に入れなかったり、食事も保存食だけだったり……お姫様のお前に耐えられるか?」
「野宿や食事は大丈夫よ。元々その気になればどこでも寝られるし、お腹が膨れれば何だって同じよ。お風呂に入れないのは嫌だけど、魔法で何とかするわ」
逞しいのか我儘なのか分からない宣言をするフラールに、ユージンは苦笑した。
「そっか。じゃあ、よろしく頼むよ、フラール」
「頼まれたわ!」
エッヘン、と胸を張るフラールに、ゾーイはやれやれと首を振り、ディストラは単純に仲間が増えたと喜んだ。
そして固まっていたライリーは、
「ユージン。我々のリーダーは君だ。だが、行軍の責任者は私の任務だ。フラール様の身の振り方も、私に一任してもらうが良いか?」
皇族が国を離れて他国を訪れることについて考えていたらしい。
「ああ、任せる」
その辺りはユージンには分からないので、ライリーに頷いた。
「では、フラール様。我々は極力目立ちたくないのですが、貴女を皇族として扱うとどうしても目立ってしまいます。したがって、大変恐縮ではございますが、御身を平民の子女として扱わせていただきますが宜しいですか?」
「ええ、構わないわ。既にユージンには完全に友人扱いされてるしね」
「こうなることを見越してたんだよ」
「嘘おっしゃい」
また言い合いを始めようとした2人を、ライリーが遮る。
「ただし、さすがに臣下としてユージンのような態度はとれませんので、平民のお嬢様と使用人のような設定とさせていただきます」
「何でも良いわよ」
その辺り、フラールは興味なさそうに頷いた。
「え~?ってことは、ボクはどうしたら良いのかな?」
「お前も最近はだいぶ友達みたいになってんだろ。普段通りで良いよ」
「えっ?うそ!ボクそんなにフラール様に対してフランクだった?」
驚いた表情で、フラールに訊ねるゾーイ。それにユージンが突っ込む。
「それだよそれ。完全にため口じゃねーか」
「あれ~?いつの間に……おっかし~な~」
ゾーイは本気で不思議そうに首を捻っている。
「ちなみに、俺はどうしたら良いかな?」
そこでディストラが訊ねてくる。
ユージンは少し考えたが、すぐに結論を出した。
「別にお前も俺もこの国とは関係ない訳だし。普通に年下の女の子として扱えばいいんじゃないの?フラールもゾーイも」
ユージンがちらりとライリーを見るが、特に異存は無いようだった。
自国の皇女がある意味軽んじられている訳だが、状況が状況であるし、それ自体を気にしてはいないらしい。自らが友人としての立場をとらないのは、騎士としての矜持か。
「ふーん。じゃあそうするよ。よろしくね、フラール」
「ええ、よろしく、ディストラ」
物腰柔らかなディストラに対し、尊大な態度のフラール。
思わずユージンは突っ込む。
「偉そうだな、おい」
「あのね、何度も言うけど、私は偉いの」
「この旅の間は、身分は関係ないぞ」
「だったら、偉そうな女の子でも別に良いわよ?何か問題が?」
「相手からの心証が悪くなる」
「まあ!初対面から失礼だった貴方の言葉とは思えないわね!」
「俺は時と場合と人を選んでるんだよ」
「それについては、貴方よりも私の方が得意よ。これでも16年間、腹の探り合いと揚げ足取りを生業とする貴族の間で生きてきたんですからね」
「ほお。じゃあ、お手並み拝見と行こうか」
「貴方こそ。吠え面かかないようにせいぜい頑張ることね」
バチバチ、と睨み合う2人を見て、ディストラがゾーイに訊ねる。
「仲悪いの?あの2人」
「いや~、むしろ、相当仲良いんじゃないかにゃ~」
「あれはそうなるの?」
「たぶん。ちょっと似てるよね、あの2人。だから反発しあう、みたいな~」
ゾーイが、少し羨ましそうに2人を見つめる。
「でも、君もユージンとかなり仲いいよね」
「え、ホント?」
嬉しそうに笑うゾーイに、ディストラが続ける。
「うん。なんていうか、兄妹みたいな」
「う~ん、兄妹か~。まあ、それもありかにゃ~」
むふ、と笑って、ゾーイがユージンに突撃する。
「おにいちゃ~ん」
「は?何言ってんのお前。頭おかしくなった?」
突拍子もないゾーイの呼び方に、ユージンが呆れ顔になる。
「ディストラが、ボクとユージンが兄妹みたいだって言うから~」
「はあぁ?何言ってんのディストラ。……こんな妹とか、マジ勘弁なんだけど」
一瞬だけ、ユージンが痛みを受けたような顔をした。だが、その後のゾーイに対する嫌そうな顔で覆い隠され、それに気付いた者はいなかった。
「ヒドイ!ボクの乙女心に深い傷が入った!」
「マジか。ごめん最大級の言葉で謝る申し訳なかった。さあ、悪かったなライリー。出発しよう」
ユージンが、先頭に立って大人しく待っているライリーに向かって馬を歩き出させる。
「謝る気ないよね!あ、フラール様はボクの前、真ん中にどーぞ」
ユージンに文句を言いつつも、彼に続いて動き出すゾーイ。
フラールとディストラもそれに続く。それを見て、ライリーも前を向いて歩き出す。
そうして、賑やかな勇者一行は、一路学術国家ミッドフィアを目指すのだった。




